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    geshi0510

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    geshi0510

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    ブリ大根編の続き、父上回です。

    魔蛇っ子ブリ大根編2 煉獄槇寿郎は機を伺っていた。
     長男の初恋のお姫様にして未来の嫁への挨拶の機会をである。
     聞けば自分同様人一倍食す息子の食事の世話もしてくれているらしいし、ここは親としてしっかりと礼をすると共にあちらのご両親につなぎを取ってもらって忙しい長男の代わりに結納の日取りを決めるなどしてできる限り話を進めておきたい。
     そう考えて挨拶のための紋付羽織袴を探していたのだがなぜか見つからない。
     次男の千寿郎にどこにしまったかと尋ねたらニコリと笑って「先のお正月に深酒した父上がその姿のまま兄上に稽古をつけるとか言って対戦し始めたものの酔いが回ってすっ転びかけたところに兄上のナイスな一発が腹に入って吐きまくることになった結果廃棄処分と相成りました」と汚物を見る目で答えられたので平謝りに謝るより他なかった。
     それから少し時を置いて恐る恐る新調の打診をしてみたところ「今後一切酒をやめられるならいいですよ」と真顔の笑顔で言い放たられたので取り下げざるを得なかった。
     裕福な名家の跡取りとして生まれ、道場を継ぐため剣の腕を磨くことに専念するばかりで一般的な生活能力と金銭感覚がまるきり欠如している槇寿郎にも、紋付羽織袴が己の手持ちで買える額でないことはさすがに分かる。
     そもそも、下手に現金を持たせるとある限り酒を買い込みかねないという過去のやらかし故の信用のなさから、槇寿郎には毎月最低限の小遣いしか渡されていない。
     長男を間に入れれば自分の結婚が絡むことでもあるしこちらの味方をしてくれそうだが、何分忙しい身である。槇寿郎がスマホを未だに使いこなせていないこともあってこちらから連絡を取るのが難しい。紋付羽織袴は暫く手に入らないと考えた方が良いだろう。そうすると挨拶、ひいては結納時期が遠のく。どうしたものか。
     そんな折、門下生の一人が近々結婚を予定していると知り、情報収集がてら男親の振る舞いについて尋ねてみることにした。やはりお相手との初挨拶時は紋付羽織袴必須と思いきや。
     「結納とかならまだしも初挨拶でその服装は正直ドン引く」「絶対に逃がさないという一家ぐるみの圧が感じられて怖すぎる」「地雷親確定なので別れも視野に入れる所存」等と当人のみならず他の門下生からも否定意見しか返ってこなくて肝が冷えた。
     小遣いが少なくて助かった。でなければやらかしていた。
     ようやく父親らしいことをしてやれる時がきたと張り切ってしまったが、空回りした挙句自分のせいで破談になったりでもしたらただでさえ迷惑かけ通しの長男に合わせる顔がない。
     まあしかし、初挨拶において紋付羽織袴は重すぎるということが分かったのはありがたかった。普通の訪問着で事足りるなら、いつでも挨拶に伺うことができる。
     まず最初はさりげなく、息子の新居を確認に来たついで的な軽いものからがよいだろう。
     その際の手土産としては何が適当か。やはり羊羹かカステラあたりだろうか。最近の若い子ならもっとオシャレな──ま、ま、まりとっ……ちょ?なるものの方が喜ばれるだろうか。
     その辺り千寿郎の方が詳しかろうと聞いてみたら「エチレメゾンデュブールのガトーエチレナチュール」という謎の呪文が返ってきた。
     そこから間髪入れず、
    「若い方に父上の相手をさせるならそれぐらい差し上げないと割が合わないと思うんですそうそう父上またビール缶濯ぎもせず潰して隠してましたね臭いで分かるんですよビール缶はこっそり処分しようとするくせに牛乳飲み切った後の空パックは冷蔵庫に戻すの何でですかそのせいで何度牛乳まだあるから買わなくていいやトラップに引っかけられたことか毎度買い物に出る前に牛乳重さチェックのいらぬ一手間をかけないといけないこの苛立ちわかりますかいい加減にしろよほんと夏の麦茶も切れたら自分で作れよ水入れてパック入れるだけの小学生にもできる簡単仕様なのに四十過ぎた大の大人ができないわけないだろそれとも何か一家の長はそんなことしなくてもいいってか言っとくけどうちの大黒柱はとっくの昔に兄上だからなうちの生活費とか固定資産税とか老朽化した不動産の修繕とか全部兄上の稼ぎで賄ってるからな兄上は世界規模で500億稼いだ上にちゃんと牛乳買ってきてくれてたし麦茶も作ってくれてましたが月数万程度の実入りしかない道場主の父上にそれができない正当な理由がおありならぜひ聞かせていただきたいですねぇ」
    と、言葉の投げナイフをダース単位で投擲されて少し泣いた。
     次男は優しく気弱な子であるが、最近反抗期に突入したのか時折激烈辛辣スイッチが入るようになってしまった。長男には反抗期がなかったため全く免疫ができておらず、豆腐メンタルを自覚する身にはだいぶ辛い。
     とりあえず千寿郎の呪文の中でエチレという単語だけが唯一聞き取れたのでそれを手掛かりに土産を探してみることとする。千寿郎に詳細を確認すれば早いのだろうがそれはできない。下手に刺激して投げナイフが投げ斧に成長してしまったら号泣する自信がある。もうこれ以上千寿郎の前で家長の面目を失するわけにはいかない。
     幸い、と言っていいのかはアレだが、当道場の門下生は少ない。一時長男目当てのミーハー連中が大量にやって来たこともあるが、大概が一日体験入門を完遂することなく去って行った。今思えば初日から真剣素足火渡り稽古をさせるのは無理があった。さておき、現在残っているのは昔からの古参組か長男への常軌を逸した強い憧れから生成されたド根性によりどうにか日々の稽古に食らいついてきているごく一部のみである。
     合わせて両手指の数に満たない上、彼らには会社や学校がある。そもそも一般人が毎日行えるような修練内容ではないため、彼らが稽古に訪れるのは週一から週二が精々、それも休みの前日であることが多い。
     結果、槇寿郎にはそれなりの自由時間があった。いつもなら自己鍛錬に充てるその時間を使い、本日は電車に乗って繁華街へ向かうこととする。エチレ探しのためにである。
     スマホやパソコンを使えない槇寿郎にとって、情報収拾の手段は我が身のみ。自らの足で集めるしかない。
     とりあえず百貨店で聞けばなんらかの手がかりが掴めるのではと受付で尋ねてみれば、あっさりとその詳細が判明した。限定店舗でのみ販売されている菓子であり、朝から並ばないと買えない、下手すると並んでも買えない入手困難品であるらしい。この百貨店には関係ないのに、受付嬢は丁寧に店の場所まで教えてくれた。ありがたい話である。せめてもの礼として地下で何か買っていくこととしよう。
     覗いたねこやの羊羹が割と高かったので大人しく他店で細カステラ一本を購入し帰路へ着こうとしたその時──息を切らし、泣きながら路地を指さす少年と出くわした。

    「助けて、助けてください! 僕の代わりに、女の子が……っ!」
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