石乙散文 人の多く集まる場所には負の感情が溜まって呪霊が生まれる。今まさにその場所はその危険性を孕んでいた。
目の前は人人人人で溢れていて、各々様々な格好をしていた。別に今日この場所で何か催し物があるわけではなく、この時間帯は大体これくらい人混みで溢れるのだという、乙骨自身は正直げっそりした。
「どの辺ですかね」
「相変わらず弱ぇ呪力の感知はヘタクソだな。あの辺が怪しいぜ?」
そう言って乙骨の隣で周りを見回しながら奥まった方を指し示したのは、乙骨が監視役を務めている受肉体の石流だ。訳あって今は一緒に任務にあたり、まずは呪霊の発生場所を特定していた。
「あんなところに?」
「ああ、急いだ方がよさそうだぜ、この人混みに紛れて、人間を攫おうとしてるだろうし」
石流はそう言うと、目の前の人混みに入っていく。乙骨も慌ててその後を追った。
石流は普段のリーゼントとポンパドールの頭ではなく、髪を下ろしていて、服も半裸にジャケットではなく、インナーを下に着た格好だった。だから人混みに紛れてしまうと見失ってしまいそうで、乙骨は人に揉まれながらもなんとか、石流の背中を追った。
それでも細い見た目のせいか、わざとぶつかってくるような通行人もいて、それによろけて視界から石流が消えた。
「い、しごおり、さ…!」
乙骨が慌てて手を伸ばせば、その手を不意にぎゅっと掴まれた。
「おい、大丈夫かよ」
掴まれた腕を引き寄せられて、目の前に石流の顔が見える。それに目をパチクリとさせていれば、石流が小さく息を吐いた。
「なんで簡単に人の波に飲まれるんだよ。呪力でもなんでも使って踏ん張るか弾き返してやれよ」
「いや……僕がそれをやると加減を誤るというか……あんまり、人が多いところでは呪力は使いづらくて…」
ハハハと苦笑しながらそう言えば、石流は「そうかよ」と言って背を向ける。そしてそのまま歩き出した、乙骨の手を握ったまま。
「え?」
「……また、人混みに紛れたら、面倒だから」
そんな風に言いながら、手を繋いだままぐいぐいと進んでいく。自分の手をすっぽりと覆っているその掌の大きさと暖かさが、じんわりと伝わってくる。
(……変なの)
石流とは何度か身体の関係がある。その時はそんなものだと思ったし、気持ちいいし、別に嫌でもないのだけれど。
(なんで……手を繋いだだけで、こんなにドキドキするんだろ……)
身体を繋げたことすらもうあるっていうのに。
正直その時より、恥ずかしさがあるな、なんて思いながら、火照った顔に冷たい方の手を当てた。
それがひんやりと、気持ち良かった。