『特別』の判定ラインサニバン
開け放した窓から気持ちの良い風が吹き込んで来る午後、サニー・ブリスコーは同居人の部屋で部屋の主にベッドに追い詰められていた。
至近距離で柔らかな紫の髪が揺れる。
「浮奇…、ちょっと待って」
他の同居人達は現在外出しているため必要がないのだが、何となく声を抑えてしまう。
一緒にゲームをしようと誘われてこの部屋を訪れたのだが、いつも通り軽くふざけていた流れでこんな状況になってしまった。他の者がいないためか、目の前の彼がいつもより更にぐいぐい来ている気がする。実のところ体格も力も自分の方が確実に上なのでその気になればすぐ押しのけられるのだが、彼の積極的な雰囲気にあてられているのかその華奢な体を押し返そうとは思っていなかった。
「ダメ?せっかく二人きりなんだよ?」
「うーん…、どこまでしたいの?」
浮奇のいつもより抑えた囁き声は色気をたっぷり含んでいた。心なしか息が少し上がっている気がする。
彼とこういった戯れをするのは結構好きだ。ギリギリ触れない距離で交渉を開始する。
「んん、サニーはどう?俺と、どこまでしたいと思ってる…?」
「俺?俺は、そうだなあ…。ハグ、とか?」
「ふふふ、かわいい。いいよ、ハグしちゃおうか。あ、でも…」
言葉を止めた浮奇の目を見ると若干色が変わったように見えた。同時に自分の上半身に違和感を覚える。あ、と声が出た時には常時着用している防弾ベストが外れているのが視界に入った。
彼がサイキックを使ったのだとやっと気づいて、こんなこともできるのかと少し驚く。外すつもりがなかったので、どうしようか迷っていると浮奇の顔が更に近づいて来る。声を出そうとすると、部屋の入口の方からガタ、と音がした。視線が自然とそちらを向く。
「あ」
そこにいたのは小さく口を開けたアルバーンだった。オッドアイが2回開閉する。
「アルバーン、」
「オジャマシマシタ」
声をかけようとすると、アルバーンは拙い日本語を残して素早く踵を返してしまった。咄嗟に日本語が出てくるなんて成長してるなあと思っていると浮奇が頬にキスをしてくる。
「ちょ、ちょっと本当に待って。アルバーンが」
「出て行ったから、いいかなと思って」
「いやあ、俺追いかけたいから防弾ベスト返してくれる?」
「えー…。どうしようかな」
「ええ…」
修羅場と言える状況とは思えない緩いやり取りをしているとまたドアが開く音がする。
「…お前ら、また…」
「フーフーちゃん!帰って来たの。おかえり」
「はあ…、ほどほどにな」
「あ、フーフーちゃん…」
フォルガ―を追って浮奇が離れると同時にベストも宙から降りてきたので、素早く掴んで装着する。
二人の後から部屋を出てリビングを見まわすが、ここにはアルバーンの姿が見えないため彼の部屋へ向かおうとすると、浮奇に腕を掴まれているフォルガ―がおい、と声をかけてきた。
「アルバーンなら俺と入れ替わりに外に出たぞ」
「あ、そうなんだ…。ありがとう」
いつもなら大袈裟に泣いたり拗ねたり、くるくる態度を変えてリアクションを返してくれるのに、と少しがっかりする。
浮奇とふざけ合うのは好きだが、それにやきもちを焼いてくれるアルバーンの機嫌を取るのはもっと好きだ。彼も自分も、お互いが一番だと考えている中で時折スパイスを加えるように他と愛の言葉を交わすのが常で、その度に可愛い反応が返ってきて彼の自分への思いを感じられて幸福を感じる。今回は可愛く泣く彼を見れなかったが、用事があったのだろうと切り替えて自分の部屋へと戻った。
玄関ドアに鍵を差し、回したが手ごたえがないことに気付く。今日は皆外出していると思っていたが、誰か在宅していたようだ。いたずら心が芽生え、アルバーンは音を立てずに中に入ることにした。
リビングには誰もいなかったため、忍び足で階段を上り部屋の中にあるであろう気配を探る。
浮奇かフォルガ―か、ユーゴ、あるいはサニーか。驚く顔を想像して、音を出さずに笑っていると、髪に付けたクリップが囁き声に近い小さな声を拾ったためそちらに向かう。浮奇の部屋から声は聞こえたようだ。近づくとサニーの声が混じっていることに気付き、少し嫌な予感がする。
(またいちゃついてんのかな…。この頃多いな。)
最初に会った時、彼のことをかなりピュアな人物に感じていたが、一緒に過ごす内にそうでもない部分もあることが分かって来た。実際に全てを聞いたわけではないが、かなり際どい発言をしていることもあったようだ。
自分を特別だと思ってくれているのは普段の態度から十分に分かるのだが、こうも多いと自分もいちゃつく関係の内の人一人に過ぎないのではないかと不安にもなる。
良い機会だから、邪魔が入らない空間で浮奇とどんなことをしているのか見てみようと本気を出して隠密行動を開始した。
部屋のドアの前まで来ても二人は自分に気付いていないようで、小さな声で会話を続けている。どこまでするだの何だの不穏な会話だ。ゆっくりとドアノブを下げて隙間を開けることに成功したため目だけで中を見ると、ちょうどベッドにいる二人の姿が見えた。
その気になればサニーは浮奇を押し戻せるのに、いつもしない。もやもやした気分で観察を続けようとして、サニーがいつもと違うことに気付いた。防弾ベストが装着されていない。
体に力が入ってドアが音を立てる。
「あ」
彼の美しい唇から声が漏れた。
大してしまったとも思っていない顔。自分に見られたにも関わらず浮奇を押し退けない腕。シャツしか着ていない上半身。
視界の全てを瞬時に脳みそに入れて計算して、オジャマシマシタと声を出して素早く身を翻せた自分を褒めてやりたい。
とにかく一秒でもあの空間から遠ざかりたくて、階段を転がり落ちるようにして下りると丁度フォルガ―が玄関へ入って来た。
「ハイ、アルバーン。浮奇はいるか?」
「部屋でサニーと一緒だよ。僕もう出るね。」
顔も見ず早口で伝えてフォルガ―の脇を抜けて外へ出た。
自分が今、どんな顔をしているかわからず、フォルガ―にも見られたくなかった。
ノクティクスのメンバーで同居を始めてから、人と食事を摂ることが増えた。夕飯時には作りたい者が作り、食べたい者が集まって食べる。
今日は久しぶりに全員集まると思っていたのだが、席が一つ空いている。サニーがアルバーンの外出を確認してから、彼は家には戻って来ていない。
「あれ、アルバーンいないね?電話しようか」
「ああ、…しばらく帰らないと連絡が来た。気にするな」
「え?しばらく?何で」
「詳しくは聞いてないが、先ほど会った時ちょっと様子がおかしかった。お前達が何かしたんじゃないのか?」
サニーは浮奇の方をちらと見るが、彼は素知らぬ顔でサラダを自分の皿に取り分けている。別に何もと言外に伝えているのだろう。実のところ、以前にもやっている程度のことしか見られていないとサニーも思っていた。
「ちょっとふざけてただけだし…。そんなに大したことじゃないと思うんだけど」
「まあ、アイツもいつも色々やってるしお互い様としか言いようがないが。…何か地雷を踏んだのかもな。ほら、とりあえず座れ」
促されて食事を始めたものの、最後に見た諦めたようなアルバーンの顔が忘れられず、食事があまり喉を通らない。
食事後にランニングと称して家の周辺を周ったが可愛い弟が見つかることはなかった。
アルバーンは家を飛び出したもののどこに行くかまでは考えていなかったが、すぐに連絡が取れたミスタが快く部屋に泊めてくれることになった。
普段から仲良くしてくれている彼は、部屋にアルバーン用のマットレスを敷いてお泊りを喜びすらしてくれた。
「何で家出してんの?」
寝る前に自然と発生したおしゃべりの中で、ミスタはあまりにもまっすぐに聞いてきた。
枕をいじりながら、応える。
「ちょっと、一緒にいるのがしんどくなったんだよね」
「誰と?」
「…サニー」
貸してもらったタオルケットをかけて目を瞑るが、ミスタは構わず話かけてくる。
「ふうん、また嫉妬で拗ねてんのアイツ?」
「…今回は逆。浮奇とベッドでいちゃいちゃしてて、それで」
「ああ…。でも前も似たようなことしてただろ。怒ってやればいいだけじゃん。何が家出するほど嫌だったわけ?」
「僕が見た時、…防弾ベスト外れてた、から」
ん?とミスタが首を傾げた。彼はずっとサニーと一緒にいるわけじゃないからわからないのだ。
アルバーンが、サニーが常時防弾ベストを装着していて、アルバーンといる時も外したことがないことをミスタに説明すると合点がいったようになるほど、とミスタは呟いた。
「僕の前では外さないのに、浮奇と二人の時に外してた。それって、僕より浮奇の方が好きってことじゃん。…人間は、行動が全てだよ。今回のことで、もうサニーに絡むのはやめにしようと思ってる。自分の物にならないなら、もう意味がないなって」
「諦めるわけ?お前、怪盗なんだろ?」
「引き際も大事だって僕は知ってるからね。それに、今回のでなんかわかった気がして。僕だけの物になるものなんてこの世にないんだって。宝石もお金も盗んだって結局使うし、人の心もずっと同じなわけないもん」
「…そっか。まあ、そういうことなら俺はお前に協力してやるよ。ラクシエムのメンバーにも頼んどく」
ミスタが手を伸ばしてぽんぽんと頭を撫でてきた。声色も優しい。
「好きなだけいろよ。…おやすみ、アルビィ」
眠る体制に入ったミスタに口を緩ませて、いつもと違う匂いの寝具を肩までかけなおす。
鼻の奥は少しツンとしていたが、安心して眠れる気がした。
返事が返らなくなった個人間の連絡アプリをいらいらと眺める。アルバーンがここに帰らなくなって2週間が経った。
冷静になって帰って来てくれたら、謝って抱きしめて何が嫌だったかそれとなく聞き出そうと思っていたのに、チャンスは待てども待てども与えられない。ずっと野宿しているわけでもないだろうと、アルバーンと交流のある者に片っ端から行方を尋ねてみたが未だ行方知れずだ。こんなところで怪盗の本領を発揮しないでほしいとアルバーン本人にもいらいらが募る。
浮奇やボボンが時折なぐさめようとしてくれるが、今はアルバーン以外の誰の傍にもいたくなかった。
「サニー、お前ちゃんと寝てないだろう。顔色が悪いぞ」
「眠れないんだよ、アルバーンが帰って来ないから。フォルガ―は心配じゃないの!?」
「…俺には時々返事してくるから、特には」
「はあ!?じゃあどこにいるか聞き出してよ」
「アイツも子供じゃないんだ。俺はアイツの意志を尊重したい」
くしゃと顔を歪めてソファに乱暴に腰を落とす。大きなため息を吐くのにも飽きた。
フォルガーは静かに自分の部屋へと帰り、リビングにはサニーとユーゴの二人になった。
「俺マジで何も知らないんだけどさ、このまま帰って来ないってことも…あるわけ?」
「知るかよ!もしそんなことアルバーンが言ったら犯罪犯してでも連れ戻す」
「冗談じゃないんだろうなあ…。はあ、だからはっきりしろよって言ったじゃん」
「…アルバーンだって、色んな奴といちゃついてたじゃん。ミスタにキスしたりもしてた」
「いやあ、正直言うとこの頃はサニーの方がけっこうやべえなって思ってたわ」
「はあ?」
「怖っ!だってさ、浮奇とかボボンとかと子供の話までしてたんだろ?進みすぎだろ話が」
「それだってふざけてただけだし、そんなのその場限りのものだってわかるだろ」
「元が真面目な分お前は分かりにくいんだよ」
「…だからって、話もせずにいなくなるのはずるい」
「…ん、まあそこは俺も同意する。そこでこれをお主に授けよう」
突如芝居がかった声色になったユーゴの方を向くと、目の前に見慣れたオレンジと黒の物体が一つ差し出された。
「これ、アルバーンの…」
「ヘアクリップだっけ?家に落ちてるの見つけてさ。本人戻って来たら返そうと思ってたんだけど」
「…」
「何だかんだ言ったけど、俺はサニーとアルバーンが楽しそうにしてるの見るの、嫌いじゃないんだよな。どっちも大事な兄弟だ。何かあったら協力するから、あんま思い詰めんなよ」
手に収まる小さな物体を、サニーはきゅっと壊れない程度に握った。
アルバーンが家を出た翌日から、サニーは連日片っ端から友人、知り合いにアルバーンの居場所を聞いて回っていたようだが、ラクシエムの5人は見事なまでに白を切り通した。ルカは口を滑らせそうだったため、下手にサニーに返事をしないようヴォックスから毎日念を押されていたが、今のところは問題なさそうだ。
アルバーンは昼間はなるべく家を出ず、日本語の勉強をしたり一人で住む部屋を探したりと、なるべく先のことを考えながら過ごしていたが、ある日一つ大変なことに気付いた。
「ヘアクリップ、一個ない…。どこで落としたんだろ」
あれは自分がいた時代から一緒に来たもので、今現在他では手に入らないものだ。これから一人で暮らすなら必ず使う。どうにかして探す必要があるのだが、昼間に出歩いているとサニーかサニーに協力的な誰かに見つかる可能性がある。
「どうしよう…。フォルガ―に聞いてみようかな」
携帯を持ったまま迷っていると手元で音が鳴る。メッセージの送信者欄にユーゴの文字が出たため、ほっとして中を見た。
よお兄弟!から始まった文は、アルバーンのヘアクリップが家に落ちていたため自室に置いておく、という内容で終わっていた。完璧なタイミングだと小さくガッツポーズをする。
もしものことを考えて、自分の部屋なら窓から入れるようにしてある。深夜にこっそり入って必要な物を取って出ればいい。返事はしない方がいいかとアプリを閉じようとすると、サニーからの最後の連絡が目に入った。
自分が返事を返さなくなったためか、ここ数日はもうあっちからもメッセージは来ていない。
これでいい、と思う。
自分がいなくても、サニーには愛してくれる人がたくさんいて、『弟』よりも進んだ関係になる人もいる。
ミスタとの会話の中で自分なりに考えて、今回の件でわかったのだ。一番じゃないと嫌だと、弟では足りないのだと。
「…ごめんね」
小さく呟いて、久しぶりに侵入の準備に取り掛かった。
久しぶりにこの家に来た。最後に飛び出した時からそんなに時間が経っているわけでもないが、そもそもが長く暮らした場所でもないため酷く見慣れないものに感じる。
自分に割り当てられている部屋の窓を離れた場所から観察すると、カーテンが閉められ電気もつけられていないようだった。リビングや他のいくつかの部屋にはまだ電気がついている。そろそろ皆寝る頃だと思って来たのだが夜更かししている者もいるようだ。
用心のため、サニーの部屋の電気が消えてから行動を開始した。家の外壁の手頃な突起物を慎重に掴みながら、音を立てずに自分の部屋へ向かって登って行く。窓を覗く前に、片方しかないが聴覚強化装置で気配を探る。もう家の中で動いているものはほとんどないようだ。サッシに手をかけそうっと力を入れると期待通りに開いた。部屋の中に動くものがないか念のため確認してから体を部屋に滑り込ませ、机の上を確認すると欲していたものはユーゴの言った通りそこにあった。
それを持ってさっさとこの場を離れようと手を伸ばす。
その瞬間、視界の端で何かが動いた。
「っ!?」
「捕まえた」
大きな手にがっちりと掴まれた右手が遅れて痛みを訴えてくる。反射的に向いた先にはこちらを睨む青い瞳が爛々と暗闇で燃えていた。
喉が勝手にひゅっと音を立てる。
「っあ、さに、?」
「久しぶり。淋しかったよ」
優しささえ感じられる声で囁かれる。逃げようと身を捩るが、逆に肩を抑えられ机に両手で縫い付けられてしまった。
サニーに力で対抗できないのは分かりきっている。心臓が早鐘を打つ。
「やっぱり取りに来たね。待ってた甲斐があった」
「…何で、どうやって」
「ずっと動かず部屋に張り込んでただけだよ。お陰で君を捕まえられた。連日はちょっとキツかったけどね」
近づけられたサニーの目の下にはクマがあった。かなり無理をしていた様子が見られて、自分のためにそこまでしていたことに仄暗い嬉しさを感じてしまう。
「早く帰って来なよ。浮奇やフォルガーとは話してもう誤解は解いてるんだ。なにも問題ないんだよ」
「…僕は、誤解だと思ってない」
「は?何言ってるの?まさかこのまま戻って来ないつもりじゃないよね」
声が荒くなったのに合わせて目も鋭くなる。顔が整っている人間に睨まれると圧がすごいことをアルバーンは初めて理解した。
腹に力を入れて、震えないようにして口を開く。
「そのつもりだよ。もう、サニーとは必要以上に関わらな、ぅぐ」
言い終わらない内に首に物理的な圧がかかって呻く。サニーの左手が明確な力を持って喉を軽く押している。
「何でかな…?何でそんなに俺から離れたいの?」
「っは、う、もう、ほっといてってば、サニー、ぐ」
「あうばん…、もう、おにいって呼んでくれないの」
頬に温かさを感じた。閉じてしまっていた目を開けると、青い瞳から涙が零れてきている。
暗闇でも光っているように美しいそれに見惚れていると、首にかかった手に更に力がこもる。
「君が他のところに行くなんて受け入れられない。いっその事、ここで…」
無意識に手が動き、自分よりも大きい手に優しく触れた。もう首にかかった手を外そうという気持ちもなかった。
「…ごめんね、サニー。兄弟でいられたらよかったのに、それだけじゃ嫌だって思っちゃって」
せめてもと思い、サニーの目をまっすぐに見つめる。長い睫毛に縁取られた瞳がぴくりと動いた。
「僕が死んだら、その後どうするの」
「…俺も死ぬよ」
「え」
「あうばんがいないのに生きてたって、意味が無いんだよね。君の傍で、いや、君を抱きしめたまま喉でも掻っ切ろうかな」
その言葉を聞いた途端、抜けていた力が手に戻った。どうにかして手を喉から退けようともがく。自分の目が潤んできたのを感じた。
「それはダメ!」
「何が?」
抵抗されてもサニーの姿勢は崩れず、変わらずアルバーンの顔をじっとりと見つめたままだ。
「何でサニーも死ぬの。サニーには、生きてて欲しい…」
自分の気持ちを分かって欲しくて、でもどう言えば伝わるかわからず、しゃくりあげるしかできなくなってしまう。
ひきつる喉をどうにかして落ち着かせようとしていると、首から熱が消えて、頬に移った。
「…さにぃ?」
少しざらついたものが涙を拭う。サニーの舌がアルバーンの目尻を優しく這っていた。
少し顔を離したサニーの顔を見ると、先程とはうって変わってうっとりした表情をしている。
笑みを作った唇が囁くように問いかけてきた。
「俺に生きてて欲しい?」
「…うん」
「でも俺、あうばんが傍にいないと生きられないなあ」
「で、でも、サニーの一番は僕じゃないから、」
「ほら、まだ誤解してる。俺の一番はあうばんだよ。浮奇じゃないし、他にもいない」
「…違うもん」
「どうしてそう思うの?どうすれば信じてくれる?」
「うう…」
穏やかな微笑みから目を反らし、うろうろと視線を彷徨わせる。
防弾ベストに関してはミスタにしか話していない。まだサニーは浮奇の前でしか外してないことに自覚がない可能性がある。もし、外して欲しいと言って拒否されたら?情けないとは思うが、真っすぐに伝える勇気がない。
上手く回らない頭でどうしようどうしようと考えていると、サニーが頬にキスをしてくる。何度もちゅ、ちゅと音が鳴る。
心臓がぎゅうっとなって堪らなくなり、手をおずおずとサニーの肩にかけた。
「あ、」
手に防弾ベストの肩部分が偶然あたった。
そうっと脱着部分がないか探してみる。
「アルバーン…?」
体をまさぐりだしたと思ったのか、サニーが少し戸惑った気配を感じた。もうここまで来たらやってやると覚悟を決めて、胸部分から上着の中に手を滑り込ませる。サニーは一瞬固まったが、体を捩って自ら上着を脱いで床に落とし、確認するようにアルバーンの目をのぞき込んだ。頬が若干赤くなっている。
つられて自分の頬も赤くなるのを感じながら、再び硬いべストの外し方を模索し始めると、サニーが覆い被さっていた体を起こした。
「っ…」
呼吸が止まる。やっぱり『これはダメ』などと言われるのだろうか。
自分も体を起こし、緊張しながらサニーの動向を確認すると、ベストの腰の部分を外しているのが見えた。
「…ん?これも、でしょ?」
見つめすぎたのか、サニーから問いが投げかけられる。思わず頷くと、にこ、と微笑んでサニーはベストを完全に取り去った。
「ね、アルバーンもプロテクター、外して…?」
上着に手をかけられながら言われた言葉に、更に顔に熱が集まる。
ベストを何も言わず外してくれた事実と、サニーからどことなく感じる色気が手を震えさせてうまくアタッチメントが外せない。
上着が落ちるのと同時に、サニーの手によってアルバーンのプロテクターも外された。まだ下に服は着ているにも関わらず、途端に心もとない感覚に襲われ視線を足元に下げていると、手袋も外した両手が頬を包んでくる。導かれるままに顔を上に向けると、とろけそうな青がゆっくり近づいて、唇に温かいものが触れた。
「…んぅ」
今まで頬やおでこにはお互いキスしたことはあるが、こんなにもまっすぐに目を合わせながら唇同士を合わせるのは初めてで、恥ずかしさに目を閉じてしまう。
唇を軽く舐められて肩を揺らすと、あむ、とまた唇を覆われる。サニーの手が頬から離れたと思ったら、その大きな手が首を通って肩、背中までゆっくり這い、優しく抱きしめられた。逞しい胸板が、布2枚挟んだだけの自分の胸にぴったりとくっつき、心臓の音が伝わって来る。誰かとこんなに触れ合うのは久しぶりだとぼうっとした頭で考える。
「…一番だって、信じてくれた?」
「ふぇ…」
いつの間にか離れた唇が、息遣いも分かる至近距離で囁いた。目を開けると眉を下げた大好きな顔がこちらを伺っている。
サニーは性的なことはあまり経験がないと言っていた。直接的な接触をこんなに積極的に誰かにしているのを見たことも聞いたこともなく、信じざるを得ないな、と観念し小さく頷くと、もう一度、今度は強く抱きしめられた。
次の日、サニーと揃ってミスタのところへお礼を言いに行くと、彼は満面の笑みでアルバーンの頭を撫で、サニーの肩をぽんぽんと叩いただけで何も言わなかった。
サニーと荷物を持って、フォルガ―、浮奇、ユーゴが待つ家へ帰る。
道すがら、離れていた間のことをぽつぽつと話すサニーに聞いてみた。
「ベスト、外して大丈夫だったの?」
「うん…?あ!もしかして、そこだったの!?」
「う、うう…、うん」
はあああ、と息を吐いたサニーに、呆れちゃったかなと眉を下げると、がばっと抱きしめれられた。
「ああもう、アルバーン可愛すぎ!!!!」