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    triangle_sak

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    triangle_sak

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    笑顔の矯正とイヴァンとティルのそれぞれの価値観について
    庭時代捏造
    イヴァ→ティルで恋愛要素はあまりないです

    #イヴァティル
    #IVTI

    矯正の話 iv→tl ――今日はティルと口を利いてない。
     ガーデンの外で受けなければならないプログラムが重なっていたので、そう気づいたのは夜の自由時間になってからだった。気がついてしまうと放っておくことはできないもので、今更、きょろきょろとあたりを見回してみると……いた。ティルは今日も隅っこで一人、広げた紙に何か書き連ねている。
     またがりがりと熱心そうだが、あいつ、夕食には手を出したんだろうか――そんなことが気になったのは、その背中を見つけたのが食堂の椅子じゃなくて、外の芝生の上だったからだ。まだ食事中の奴だっている時間なのに。
     食べずに取っておいたパンをこっそりしまって、ティルの元へ向かう。だがいつも通り近寄ろうとして、気がついた。口を利いてないんじゃない。わざと、利いてもらえていないんじゃないのだろうか、と。たしか、昼食をとりに戻ってきたときもこうやって近づいたけれど、そのときに不自然に無視をされた。
     黙って隣にいるのは得意だ。すぐそこにティルがいれば良くて、会話がないのが嫌だとは思わない。あいつが何をしているのかは、覗けばわかるし。たださっきは、あからさまに顔を背けられたのが気に食わなくて無理やりこちらを向かせようとしたら、手を出しかけたところで物凄い形相をされ、そのまま逃げられてしまった。勿論後を追いかけたかったけれど、次のレッスンの準備をしないといけなくて、一度は諦めていて。
     ティルが自分を避けるのはいつものことだけれど、今日はすごい勢いだったから、当然に真意が気になった。けれど今まで忘れられていたのは、一度考えたらそれで頭がいっぱいになって、その後のレッスンに支障が出そうだったからだ。無理やり、考えないようにしていた。ティルの行動が一見で理解できたことは殆どないが、それでもずっと注視していれば、ああそういうことかと合点がいくことは多かった。自分は、同じことをしないだけで。
     また同じように逃げられるのは嫌だから、わざと回り道をして、後ろに立つ。白くて細い頸を見下ろす。急に鷲掴んだら、どれほど嫌がり、抵抗するだろうか。試してみるか、と、手を伸ばしたそのとき。ティルが急に振り返った。
    「うわ」
     警戒の棘を纏った鋭い視線がみるみるうちに歪んで、げっ、としたものに変わっていく。
     残念。触れるのは失敗だ。本当、こいつのこの野生的な勘には尊敬する――呑気にそう思っていると、ティルが、がさがさと身の回りを探り始めた。いや、違うな。これは……逃げようとしてる?
    「っ、返せよ!」
     ティルは、散らばった紙がくしゃくしゃになるのも厭わず、腕の中に集めていったが、俺はまとめそびれたうちの一枚を拾い上げた。
     そうしたら案の定噛みついてきたので、わざと高いところに掲げながら中身を確かめた。びっしりと書かれているのは、予想通り、楽譜だった。頭の中で簡単にその音符と歌詞を組み立てるが、そうしても、しなくても、わかる。ティルはまた、俺とまったく違う皺が刻まれた脳味噌で、他人の足踏みを誘うようなメロディラインを生み出していたのだろう。
    「ふうん。これを見られたくなかったのか」
     余計にわからないと思った。歌詞はいかにもこいつが書きそうな内容でまとめられていて、今更、必死になって隠すようなものでもない。なのに、なんでコソコソして……。
     ティルがぴたりと動きを止める。伸ばした手がぴんと伸びたまま固まって、ゆっくり降りていくので、おやっと首を傾げながら問いかけた。
    「……諦めちゃった? 俺の手の先まで、ティルは小さいからジャンプしても届かないもんね」
     しかし、いつの日からか生まれていた身体的な格差に言及しても、ティルはだんまりを決め込んだままだった。いつもなら「勝手に伸びたくせにえらい顔するな」とか、訳のわからないことを言うくせに。
     そしてついに、ティルは不満を露わにしたままで一歩、後ずさった。伸ばしたまま間抜けになってしまった腕を下げて、顔の前でその楽譜をぺらぺらと扇ぐ。
    「いらないの」
    「いらない」
     即答に、どうしてと詰め寄る。俺から遠ざけたいほど大切なものなんじゃなかったのか。しかし距離を詰めた分だけ、また後退された。何もないのに背後をちらりと確かめる臆病な視線は、どういうわけか、脱走を図っているらしい。
    「いいっつってんだろ。いらない、だからおまえはこっちくんな」
     ――『おまえは』? 
     どうやらティルは本当に俺だけを避ける目的で今日一日近づいてこなかったらしい。誰も周りに置きたくないだけかと思っていたけれど、そうなると、話は変わってくる。
     ――俺だけが、嫌。俺だけ。
     途端に、沸々と、自分を構成する粘ついた真っ黒なものが腹から迫り上がってきた。ティルがどれだけ俺を忌避したって、俺は嫌じゃない。それどころか。
     じりじり。虫が這うようにしつこく距離を詰める。ティルは、逃げる好機を窺っているのを隠したくて少しずつしか進めていないし、俺の方が歩幅も大きいから、ろくに開いていなかった差が一瞬で埋まる。まずいと思っているんだろう。ここにはない夜でも塗り潰せないような光のように輝いてしまう緑色の双眸が、きゅっと小さくなって輪郭を揺らがせる。
    「ねえティル」
     ぎっ、と、割れてしまいそうなくらいに噛み締められた歯。警戒心に満ちた獣を想起させる素振り。処分を察する野犬のようだ。でも、その本能はこの星の上にいるどの生物よりも凶暴で、生き生きとしている。
    「ティル、どうしたの? 名前呼んだだけじゃん。ちゃんと返事してよ、大昔に習ったでしょ、挨拶はちゃんとしないとって。そんなことも守れないから、いつも……」
     やめろ、と震えた声が返ってきたので、はい、と手にした楽譜をその胸に押し付ける。すると、大袈裟なほどびくんとその肩が震えた。何をそんなに怯えているのか、知りたい。自分のせいで影ができてしまった瞳の奥に入り込もうとした、そのときだった。
    「……っ、やめろ! おまえが意味もなく笑ってんの、やっぱ気色悪い!」
     思いきり胸を突き飛ばされる。そんな力じゃ草一本分も動くことなんてないけれど……。思わず、えっと声を出してしまった。今更、そんなこと。
    「意味ないわけじゃないけど。ティルのこと揶揄うの楽しいし」
    「違う」
    「違わなくないでしょ。ティルに俺の何が……」
    「違う。今の話じゃない。おまえ、昼からずっと気持ち悪い笑い方してる」
     昼から? そういえば、ティルが俺を避け始めたのって……。
     じっと、網膜というレンズ越しに集めた光を当てるように、歪んだままの顔を見る。だがすぐに顔ごと視線が逸らされたのを確かめて、目を細めた。
     ……ああ、なるほど。俺とは違う価値観のティルの心情や、その背景を理解できた瞬間は、いつも爽快感に満ち溢れている。だが、今覚えているのは燃えていた灯りがふっと消されたときのような感覚――落胆だった。
    「別に、ティルのこと見て笑ってるわけじゃないよ」
    「なら余計に気色悪いだろ。おまえ、何考えてんの」
     一度逃げていった眼差しが、再び怪訝そうにこちらを向く。
    「何も考えてないよ。ずっと笑ってるように見えるのは、午前中に訓練受けてたから」
    「……訓練?」
     ぴくり、と、つり上がった眉毛が動く。ティルにとっては聞くだけで拒否反応が出る言葉なんだろう。
    「うん。笑顔の矯正訓練だよ。ティルも受けたことあるでしょ」
     わざと自身の口角を指さして、さらに、にっと持ち上げる。初めのうちは矯正後に何もしていないのに上がってしまうここを、歌の時間や食事の際に煩わしく感じていた。だが最近はすっかり慣れて、いいストレッチくらいに思っていたのに。たしか今日は、器具を操作していたのが見慣れない監視員だった。締め上げるとき、いつもより加減がついていなかったような気もする。ティルが苦言を呈すほど露骨に見えるのは、そのせいだろうか?
     確認に返ってくる声がないので、わずかに首を傾げる。そしてただひたすらにじっと見つめていると、ようやく、顔を背けたティルが答えた。
    「ない」
    「え、ないの? 皆受けてるものだと思ってたけど……ああ、まあ、お前にはもっと受けさせるべきものがありそうだからな」
     うんうんと納得しているように見せると、こんなことでも自尊心を踏み躙られたと思ったのか、ティルは余計に不機嫌そうになった。そうやってあからさまになるから、与えられる鞭が多くなるのだというのに。それが悪いことだと思うわけではないけれど。
    「ティルもにっこり笑えるようになれば、女の子に人気になれるかもね」
     そう付け足すと、やはりまたティルの顔は歪んだ。可愛げのある反応を見ると、つい余計なことを言いたくなる。別に俺は第三者の手が加わってティルの表情に変化が訪れることに何かを思うわけではないのに。
     ぎりぎりと音が聞こえてきそうなくらい固く握られた拳が震えている。その健気な、俺よりは小さい手に触れたい。突発的に思って自分の手を伸ばしかけた、そのときだった。
    「やっぱおまえ気色悪い! あいつらも……それに意味もなく従うおまえも!」
     声を荒げたティルに、伸ばした指の先をはたき落とされる。そして背中を見せるのと同時に、脱兎の如く逃げ出されてしまった。
     踏み出した足の裏で、ぐしゃりと乾いた音がする。さっと足を退かすと、いつの間にか取り落としていたらしいティルの書き殴りが、悲鳴を上げていた。
    「……あーあ。置いてっちゃった」
     残念そうな声を出してみながら屈んで、拾う。このまま持ち帰って返さなかったとしてもティルは何も言わない――手切れくらいに思われているだろうが、なら、押し付けてでも返してやろうと思った。

     明るさの落ちた照明に演出された日暮れに、寮へ帰ることを命じられ、歩きはじめる。
     『気色悪い』
     直前の揶揄に余計なお世話だと言われるのかと思ったら、それ以前の話だった。
     俺たちを統べる存在に従順になることに、意味がないわけではない。言うことを聞いたほうが早く終わるし、自分はその方が楽だと思う。ただ、ティルがそうしない、いや、そうしたくないだけで。
     たしかにまだ、口角は上がっている。指摘されて気づいたことだとしても、実は、本当に愉快に思う気持ちもあった。
     俺の笑顔が不気味だろうが、その理由がセゲインのせいだろうが、あいつにとっては他人事なのに、まるで自分が同じ境遇に陥ったかのような嫌悪を覚え、拒絶する。どこまでもまっすぐに逃げていく背中は、あの日から変わらず、眩い方へと向かっていくのだ。それを這い上がれない暗い底から見つめるのが、俺にとっての満足だった。この喜びは俺自身が抱いたもので、決して、植え付けられたものではない。
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