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    waha

    なんでも大丈夫な人向け夢とか/ぼそぼそ更新

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    mty/たかしお兄ちゃんとわたし

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    もう、忘れさせて「ほら、これ噛まないで飲み込んでみ?」
     口元に運ばれたご飯を大きな口で迎え入れ、言われた通り噛まずに飲み込む。ごっくん。すると、喉をイガイガと痛めていた魚の骨は無くなって、差し出された麦茶で喉を潤し一安心。
    「大丈夫?」
    「うん。大丈夫!」
     ごめんな、ちゃんと骨も取っておけば良かったな、と眉を下げたたかしお兄ちゃんにブンブンと頭を振る。
    「たかしお兄ちゃんのご飯、美味しいよ。いつもありがとう!」

     ルナちゃんのお兄ちゃんであるたかしお兄ちゃんは、いつだってとっても優しい。お父さんとお母さんが忙しくて、ひとりで家に居ることが多い私を夕飯に誘ってくれる。たかしお兄ちゃんの作るご飯はどれも美味しくて、温かくて、何よりみんなで食べるのがとっても楽しい。
    「今日はね、お絵描きしたの!」
     ルナちゃんは鞄から画用紙を取り出して、見て! と両手で掲げてみせた。カラフルなお花の周りを蝶々が飛んでいて、その可愛らしい雰囲気がルナちゃんにそっくり。
    「おールナ、上手に描けてるじゃん!」
    「えへへ。でも■■ちゃんも上手なんだよ!」
    「そうなのか?」
     ルナちゃんとたかしお兄ちゃんが一緒に私の方を見る。恥ずかしくて少しもじもじしながら画用紙を差し出すと、二人は「わぁ!」と声を揃えた。
    「へー、いいじゃん! ■■の描いたウサギ、すっごく上手」
     お絵描きの時間、隣で描いていたタロウくんは私の絵を見て「ピンクのウサギって変なの」と大きな声で笑った。「ウサギは白とか茶色なんだぞ」って。そんな事は私だって分かってたけど、でも、だからってピンクで描いちゃいけないルールはない。なんてことは言えなくて、私はタロウくんの大声にただ黙り込んでちょっとだけ泣いた。
     でも、たかしお兄ちゃんは「上手だな」って「可愛いウサギだな」って誉めてくれた。その言葉だけで、私は十分だ。悲しかった事も綺麗さっぱり忘れてしまう。
     たかしお兄ちゃんの大きな手が私の頭を撫でる。髪の毛をグシャグシャにしないように、優しい手つきと手のひらで。私はそれが嬉しくって、触れてるのは頭なのに、何故か胸がぽかぽかと温かくなるのだった。





     ピアノの先生に挨拶をして、ガラガラと音の鳴る引き戸を閉める。思っていたよりも外は夜だった。お父さんもお母さんもお仕事が遅くなるからお迎えには来られないって。でも、お家までの道は分かるし、少し暗いけど大丈夫。そう自分に言い聞かせて歩き出した。
     公園を通り過ぎる時、ふとベンチに黒い影があるのを見つけて心臓がどきりとした。それはよく見ると人のかたちをしていて、さらに目を凝らせば見覚えのあるカーディガン。
    「たかし、お兄ちゃん?」
     私の呟きは私にしか聞こえなかったようで、たかしお兄ちゃんと、もう一人の知らない誰かはくっついたり離れたりを繰り返していた。見てはいけないものを見てしまった気がして、ここに居てはいけないよって胸がざわざわする。でも、私の足はそこから動かなくて、私の目はベンチの影がひとつになったりふたつになったりするのから離せなかった。
     ふと、人影がこちらを向いた。それは綺麗なお姉さんで、つられてたかしお兄ちゃんもこっちを見る。目が合った。一瞬驚いた表情をした後、こちらに歩いてくるたかしお兄ちゃんに、私の足は変わらず動かないままだった。
    「■■、いま帰り? 一人か?」
    「うん。今日お迎え来れないって」
    「なら送ってくよ。ちょっとここで待ってて」
     ベンチの方に戻ったたかしお兄ちゃんは、お姉さんに何かを説明しているようだった。多分それは私のことで、申し訳ない気持ちになってしまう。
     たかしお兄ちゃんがこちらを向いた時、お姉さんがその背中に抱き着くのがはっきりと見えた。たかしお兄ちゃんはお姉さんからやんわりと身体を離し、一言二言交わしてから私の方に向かってくる。
     遠くでお姉さんが私に向かって手を振っていたが、咄嗟に気付かない振りをしてしまった。少しだけ胸がちくちくして、なんだか嫌な気分だった。

     いつもの帰り道を並んで歩く。今日は学校で何をした? とか、ピアノ教室は楽しい? とか、会話の内容もいつも通り。
     私の家が見えてきたあたりで、思い切って「たかしお兄ちゃん」と斜め上を見上げた。何かを察したように、たかしお兄ちゃんは私の右手にある楽譜や筆箱が入った手提げバックを持ってくれて、その空いた右手をそのままぎゅっと握ってくれた。たまにルナちゃんと三人で手を繋いで歩くことはあったけれど、二人で帰る日にこうして触れるのは初めてだった。
    「さっきのお姉さんは、たかしお兄ちゃんの彼女なの?」
    「うーん……■■は、彼女ってどんな人か知ってる?」
    「えっとね、好きな人?」
     そっか、と呟いたお兄ちゃんは何か考えているようだった。
    「たかしお兄ちゃんは、あのお姉さんが好きなの?」
     私の質問にたかしお兄ちゃんは「ん」と返事をしたけれど、私はそれがどういう意味の「ん」なのか分からなくて困ってしまった。
     不意に、たかしお兄ちゃんが繋いでいた手を離して腰を屈める。目線がぴったり合って、たかしお兄ちゃんの瞳には私の顔が写っていた。そのまま名前を呼ばれ、その真面目な声色に自然と背筋がピンと伸びる。
    「さっきの事は、ルナやマナには内緒な?」
    「内緒?」
    「あぁ。ルナやマナだけじゃなくて、みんなに内緒。俺と■■だけの秘密。出来るか?」
     私とたかしお兄ちゃんだけの、二人だけの秘密。それはとっても甘い響きで私の脳を揺さぶった。私とたかしお兄ちゃんだけの、二人だけの秘密!
    「できるっ!」
    「うん、偉いな。指切りしよっか」
     目の前に差し出されたたかしお兄ちゃんの小指に自分の小指を絡め、声を揃えて呪文を唱える。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。
    「指切った! えへへ」
     なんだか恥ずかしくって笑ってしまうと、たかしお兄ちゃんはいつもの温かい手の平で、いつもより優しく頭を撫でてくれた。



     その後、小学校の学区が別々だった為、ルナちゃんとは疎遠になってしまった。ルナちゃんと離れてしまったという事は、たかしお兄ちゃんとの繋がりも無くなってしまったという事だった。
     けれど、小学生になれば同じ学区の子と一緒に帰ることも出来たし、友達と遊びたいからとピアノ教室を辞める事も出来た。学年が上がるに連れて、一人きりの家で留守番をする事も全く苦ではなくなる。そうやって一人で出来ることが増えていくのは、当たり前の事だった。
     中学校に上がってからは、誰かに好きだと言って貰ったり、誰かを好きだと言ってみたりした。恋人が出来た事もある。もうとっくに幼い頃の私ではないから、たかしお兄ちゃんが言っていた言葉の意味は理解していた。
     そうして大人に近付くにつれ、私は、幼い私しか知らないたかしお兄ちゃんの事を思って胸の苦しい思いをするのだった。あの頃、格好良くて大人っぽくて優しくて、私のことを妹みたいに可愛がってくれたたかしお兄ちゃん。
     きっと、あの日の魚の骨が、喉元を通り何かの間違いで心臓に残ってしまったのだと思う。そう思ってしまうような、痛みの伴う感情だった。あの日の約束をずっと守っているにも関わらず、少しずつ千本の針を飲み下しているようで。
     たかしお兄ちゃんは格好良くて大人っぽくて優しくて、ほんの少しズルかったんだ。きっとそれは年相応の狡猾さで、けれども幼かった私にはあまりにも残酷な呪いだ。私はまだ、こんなにも、たかしお兄ちゃんの事が好きなままなのに。

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