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    ホームワークが終わらない 第三章
    2019年2月24日秘密の裏稼業11で発行した景零小説です。
    ※注意
    ・90年代小学生設定の景零短編集です。当時流行ったものがたくさん出てきます
    ・本誌ネタバレあり
    ・時代設定や家族設定はオリジナル。モブキャラが多数出てきます
    ・2019年当時に書いた話なので公式と若干違う部分があります

    ホームワークが終わらない 第三章【逃避行は計画的に】
    『可愛い子には旅をさせよ』ということわざがあるけど、その言葉の通り可愛い僕らが旅に出たっていいわけだ。
    「ゼロ、ヒッチハイクしよう」
     まるで自分の家のように寝転んで漫画を読んでいたというのに、突然僕がそんなことを言い出したから、ゼロはギョッとしている。
    「どうしたんだ、急に」
    「テレビでやってたじゃん。僕もあれやってみたくなった」
     あるテレビ番組で駆け出しの無名お笑い芸人『猫岩石』が、香港からロンドンまでヒッチハイクでユーラシア大陸を横断するという偉業を成し遂げ一躍人気者となった。
     のちに猫岩石がリリースした『白い猫のように』は爆発的な大ヒットとなる。(僕もお風呂で湯船につかりながらよく歌う)
     その後、番組では若手芸人が続くようにヒッチハイクの企画を成功させた。
     彼らは慣れない海外で果敢に挑戦していたけど、幸いここは日本。海外と違って危険な目に遭うことも少ないはずだ。もうすぐ冬休みになる。休みに入れば故郷の長野へ帰ることになっている。六歳離れた高明兄ちゃんも僕が帰ってくるのを楽しみにしてくれている。
     でもそれだけじゃ物足りなくて。びっくりさせたいんだ。
    「いつもおじさんが長野まで車で送ってくれるんだけどさ、自分で長野へ行ってみたいんだよ」
    「そんなに」
    ゼロが口をつぐむ。
    「そんなに早く帰りたいのか」
     そう言った後、泣きそうな瞳をぱっと隠すように俯いた。
     ふふふ、と耐え切れず笑いがこみ上げる僕に、ゼロがムッとした。
    「違うよ。高明兄ちゃんを驚かせたいのもあるけど」
    「ゼロに見てほしいんだ。僕の生まれ育った街を」
     真っ白いあの街を一緒に見てみたい。東京ではめったに雪が積もることはないから。雪化粧された木々があまり綺麗でまばたきをするのも忘れちゃうくらいなんだから。
    「僕も行っていいの?」
    「もちろん」
    「だけどうまくいけるかなぁ」
    「いけるいける。念入りに作戦を立てよう」
     ノートを開くと思いつくままに箇条書きにする。割り振られた行なんてお構いなしにでかでかと文字を並べていく。
    [持ち物]
    ・お金
    ・水筒
    ・ハンカチ
    ・ティッシュ
    「遠足の持ち物みたいなのはわざわざ書かなくても」
     ゼロに却下されたので、そう?と首を傾げながらぐちゅぐちゅと黒く塗りつぶした。仕切り直してもう一度。
    ・地図
    ・コンパス
    ・かしこい頭
    [作戦]
    ・朝早くに出発する。気付かれないように静かに。
    ・前の日の夜は早く寝る
    ・最後まであきらめない
    「本当に大丈夫かなぁ」
    「大丈夫だって。朝出発してお昼ごろには長野に着けばそんな大ごとにはならないよ。着いたらおばさんたちに連絡すればいいし」
    「そんなにうまくいくかな。うまくいくといいけど」
     ゼロは僕より心配性だ。全てにおいて彼は慎重なんだと思う。どちらかというと後先考えずグイグイ我が道をいく僕とは反対に、石橋を叩いて渡るタイプ。ゼロと一緒ならなんとかなるって謎の自信が湧いてくる僕の考えは甘いのかな。

     そして決行の日。
     一歩踏み出すたびにギシギシと軋む階段の音が心臓に悪い。皆が寝静まったのを確認した後、勝手口の鍵を開けた。辺りが静まり返っている分、嫌に耳に響く。
    「いってきます」
     小さく呟いただけなのに、身が引き締まるような思いがした。
     決意を胸に、朝靄の中、家を飛び出した。
     待ち合わせの空き地に到着すると、マフラーでぐるぐる巻きのゼロが待っていた。
    「ゼロおはよう」
    「おはよう。昨日は寝れた?」
    「あまり眠れなかった」
    「僕も」
     悪戯に笑ってから、はたと腕時計を見る。デジタルの数字が6:38を表示している。うん、順調な滑り出しだ。
     Q‐SHOCKは高明兄ちゃんのおさがり。かつて兄の誕生日プレゼントに両親から贈られた物だったが、ごつごつした腕時計は好まないと言って僕にくれた。両親や兄を近くに感じられる気がして嬉しかったから、出かけるときは必ず身に着けた。
     車通りの多そうな米花駅のロータリーを目指して歩く。ここからさほど遠くない。夜逃げならぬ朝逃げはうまくいったようでまだ僕のPHSにはおばさんたちからの着信はまだない。布団の中に風船を膨らませて入れておいたからしばらくはバレないだろう。
     えっちらおっちら歩いているからか真冬の早朝にしては寒くない。上がる息、高揚していく頬、口元が当たるとしんなりと湿っていくマフラー。いけないことをしているのはわかっているけどドキドキする。そして隣にゼロがいる。最高じゃないか。
     ようやくロータリーに到着すると、ごそごそとゼロがリュックを漁り何やら取り出した。手に持っているのは一本の黒マジックと一冊のスケッチブック。
    「ヒッチハイクといえば、これがいるだろ?」
    「さすがゼロ!そこまで考えてなかったよ」
     なんだ、ゼロも案外乗り気じゃないか。思わず顔が綻ぶ。旅を共にする相方が嫌がっていないとわかると、無理やりこの計画に道連れにした罪悪感は吹き飛んだ。ぐんとテンションが上がる。
    「そしたら『東都⇒長野』って書こうか」
    「いや、いきなりそんな長距離だとドライバーが見つからない可能性もある」
    「あ、そっか」
    「そうだな……まずは東都から埼玉方面なんてどうかな?どこかのインターチェンジでおろしてもらえばいいし」
     地図を広げながら提案すると、うんうんと力強く頷くゼロ。
    「パーペキだな」
    「うん、パーペキだ」
     教育テレビの料理番組に出てくる女の子の口癖を真似る。最近「パーペキ」を使うのが僕たちのブームだった。くつくつと笑えてくる魔法の言葉だ。
     ゼロの横に並んで威勢よくスケッチブックを頭上に掲げる。通りがかる車に必死でアピールした。興味本位でスピードを落としてまじまじとこちらを凝視してくる車もあれば、目もくれず過ぎ去っていく車もある。
     何十台、見送っただろうか。一時間ほど経っても成果は出ず、そろそろ腕も疲れてきてへばり始めた頃、一台の大型トラックが停まった。
    「坊主たちこんなところで何してるんだ?」
     ウィンドウを開けて顔を覗かせたのは無精髭をたっぷりと生やした男だった。風貌のわりには声に張りがあるので意外と三十代くらいなのかも。訝しげにじろじろと見てくる男に凛とした態度で答えた。
    「僕たち埼玉まで行きたくて」
    「最終的には長野まで目指しているんです」
    「なんかちっこいのがピョンピョン跳ねてらぁと思ったら……」
     子どもだけで何考えてんだか、と溜息を吐いた。
    「さっさと帰りな。俺だから良かったものの、誘拐でもされたらどうするんだ」
    「僕たちは真剣なんです!」
    「どうしても行きたいんです。お願いします!」
     おじさんと睨み合いが続いた。スケッチブックを握り締めたまま一歩も引かないゼロを見て、おじさんはとうとう観念したように深い溜息を漏らした。
    「乗りな。ちょっと散らかってるけど、充分座れるだろ」
    「やったあ!ありがとうおじさん!」
    「あのなあ、俺はまだ二十代。お兄さん、だ」
     座席の高いトラックの助手席に上るのは一苦労だったが、視界が一気に別世界になる。
    「わあ、たかーい」
    「他の車が小さく見える」
    「なかなかいいもんだろ」
     これで煙草臭くなかったら最高なんだけど。お兄さんはヘビースモーカーのようで車のシートにも煙草の臭いが染み付いている。拾ってくれたからには文句は言えないけどさ。灰皿も吸い殻でいっぱいだった。
    ふと運転席の速度メーター付近に女の子の写真が貼ってあるのが見えた。
    「ああ、それ俺の娘なんだ。可愛いだろ。ちょうどお前らと同い年くらいかな。別れた嫁さんと暮らしててなぁ。なかなか会えないんだけどたまに電話したらパパに会いたいって泣くんだよ。辛いのなんのって」
    「そうなんだ。お兄さん寂しいね」
    「そうなんだよ。坊主、わかってくれるか」
     運転中なのに僕の首根っこを捕まえてぐいぐい引っ張るのはやめてほしい。ゼロが「前見ないと危ないよ」と注意すると、へいへいとハンドルを握り直した。
    「トラックで全国駆け巡ってるってのにさぁ、娘のところに俺は運べないんだもんなぁ。瞬間移動できたらって思うよ。だから会いたい人には会えるときに会っとかなきゃ。坊主たちも後悔しないようにな」
     うん、と言うのが精一杯だった。きゅっと下唇を噛み締めて息を深く吸う。何か言葉にしようとすると声が震えてしまいそうだったから。
     会いたい人に会えるパスポートみたいなものがあればいいのに。両親に会える天国までのパスポート。お兄さんが能天気に話し続けていてくれて助かった。ゼロは察したように、コートの袖口に引っ込んでいた僕の手を探り当てるとぎゅっと握ってくれた。
     結局、トラックのお兄さんは大宮駅まで送ってくれた。最悪、ここから長野まで新幹線で行けばいいのだと教えてくれた。あいにく、僕もゼロも高額の運賃なんて払えるお金は持ち合わせていなかったが、お兄さんに心配をかけそうで言わなかった。
     東都からの長野行新幹線『あさま』は昨年十月に開業したばかりだ。『あさま』はすっきりしたデザインが印象的で、最高時速二百六十キロで東都―長野間を最短一時間十九分で走り抜ける。昨年十月一日の出発式では東都駅からの下り一番列車『あさま五〇一号』が長野駅に到着した際には地元合唱団がコンコースで童謡ふるさとを歌い乗客を歓迎したそうだ。長野オリンピックに先駆けて交通機関の整備も兼ねたんだろうけど、地元長野が注目されるのは喜ばしい。
     そして今からそこへゼロを連れていく。ワクワクが止まらない。
     大宮駅は都会だけあって、装飾の激しい看板やビルがぎっしりと詰め込まれている。二人とも朝から何も食べていなかったので大宮駅西口にあるファーストフード店に入ることにした。今日は冬休み一日目。朝九時にしては客も入っている。僕たちのような子どもは他にはいなかったので、カウンターの店員さんにジロジロ見られた。
     てりやきバーガー二つと、コーラを二つ頼んだ。
    「初めて食べたけどこれうまいな」
     バーガーにかぶりつくと、こってりとした酸味のあるソースに感動する。たまにおばさんも買ってきてくれるんだけど、いつもレタスやトマトの入ったバーガーしか選ばないので、ずっとてりやきバーガーに憧れてた。
    「ポテトも頼めばよかったかなぁ」
     ずずずと、コーラを飲み干しながらそうぼやくと、バーガーを口にしたゼロが目を丸くする。
    「ハンバーガー初めて食べた」
    「えっ初めてなの?」
    「うん、初めてこういうところ来た」
    「そうなんだ、うまいだろ」
    「うん、おいしい……」
     感動のあまり言葉を失うゼロを心から可愛いと思った。そんなにおいしいなら僕の分を半分あげればよかった。ハンバーガーは決して健康的な食べ物じゃないからこそ魅力的だ。体に悪い事を教えているような不思議な征服感がある。
     食べ終わった後、店を出て外をうろうろしていると大きなゲームセンターがあった。中に入りたいけど小学生だけで入場するのは気が引けた。見つかれば補導されかねないからだ。
    「マッジ、ありえないんだけどー」
     今日は祝日で休みだというのに、ブレザーの制服を着た女子高生が携帯電話を片手に話している。ベージュのだらっとしたカーディガンに、だるだるのソックス。近頃の女子高生流行りのスタイル。一緒に住んでいるお姉さんはこんな格好をしないから、食い入って見てしまう。ぎゃははと笑うたびに携帯電話にこれでもかというくらい付けられているストラップが、ガチャガチャと音を立てて揺れる。
    「あ?ガキ、何見てんだよ」
    「す、すみません」
     反射的に謝ったが、さほど気に障ったわけでもなかったようで、女子高生はすぐ去っていった。ゲームセンターの自動ドアが彼女を吸い込んでいく。ドアが開いた瞬間、喧騒が耳を劈いたが閉まれば再び辺りが平穏に包まれた。
    「プリクラでも撮るのかな」
    「プリクラ?」
    「ゼロ知らないの?写真がシールになったやつ」
    「ああ、クラスの女子が集めるのに必死になってるやつか」
     記念に僕もプリクラ撮ってみたいな、なんて。しかし、ゲームセンターに入るのも、さっきの女子高生にまた会うのもちょっと気が引ける。
    「あ……あれは?」
     ジュースの自動販売機の横に、証明写真機があるのが目に留まった。あれなら。
    百円玉を幾つか投入すると、丸い椅子を半分空けて座る。ゼロは躊躇しているのか体が明後日の方向を向いて離れてしまっている。
    「もっとくっつかないと入らないよ」
     ぐいっと肩を抱き寄せると、固まった石のようになった。自分でやっといて、しまったと思った。鼻を掠めるふんわりとしたせっけんの香り。これはゼロの家のシャンプーの匂いなのかな。それか柔軟剤の匂いか。どちらにしても僕の鼓動を速めているのは間違いなかった。
    「あ……」
     パシャリと一枚目の撮影が終わる。僕の間抜け顔が画面に映し出される。ゼロは口を一文字に結んだままにこりともしていない。
    「ぴ、ピース、しよっか……」
     パシャッ。無理やり笑うとさっきよりはマシになった。静まれ心臓。落ち着いて考えるんだ。動揺する理由がないじゃないか。ゼロは男で、友達だぞ。
     体育のときにクラスの女子と二人三脚の練習をしたときだって、密着したけどこんな気持ちにはならなかった。
     パシャッ。またシャッターが切られる。
     そういえば前にもこんなことがあった。ジャングルジムでタイタニックごっこをしたときと同じ感情が渦巻く。もしかしたら、これは。
     パシャッ。眩しいフラッシュの中、戸惑いは深くなる。
     ゼロのこと、好きなのか?

    「ぼーっとしてどうしたんだ、ヒロ」
    「えええええええっ!?」
     顔を覗き込まれた僕はあまりの近さにすっとんきょうな声が出る。写真が出来るのを待っている間、茫然としてしまっていたようだ。思い切りのけぞると証明写真機に頭をガンとぶつけてしまった。
    「いたい……」
    「大丈夫か?」
     後頭部を抑えて呻く僕を不思議そうな顔で見つめるゼロ。駄目だ、嫌でも意識してしまう。見慣れたはずのその顔なのに……。ずっと見ていると恥ずかしくて死んでしまいそうになる。
    「重症だ……」
    「えっ、そんなに痛むのか」
     肯定も否定もせずふらふらと歩きだすと、ゼロも後ろを付いてくる。
    「写真出来たぞ、ヒロ。見ないのか」
    「ゼロが持ってて……」
     駄目だ、旅の途中なんだからしっかりしないと。目的はちゃんと達成しないと。
     さっきトラックのお兄さんが降ろしてくれた西口のロータリーまで戻る。交通量は多いのに、車が停まる気配はない。刻々と時間は過ぎていく。
     場所を変えて、反対の東口で再びスケッチブックを掲げる。やはりここでも車は停まらない。そうこうしているうちに腕時計の数字は15:42を表示している。
    「やば……おばさんから着信が入ってる。高明兄ちゃんからも」
    「諦めてもう帰ろうヒロ」
    「嫌だ。諦めたくない」
    「一緒に怒られてあげるからさ」
    「……僕ジュース買ってくる」
     ゼロの慰めには応じずに、リュックを肩から下ろした。
    「あれっ!?ない……」
     リュックに入れてたはずのがま口の財布がない。最後に見たのはいつだ。確か、証明写真を撮るのにリュックから出して百円玉を取り出したあと……あのまま置き忘れたのかもしれない。急いで証明写真機のある場所まで走った。カーテンを開けて中を見たけど、がらんとしているだけだった。
    「どうしよう」
    「ヒロのお財布なくなったの?」
    「うん、なくなっちゃった……」
     青ざめる僕にゼロが笑いかける。
    「大丈夫だよ、僕もお金持ってるから」
     そう言ってズボンのポケットを引き出すと、見せてくれた。だが、白い綿が出てきただけで、からっぽだった。
    「ここに入れといたのになんでないんだ。あっ!」
    「どうしたのゼロ」
    「ズボンに穴が開いてる……」
     さあっと二人で青ざめる羽目になった。どうしよう。無一文になってしまった。どうしよう。猫岩石はこういうときどうしたんだっけ。
    「僕、おじさんに迎えに来てもらうように電話してみる」
     PHSを触るも、ピーっと切ない音が鳴り響いて画面が真っ暗になった。電池が切れた。よりによってこんなときに。絶体絶命のピンチ。
    「仕方ない。東都行きに書き直してもう一度乗せてくれる車を探そう」
     暗くなってくるにつれて後悔の念に押しつぶされそうになる。
    「ごめんなゼロ。巻き込んでさ」
    「ううん、ヒロの願い叶えてあげたかったから」
     それに、と言葉を続ける。
    「ヒロと一緒なら何でも楽しいよ」
     満面の笑みでそんなことを言われたら。射抜かれたみたいに胸が苦しくなった。
     確信する。僕はゼロが好き。好きなんだ。
    「……あのねゼロ。僕気付いたことがあって」
    「どうかした?」
    「僕、ゼロのこと……」

    「景光!」
     どこからともなく、名前を呼ばれて振り返るとそこには息を切らして立っている高明兄ちゃんがいた。
    「高明兄ちゃん!なんでここに」
     つかつかと歩み寄ってくる高明兄ちゃんに嬉しくなって僕も駆け寄る。
    「僕ね、ゼロと長野へ……」
     パンッ。
     何が起こったのかわからなかった。
     頬がヒリヒリする。まるで僕の周りだけ時が止まったようだ。頭が真っ白になる。
    「あやまりなさい、景光」
     いつの間にか高明兄ちゃんの後ろにおばさんが立っていて。涙で顔が濡れているのが見えた。
    「ひーくんよかった……無事で」
    「おばさんたちに心配かけて。私もね、長野から飛んできたんだよ」
     叩かれた頬にそっと触れられると、びくりと肩が震えた。恐る恐る高明兄ちゃんの目を見ると、悲しい色に揺れていた。
    「無事で良かった」
     骨が軋むほどぎゅうぎゅうと抱き締められる。
    「お前までいなくなったら私は……」
    「兄ちゃ……っ、ごめんなさい」
     僕が泣き出すと、高明兄ちゃんが優しく背中を擦るから余計に涙が止まらなくなってしまった。
     これは後から聞いた話だけど。昼ご飯の時間になっても僕を心配したおばさんが、もぬけの殻になった布団を発見して大騒ぎしたらしい。すぐさま長野の実家に電話し、高明兄ちゃんに僕がいなくなったことを告げた。
     全く知らなかったんだけど、僕のPHSには位置情報がわかるGPS機能が付いていて、位置情報をFAXで取り寄せると大宮駅にいることがわかった。高明兄ちゃんは長野駅一五時三二分発のあさま五二〇号に乗り、一時間弱で大宮駅に到着した。
     JR東日本が長野行新幹線が開通したとき「東都は長野だ」という強気なキャッチコピーを売りにしただけあって、新幹線はとてつもなく速かった。僕たちの地道なヒッチハイクなど足元にも及ばなかったのだ。
     おばさんの家に帰ると、おじさんは相変わらずムスッとした様子でテレビを見ていた。灰皿に煙草が一杯溜まっていた。お姉さんは「ひーくん大宮駅まで行ったの?やるねぇ」と、はしゃいでおばさんに頭を叩かれていた。ゼロの家に高明兄ちゃんも謝りについて来てくれた。最初はゼロんちのおばさんもしかめ面をしていたけど、高明兄ちゃんがお詫びにといって、長野の銘菓を差し出すと少し表情が和らいだ。
    「まぁ金輪際このようなことはないように」と言うだけでお咎めなしだ。心の中で小さくガッツポーズをしたのは内緒にしておこう。
     こうして、僕とゼロの短い冒険の旅は幕を閉じた。

    「良かったねゼロ」
     僕は今、長野行きのあさまに乗っている。高明兄ちゃんがゼロのおばさんにお願いして、ゼロも長野に連れていくことになったのだ。
    「早く見たいなぁ、雪」
     窓の外は真っ暗で所々に街の灯りが見えるだけだった。もうすぐだよ、ゼロ。もうすぐしたら、ふかふかに積もった雪が見えるよ。一緒に踏みしめよう。きっと楽しいよ。
     僕は三列シートの真ん中を陣取った。大好きな高明兄ちゃんとゼロに挟まれて幸せだ。車内は暖房がよく効いていてだんだん眠くなってくる。朝早かったからかな。


    「あと十分で長野に着きますよ。……景光?ふふ、寝たのか」
     窓際の彼を見ると、同じくすっかり眠りこけているようだ。
    「君の自慢のゼロ君もお疲れのようだ」
     二人で駆け落ちするように、大人の真似事をしたかと思ったら……。あどけない寝顔に安堵を覚える。
     窓の外でしんしんと雪が降る。雪は音を吸収すると云う。
    「よく頑張ったね、景光」
     雪よ。
    願わくは、この子の弱音をたまには聞いてやってくれないだろうか。
    親を亡くし、兄弟である私と離れ、それでも懸命に生きているこの子の叫びを。どうか。
    「花発けば風雨多し 人生、別離足る」
     花が開いても雨に降られ、人生は別れが多すぎるものだ。
     いずれこの子達にも。覚悟せねばならぬ時が来るだろうか。
     うーん、と唸り声を上げながら、景光は寝ぼけ眼で隣の小さな掌を握った。
    「君のことは離すつもりがないみたいだよ、ゼロ君」
     弟がもうひとり増えたようだ。窓の外はすっかり雪景色。二人がどんな顔をするのか予想がつく。私は口元を緩めながら無垢な寝顔をまた眺めるのだった。
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    uruuru9r

    MOURNINGホームワークが終わらない 第五章
    2019年2月24日秘密の裏稼業11で発行した景零小説です。
    ※注意
    ・90年代小学生設定の景零短編集です。当時流行ったものがたくさん出てきます
    ・本誌ネタバレあり
    ・時代設定や家族設定はオリジナル。モブキャラが多数出てきます
    ・2019年当時に書いた話なので公式と若干違う部分があります
    ホームワークが終わらない 第五章【ノストラダムスのいうとおり】
     ノストラダムスの予言した通りだと、もうすぐ世界は終わるらしい。
     『一九九九年七の月 空から恐怖の大王が来るだろう』という予言から、人類滅亡説が囁かれた。彼の大予言はテレビ番組でも盛んに取り上げられ、関連書籍もたくさん発売されていた。
     僕はというと、ヒロと呑気に過ごしていた。僕たちはカセットテープにお互いの音声を録音しては交換することにハマっていた。ヒロはよくラジオ放送のように、トークの後に曲を流す。それがまた聴いていて楽しかった。彼には人を笑わせるユーモアがある。
    『こんばんは。DJヒロミツです。ノストラダムスの予言した七月に入りましたが、僕の学校では変わりなく毎日授業があります。台風で学校が休みになるように、ノストラダムスの予言も警報扱いになって学校が休みにならないでしょうか』
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    MOURNINGホームワークが終わらない 第四章
    2019年2月24日秘密の裏稼業11で発行した景零小説です。
    ※注意
    ・90年代小学生設定の景零短編集です。当時流行ったものがたくさん出てきます
    ・本誌ネタバレあり
    ・時代設定や家族設定はオリジナル。モブキャラが多数出てきます
    ・2019年当時に書いた話なので公式と若干違う部分があります
    ホームワークが終わらない 第四章【恋する文房具】
     成長するにつれて男女の差は顕著になるけれど、それは持ち物にも表れると僕は思う。
     クラスの女子がキラキラしたラメ入りカラーペンの虜になっている頃、男共はバトル鉛筆に夢中になっていた。鉛筆の表面に描かれたキャラクターによって最大HPが定められており、攻撃パターンや必殺技もそれぞれ違うので皆集めるのに必死だ。鉛筆を転がしては白熱するバトル。
     しかし、僕は一本も持っていない。欲しいとねだる勇気もなかった。それはヒロも同じだったようで休憩時間は二人して蚊帳の外になった。
    「ゼロはさ、バトル鉛筆欲しいと思う?」
     いつかの帰り道、ヒロが聞いてきた。
    「うーん、確かに欲しいけどさ」
     あれって鉛筆削りで削ったら終わりなんだぜ、と気丈に振る舞う。どこかでクラスメイト達を羨む気持ちも確かにあった。ふでばこを覗く度にHBの鉛筆と赤鉛筆、消しゴムしか入っていない。虚しかった。だけどヒロも我慢しているのを知ったとき、薄情かもしれないけど嬉しかったんだ。
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