共鳴(resonance)ふと、何かを感じて眠りから覚めた。
今何時だ? 寝る前に枕元へ投げ出したはずのスマホを手探りで探していると手首を何者かに掴まれる。緊張に身を硬くするのと同時に、手はするりと離れて行き、代わりに抑えた声で名を呼ばれた。
「春日君」
「趙か? どうした?」
隣で布団も敷かずに横たわる趙がこちらを見ている。着替えもせずに普段通りの格好で。いや、一つだけ違う。顔の下に置いた両手には、いつもの指輪がない。
何か感じていたのは、こいつの視線だったのかと安堵した。同時にいつから隣にいたのかという疑問が湧いたが、伸びてきた趙の指に頬をすりと触れられて、直ぐにそんなことはどうでもよくなる。
「ねえ、知ってる? 春日君」
「おう?」
「俺が春日君のこと、どう思ってるか」
こちらの質問には答えず、趙は質問に質問で返す。布団の上に仰向けで横たわる俺の身体に、覆いかぶさって来ながら。
「俺が君に何をされたくって、何をしてあげたいか」
「わかんねえ。俺鈍感だからよ」
趙が俺にしたいこと。それが性的な何かであるのは不意に起こされた寝起きの頭でも、ぼんやりと理解ができた。今だって頭上の趙は長い睫毛を瞬かせ、物欲しそうに俺の唇辺りを真っ直ぐ見つめている。
「おしえてくれねえか?」
ならば、全てに気が付かない振りをして、趙のしたいようにさせるのもいいだろう。幸いここには今、趙と俺の二人しかいない。
「後悔するかもよ、それでも知りたい?」
「後悔なんてするかよ。俺は趙のことなら何でも知りてえ」
「じゃあ。言葉じゃなくて、直接してみてもいい?」
「ああ、やってみてくれよ」
趙の顔が近づいて来たかと思ったら、頬に、ふにという感触が一瞬。それがこいつの唇だとわかった時には、その感触は離れてしまっていた。
「どう? 後悔。しちゃった?」
趙が首を傾げて微笑み問い掛ける。甘ったるい声が、耳から離れない。
「いいや。なあ、今よくわかんなかったから、もっかいしてくれねえか」
「そっか。わかんなかったかぁ。じゃあもう一回ね....」
趙の何も分からない子供を諭すような口ぶりがどこかむず痒くて、俺は待ったをかける。
「ちょい待ち」
「ん」
先程と同じ場所へ再び口付けようとする唇を人差し指と中指で制して、趙の唇に触れた指の腹を、自分の唇へとんとんと当てる。
「どうせするなら、“こっち“ にしてくんねぇか?」
「はぁ....あのね、春日君。いきなりそれは流石にずるいかな....」
趙は少しだけ眉を下げて、困ったような顔をして俺の唇を指でなぞる。
ただ素直にして欲しいことを言ったまでで何がずるいのか、さっぱり分からない。第一、趙だって、キスをしたがっているはずだ。この唇に。
趙の真意を知りたくて、唇の上を滑る人差し指を舌先でちろと舐めて、ちゅくと音を立てて軽く吸う。
同時に目の前の趙が瞳を丸くし、慌てた様子の指が引っ込んで、遅れてはっと短く息を飲む音が聞こえた。
「なあ、何がずりぃんだ?」
「うーん....何がって....そういうところだよ?」
趙は俺に舐められた指を一瞥すると、ひどく情欲をそそる視線をこちらへ向けながら、べろりと舌先で舐め上げて見せた。
途端にゾクリと、体の芯が震える。
「随分と欲しがりだね、春日君は」
一種の余裕すら感じる一連の仕草で、いつの間にか立場は逆転していた。くるくる変わる表情にさっきから翻弄されっぱなしだ。
「くっ....お互い様じゃねぇか」
「....安心して。今度は、お望み通りにしてあげる」
再び近づいて来た趙の表情をよく見たくて、首を傾け顔を上げると、趙の手が軽く俺の顎に触れる。そのまま目を瞑らずに居ると、サングラス越しに伏し目がちに開いた瞳が瞬きもせず近づいてきた。
今度は時間を掛けてゆっくりと、好物を味わうかのように、ふわふわと。望み通り、柔らかな趙の唇の感触に己の唇が包まれる。遠い日の夏祭りで食べた綿菓子みたいに甘く、蕩ける。
「どうかな?」
唇と手を離し問いかけてくる趙の脇の下に腕を回して、動き易いように下から支えてやる。
「まだ足んねえ」
「奇遇だねぇ、俺もそう思ってたとこ」
続きをせがんだ俺の言葉に応えて、こちらの呼吸に合わせ、ひとつ息を吸う度に丁寧なキスが与えられる。唇が離れる度に鳴るリップ音が耳にこそばゆくて、心地いい。それに何より気持ちがいい。キスだけをいつまででもしていたいと思うのは、初めての感覚かもしれない。
「春日君、口。ひらいて?」
耳元で囁く趙の言葉に従い、閉じていた口を緩く開くと待ってましたとばかりに趙の舌が上唇の粘膜をなぞるように舐め、下唇へも繰り返す。
タイミングを計ってぬるりと入り込んできた趙の舌がまるで俺の口内など知り尽くしたように的確に奥の深く、弱い所をちろちろと舐めては突き、俺の舌を丁寧に舐り、意識は遠く深い場所へと飛ばされそうになる。
「はぁ....気持ちよくって夢中になっちゃった....」
趙は顔を上げて目を細め、上唇を舐める。ちろりと見えた舌をまた反射的に欲してしまい、ごくりと嚥下した唾液は俺のか、それとも趙のか。もはやわからない。
「あ。ねえ、春日君の。元気になってる。触ってもいいかな?」
「っ!」
キスに夢中で一拍遅れたこちらの答えを待たずに、下着越しで主張する己のものに趙の手が伸びて緩く触れられる。言われるまで全く気が付いていなかった。寝ている間に自然とそうなったのか、それとも趙との行為によってそうさせられたのか。快楽に浸るこの状況ではもう、正直そのどちらでも良かった。
「お前もう、触ってんじゃねぇか....」
「ふふ。ごめん。つい、我慢できなくて。俺ちょっと身体の位置変えるね」
趙はそう言うと、隣に横向きで寄り添い横たわり、片肘を立てた状態でこちらを向いて、俺の脚へ片脚を絡めてくる。
「春日君の。すごく、大きいね」
「ああ....趙はデカいの、嫌いか?」
「大きいの、気になるの?」
「いや、趙には、嫌われたくねぇから....」
どちらかと言えば経験上だと異性からは引かれてしまうことが多かったかもしれない。セックスしても、大きさから最後までできなかったり、そもそも入れる場面で頓挫したりで、相手の負担になるし、俺の欲が挿入という行為で満たされた記憶自体が余りない。
「ふふっ、嫌いなわけないじゃない」
柔らかく丸みのある声色で趙が答える。
どうやら本心から言ってくれているらしいことに、ほっと胸を撫で下ろす。
「俺は、春日君の頭のてっぺんから足のつま先までぜーんぶ....」
趙の手が俺の頭から鼻の先、唇から胸、腹から下腹部へと滑る。
「全部?」
「....そうだね。俺が春日君のことをどう思ってるかは、今度ゆっくり教えてあげる」
勿体ぶる言い方で焦らすなよと反論するが、趙はのらりくらりとかわす返事をするばかりで、今すぐ教えてくれるつもりはないようだ。趙が持っている感情が少なくとも嫌悪ではないのなら、今はそれでいい。次があるのならば、それもまたいいだろう。楽しみは後に。取っておこう。
体勢を変えて自由になった趙の右手の指は股間に近づき、俺の硬くなった陰茎の根元から先端まで大きさを確かめるように辿って、ぎゅっと握られる。
「痛くない?」
「丁度いいぜ....もっとしてくれよ....」
「もちろん。そのつもり」
「趙」
名前を呼び、何も言わずに口を開き、舌を出す。
それだけで察した趙も無言で笑みをたたえたまま、差し出した舌にしっとりと吸い付いてきた。
今や思考力は奪われ、趙から与えられる魅惑的な刺激に夢中になってしまっている。
深いキスを続けたまま、陰茎は力加減をよく知った手で扱かれ、陰嚢は手のひらの上でころころと転がされ、亀頭は指先でくりくりと弄られる。先走りで下着はじわりとシミを作って濡れていた。あの手この手で快感を与えられるほど、下着の上からでも形が分かるほどに股間が膨張して苦しい。
「は....」
「....キツそうだから出してあげるね」
俺の心の声が漏れ出たのかというタイミングで、蠱惑的な唇は離れていってしまい、身体を起こして太腿辺りから跨って腰を降ろした趙に履いていた下着をぐいと下げられる。
その勢いのままに、がちがちに硬くなった怒張が晒された。
「はあ....」
趙は感嘆とも溜息ともつかぬ何かを吐いて、両手で俺の硬く屹立したものを握り込む。
十本の指から伝わる圧迫感は、先程とは段違いの感覚を呼び起こす。まるで、脳天に電撃を喰らったみたいに。びりびりと本能を、直に刺激する。
趙の右手の指先が剥き出しの亀頭を包んで軽いタッチで触れれば、先走りが指にねっとりと絡み付いて糸を引く。
含みを持たせた表情でこちらに向かってくすりと笑い掛ける趙へ次の手を問う前に、先制したのは趙の方だった。
くちゅり。
卑猥な水音と共に趙の唇が開かれる。
意識すればするほど、趙のひとつひとつの行為から漏れ出る色気に当てられて、酷くくらくらと目眩がする。
つやつやと煌めく唾液。
口の中に溜めていたのであろうそれが、趙の長い舌を伝って滴る。
頭を鈍器で殴られたような衝撃に脳がぐらぐら揺らされ、目の前で繰り広げられる光景に、呼吸も忘れ魅入ってしまう。
零れた雫は、己の亀頭の先に辿り着いてだらだらと陰茎へと垂れてゆく。
たどり着いた先、亀頭から陰茎にかけて、俺の先走りと趙の唾液が混ざった二人の生成物でまみれていた。趙はまるでお気に入りの玩具でも見つけたような爛々とした目をして、左手で陰茎を固定させてから、右の親指と人差し指で輪っかを作り、滑りよく亀頭とカリの間を往復させる。何度となく繰り返されるカリ首へと引っかかる刺激に堪らず、腰がびくんとひとつ、跳ねた。
「ふふ。気持ちよさそうだねぇ」
「ああ、めちゃくちゃ気持ち、いい..ぜ....」
いつもより、どこまでも楽しげな趙は、時折追加の唾液を垂らし、亀頭を手のひらでするすると擦る。力加減が絶妙で、堪らない。かと思えば今度は五本の指が亀頭を摘むようにカリ首から先端に向かい巡り、また戻るのを繰り返す。
何もかもに慣れ過ぎている、あまりにも。ソープの姉ちゃん達がプロの仕事として行っていた行為と遜色がない、もしくはそれ以上の手際の良さだろう。全く動きに迷いというものが見つからない。一体どこで、誰にしていたんだ。こんなこと。むくむくと湧き上がる黒い嫉妬心が、じりじりと徐々にこの身を焦がす。
「いきなり咥えたりしたら、春日君引いちゃうかもしれないから今日は止めておくね」
別に引いたりなどしないし、やって欲しいが言わない。というか、言いたいこと聞きたいことが山ほどあるが、もはやそんな心と身体の余裕がこちらには無い。
ただ想像をする。
趙の口内で温められた己のものを。
嗚咽し苦しげに涙ぐんだ双眸を。
激しく歪んだ感情で。
趙の手がてらてらと濡れた陰茎を扱くのに合わせて、無意識に腰が動く。それを認めた趙が微笑んで、更に扱くスピードを速くする。
血流が陰茎に集まり、熱い。今にも爆発しそうだ。
「趙、駄目だ俺....」
「んー? 出ちゃいそう? いいよ出して」
「出してってお前....」
「いいからほらイって。見ててあげるから。ね?」
「目を瞑って。俺の中で出すのを想像してみて?」
「 ....っ」
「それから.........」
....
......
........
..........
_______________
「趙!」
「うん? あ、春日君起きた? 朝だよーおはよ」
「ああ....??」
見慣れた天井の柄、サバイバーの二階の部屋。開け放たれたカーテンから入る陽の光がやたらに眩しい。
状況がうまく飲み込めない。
動悸が収まらない。
嘘だろ。
今までの。
全てが。
夢か?
「どうしたのさ? そんなびっくりした顔して」
「お前が....いやなんでもない」
混乱する頭で上半身を起こす。笑顔で話しかけてくる顔を直視できない。あんなことやこんなこと、起きる寸前までお前と夢の中でしてたなんてこと、言える訳もない。
「そうそう、お洗濯するからその身体に掛けてあるタオルケットくれる?」
「これか? あぁ、あ。やっぱり駄目だ。今日はいい」
ちらりとタオルケットの中を確認したが、おいそれと渡す訳にはいかない。
「え、ついでに洗っちゃいたいんだけど」
「おい、引っ張んな!」
「もーらい!」
「あっ」
「あ」
手元からするりと無惨にもタオルケットが奪われたことで、全てが日の下に晒された。
自分の出した精液で、履いていた下着は元より、Tシャツの胸元辺りにまでびっしょりと被害が及んでおり、それはそれは悲惨な状況だ。今すぐにでも処理したかったが、いちばん見られたくない相手に晒すというオマケまで付いて来て、それも叶わない。
「言っとくけど、これは生理現象だかんな!」
「そんなのわかってるよ。にしても、なんの夢みてたのさ?」
「んなもん、忘れたよ!」
「へぇー....あ、そうだ。Tシャツと下着も洗わないと駄目だね。ほら脱いで? 洗ってあげる」
趙が当然のように手を伸ばして、汚れ物を受け取ろうとするのを拒否する。こんなもの、人に任せちゃいけないだろう。それにこの場で渡せば、もれなく全裸を趙に晒してしまうことになる。こいつは気にしないかもしれないが、あんな夢見ちまった後に趙に全裸を晒したら、俺の身体がどんな反応をするか分かったもんじゃない。
「いや、いい。自分でやる」
「ほんとに? 俺、後でカピカピのシャツとパンツ洗うのやだからね?」
「んなことさせるかよ! すぐやるよ!」
「あっそう、残念」
不満げな趙の立ち姿を見ながらふと、既視感を覚える。
「あれ趙、お前。指輪、してねえのか?」
俺から奪ったタオルケットを握る趙の指にはいつもの指輪が見当たらない。こいつが起きている間に指輪を外しているのは珍しい。
「あ....うん。後で磨こうと思って外してる」
そうなのか、ともっともな理由に納得したが、俺の興味は直ぐに別の方向へ向いた。
「そうか。てかてめえ、どさくさに紛れてタオルケットの匂い嗅ぐんじゃねえよ!」
「うーん。とってもかぐわしい春日君の匂いがするねぇ」
「くそっ、返せっ!」
「あはは!!」
_______________
「春日くーん、洗えた?」
浴室で汚れた身体をシャワーで流した後、着替えて浴室に舞い戻り、今度は汚れ物を風呂桶に入れて洗う。自分の残した独特なぬめりと洗剤の泡にまみれて。
「今やってるよ!」
ガチャと浴室のドアが開けられて、趙がひょこと顔を出した。俺はぶっきらぼうに答えつつ手を動かす。
「めんどくさいよねー後始末」
「趙もこんなこと....することあんのか?」
夢精自体が久しぶりだった。しかもよりにもよって今、このタイミングで。やぶれかぶれになって、脱衣所の壁に寄りかかってこちらの様子を伺う趙へ、遠回しに聞いてみる。
「こんなこと? ああ、夢精のこと? そりゃあるよぉ。男の子だもん。めちゃくちゃ賢者タイム入るよね、あれ」
「賢者タイム? 賢者ってゲームのか?」
知らない言葉の中に知っているキーワードが出てきて、思わず気になって聞き返す。
「そうそう、賢者様。夢精しちゃった後ってさ、急激に性欲なくなっちゃって、一気に冷めた感じにならない? 煩悩から解き放たれたっていうかさぁ」
「あぁ。だから賢者タイム」
「そ。セックスの後とかもなるよね」
「セックス....俺はもう何十年とご無沙汰だから思い出せねえけどよ」
「へぇ....してないんだ、セックス」
趙の言い方になんだか含みがあるような気がしたが気にせず話を続ける。セックスなんて、最後にしたのがいつだったか覚えていない。あれだけ若い頃は酷く身近にあった行為だったと言うのに。
「ああ、最近までムショぐらしだったしよ」
「そうだったね」
「それにソープランドで生まれてこの方、嫌でも普段から目や耳にしてた身としてはよ、どうしても商売に近い割り切った行為というか、セックスに本気になり切れねえつうか」
「そっか....」
「ともかく、愛のあるセックスつーのとはほど遠いのしか経験ねえな。俺は。てか、こんなん朝からする話じゃねえか」
「あはは、そうかもね」
趙が笑ってくれたことに安堵する。こんな話は深刻なものにするより、笑い飛ばしてくれた方がむしろありがたい。
「よしっ! すっかり綺麗になったぜ!」
「じゃあ、すすぎと脱水だけ洗濯機でしちゃおっか」
_______________
「フフーンフーフー....」
何やら軽快な音階で鼻歌を口ずさみながら、趙が洗濯機を手際よく操作する度、機械的なピッという操作音がする。しばらくするとカチッというロック音が聞こえて、洗濯槽の中へざあざあと水が流れていった。
俺は手洗いした洗濯物を渡した後、邪魔にならないように脱衣所の隅で手際よく家事をこ
なす趙の後ろ姿を見ている。
おかしい。変な気分だ。
夢の中での趙と、目の前の趙が重なって、このまま後ろから抱きつきたい衝動に駆られる。
そもそもさっきのは夢か?
いや、違うだろ。
触れた唇の感触、甘い声の響き、吐息。大事な所を握られた感触。あんな体験は、俺の頭の中だけじゃ到底なし得ないものだ。
けれど、こんなにもひとつひとつを鮮明に覚えているのにも関わらず、現実だったと証明する術が今の俺には何もない。
何故今こんな流れになってしまっているのかはわからないが、どうにも気持ちに折り合いが付けられないのがもどかしい。
趙を後ろから抱き締めて、振り返りざまに口付けて確かめてみるか? いや、違ったらただの盛った男と思われたりはしないだろうか?
でももしも。万が一にも夢だったとしても俺はもう。
趙との関係を、夢の中だけで終わらせるつもりはない。
「ん? 春日君どうかした?」
後ろに立つ俺の視線に気がついた趙が、くるりとターンして向き合うと、様子を傍観して無防備になっていた両手をきゅっと指先だけで握ってきた。それだけでどうしてこんなに。胸が馬鹿みたいに高鳴ってるんだ?
「そうだな、どうかしちまってるかもな」
「えっ」
思いもよらない返答に驚く趙の瞳を覗き込む。驚きと不安。少しの期待の入り交じった目を。
掴まれた手をこちらから握り返して口許まで持っていき、趙の手の甲へと恭しく口付けしてから、ゆっくりと唇を離す。もちろんその間も、趙へと向けた目線は外さない。
やっぱりおかしい。
これじゃまるでゲームや御伽噺の王子様みたいだ。柄じゃないってことは、十分わかっている。
それでも何かせずには、何か言わずにはいられない。
「俺は本当にどうかしてるよ、お前に」
本当は。
俺の前で首筋から耳まで真っ赤にしてるお前を今すぐ壁に押し付けてキスして、舐めて、吸って、噛みつきたい。
できればそれ以上のことだってしてえ。
そうしたら今度はどんな顔をするんだ?
賢者タイム、俺には無いみたいだぜ、趙。