六月の花婿季節は梅雨に差し掛かろうとする頃だった。中庭の小さな池の周りでちらほら紫陽花が咲き始めていることに気がつきながら、銀時は薄花桜の着物を襷掛けにして洗濯物を干していた。それを眺めながら高杉は縁側に腰掛けて腕に抱いた娘に苦戦しながら哺乳瓶でミルクを与えている。初めこそ、その腕に抱いた時はそれはもう見たことがないほどおっかなびっくりだったのに、随分マシになってきたものだと銀時はちらっと振り返り笑みを溢した。まあ最初から神楽が抱くよりはだいぶマシだったが、危なっかしくて見てられないと言う月詠やお妙、噂を聞きつけやって来たさっちゃんにどうにか娘の父親として認めてもらおうと奮闘していたしな。
『あの眼鏡の女には伊賀での借りがあるが、他の奴らには何故あんな目で見られるのか分からねぇ。』
困惑気味にそう言う高杉に偽杉のことを思い出して吹き出しそうになりつつ、慌てて気のせいだろうと取り繕ったものだ。恐々ながらも壊れ物のように抱いた娘に飲み口を差し出して小さな命が嫌々と身じろぎしては泣き出しそうになる度に肩を揺らして慌ててあやす。こいつのこんな姿を引き出すとは我が娘ながら末恐ろしいものだ。ぱんとシワを伸ばし干しながら目に入る紫陽花にこの前結野アナがにこやかに語っていたジューンブライド特集を思い出す。
『銀ちゃんはタカスギになんてプロポーズされたアルか?』
ある日、万事屋に出勤すると開口一番にそれを見ていた神楽に聞かれたのだ。しかし、銀時は何も答えられなかった。事が終わった後、当然のように指輪を渡された時も特に何も言われなかったし、気がついたら一緒に暮らしていた。子どもの父親であるし、番なのだから当然といえば当然だと自然に受け入れていたのだ。昔、戦争が終わり松陽を取り戻したら番になろうとプロポーズの予約のように言われたことは覚えている。しかし、その銀時の手によってすべてが終わりもう二度と会うこともないと思っていたが、高杉との結びつきはそんな甘いものではなかった。血と涙に濡れながら紆余曲折の末互いにその魂を取り戻したかと思えば生と死に隔たれることとなり、それでもこの男の凄まじい執念によって今こうしているわけだ。銀時はもうこれ以上他に望むことはなかった。自分の出生の話を聞かされても他人事のようにしか感じられなかったし、それよりもただ今のような穏やかな生活が、家族と呼べるのかもしれないこいつらとの日々が続けばいい。今更わざわざ言葉にする仲でもないし、そう、あれだ。恥ずかしい。愛の言葉を言うのも聞くのも素面ではとても耐えられない。別に言われたいとかじゃ.....
「銀時。」
「んー?」
籐を編み込んで作られた高杉好みの古風な洗濯籠は空になり、手に持ち振り返った。
「俺と結婚しろ。」
俺と勝負しろ。はるか昔、そう言われた時とまったく同じ真っ直ぐな瞳で高杉はそう言った。
「な...何、何、言って...」
籠を落とし予想通り。分かりやすいほど狼狽える銀時に高杉は笑みを溢した。
『小さいですね......』
『やっと会えたアルな。神楽お姉ちゃんですヨ〜』
娘を抱っこする新八と神楽を慈しむように見つめる銀時を見た時にじんわり何か温かいものが胸から込み上げてきて、もうとっくにそのつもりだった高杉はやっと自分が二度も生まれてきた理由を知った気がしたのだ。
「神楽に言われてなァこういうのははっきり言わねぇとなあなあな関係は不幸になるとよ。」
「あいつ......」
額に手を当て俯いた。で、返事は?と当然応と答えるだろうと言わんばかりのいつものすました面は腹が立つのに、どこか不安を背に負っているのが見えて銀時は自分が戸惑っていたことも忘れて言い放った。
「...今更、断るわけがねぇだろ。」
顔を背け、耳まで真っ赤な銀時に高杉は小さく息を吐き言った。
「幸せにする。」
「ったりめーだろ!皆んなの銀さんを嫁にするってんだからよ!あれ、婿か?」
照れ隠しにぶつぶつ言う銀時に高杉は早速六月中に式を挙げるぞ準備だといい出して急すぎるだろう無理だと焦った。
「なんだ、六月の花嫁は幸せになれるんだろう。」
「いや、いや、気が早ええよ!結婚式ってすんげぇ準備に時間掛かるし大変なんだからね?」
ジューンブライドを知っていた高杉に驚きながらもぶんぶんと手を横に振る。
「なんだ?白無垢着せて三々九度の盃を交わして脱がすだけだろ。」
「そんなさっとお手軽にできたら世のカップルは苦労しねぇんだよ!つーか、着ないからね?この腹で着れるわけがねぇだろ。つーか結局最後のが目的だろ!」
赤くなってそう言う銀時の腹には新たな命が宿っていたのだった。
「安心しろ、まだそんなに目立たねぇ。」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
「そうだぞ、高杉。結婚式はやれ、引き出物やら誰を招待するかしないかやら大変なんだからな。だが、友人代表スピーチなら任せておけ!」
貴様らの擦れた涙腺を崩壊させる名スピーチをお見舞いしてやる!と高らかに笑う桂にどっから入って来たと二人して殴り倒そうとしてすぐに手が止まる。
「まったく、鍵も掛けずに不用心な上、騒がしいパパとママでちゅね、ましろちゃん〜」
「......おい、娘を離せ。馬鹿が移る。」
「ふん。恩知らずめ。この子が生まれる時に傍にいたのは俺だぞ〜お前ではなく。」
自ら素早く這って近づき桂に抱き上げられた娘はキャッキャとご機嫌にそのアホ面で笑う。自分にも滅多に見せない笑顔を見せつけられた高杉は今にも刀を持って来そうなほどのオーラだったので、銀時は慌てて話題を変えた。
「何の用だよ。言っとくけど今からスタンバられても式の予約もしてないしそもそもお前の席はねぇから。」
「何を言う。六月は俺の誕生月でもあるのだぞ!」
「いや、お誕生日席とかそういうのはねぇから。」
そんな気の抜けたやり取りを繰り返していると白が愚図り出してしまう。慌てた桂から高杉が奪い取るように抱くと安心したように目を瞑る。
「案外父親をやっているではないか。」
「当然だろ。で、結局何の用だ?」
白の顔を見に来ただけではねぇだろうと高杉はまたすぐに愚図り出した娘を銀時に渡した。
「こいつぁ、うんこだな。」
真剣な顔で話出す桂と高杉の横でいそいそとオムツを変え始める。
「結婚式には当然必要だろ。指輪が。」
その言葉にぴたりと手が止まった。高杉は懐の煙管に手をやりそうになり、すぐに娘に気がついて手持ち無沙汰になりながら言った。
「当てでもあるのか?」
「ああ。近いうちに帝が江戸...いや、東京に行幸にくるらしい。」
「銀時ィ...」
高杉はにやりと宣言した。
「六月までに一等ものの結婚指輪を用意してやらァ。」