夏五ワンライまとめ②夏五ワンライ目次
①「境界線」現パロ/振られ続ける彼
②「悪魔崇拝」学生時代/怪我をした彼らと硝子様
③「課金」教師×教師/小さなことでもイチャつく種
④「ミニスカート」学生時代/悟のおふざけと思春期
⑤「必殺技」学生時代/女児アニメを見る二人
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①「境界線」
「悟、付き合ってよ」
「やだって言ってんだろ。そろそろ学習しろっての」
もうこれで何度目だろう。私が彼に愛の告白をし、あえなく撃沈するのは。
完っ全に一目惚れだった。入学したての高校の教室、窓辺の席に座って桜と空を眺めていた君を見て心臓を丸ごとぶち抜かれたような衝撃だった。日本人には珍しい白銀の髪も、蒼の瞳も、いっそ不健康とも見られるような真っ白な肌も、何もかも魅力的に私の目に映った。幸運なことに、出席番号順に並んだ彼の席は私の後ろだった。第一印象をよく見せるのは得意だ。私は座るよりも先に、彼に声をかけた。
その時の顔と言ったら。私は一生忘れられないだろう。
私を見て、彼は泣きそうな顔になったんだ。ほんの一瞬だったけど、こぼれ落ちそうなほど目を見開いて、何? って顔をした。勿論私たちは初対面だ。話しかけただけで悲愴感を漂わせる様なことは過去に一度も無い。とはいえ、これにはさすがの私も驚いた。美人って泣き顔まで美人なんだなって思った。いや、そこじゃないって? ごめんね私こういう人間なんだ。
「悟、私って魅力ない?」
「いやそんな事ねぇと思うよ。俺の方がイケメンだけど顔良いし、俺の方が優しいけど誰にでもにも物腰柔らかだし」
「そうだね。全部何にしても悟の方が魅力的だね」
「おー冗談通じねぇなお前」
「そりゃ私悟に惚れてるからね。私より何倍も魅力的なのは理解してるよ」
「あっそ」
「で、私と付き合って?」
「やだ」
「ダメかぁ」
出会ったのは高校時代。そして今は大学生。かれこれ五年、私たちは一緒にいる。全てが一級品の悟の隣に立つことは並大抵な事じゃなかった。
頭の出来も素晴らしい悟の学力に追いつくために、別に今までも悪くはなかったけど、もっと勉強した。
足は速いしボールやラケットの扱いもお手の物の悟。本人は部活に入ってなかったけど、たまに助っ人として入る時の凛とした姿は誰の目も惹いた。もちろん私の目も釘付けにされた。私は元々剣道部にいたのだけど、悟の勇姿を追いたくて部活を何度も抜け出した。けれど悟の隣に立っても可笑しくないように、努力は怠らず、大会でも良い成績を修めまくった。
あと私に足らないものは何なのだろう?
「やっぱ男同士なのが無理?」
「え、うーんいや、それは人それぞれじゃん? 偏見はない」
「じゃあ」
「それでもダメ」
「うーん……壁は高いな……」
「エベレストより高いと思え」
ハハハッと声を出して笑う悟。何が面白いのか、私には正直理解出来ない。でも笑った顔もめちゃくちゃ可愛い。年相応というか、いつも人を煽って生きてる彼(私は慣れた)が見せる純粋な笑顔はなかなかにレアだ。それを見せてもらえる機会が一番多いのは、勿論私。
「なー傑、腹減った」
「あぁ、もうお昼だもんね。何食べたい?」
「傑の飯」
「また? 私の作るご飯、味が濃いとかよく文句言ってるじゃないか」
「や、それがたまにめちゃ食いたくなるんだよ。ジャンクフード食いたくなる時あるじゃん?」
「私のご飯はジャンクフード扱いなの? まぁいいけどさ。文句言うなよあんま」
「好き好き言いながらさ、お前俺の好みに合わせようとか思わないの?」
「知ってると思うけど私結構グルメなんだ。味だけは譲れない。ちょっとでも私に合わない……不味いものを口に入れるのが苦痛なんだ」
「あーうん、そうだったな。やだよな、不味いもん食うのはさ。好きにしていいよ」
「するさ。でも悟の食べたいものは作りたいや。何がいい?」
「んー、ハンバーガーかホットドッグ」
「ジャンクだなぁ。というか悟、この後講義無いの?」
何でも上品に食べる悟が大口を開けて食べてる姿は、リスみたいで可愛いから好きなんだけど。
悟はこうして、自分の事を好きだと言い続けてる男の部屋に昼も夜も関係なくコロッと舞い込んでくる事に抵抗がない。私がとんでもないオオカミ野郎だったら襲われてるだろうに、ご飯を食べに来たりゲームをしに来たり、何の意味もなくふらっと来たり。まるで気高い野良猫みたいな存在。そんなところも、愛おしい。
「ねぇよ、休講だってさ。傑ももう無いだろ?」
「週末まで授業漬けなんてやだからね。悟もこうして遊びに来てくれるし。入れなくてよかったよ」
「お前ほんと俺の事好きなー」
「大好きさ。付き合っておくれよ、悟」
「やーだ!」
私より身長が高いくせに、ピョイッという効果音が似合うような気軽さで椅子から降りて、無邪気な笑顔をさらけ出した。天使かな?
「悟さ」
「何」
「真面目な話、私のどこがダメ? いや、君が異性愛者なのはわかってる。でも、私が君と結ばれる可能性って一ミリもない? 何度も伝え過ぎて言葉が擦り切れてるかもしれないけど、私は君のこと、本気だよ」
「……」
「それなりに私も君のこと理解しようと……隣に立っていられるよう、これまでも努力したんだけど。一ミリでもチャンスがあるなら、そのチャンスにかけたいんだ」
「……」
「だからさ、お願い。私のどこを直したら君の特別になれる?」
自分でも歯の浮くようなセリフを吐いてると思う。口から砂糖や蜂蜜といった悟の好む甘いものを直接吐き出してるようだ。言葉がもし食物に代われるのなら、きっと悟をめいっぱい喜ばせてあげられるだろう。普段の私なら絶対に言わない、けれど悟の前ならいくらでも紡げる愛の囁きを、彼は今、何を思って受け取っているのだろうか。
周りの学生たちの声なんて耳に入ってこなかった。何分経ったかわからないけれど、ゆっくりと悟が動き出した。とん、と弱い衝撃を受けたのは、額。悟の細くて白い指が、額に触れていた。と、優しく触れていたのは束の間で、自覚した瞬間にはグリグリグリと強めにドリルよろしく眉間を押し込まれていた。
「いたたたたたっ! えっ、痛い悟! 何?」
「まずは俺が他の奴らと喋ってる時ココに死ぬほど皺寄せんのやめろ! めちゃくちゃ人相悪いし、彼氏でもねーのに牽制すんな!」
「よ、寄ってた? そんなに?」
「人殺してそうな顔してる」
「うそぉ」
「それから、仲良い奴以外のこと猿って呼ぶのやめろ。なんだって猿なんだよ」
「猿にしか見えないんだ、有象無象が」
「俺自分がいい子ちゃんだとは思ってないけど、さすがに人間は人間に見えてるわ。話終わったあとちっちゃい声で『猿め……』って呟くお前結構怖ぇよ」
「そ、そっか。善処するよ……」
「あと!」
「うん……悟?」
眉間のグリグリ攻撃が止み、悟の言葉尻が突然続かなくなった事を疑問に思い、顔を上げた。悟の蒼が私では無くその下、私の胸の辺りをぼんやり見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……なぁ、今のままじゃダメなの? 俺はお前のこと、親友だと思ってるよ。それだけじゃダメ? どうしても、親友と恋人の境界線越えてぇの?」
「……悟……」
「どうしてお前が今になって俺にこんな固執してくんのか、わかんないけどさ」
「……今になって?」
「でも多分、俺が居なくてもお前は自分が出来ることを精一杯やって、幸せに生きてける奴だと思うぜ。なぁ、本気で越えてぇ?」
悟の顔がどんどん昏くなる。深淵を覗き込み、その闇から帰ってこられなくなってしまうような、ただぼんやりしているだけの彼なのに、そんな風に思わせる危うさを感じ取った。入学したての、あの日の教室で見たあの表情が戻ってきてしまったようだった。私は咄嗟にその手を掴み、強めに力を込めた。ふ、と悟の表情が少しだけ戻ってきた。
「……越えたいよ。君を私だけの特別にしたい。今だって親友と言う意味では特別なのかもしれないけど、そうじゃなくて……五条悟の世界を、独占したいんだ」
「……俺の、世界」
「そのためなら境界線だって何だって越えてみせるし、君の手を掴みに行くよ。離したりなんかしないさ」
「……そう」
悟が、私の掴んだ手を弱々しく握り返してきた。あたたかな手のひらは繊細で少しだけ震えていた。彼の言う境界線を越えたい。私はその願いも込めて、彼の名を呼ぶ。ゆっくりと、瞳が開かれる。
「好きだよ。悟が好き」
改めてそう伝えれば、悟はようやく唇を歪めて笑った。すると、なら最後の条件だと、境界線を越える為の私の課題を増やされた。
それは、とても不思議なものだった。
「もう次は置いてくなよ」
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②「悪魔崇拝」
私は思う。
呪霊やそこらの心霊番組なんかよりもっと怖いのは、人間じゃないかと。
生まれついて持っていた反転術式を他人に施せる私は、それはそれもう他の呪術師達から頼りにされまくっていた。何でもかんでも治してくれと、名前も知らない初対面の奴らにせがまれた事は何度もある。そんぐらい唾つけておけよ、と思うことも多々あるが、そんな事を言えば、自分と同じ、しかし特質から用途まで違う呪力を自分に向けられる事は目に見えていて、私は黙って力を振るうばかりだった。
反転術式とは、平たく言えばヒーリング系の力だが、戦闘になれば全く役に立たない。普段呪霊との戦闘でガンガン呪力を使っているようなやつからすれば、私は「簡単に殺せる相手」なのだ。
「ったく、嫌んなるったらありゃしない……」
今日も今日とて、そんな傲慢な呪術師様を治し続けていれば、いつの間にか人間だけじゃなく、草木まで寝静まるような時刻になっていた。日付を跨がなかっただけまだマシか、と高専寮の扉を開いたところで、ふと気がついた。
(血だ。)
寮の玄関、そこには乾きかけてはいるが量としてはかなりあったのではないかと思えるような血の跡があった。ここから先、男子寮と女子寮は分かれそれぞれの棟へ繋がっている。血の跡は、男子寮の方へ点々と繋がっていた。
ここ呪術高等専門学校、通称高専には生徒なんて全学年合わせてもひと握りしかいない。ひと握りしかいない生徒の中で女子なんて更に絞られる。要するに大方男子なのだが、私が顔を知っている男子達は今、どうしているのか。今日私が同行した任務は、大人たちの任務への同行で勿論治療専門要員だった。だから同級生や後輩が何をしていたかは知らない。何となく嫌な予感がして、私は男子寮の棟へと足を運んだ。
血の跡は途切れることなく、私を導くように床に続いていた。ヘンゼルとグレーテル、グロテスクバージョン。全く面白くなさそうな童話を頭に思い浮かべながら血を辿れば、私の嫌な予感は的中してしまった。
「あいつら……」
血が続いていたのは、二人いる同級生の内の片方の部屋。引き込まれるかのように扉の前に立てば、中からは男一人分の声だけが聞こえてきていた。私は黙ってノックした。
「……誰?」
「私」
「……硝子!」
ノックの音に応え扉を破る勢いで出てきたのは、顔面だけは恐ろしく整った、しかし性格が破綻してしまっている方、五条悟だった。珍しく額に汗を浮かべ、焦っているようだった。
「硝子、あのね」
「夏油か、血の主は」
「え、なんでわかんの」
「玄関から廊下にずっと血の跡ついてんぞ」
「マジか、廊下暗かったから気付かなかった……」
「それよりちょっとどけ。診てやるから」
「! そうだ、助けて硝子」
捨てられた子犬みたいな目しやがって。ずっとそれくらい謙虚で大人しそうにしてりゃきっとまだ周りだってコイツを誤解せずにいるだろうに。
そんな事を思いながら五条を押し退け、部屋と血の跡の主である夏油を探せば、直ぐに見つかった。
「っ……なにこれ」
「腹、破られた。取り込んだ呪霊に」
何末恐ろしい事をサラリと言うんだ、と普通なら思うだろう。けれど呪術界にとって、それは別に驚くような事じゃない。腹を血で染める事ぐらい日常茶飯事だ。ただ、夏油の場合は少し勝手が違う。こいつの場合、外からの怪我ではなく、体内からの攻撃。ただ外面だけ治せばいいという話じゃないだろう。
クソ、どうする。
「おい、夏油。意識あるか」
「……ぐっ……」
「……辛うじて呼吸はあるって感じか。どの辺から破られた」
「ここ」
「……内臓やられてるかもな。やられてどんくらい経った?」
「担いですぐここ飛んできたから、一時間経ってないくらい」
「……夏油の図太さに感謝した方がいいよ。普通なら死んでる。五条お前なんかした?」
「俺、反転術式他人に使えないから。せめてって思って、俺の呪力ずっと当ててた」
「……お前」
破られたという傷口に少し手を翳すと、そこには確かに夏油の身体を巡る呪力とは別に、微かだが十分に色濃い他の人間の呪力を纏っていた。反転術式でもないそれに何の意味があるのか、普通なら差程意味は無いのだけど、この男だから出来た技だ。
自分の強すぎる呪力をごく薄く張り、傷口に圧をかける。そうすることで、物理敵に出血や内臓の損傷進行を抑えていた。ただこれをするには、呪力を断続的に張る必要がある。つまり五条は、私が来るまでの一時間弱、己の呪力を一定数放ち続けていたことになる。
「お前、相変わらずバケモンかよ」
「言うに事欠いてそれ? 仕方ねぇじゃん、傑を助けるにはそれしか無かった」
「他の術師は? 反転術式使えるやつなんて、私以外にもいるだろ」
「全員出払ってた。多分硝子が今日行った任務に。俺たちには、車で現場まで送ってった補助監督だけしかいない。相手は特級だった」
「……はぁ? 私んとこの任務なんて、精々反転術式持ち三人いれば何とかなるレベルだったぞ?」
「だから、わざとだよ。俺たちを孤立させるため。どんな呪霊かも予めわかってて俺と傑を向かわせた。呪霊操術使いの傑がこいつを飲み込んだら、腹の中から出てくるような性質を持つことも、全部わかっててだ」
私は五条の話を手を止めずに聞いていた。張られていた呪力の膜のおかげで、進行はかなり遅くなっていた。私は疲れきった体にムチを打って、自分の力を最大限に出しつつ反転術式を夏油に浴びせた。片手で反転術式をかけ、もう片方は五条が用意したであろう包帯やガーゼで傷口の細かな処置をしていた。五条は、黙って私の隣で夏油を見ていた。その目は普段なら見ない目だ。普段のおちゃらけてすぐ人をバカにするような態度からは絶対に見られない、目。サングラスが外され晒された蒼い目には、静かに怒りの炎がゆらゆらと揺らめいているようも思えた。
「……上の差し金か、もしくはウチか。どっちかわかんねぇけど、俺たちが好き勝手暴れてんのが気に入らないんだろ。特級だからって、ガキが調子乗んなってな。それだけならまぁいい。俺も傑も力でねじ伏せるなんて簡単だよ。けど……」
「……うん」
「奴らの狙いはそれだけじゃない。というよりまず俺を潰すにはどうしたらいいか考えたんだろ。俺から傑を取り上げりゃいいんだ。俺はきっとたった一人の親友で好きな奴をなくして意気消沈。落ち込んで暫くは言う事も聞くだろう。そうなりゃその間に色々都合悪い事片付ければって」
「待って。お前を潰す? この万年人手不足の界隈で、お前程の実力者なんて他にいないだろうに、潰すって何」
「悪ぃ、言い方が悪かった。潰すってのは殺すってことじゃなくて、俺の自我を潰すっていうか……要するに何でも言うこと聞くお人形さんにしたいんだよ、あいつらは」
「……あー、出た出た。御三家特有の闇ね」
「ん、そゆこと」
努めて、五条は今内なる殺意を私に向けないようにしてくれてる事には嫌でも気付く。私に対して怒っている訳では無いから。だからといってその矛先をどこにも向けられずにいる状態は、とても精神的にもキツいもんだろう。
つまるところ夏油は五条の人形計画の為の鍵、悪く言えば駒として犠牲にされたのだ。
五条悟の力を封じる為になら、ぽっと出の特級術士の犠牲も厭わない。
(ったく、同級生亡くすかもしれないこっちの身にもなれよ……。)
あまりの理不尽さに、さすがに普段「怒り」という感情を殆ど持ちえない私でさえ、その気持ちを呼び起こさせる。ただの同級生である私がこうなのだ。さっきはサラッと流したけど、こいつにとって夏油はただの同級生なんかじゃない訳で。
「五条」
「何」
「頑張ったな」
「……なにが?」
「お前大人になったじゃん。夏油守るために、相手の画策わかってても我慢して、呪霊祓って、ここまで夏油連れてきたんだろ」
「……うん」
「凄いじゃん、好きな奴の為に頑張れるなんて、入学したての頃のお前じゃ考えられないじゃん」
「……あー……俺言った?」
「言ってたよ」
「ふはは、マジか。やー、俺もビックリだよ。何で傑なんだろうって百回以上考えた」
「おう」
「でも……何回考えても傑じゃないとやだなって思った」
「そっか」
「俺さぁ、家にいると鬼とか悪魔とか呼ばれてんの」
「へぇ、天使じゃなくて?」
「見た目だけならな。今じゃもうルシファーだって裸足で逃げ出す大悪魔だよ。俺の指一本で人が死ぬんだからさ」
「まぁ、そうだね」
「ちょっと前まではさ、名前も知らねぇ雑魚共に、どうしてそんな悪魔呼ばわりとかされなきゃいけねぇんだよって、ずっとイライラしてた。けど、もういいよ」
声音が落ち着いてきたから、少しはマシになったかと思ったけれど、違った。
夏油から視線を外して、もう一度五条の目を見たら、何だかこっちまで目が覚めた。恐ろしいくらいに輝く瞳孔は爛々としていて、獲物を見つけた獣みたいだった。いや、これが今悪魔の目と言われて見せられても、私は信じたかも。
五条は静かな声で、夏油を見つめながら言った。
「傑の為なら悪魔にでも何でもなってやる。傑だって守られるようなタマじゃないと思うけど、今後俺のせいでこいつが傷付くことがあんなら……俺、絶対許せない」
「……」
「俺の事を悪魔だって言うヤツらも全員、服従させてやる。俺を崇拝させて、俺の好きな奴傷つけたらどうなるかって、見せしめてやる……」
「……程々にな」
「うん。……あっ硝子の事も俺好きだよ」
「ソッチの意味じゃないだろ、ソッチだとしたら吐くぞ」
「ひっでぇな。そこまで言うかよ。……でもホントだかんな?」
「ハイハイ。じゃあ私はその悪魔様に目を付けられないように治療させて頂きまーす」
恐ろしい男だ。夏油にも見せてやりたい。
悟は純粋だから外からの汚い奴らから守ってあげないと〜、なんてつい三日前くらいに、この腹破られた男から聞いたぞ私は。大分その腹も傷が塞がってきて、ようやく私も全開の呪力量を制限出来るかなと目処が立てられた。
「……しょーこ」
「何」
「傑の手、握ってもいい?」
「あーはいはい好きにしろよ」
放り出された左手に五条は縋るようにして両手で握り締めた。もう平気だぞ、と言えばこいつは手を離すだろうか? いやきっと離さない。さっきまでの悪魔の目はなりを潜めて、恋する少女みたいな潤んだ目で夏油を見ていた。
「……夏油が起きたらお前らいっぺん話し合え」
私の呟きに、五条は悪魔と呼ばれるには似つかわしくない幼げな顔で首を傾げて見せたのだった。
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③「課金」
夏を満喫出来ていたのは、一体何歳までだっただろうか。八月も終わり、暦の上では秋と言っても過言ではない今日。まだまだ夏は続いてるぞっ! と言わんばかりの九月の太陽の主張には、黒いジャージを着込んでいる私からしたら、タイマンで喧嘩を売られているようなものだった。天候を操れる強めの呪霊でも取り込んでおけばよかったと、割と人生で何回か考えた程だ。
本日の業務は、二年生三名の任務への同伴。もちろん今回の主役は生徒たちなので、私が手を出す、もとい自らの術式を用いて取り込む必要も出番もない。本当に危険な時だけちょちょっとアシストして、あとは見てるだけ。言葉にすればすごく簡単な仕事なんだけど、見守る生徒三人がまたクセ者揃いで。
「おい傑〜顔に面倒臭いって出てるぞ〜」
「しゃけしゃけー」
「お前一応教師なんだろ? シャキッとしろよ……悟といいお前ら何なんだよマジで」
「こんなクソ暑い中、シャキッとする方が無理でしょ。ほら、若者はさっさと行って。真希、君は半分猿みたいなもんなんだから、ぼーっとしてると死ぬよ?」
「お前ほんといつか殺す。憂太帰ってきたら覚えてろよ」
「そこで乙骨を出すのはずるいだろ」
あぁ言えばこう言う。まるで昔の私たちを見てる様だとたまに思う。入学したての時はまだまだ可愛げもあったのに、今では生意気さの方が目立つ。なんでも、彼らは私の事が嫌いらしい。それなら悟の方がまだマシという事だろうか? 同じ教師として悟の方が好かれているのというのも、何となく悔しいというか、腹立たしい。そう思って彼らに聞いてみたら、「どっちもどっち」というお言葉を頂いた。彼らは私たちが特級であることを忘れてるのでは無いだろうか。
「クソ、どうでもいいけど暑いってのは同感だ。さっさと終わらせるぞ」
「おかか!」
「傑〜終わったらアイス買ってくれ」
「私は悟と違って一般職員なんだよ? たかるのは辞めてくれ」
「特級術士が何言ってんだか……」
「ツナツナ……」
文句を垂れつつもきちんと時間通りに集まって任務をこなそうとしているこの子達は、口には出さないけど十分いい子たちだと思う。文句たれた上に任務の時間には遅刻し、怒られた腹いせに秒で呪霊を祓い、報告もしないで悟と硝子と三人で電車に乗って遠くまで遊びに行ったりしてた私とは大違いだ。世の中は夏休みなんだから私達も休んだって良くない? 当時の主張である。若気の至りって怖いね。
しかしそんな平和な思い出を浮かべていられるほど、状況は良くなかった。早速、生徒たちの前に奴さんは現れていたようだった。
「来たぞ」
「さぁ皆、頑張ってね。私は上から見てるから、くれぐれも死なないように」
「シャケ!」
「マジでヤバい時は助けてくれよな〜」
悠々と、私は空を飛ぶ呪霊を呼び出し上空へ昇りつめた。若い力はあんな雑魚相手ならすぐにカタをつけてしまうだろう。仕方ない、このあとアイスは奢ってやるかと考えていると、仕事用ではなくプライベート用の端末が通知をもたらした。
「悟? どうしたんだろう……ん?」
それは愛しい親友であり恋人である悟からのメッセージだった。今は真昼時、彼も受け持つ一年達の付き添いか、自ら任務に出ているであろう時間帯にも関わらず珍しいと思い早速開いてみると、そこには理解し難い一文だけが送られてきていた。
『傑に課金したわ』
「……私、知らないうちにソシャゲのガチャにでもなってたのかな?」
悟はたまに、私でも一発で理解出来ないような事を言ってくる。よくよく聞いてみればわかることなのだけど、最初それだけ言われても「なんの事?」と返すしかないような内容だ。今回もそうだろうと踏み、私は直ぐに返事をした。
『私はいつの間にソシャゲになったのかな?』
『違う』
『なら何? また変なこと考えてるでしょ』
『違うモーン。でも帰ったら楽しみにしとけよ』
『もう少し具体的に教えてくれないか』
『傑のために単発ガチャ回した』
『やっぱソシャゲじゃないか』
『ソシャゲじゃねーもん!』
「でもガチャならソシャゲだろ……」
私のツッコミに同意してくれる者もいなければ、返事をしてくれる者もいない。今度相槌打ってくれるだけの人形みたいな呪霊でも取り込むか。いやいらないな。
私のための単発ガチャとはなんなのだろう。ソシャゲじゃない、という彼の言葉を信じるのであれば、例えば私のために何かを突発的に用意したというケースだろうか。過去にも何度かあった。私が呪術師として出向く時に着る袈裟が気に入らないとかで私服をプレゼントされたり、お前が好きそうな名前だったからというよく分からない理由で、全く笑えない値段の酒を買ってきたり。単発ガチャというなら、何種類かあるものをランダムで買ったとか、そういう感じなのかもしれない。
……うーん、今回は全くもってわからない。気になって若干ソワソワしてしまい、早く祓い終わらないかと下を見る。少し苦戦気味かと思えたが、敵の弱点がようやく掴めたのか、真希の動きが格段に上がるところだった。
「ねー、まだ祓えない? 私ちょっと帰りたいんだけど」
「ふっざけんなインチキ教師! 黙って見てろ!」
「真希の口の悪さは昔の悟に似てるね……なるべく早く頼むよー」
とは言いつつ、見てる分だともう終わるだろう。私が出るまでもない。悟からは特に追加のメッセージは無く、私はただ呆然と成り行きを見守るしかなかった。
そうして少しして、全てが片付いたのを確認してから私は地上に降りた。
「お疲れ様。今日は三人で良く連携が取れていたね。少し弱点を抑えるのが遅かったかな。真希、君は腕っ節に頼りすぎだ。周りを見て、活かせるものは活かしな。狗巻、君は術式上仕方ないのだけど、体術面を見直してみるといい。特に接近戦ね。あとパンダ、君の体は人とは違うのは確かだけど、学長が愛情込めて作ったんだ。無駄に消費して身を削ろうとするのはやめなさい」
「……傑ってこうしてアドバイスくれる時は教師だよな」
「シャケ……」
「それぐらい取り柄ねぇとこいつが教師やってる意味無くね?」
「コラコラ君たち。アイス買ってあげないよ? 少し事情があってね、早く帰りたいんだ。買うなら補助監督が迎えに来る前に、そこのコンビニで選んで」
「どうせ悟関係だろ、お前のことだし。行こうぜ、ゆっくり時間かけてアイス選んでやろうぜ」
真希の言葉に頷きつつも、三人仲良くコンビニに向かっていった。寄り添う姿を見ていると、少しだけ過去の私たちを思い出せるかのようだった。懐かしいな、私たちにも確かに青春はあったなぁ。私も財布になるべく、三人の後を追った。三人に買い与えたあと、私は補助監督が来る迎えの場まで彼らを送り、お先に一人帰らせてもらった。何でって? もちろん呪霊タクシーさ。悟からの連絡は無かったけれど、高専に戻れば彼の気配は嫌でも感じられた。だって彼、高専に構えてある私の部屋にいるみたいだったからね。
「ただいま」
「おかえりー」
「おかえりって君の家でも部屋でもないんだけど?」
「実質僕の部屋でしょ」
「その実質ってどこから出てきたの? 全く……」
案の定、悟はそこにいた。私の部屋着を勝手に着て、冷蔵庫から勝手に私のおつまみと麦茶を出し、勝手にくつろいでいた。全く、と言いつつ私も恋人が自分の服を着ている現実が嬉しくないわけじゃないので、そこまで咎める気になれず好きなようにさせておく。手洗いや着替えを済ませて、仕事終わりの一杯として缶ビール片手に悟の元へ戻った。
「で? 単発ガチャって何?」
「あー、お前めっちゃ気になったでしょ」
「当たり前でしょ? あれだけ送られてくれば気にならないわけない。で何? また何か買ったの? そういうのいいって言ったよね……」
「違うって。何でもかんでも俺がお前に貢ぐと思うなよー。今日さ、悠仁達と原宿行ったの」
「原宿? 遊びに?」
「まさか。任務終わりのご褒美にだよ」
悟が受け持つ一年達は、私の見ていた二年たちとはまた別の意味で若い。なんと言うか、感覚が。その子らを連れてと言っても、多分悟も楽しんでたんだろう。恋人としてはちょっと面白くないけども、悟にとっては可愛い生徒。ここで嫉妬するのはさすがに大人気ない。
「で見てこれ」
「え」
「はいコレ。お祓いするゴリラ」
「お祓いするゴリラ? え何? ほんとに何これ?」
私は文字通り困惑した。悟の手のひらから出てきたものは、和服を着たゴリラが御札のようなものを持って、もう片方の手で胸の辺りをグーにして構えている。多分ドラミングしてるんだろうけど、こんな何の役に立たなそうな何かがなぜ私の課金という話に繋がるのか。
「悟これ何?」
「ガチャガチャ!」
「で?」
「やばくない? お前に超似てる」
「仮にも親友で恋人の私の事こんなゴリラに見えてるの? ちょっとショックなんだけど!」
「仮にじゃなくない? でもこの風格……めっちゃ傑に似てる」
「もしかしてこのゴリラが私に似てるから、私に課金したって言ったの?」
「そう」
「悟……」
私の服着て可愛いな、ってニコニコしてしまった気持ちがちょっと萎えた。ゴリラだなんだと言われることは多々あったから別にいいんだけど、悟にまでそう見られてたのは正直何となくショックだった。目に見えてシュンとしてる私を見て、さすがの悟も違和感を覚えたらしい。
「え、何、そんなショックだった?」
「私ってそんなゴリラ属性あるかな……悟と身長そんな変わらないし何なら私の方が低いのに……やっぱ肩幅?」
「肩幅、は、あると思うけど……お前たまに素手で固いもの握り潰したり平気でするじゃん……そういうの生徒の前でやるから言われるんだよ。この前だって助けた女の子がくれたジュース、御丁寧に中身捨ててスチール缶なのに握り潰してたじゃん」
「環境に優しくぺったんこにしたさ……」
「環境に配慮するやつは道端にジュース流さねぇよ。や、ごめん、ゴリラなんて思ってないよ……フフっ」
「ちょっと笑ってるじゃないか」
「ごめっ……」
全然反省してない悟の肩を前から抱き勢いをつけて押し倒す。まだ笑ってる悟は虚をつかれたように、ビックリした顔をしていたけど、フフっとまた私の顔を見て笑いだした。
「笑いすぎ」
「だって、凹んでる傑可愛い」
「は? 私が可愛い? 疲れすぎてんじゃないの?」
「心配してくれんの? でも残念、別に疲れてねぇし。……んっ、ちょっと、なんだよこの手は」
「ゴリラのじゃれつきだよ」
「ゴリラに全力でじゃれつかれたら死なね? ……ん、ぅ」
悟から息が抜けるような声が漏れる。ゴリラのじゃれつきと私は例えてやったけど、脇腹から服の下を撫でる手つきは恋人同士の触り方のそれで。悟の吐息が甘くなってきた頃に顔を上げた。
「慰めてくれよ、悟」
「はー、単発ガチャ失敗だな。課金損だよ……あっ」
「何を言うんだ、こうして戯れるきっかけになったのだから、むしろ得だろう? まぁあんなのに金かけるくらいなら、私自身に課金してくれた方がマシかな」
どっちだよ、なんて呟きながら悟は快感に身を委ねていった。今度は私が悟に課金してみるのもアリかな、と思いながら、私は押し倒した体を堪能することに集中し始めた……。
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④「ミニスカート」
「男ってさぁ、何でスカート履いちゃいけねーんだろうな」
二人しかいない広い教室。二人のうちの片方が漏らした言葉が隣にいて聞こえない訳がなかった。
閑散としているのは教室内だけではなく、校舎全体がそうだった。生徒数が極端に少ない呪術高専において、人が出払っていれば尚のこと静かだった。つ、と言葉を零した隣に座る悟を見遣れば、とんでもなく長い足を机の上に行儀悪く投げ出して、ギコギコと椅子を鳴らして座っていた。
「悟、足」
「うっせぇないいだろ。なぁそれより何でスカート履いちゃダメなん? 男って」
「それを男の私に聞くのかい?」
入学当時から特級の男と、もうすぐ特級昇格の話が来るであろう一級の傑。二人が暇を持て余しているのも珍しい話だが、あまりにも任務漬けの日々を過ごしてきた為、悟がついにキレて休ませろと駄々を捏ねたのだ。一人でいるのもつまらないから、傑も休ませろ、というわがまま付きで。傑からしたらありがたい話であり、久しぶりに身を休めることが出来た今日という日に感謝しつつ惰眠を貪ってやろうと思っていたのだが、任務がないなら自分たちはただの学生だからと、担任教師は容赦なく課題を突きつけ任務に向かって行った。悟はもう終わらせたのか、ペンは机の上に無造作に転がっており、長い足で蹴飛ばしてしまいそうだなと傑は思った。
「傑スカート履いたことある?」
「ある訳ないだろ。私の図体でスカート履いたら結構事故だと思わない?」
「俺でも事故になるかな」
「な……いや、その顔ならありよりのありかも」
「だよなぁ。じゃあスカート履いて歩いてもいい?」
「やってもいいけど私は止めないよ」
だってよぉ、と悟はようやく足を下ろし勢いよく立ち上がった。が、その衝撃でやはりペンは床に転がってしまった。悟はそれに気が付いていないようだった。
「女はズボンもスカートも履けるじゃん? でも男はスカート履いたら変な目で見られる。これって不公平じゃね?」
「うーん。君の言いたいこともわからなくはないけど、スカートははるか昔から女性の身につけるものと決まっているから、今更どうこうって話じゃないだろ?」
「俺がスカート履いてたら違和感ある?」
「うんまぁ……君は顔がいいけど体的に見ればどう考えても男だからねぇ。違和感は拭えないよ」
傑はそう答えながら、落ちたペンを拾ってやった。斜め下からペンを差し出したが、悟はそれを受け取らず、キャッと言って何故か股下の部分を押さえるポーズを取った。眉間に皺を寄せて悟を見れば、わざとらしく顔を歪めて言った。
「傑君のエッチ! 私のスカートの中覗こうとしたでしょっ!」
「履いてないだろ君」
「いやさすがにパンツは履いてる設定だわ。そんな痴女演出するわけねぇだろ」
「その前にスカートをだよバカ。誰がノーパン性癖だ」
「んな事誰も言ってねぇよ。何言ってんだ大丈夫か?」
「君が始めたことだろう!」
少し乱暴にペンをバンッ、と机に置いてやれば、ハハハと声を上げて悟は楽しそうに笑った。悟が気まぐれなのはいつもの事なのだが、今日は久しぶりの休暇ということもあり、少し浮かれているのだろうか。とりあえず課題を終わらせて部屋に戻ろうと、傑は気を取り直して机に戻った。悟はと言うと、ちょっと便所、と言って教室を出ていってしまった。特段気にすることなく傑は課題に向き直った。そしてどれくらいの時間が経っただろうか、ふとした時、悟がまだ戻ってきていない事に気が付いた。ただのトイレにしては遅いなと思い携帯を開いた所で、ガラガラと教室の扉が開く音がした。
「あ、さと」
「じゃじゃーん! おっまたせたー! 家入硝子でーす!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……何か言えよ!」
「引いてるんだよ」
一体どこから持ってきたのか。悟はもう一人の同級生、女生徒の家入硝子が履いてるタイプと同じミニスカートを履いて帰ってきた。顔がいいからありよりのありと言ったが、撤回しよう、無しだ。傑は喉元でその言葉を出すのを止めたが、引いたというのは本心からだった。
「ねぇそれどっから持ってきたの」
「備品室から」
「勝手にとってきちゃダメだろう」
「後で返すもん! なぁどう? 硝子の真似」
「間違っても本人の前でやるなよ。一生治療して貰えなくなるよ」
「怒る?」
「私が硝子ならメスで刺してる」
「超怒るじゃん……」
悟は、その生い立ち故たまに世俗や人の感情に疎い時があった。任務先でも一般人を怒らせることが多いのは圧倒的に悟が原因のことが多かった。恐らくこれも、面白いからというような単純な理由でやったのだろう。傑にはすぐわかったが、だからといって容認していいことでは無かった。
「やっぱり君は顔はいいな。ちょっと可愛いとも思えるんだけど、普通に他の人が見たら悲鳴あげると思う。早く脱ぎな」
「褒めてんの? 貶してんの?」
「どっちも。私は別に君がその格好で任務に行こうが日常を過ごそうが構わないけど、周りの人は気にするから、やめようね」
「傑、俺が女の子だったら惚れてた?」
「え?」
それは突然の問いだった。悟はパッと見、ふざけて聞いている様には見えなかった。傑は少し考えて、まぁ、と答えた。
「君女の子になったら相当美人だろうし、惚れてたかどうかまではわからないけど、可愛いなとは思ってただろうね」
「ふぅん、そっか。今は?」
「今ァ? や、男だしなぁ……何で?」
「……何となく?」
何処と無く悟の頬が赤色のように見えたのは、傑の勘違いだろうか。窓から差し込む夕日が少し顔にかかっているせいなのかもしれないと、傑は考えを改めた。
「悟?」
「あ、うん、何?」
「もう脱ぎな」
「うん……スカートの中見る?」
「……ノーパン?」
「ばぁか、履いてるっての。あーあ! つまんね、もっと照れてくれたり、ノッてくれりゃいいのに!」
悟は笑いながらスカートの端をペラリと捲った。そこから覗き見えた顔と同じく真っ白な脚は、普段見ることの無い領域で傑は少しだけ胸が高鳴ってしまった。男という自分のさが故、だろうか。ほんの少しだけ、触れたい、とも思った。
「あ、ちょっと」
「ん?」
「それは良くない、悟、それは良くない」
「どれ?」
「脚」
「脚ぃ? ノーパンじゃなくてお前脚フェチ?」
「どちらかと言うと尻、いやそうじゃなくて! 君色も白いしスタイルいいから、そういう事されるとさすがにドキッとする」
「……え〜? 傑マジ〜?」
悟の顔は途端にニヨニヨと機嫌の良さそうな笑顔が浮かんだ。嬉しそうな、楽しそうな顔だった。任務中の勝気な表情とはまた違った笑顔で、ミニスカート云々より傑はその笑顔の方がより心に刺さった。
「ねぇねぇ傑! 俺可愛い? 美人? 脚綺麗?」
「やめろやめろ! 可愛くはないけど美人だとは思うし脚は綺麗だと思うよ!」
「んふふ、ありがとな! 触ってもいいんだぜー? 好きなやつの脚、触りたいだろ?」
「だ、誰が好きだ! 夜蛾先生に後で言いつけるぞ!」
傑はペンを投げ捨てた。課題もよそに悟からのおふざけ攻撃から逃げ出した。ミニスカートを履いた顔がいい巨人はいつも祓う呪霊よろしく、傑を攻め入った。
ミニスカートの特級呪霊、もとい五条悟は、その姿のまま校舎中を傑と走り回っていたところを任務帰りの担任教師に見つかり、大人しく制裁を受けた。何で私まで、と傑は呟いていたが、悟はここ最近で一番楽しそうな顔をしていた。
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⑤「必殺技」
珍しく任務も何も無い日曜朝。二人が見ていたのは、戦隊モノでもライダーモノでもなく、女児向け魔法少女モノだった。
「傑」
「何」
「俺達も必殺技、欲しくない?」
「欲しい」
男子高校生のノリというものは早朝深夜関係なく、そこに男子高校生が二人以上いれば発動されてしまうものである。残念なことに、今ここにストッパーであるもう一人の同級生はおらず、二人は魔法少女の変身シーンを真剣に見ていた。下手したら、一級程度の呪霊と戦う時よりも真剣に。
イメージカラーがピンクなのだろう。一人の少女がステッキ片手に呪文を唱えると、一緒にいた謎の小さきいのちが少女に魔法をかけていく。すると、それまで普通の出で立ちであった少女が、あっという間にお姫様のようなふんわりとした短めのスカートにキラキラの宝飾が散りばめられたピンクの衣装を身にまとった。オマケに髪型や髪色、ピアスや靴に至るまで、全身コーデを十秒足らずで完成させてしまった。
「あんなの普通に考えて無理だろ」
「普通に考えちゃダメだよ。彼女たちは魔法を使うんだから」
「呪術も魔法かな」
「……ある一定の見方をすれば、まぁ違うとも言えないんじゃないか?」
「傑、お前呪文唱えたら変身出来るような、」
「そんな呪霊いないからな。何でもかんでも私の術式を近未来ネコ型ロボットと同じような扱いしないでくれ」
「は? しけてんな」
「しけてるわけないだろ。大体君だって嫌だろ突然呪霊出して変身シーン繰り広げる同級生って」
「可愛くは無いな」
「私に可愛さを求めるな。あぁいうのは小さい女の子とあの謎の国から来てる小さきいのちが重要なんだよ」
「あぁいうのいない?」
「いないし、いたとしたらそれは呪霊じゃなくて多分妖精だ。捕まえて国に渡したら報酬で一生楽して生きていけるだろうよ」
この国の妖精学なんて知りもしないけど、と夏油は最後にそう付け加えた。
テレビの中の少女は、もう一人青い姿の少女と共に黒い巨人の敵と戦い、交戦中であった。
「意外と蹴ったり殴ったり物理で戦うんだな……」
「それは私も思った。魔法は最後の必殺技まで取っておくんだよきっと」
「なるほどな。てか敵の女エロくね? 女児向けアニメで胸めっちゃ出すじゃん」
「敵役の女性が少しセクシーなのは、子供と一緒に見ている親向けでもあるって聞いたことあるな」
「えー……何か大人の事情って感じで夢壊れんな。俺たち的に言えば誰? 呪霊の親玉って」
「呪いは人から生まれるものだし、人じゃん? 誰って特定は出来ないけど」
「じゃあ呪霊従えられるような奴……お前じゃん!」
「私じゃん」
何が面白いのか、二人は手を叩いて笑っていた。箸が転がるだけでも面白い年頃の二人は、シンバルを持った猿のように笑っていた。そうして笑ってるうちに、魔法少女は二人で真ん中に達、呪文を唱え始めた。いわゆる詠唱、と言われるもので、二人が唱えるとピンクと青の波動が一つとなり、大きな光線となって敵に向けて一直線に打ち放った。おぉ、とどちらともなく感嘆の声が零れた。
「いいなあれ」
「でも悟は赫打てるだろ、頑張れば」
「頑張ればな。いやそうじゃなくて、傑と二人で打てるビームみたいな必殺技欲しい」
「私にも無下限使えるようになるか、魔法少女になれって? バカ言わないでくれ」
「安心しろ、誰も傑のパッツンパッツン魔法少女姿は望んでない」
「当たり前だろ気持ち悪いな。何なら君の魔法少女姿はちょっと望まれてると思うよ」
「誰に」
「私に」
「キッショ〜! プレイの一環で着ろってか!」
「用意したら着てくれるのかい?」
「……、……やだ」
「なんだ」
公に公言はしてないが、この二人は付き合っていた。五条から純潔を奪ったのも、イケナイことを教えたのも、夏油だ。正義のヒーローというより、夏油はどちらかと言うと悪の親玉の方が似合っているのでは? とは、本人も考えていることである。五条は頬から耳までを赤くしながら、夏油から目を逸らしてテレビを見た。そんな悪の親玉はアニメの中ではあっさりやられていた。
「お、倒された」
「な〜やっぱり俺達も協力系の必殺技作ろうぜ」
「作るったってどうするんだい? 君の無下限と私の呪霊操術の組み合わせって……何か危険な香りしかしないんだけど」
「俺の赫と一緒に呪霊ぶっぱなすとか?」
「それは単純に呪霊死ぬよね」
「あ、確かに。じゃあ傑も赫みたいなビーム出せねぇ?」
「出せないねぇ。強いて言うなら、取り込んでる呪霊全部丸めてぶつけるとか?」
「出来んの?」
「出来ない。あとこれやるとしたら私の中の究極奥義にならない? 呪霊全部出すんだから」
「ンッフ、傑から呪霊無くなったら素っ裸も同然だな!」
「拳があるよ」
「素っ裸のゴリラじゃん」
正義のヒーローヒロインの話はどこにいったのか。夏油はいつの間にか素っ裸のゴリラ扱いになっていた。あっはっは、と笑いながらテレビを見れば、もうエンディングが流れていた。もう終わりか、と夏油はチャンネルを変えるか迷っていたが、リモコンを掴んだ手を五条がちょんと掴んだ。
「ん? 何?」
「こういうのは?」
「は?」
「傑が呪霊を呪具に纏わせて強力な槍を作る。で、俺がそれを赫で発射して、ドーンって突き刺すんだよ!」
「……あ、必殺技の話?」
「ずっとしてただろ!」
「ずっとしてた……かな?」
「な! 今からやってみようぜ」
「どこで? 校庭でとか言わないよな?」
「校庭ダメならどこならいいんだよ、壊していい山でも買えばいい?」
「山を『買う』って発想も『壊していい場所』と発言するのも世界で君だけだろうね」
今は任務時でも無ければ夏油がいるという気の緩みから、五条の瞳はむき出しでキラキラと輝いていた。彗星を閉じ込めたような美しさにはいつ見ても慣れない。子供のようなある種の純粋さを残した目に見つめられれば、夏油の踏みとどまらせていた理性の糸は呆気なく切れた。必殺技、とは程遠いのだが、夏油には今出来ることがひとつあった。
「悟、今日はせっかくの休みじゃないか。今日まで外に出るのはよそう」
「んー? じゃあ何すんだよ」
「私が別のもの発射してあげるから、部屋においで」
そう言って夏油は五条の手を引いて歩き出した。
今はつい先程まで幼女向けアニメ番組が放送されていた時間である。要するに、朝日が昇って数時間しか経っていないわけで。一瞬キョトンとした顔をした五条だったが、意味を理解した瞬間一気に震え上がり、威嚇した猫のように繋がれた手を払った。
「な、何言ってんだよ! バーカバーカ! 変態! マジありえねぇ!」
「あぁ意味わかった?」
「わかったわ! 俺だってそこまでバカじゃねーし! エロオヤジかよ!」
「だって君、私との必殺技が欲しいって。合体技なら、」
「おっまえマジで喋んな。最悪〜! 昼まで話しかけんな!」
「昼からはいいんだ?」
あぁ言えばこう言う。単純な口喧嘩はしょっちゅうしている二人だが、巧妙に頭を使うような口喧嘩では、五条が夏油に今のところ勝てたことは無かった。
昼から、と言われた五条はまだ赤くなったままの顔をちらりと夏油に向け、潤んだ青の瞳で睨みつけるようにして答えた。
「……昼も、ヤダ」
「ヤダ? でも夜になればみんな帰ってきちゃうよ」
「それは、まぁ……」
「あぁ、じゃあわかった。私たちの必殺技考えよっか。ちゃんとしたやつ。本当にやりたいなら、ゆっくり時間かけて考えようよ。だから私の部屋においで……ね?」
少しの逡巡の末、こくんと五条は一つ頷いた。どうにも五条は女児アニメの必殺技に憧れを抱いてしまったようだ。
夏油の巧みな口車に、五条はまんまとハマってしまった。じゃあ、お昼においでねとだけ告げ、夏油は内心舌なめずりしながら自分の巣へと戻って行ったのだった。