セーラー服を脱がさないで 華武高校野球部の謎の伝統のひとつに、二月十四日に一年が女装をして部員にチョコレートを配る、というのがある。
配り終えた後もなんだかんだとイジられて部室でダラダラしている間に、イジることにも飽きた諸先輩方は帰ってしまい気がつけば残っているのは俺と録先輩だけになっていた。
別に録先輩は優しさで残っているわけではなく、部費の精算が終わらないだけだ。隣に座ってノートパソコンを覗き込むと、エクセルとマインスイーパーが開かれてるから真面目にやってるのかイマイチわからないけど。
それにしても部費から買って部員全員に配るのだからバレンタインの贈り物的な性質はほとんどないし、このイベントにはマジで一年に女装をさせるという意味しかないんじゃないかという気がする。
「これってパワハラじゃないですか?」
伝統の一言であまりにも横暴に押し付けられたセーラー服のペラペラのスカートの裾を摘んでクレームを入れると、録先輩はノートパソコンから顔を上げて「その割にノリノリじゃんさ」と呆れたような声でこたえた。
「嫌なら早く着替えれば?」
「だってこんなに似合うのに勿体ないじゃん。こんな安いセーラー服さえも着こなしてしまう色気が自分でも怖ぇ」
「どうでもいいけど早く着替えろよ、それ持って帰るんだから」
「これ録先輩の私物?」
「んなワケ無さ気だろヴァカ。クリーニング出すんだよ、その金額まで部費から精算するとこまでが俺の仕事」
「へえ」
とりあえず相槌を打ってみたけれど、何着もあるセーラー服をクリーニングに出すその仕事は来年誰がやるんだろう。そこまでしてこのイベントを続けること自体が馬鹿馬鹿しい。
「へえ、じゃなくて早く脱ぐ気」
「録先輩が脱がせてよ」
馬鹿馬鹿しすぎてそのくらいの楽しみがないとやってられない、と思ってとりあえず録先輩を揶揄ってみると、録先輩は物凄く嫌そうな顔をして、だけど手を伸ばして俺のセーラー服のリボンをほどいた。
しゅる、とかすかな音がして襟からリボンが引き抜かれる。
「悪いことしてるみたいですね」
「うるさい早く脱げ」
「キスくらいしてくれないと服脱ぐテンションにならないんすけど」
「マジでしね」
「録先輩冷たい」
部室でこれ以上ふざけると割と本気の怒られが発生するのでこのあたりで引くかと自分でセーラー服を脱ぎはじめると、録先輩がちょっとつまらなそうな顔をしたような気がした。