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    すたうさ

    @stusMZKZの主に作文倉庫。
    3Lと女体化が好きな雑食カプ厨です。

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    POIPOI 42

    すたうさ

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    メルロ槍盾。
    名前を呼びたいけど呼べない元康くんと呼ばれたい尚文くんのお話。

    ##たてゆ

    「お義父さん」の訳し方 青年は癖毛の黒髪を風に任せて木陰に腰を下ろし、大きく深呼吸をする。木々に青々と茂る葉や草花の緩やかなさざめきが、耳や汗ばんだ肌を撫でては実に心地が良い。
     息を吸って、吐いて。またひとつ深呼吸をした。束の間の休息を噛み締める。
     
     青年は旅をしている。今もその最中だ。
     ある日は、神鳥と噂される鳥が引く薬売りの馬車で善を売り。
     またある日は、隠れるように奴隷商の元へ足を運んで悪を買う。
     
    「俺はいったい、何がしたいんだろうな」
     良い事の後には悪い事がある。運命とはそうバランスを取るものだとか、そうでもないのだとか。
     じゃあ悪い行いをした後には何がくるのか。はてさて、因果は廻るというけれど。
     一見、考えなしの矛盾に思える行動でも結果は伴うものであり、運命の秤ってやつはいい加減でバネが馬鹿になっているのかと疑いたくもなる。
     額から汗が一筋流れ落ちる感覚に、それを少々気怠さを訴える腕で無意識に拭う。
     迷える青年はふと、空を見上げた。
     空模様は彼の心とは正反対に、まさに曇りない爽やかな晴天。
     ――当てつけかよ。
     ささくれてしまっていた心は、そこには微塵も無い悪意を勝手に汲み取って解釈していた。それでも晴天は曇りもせずにさんさんと日差しを注いで、風は草木を優しくくすぐっていく。
    「いや……当てつけは俺のほう、か」
     何やってるんだろ。青年は癖毛の黒髪を手で抑えて深々と被り、恥ずかしさを隠したくて瞼を閉じる。
     緩やかなさざめきがまた何事もなくそよいで、青年を撫でていった。
     
     
     
     
     
     時は少し遡って数時間前。
     青年は癖毛の黒髪の先まで震える苛立ちを露わにして、布張りのテントからずかずかと足早に出ていく。
    「やはり盾の勇者様は商才がございますな! またのお越しを心よりお待ちしております、ハイ!」
    「……ッ世辞は良い、言葉よりモノで示せ」
     背にかけられた賛辞の言葉に振り向くことなく、盾の勇者と呼ばれた青年――岩谷尚文はまた来ると一言、去り際に吐き捨てた。この苦く歪ませた顔は決して見られまい。嫌悪感に太眉を寄せたその一心で足を進めていく。
     奴隷商。もしくは魔物商。ここは、その商売場所。
     城下町の裏路地にあるそこは、まるで太陽の目を誤魔化すかのように。分厚い布が張られたテントの中で金で命が管理されるそこで〝商品〟が醸し出す独特の陰惨さは、なかなか耐えがたいものだと想像に難くない。なにせ意識して足を踏み入れなければ、接点などないアンダーグラウンドの部分。
     勇者と称されてはいるが、ほんのつい最近まで戦いとは無縁の、平々凡々に暮らしていた尚文にとっても、それは変わりはなかった。
     テントの中で纏わりついた嫌な空気は外に出ることで晴れることもなく、気分は重たいまま。それでも離れで待たせている神鳥の一匹、フィロリアルの元へと向かう。
     
     今日は採取などの材料確保に励むべく、とある仲間たちとは別行動をとり、尚文と連れのフィロリアルは外に繰り出していた。その調達がてら、奴隷商のテントに顔を出していたのだ。
     喉元につかえて飲み込めない嫌悪感を堪えてまで、尚文はどうしてそのような不慣れな場所へと行くのか。
     ……彼には、恩義を感じる人物がいる。
     尚文と同じく、勇者と称される立場である槍の勇者であり自称愛の狩人、北村元康。
     言動は一風変わってはいるが、確かな信念で尚文の命を助け、導き、そして敬う姿は、突如異世界に飛ばされてきた尚文にとって頼もしく不思議で心強い存在、そして旅の仲間である。
     そんな元康が必死に探し求めている人物が、いつかはこのテントにて出会えるのだということで、恩義に少しでも報いるべく、そのいつかを引き当てるべく訪れていたという訳だ。
    (なんて思いつつも……やっぱ一人じゃきついなあ)
     別行動で訪れたのは初めてのこと。命の売買だなんてと思うし、通い慣れていい場所でもない。しかしその価値こそ、この世界における存在理由で対価でもあるとも理解は出来る。ここではそれが当たり前で仕方が無いのだ。が、健全ではないのだと尚文の良心は呵責に軋む。
     深くは余計に考えたくない。うつむきがちに足を先へ先へと進める。
     ざっざっざっ。はやく、はやく仲間の元へ帰りたい。布張りのテントから路地裏を抜けて、大通りを勢いに任せて突っ切っていく。彼の足はまだ、止まりそうにない。
     
    「イワタニおかえりー! ってうわ、くさーい!」
     ふと聞こえた子供特有の甲高い声に尚文は立ち止まり、驚いて顔を上げた。その子供の声には聞き覚えがある。
     いつの間にか、待たせていた仲間の元に着いていたようだ。視線を巡らせてから下にやると、ふわふわと揺れる鮮やかなタンポポ色の頭と羽根が視界に入ってきた。
    「ただいま、コウ。……俺、臭い?」
    「くさい!」
    「うぐっ。ストレートに言われると辛いな……」
    「なんか、楽しくなさそうな匂いがしてやだ」
     コウと呼ばれたタンポポの髪色を持つ少年は、尚文が羽織る深緑のマントをすんすんと嗅いではうげーっとしかめっ面をして、これは良くないのだと身振り手振りで伝えてくる。
    「そっか、フィロリアルは楽しいことがいっとう好きだから、わかっちゃうのか」
     ぶーぶーと口をとがらせて不満を露わにするコウの頭を撫でて、尚文はごめんねと少年をあやす。
    「あれ、そういえば。コウは鳥の姿でお留守番してたよね、どうして天使の姿になってるんだい?」
    「ん、だって……」
     忙しなくぱたぱたと動かしていた背中の羽根を止めると、コウは着ているオーバーオールを頼りなさげにきゅっと握って、まばらに見える人々を俯き加減にちらりと見た。
    「だってコウのこと、じろじろ見ていくんだもん」 
     きゅっと口を尖らせる。年相応の人見知り。だとしたら可愛いものなのだが、人の姿に見えども少年は鳥型魔物の類である。おそらく神鳥が引く馬車の噂を知る者達が、興味本位にコウの姿を遠巻きに見ては通り過ぎていったのだろう。悪意に敏いフィロリアルにとって、それはさぞ居心地の悪い視線であり、面白くもなかったに違いない。
     しゅん、と眉を下げて暗に嫌だったのだと頬を膨らますコウに、尚文はある提案をする。
    「あー……なるほど、悪い事したな……。そうだ、気分転換にもなるし、遊びながら帰ろうか」
    「遊ぶ?! 何して遊ぶのー?」
    「かくれんぼだよ」
    「かくれんぼ?」
     コウは不思議そうに尚文を見上げた。尚文はコウの頭を撫でていた手をそのまま肩にやり、ぽんっと軽く叩く。
    「うん。俺が隠れる役で、コウが俺を見つけて追いかける鬼役ね。元康くん達のところに着くまでに俺を捕まえることが出来たら、今日のご飯は全部コウが好きなものにするよ」
    「ほっ、ほんと~! うわーい、やったあ!!」
     少年の瞳にいっそうの輝きが宿る。
    「ただし条件があるんだ。変身はしないこと。あと、ちゃんと百数えてから俺を探しに来てね」
    「うん! 絶対イワタニ見つける! いーち!」
    「えっもう始めちゃう?!」
    「にー! さーん!」
     あ、駄目だ。聞いていない。
     コウは褒美を夢見てすでに指折り数え、懸命に百を目指していた。
     先ほどの不機嫌はどこへやら。子供の切り替えは早いというかなんと言うか。だがしかし、その早さに今救われている自分もいるのだと、尚文は内心上手くいったことにほくそ笑む。
    「さて。こっちはこっちで、上手く隠れさせてもらおうか」
     勝敗はさておき、あれとこれもと早速今日の献立を頭の隅で組み立てていく。
     両手の指を一通り数え終えた、タンポポ色の少年を背にして尚文はマントを翻すと、憂さ晴らしに励むべくその場を駆け出した。
     
     
     
     
     
     そして冒頭に至る。
    「ー、コウが食べ物に向ける執着の強さを正直舐めてたな……」
     隠れる際の道中にいくつかフェイクを仕掛けて、コウがその周辺を探っているうちに距離をとって隠れ場所を変えていく。これは遊びだ。作戦的に子供だましとしては上等だった。
     だったのだが、それを見破るコウのスピードが、尚文の想定を上回っていたというだけで。
     己の見積もりの甘さに、息を切らして走る羽目になっていたのであった。 
     立ち木に腰掛けた尚文は瞼を閉じたまま、木陰と一緒に風に揺られる。
    (でも、おかげで気分は晴れてきた)
     逃げ隠れしているうちに負けず嫌いが出てしまい、大人げないなとは少し恥ずかしいものの、鬱々とした気持ちはテントを出た時よりも、重くは感じられない。
    (まだ、コウは来そうにないし……もう少し……やすも、う……)
     心地の良い風と程よい倦怠感が、おいでおいでと手招きして尚文を眠りに誘う。
     尚文はそれに逆らうことなく手を取り、肩の力を抜いた。
     
     ドドッ、ドドドド。ドドド。
     なだらかな平地に、地鳴りを思わせる振動音が耳に届く。
    「この音は……」
     んー、と一瞬思考を巡らせて、その人物はすぐに答えを導き出した。
    「コウの走る足音ですかな?」
     そう不思議がって立ち止まる。
     この人物こそ、尚文とは別行動をとっている仲間の一人、北村元康だ。
     元康は顎に手をやり、何事なのだろうと再度思考にふける。
    「はて、コウとお義父さんとの合流はまだ先のはずですが……どうしたのでしょうかな?」
     今日は互いに材料調達のみの用事で、特段急くことも無かったような……と、いまいち推察の域を出ず答えを探していると、元康の隣からおっとりとした少女の声がかかる。
    「なんか、走っては止まってる? みたい。探し物……?」
    「サクラちゃん、わかるのですかな?」
     柔らかな桜の髪色を持つ少女、フィロリアルのサクラは元康の問いにしっかりと頷いた。次の瞬間。
    「うーここでもないー。どこー?」
     ガサガサ、バッ。
     不意に側道の木々から、タンポポ色の少年が勢いよく飛び出してきた。
     噂のコウだ。体中に枝や葉っぱをあちこちにつけて、さぞ腕白に遊んでいるだろう事が窺える。コウは右へ左へ首を大きく振った後に元康たちを見つけると、すぐさま駆け寄ってきた。
    「あ! キタムラにサクラだ! イワタニ見てない?」
    「知らないー」
    「俺もですぞ。コウこそお義父さんと一緒に居たのではありませんかな?」
     そう言いながらコウに付いている汚れを、元康が優しく叩いて落としてやる。羽根の根元までぽんぽんと手で払ってやると、残った砂埃を落とそうとコウは身震いをした後に、尚文とかくれんぼして遊んでいるのだと答えた。
    「イワタニ、足は速くないけど隠れるとわかんなくなっちゃう。匂いはわかるのに」
    「なるほど、そう言う事でしたか。お義父さんは頭を使われますからなあ」
    「絶対に見つけて、コウの好きなものいっぱい作ってもらうもん!」
     鼻息荒く羽ばたきを見せるコウの張り切りようは、とても微笑ましく元康に映る。遊びとご褒美で上手いこと子供の気持ちを手に取るとは。腕を組んでうんうんと元康が感心していると、サクラがやや含みを持たせてコウの前に出た。
    「……いっぱい作ってもらうなら、お肉とかも一緒に準備、したら?」
    「!! うん! そうするー!」
     サクラの提案は、彼の食欲とやる気をますます焚きつけるに充分だったようだ。その手があったとばかりにぱあっ、とコウの目が輝きを増すと、ごっはん! ごっはんー! と一目散に駆け出して行ってしまった。
    「食材はユキちゃんが待っている馬車に置くのですぞー! ……サクラちゃん、わざとですな?」
    「だってナオフミのこと、サクラも見つけたい」
     フィロリアル同士の微笑ましいやり取りに、元康は微かにくすくすと肩を震わせた。珍しくむんッ! とガッツポーズを取って羽根の先までやる気を見せるサクラの姿に、また癒されて元康の口元は緩む。
    「じゃあコウに負けないためにも、お義父さんを探しに行きましょうか」
    「うん!」
     サクラの歩調は早足で、元康の歩調はその一歩後をついていくように。つかず離れずの距離を保って、二人は人探しついでの散策に出た。
     
     
     
     
     
    「モトヤスー、ナオフミ見つけたよ」
     先頭を歩いていたサクラが、ふと立ち止まる。それからのち、しばらく周辺を注意深く探っていると、サクラはあっさりと尚文がいる場所を見つけた。視線で元康に合図する。
    「おお! 流石はフィロリアル様! サクラちゃんはお義父さんを見つける天才ですな!」
    「しー。ほら、あそこ」
    「しー? どれどれ……」
     サクラに手で呼ばれて、不思議がりながらも彼女の指が差す茂みの向こうを、元康はそっと覗く。
     ぱっと見ではわからないが、用心深く目を凝らして見る。すると、その先には――木陰で眠る尚文が居た。
    「ぐっすり」
    「ですな」
     そよそよと吹く風に揺られて癖毛の黒髪がふわり、なびいている。起きる様子が全く無い尚文を眺めて、サクラは何かを思いついたようだ。元康のフードマントの裾をくいっと引っ張ると、背伸びをして彼の耳へと口を寄せる。それでもまだサクラの声は届きそうにないと感じた元康は少し屈み、意図をくみ取ってその声に耳を傾けた。風に吹かれた桜色と金糸雀色がさらりと重なる。
    「サクラ、コウとユキに知らせてくる」
    「お願いしましたぞ」
    「馬車は、持ってきた方が良い?」
    「はて馬車……」
     馬車を持ってくる、つまりは休ませてあげたいと言う事で。なるほど、サクラが伝えたかったのはこれか。言葉足らずではあるが、天使に芽生えた思いやりの心が腐る事無く真っ直ぐ伸びている喜びに、元康の胸はみるみる満ちていく。サクラの声を受け止めてから背を伸ばして向き合うと、彼は大きく優しい手で、少女の頭をゆっくり撫でた。
    「是非とも。おやすみされているお義父さんを、サクラちゃんは乗せてあげたいのですな」
    「うん」
     頬を淡く染めて喜ぶ姿が健気で微笑ましく、元康は再度サクラの頭を撫でてやる。サクラの天使姿の背丈は他のフィロリアルより大きいという違いを見せてはいるが、元康にとってはどの個体も等しく幼くて尊く、立派に育って欲しい存在には変わりない。そのうちの一人である彼女の成長を喜ばずには、きっといられないのだ。
    「その優しさ、お義父さんはきっと褒めてくださいますぞ」
    「……! えへへ」
     照れ笑いから漏れるサクラの声を、向かいで受け止め噛み締める。そして何往復も撫でていた手を下ろし、元康は彼女の出発を促すことにした。
    「それではここでお待ちしておりますので、頼みましたぞ」
    「わかったー」
     そうしてサクラはボフンと音を立てて鳥姿に変身した後にユキ、それと居るであろうコウの元へとすぐさま走り出していった。
     手を振り元気な後ろ姿を見届けて一人になった元康は、今も茂みの向こうですやすやと眠る尚文へと足先を向ける。
     起こさないように、起きませんように。
     なんて願いつつも彼はそっと、歩き出す。
     
     元康の願いが通じてか否か。それはわからないが、隣に腰を下ろした元康に対して尚文は少しも目覚める気配もない。規則正しく上下する尚文の肩。それを見てほっと胸を一撫でする。
     このまま、サクラ達が来るまでただ隣に座って待っていても良いが……何故か元康の心はざわつきを見せて落ち着かない。
     どうしたものかと自分を持て余す元康はひとまず、すっと息を吸い込んで薄く口を開いた。 
    「……こんな事を言うのもなんですが……賑やか、ですな。お義父さんにフィロリアル様達、今回のループでは仲間にキールと……これからも増えていくのでしょうな」
     少しの躊躇いを見せて、胸の内を零す。まるで尚文に言って聞かせてはいるが、これは完璧な元康の独り言。
     しかし何故だか、言葉が自然に次々と溢れてくる。止めたくても止まらない気持ちに元康自身が驚いたが、肝心の相手はありがたいことに眠っている。
     ……今は、隠さなくても良いか。
     そうだ、これは甘えさせてもらっているのだと自分に言い聞かせて、元康は小声で言葉を紡ぎだした。空を仰いで、少し遠くを覗き目を細める。
    「そういえば、お義父さん……最初の世界のお義父さんはこの世界に喚ばれた時、それはもう冒険を楽しみにされて、期待に胸を膨らませておられましたな。思えば微笑ましいお姿でした。錬や樹も偉そうな口を利きはしておりましたが、年相応に浮かれている様子もあって……一般常識とか答え合わせしたり、みんな楽しそうに、雑談して、さ……」
     いつしかの出会いは走馬灯のごとく流れては回り、元康の口から零れては語られる。あれやこれやと気さくに言い合えて楽しかった、とは思う。悪くない出会いであったはず。でも思い出にするには、まだ少し苦くて。
     そして段々と砕けていく口調にいったん歯止めをかけ、きゅっと口元を結ぶと、次にそっと願いを口にした。
    「――なあ。少しはお前の望み、叶えてやれてるかな。尚文」
     なおふみ。元康は噛み締めて声に出す。吐息交じりのそれは、風のさざめきにこそ音は攫われるが、なおも元康の口内に重く残るは自責の念。
    「俺さ、尚文と話せば話すほど、お前の事全然知ろうとしてなかったし、知らないんだって思い知らされてるんだ。本当は居るはずのフィーロちゃんはおろかラフタリアちゃんも、俺が何も知らないせいで二人ともここには居ない」
     悔しさを目元に滲ませて、形の良い眉をこれでもかと歪ませる。自分だけが苦しいならまだ良かったのかもしれない。でもその苦しさは、結局は他人を傷つけてしまったが故の加害者側の傲慢なのだと。自分が自分を責める。
     回りまわってお前も被害者だったろうに、と頭のどこかから聞こえた気もしたが、きっと甘えから来る慰めの妄想なのだろうと片づけて、首をゆるく横に振る。
     全く、お前は本当に馬鹿野郎だよ。頭の中のその存在は優しく呟いて、それから黙った。
     いつの間にかぐずっている鼻をすすって、元康はもう少しだけ尚文に甘える。
    「ごめんなって伝えても、お前はまだ出会えていないだけと言うんだろうけどな……だからこそせめて今のお前に、異世界の冒険を少しでも楽しいと思えるよう、俺は尚文に尽くしたい」
     立ち木に寄りかかっていた身を少し捩って起こしてから近づくと、尚文の耳元へと大事にそっと囁いた。
    「尚文が……この世界を心から楽しいのだと思えるその時まで、それまでは『お義父さん』と呼ばせてくれ」
     貴方を名前で呼べない俺を、どうか許して欲しい。
     ざあ、と風がそよぐ。
     懺悔めいた、しかし決意ともとれる彼の吐露を、そよ風は知らぬ顔して草木を優しく揺らし、聞き流していった。
     
     
     
     
     
     近くで何やら話し声が聞こえる。ぼやけた音を拾い出した尚文の意識が、眠りから目覚めようと浮上し始めていた。
     声の調子からして男性だろうか? 目を閉じたまま探ってみるものの、風が合間合間に木陰を揺らすもなので、それはなかなか上手く聞き取れない。
     とはいえ敵意は感じず、その声にはむしろ親しみを覚えるくらいだ。一体誰なのか?
    「なおふみ――……まで、……は……――くれ」
     覚醒を始めた意識が声の輪郭を掴もうとしたその瞬間。突如、尚文の耳に熱い何かが吹き当てられた。
     湿り気を含む熱が引くとともに、じわじわと馴染みのある低くて伸びの良い低音が、尚文の鼓膜をじいんと震わせていく。
    (この声は……もとやす、くん?)
     声の持ち主におおよその見当がつきピントが合う。元康だ。尚文が親しみを覚えて当然の相手である。正体が分かった安心で微睡から意識が急速に引き上げられるが、何故だかいつもと違う彼の雰囲気に引っ掛かりを覚えた。開きかけた目が無意識に閉じる。
     そういえば、先ほど元康は何と言っていたのか。先ほど聞き取れた言葉を、うっすらと覚醒した脳内で反芻する。
     確かなお、ふみ。そうだ、尚文。岩谷尚文。俺の名前。
     そこまで思い出すと、尚文はあることに気が付いた。
     日頃の元康なら自分の事は尚文ではなく、お義父さんと呼ぶはず。なのに、今日の今に限っては〝名前〟で呼んでいる。
     ……もしや、自分が寝ている事が重要だったりするのか? それはつまり、面と向かって直接言えないと言う事でもあって。
     思考の解像度が上がるにつれて肌は汗ばみ、尚文の鼓動が速さを増してどくどくと脈打つ。太眉が、ぴくりと動いた気がした。
    (な……名前っ、もしかして初めて呼ばれた気が……どッどど、どうしよう!! 見ては駄目というか、聞いちゃいけない事を聞いてしまったのでは?!)
     意識すればするほど、墓穴を掘っていることに気が付けないくらい、脳内がうるさくて仕方が無かった。
     誰かこの脳内を黙らせてほしい! もういっそ逃げたい。逃がしてくれ。
     そう内心で言って意識を逸らそうとする努力は、残念ながら無に帰すこととなる。
    (まだ、まだ寝たふりをして……あっまずい、鼻が、むず痒く……こらえ、きれなっ、ッ……!)
    「んんっ、ふえ、……っッくしゅ!」
     時は無常であった。ひゅうと一瞬強めに吹いた風は汗ばんだ肌を冷やし、鼻をくすぐる。寒気を覚えた尚文の身体は、実に正直な生理現象を見せた。
     
    「おや、風邪ですかな。一大事ですぞ!」
     尚文のくしゃみによって、はっと気が付いていつもの口調に戻って話しかける元康。その様子にほっとしたような、何か惜しい事をしてしまったような。目覚めをしばし後悔して、尚文は恥じらいを隠して欠伸をする。
    「ん、あ、ふあ……おはよう元康くん」
    「おはようございますですぞお義父さん。お風邪を召されましたかな? 顔が何やら赤い気が……」
     欠伸の尻尾をかみ切って呼びかけに応えようとするが。
     うっすらと次第に目を開いて尚文の眼前に広がっていく、金糸雀色の髪を携えて深紅の瞳を不安げに揺らして覗き込む、美丈夫の顔。
    「――っ、ッッ!! ううん、ちょっと疲れただけ、なんじゃないかな。なんでもないよ。あはは、は」
     音を立てて心臓が弾け飛ぶかと思った! そう声にならない叫びが喉に引っかかるが、尚文は喉元まで出かかった素の感情を、何とか飲み込んだ。大丈夫、漏れてない漏らしてもいない。自分を心配してくれる彼の行動が、こんなにも目に毒だなんて。
    (これで顔の良さを自覚してないとか、世の中は不公平だよ……)
     そう思いつつ、ぐるぐると意味も無い考えが巡る。
     どうして今更ながらに〝名前〟を呼ばれたのか。それより元康はなぜ今隣にいるのか。そしてこんなにも熱が分かるほどに距離が近いのか。寝起きの頭がパンクしそうになるには、そう遠くなかった。
     これ以上見つめられていても正直心臓が持たないし、恥ずかしさが空回って変に八つ当たりをしてしまいそうな予感がして、少し横にずれて距離を取り、尚文は話題を逸らすように咳払いをする。
    「んんッこほん。と、とりあえず元康くんを見るに、道中でコウと合流でもしたのかな?」
    「ご明察ですぞ! かくれんぼの途中で、俺とサクラちゃんに出会ったようでしてな。どうやらご褒美にご飯を作ってもらえるとかで、はりきっておりました」
    「俺を見つけられたら、の話なんだけどね。まあそう焚きつけただけで、どのみち作ってあげるつもりだけれど」
    「ふふっ、やはりお義父さんはお優しいですな」
    「いやいや」
     にこやかな元康の表情につられて、尚文もまた太眉をゆるめて微笑んだ。先ほどまで騒がしかった脳内が、落ち着きを見せていく。いや、その騒がしくさせた(自分で勝手に騒がしくなったともいう)原因こそは目の前に居るのだが……ここで疑問を問うべきか、問わざるべきか。
     ……尚文はかぶりを振って、癖毛の黒髪を揺らした。
     今も人好きのする笑顔を浮かべて、隣にいる彼の気持ちを疑う真似はしたくない。
    (きっと、君が俺を『お義父さん』と呼ぶことには、沢山の意味があるんだろうね)
     そう呼ばれる経緯は教えてもらっているものの、どうにも他の意味合いも含んでいると思えて仕方が無い。尚文の鋭い洞察はすぐにそこを見抜くが、詮索は野暮だとあえてそこから目を離す。
     ――いつか、いつか答えがわかるその日が来たら。
    「ん? 俯かれてどうしたのですかな、やはりお身体の具合が……」
    「ううん大丈夫。平気だから、ね。それで、そのコウとサクラちゃんは?」
    「コウは食材確保、サクラちゃんはユキちゃんの元へ馬車を取りに行かれましたぞ。おそらく、三人揃って――」
    「そっか――、じゃあ――……」
     
     ――その日が来たら、どうか俺の名前を。
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