知らないうちは構ってあげる 美容院帰りの私は世界で一番可愛いと思う。弾む足取りにつられ、緩くウェーブの掛かった毛先が跳ねる。真っ直ぐ帰宅だなんて勿体無いから、スタバの温かい紅茶を私にトッピングして適当にウィンドウショッピング。欲しい物も特別無いけれど、可愛いを振り撒いて歩くのが目的だからそれで良い。
コスメコーナーを目指して駅ビルに向かうと、ガラスで隔離された喫煙所にピンクパープルを見つけた。
「竜胆!」
口から飛び出た名前には、声量を絞ってはいたが分かりやすく温度があったと思う。我ながら少しだけ恥ずかしい。
喫煙所に近付き中を覗くと、やっぱりそれは想像通りの人物だった。煙草を咥えながら、つまらなそうにスマホをスワイプしている。ガラスをコンコンとノックすると、彼はすぐに顔を上げてこちらを見た。ほんの少し驚いた表情が可愛い。にっこり笑顔をつくってみせると、彼はピンクパープルの毛先を掬って口をパクパクさせる。ゆっくりと、竜胆の唇が四文字を紡ぐ。
1918