バスタブに脚が生えてました私はテレビをあまり見ない、正確には見る時間がない。
詳細は省くが、気づけば借金が出来ていてそれの返済に追われてひたすら仕事の毎日。
通勤途中の電車でスマホのニュースアプリを開き話題作りに…と大きな見出しを見る程度だ。
テレビ番組のやらせ、政治家の汚職、少女の拉致監禁事件、通り魔…物騒な記事ばかり出てくるがどれも私の過ごす世界とは遠くかけ離れたものだ。
…と思っていた。
「まさか拉致監禁されるとは…」
今まで住んでいたところの何倍もある綺麗なリビングで温かいお茶を飲みながらぼそりと独り言を呟いた。
スタイルも顔も良い年上らしき男性、蘭さんに拉致監禁されてもう2ヶ月になろうとしていた。
名前くらいしか知らないがこんな高層階のマンションに私を住まわせているくらいだ、お金に余裕がある人なんだろう。
借金を肩代わりしてくれ衣食住まで与えてくれている。
仕事も行かなくていいとなると本当にする事がなかった。
「私こんな贅沢してていいのかな…」
後から何か要求されるのでは、とも考えたが今の私には身一つしかない。
考えても仕方ない、そう思いまた一口お茶を口に運んだ。
夕方、蘭さんとのメッセージで今日は一緒にお風呂に入ることになった。
蘭さんとは一緒のベッドで寝るものの腕枕や私を抱き枕にすることはあっても行為を強制してくることはなかった。
今回も嫌だ、と拒否することも出来るんだろうが簡単に拉致監禁してしまう人に逆らっても後が怖い。
そうなったらもう潔く身を差し出すくらいの気持ちでいることにした。
「お風呂か…」
そう呟きながら自分の体を服の上からなぞる。
食事を摂るより、案件を取って来い!とよく上司に言われた。
そんな職場にいたので正直見栄えの良い体ではない。
蘭さんと住みだしてから3食に加えおやつ付きの生活でいくらか見れる体型にはなったがまだまだ貧相だ。
蘭さんとなら一緒にお風呂に入りたい、と言う女性はたくさんいるんだろうな…と考えているとガチャリと玄関の開く音がした。
「お帰りなさい、お疲れ様でした」
玄関に向かうと帰宅した蘭さんが上着を脱いでいるところだった。
「🌸ちゃん、ただいま」
そう言ってふわりと私を抱きしめる。
背の高い蘭さんの上半身が私に覆いかぶさってくると首筋に顔を埋めていた。
「あ、俺があげた香水使ってくれてる?すげえいい匂い」
耳元でスーッと吸う音が聞こえてくる。
「あの、香水は付けてますけど嗅がれると恥ずかしいです」
蘭さんの大きな背中に手を回しぽんぽんと叩きやめるように促してみたが特に効果はないようだ。
「ね、お風呂入ろっか」
上半身を起こし私の目を見ながら優しく問いかけてくる蘭さん。
この誘い方をされて嫌だ、と言える人ってこの世の中に存在するんだろうか。
「は、い…」
恥ずかしくて目を逸らしながら答えた。
「何もしねえよ、大丈夫」
目を逸らしたのが怖がっていると思われたのか頭をぽんぽんと優しく撫で私を安心させてくれる。
「あの、先に湯船に入っててもいいですか?」
「いいよ、俺もすぐ行くから」
蘭さんがリビングに向かったので私も急いで脱衣所に向かった。
脱いで湯船に入ってしまえばそこまで恥ずかしくないが、脱衣所で服を脱いでいるところを見られる方が恥ずかしいのは私だけなんだろうか。
そういえば入浴剤で乳白色のものがあったはずだ、少し多めに入れさせてもらおう。
しばらくすると蘭さんも来て、先に洗っちゃうから待っててと椅子に座って髪を洗い出した。
たまにお風呂上りに上半身裸の時があるので刺青の存在は知っていたが足にも入ってるのか…
身体の左半分を覆い尽くしそうな量の刺青が珍しくて湯船から見ているとシャンプーが終わった蘭さんと目が合った。
「すげえ見てくんじゃん、えっち♡」
「えっ…!すみません!」
ニヤリと笑う蘭さんに勢いよく頭を下げ謝ると湯船に顔が浸かってしまいげほげほとむせ込んだ。
慌てすぎだろ〜とケラケラ笑う蘭さんは機嫌が良さそうで怒ってはいなさそうだった。
あまり人の体をじろじろと見るのはやめよう、気分の良いものではないだろう。
そう反省しているといつの間にか洗い終わった蘭さんが、お邪魔しますと湯船に入ってきた。
慌てて浴槽の隅に体を移動させると不満そうな顔をした蘭さんに腕を掴まれた。
「何でそんな隅っこ行くんだよ、遠い」
「いやでも、ゆっくり浸かりたくないですか?」
「そっちより🌸ちゃんと触れてたい、こっち来て」
そう言って腕を広げるのでおずおずと蘭さんの近くに移動する。
「後ろ向いて、もたれかかっていいよ」
蘭さんの足の間に座りくるりと向きを変えそっと蘭さんの胸に寄りかかる。
蘭さんの胸と自分の背中が触れている部分に神経が集中して顔が熱くなっていく。
「体勢辛くない?」
気遣ってくれる蘭さんに大丈夫ですと伝えると、蘭さんの手がするりと私のお腹に回された。
「きゃっ!」
恥ずかしくて下を向いていると引き寄せるようにぐっと回された腕に力が入ったのが分かった。
「大丈夫、えっちなことはしないから」
そう言って私の肩に顔を乗せぎゅっと抱きしめられる。
「しばらくこうさせて」
そう言って蘭さんは動かなくなってしまった。
パラリと落ちてくる蘭さんの髪が首筋に当たってくすぐったい。
疲れているんだろうか…そう思うと余計に別々で入った方が良かったのでは?と思うが未だにお腹に回された腕は力が入ったままだった。
温かいお湯に眠気が誘われる。左肩に乗っている蘭さんの頭に自分の頭をそっと寄せてみた。
甘えているようで少し恥ずかしい気もするが、この距離感だし今更だろう。
「ね、体重増えた?」
突然話し出した蘭さんに少しびっくりして寄せていた頭を元の位置に戻す。
「増えたと思いますけど…え、待ってください。お腹触ってその話をするってことはお腹が出てるってことですか?」
「ちげえよ、深読みしすぎ」
よかった、最近蘭さんのお土産で甘いものばかり食べているから不安になってしまった。
「目の下のクマも消えたな」
「おかげさまで」
毎日充分すぎるくらいに睡眠は取れている。
最近は悪夢にうなされることも随分と減った。
「目標達成ですか?」
「目標?あぁ、そういえばそんなこと言ったな」
あれ、もしかして忘れてた?
「じゃ次の目標決めるか」
蘭さんは私のお腹に回していた腕を緩め、あぐらをかくと私の脇に手を入れ自分の膝の上に向かい合うように座らせた。
「えっ!ら、蘭さん!この体勢は恥ずかしいですっ!」
当たり前だがお互い全裸だ、さすがに下半身がこんなに密着するような体勢は恥ずかしい。
蘭さんの肩を押して膝から降りようとするが腰に回された手で引き寄せられていてそれも叶わない。
「次の目標は……俺のこと思い出して」
そう言って私の後頭部に回された手が蘭さんへと引き寄せられると唇が触れ合った。
突然のことで目を見開いて固まっていると蘭さんの目が開いてかなりの至近距離で目があった。
「ふっ…普通目閉じねえ?」
くつくつと笑う蘭さんに未だ理解が追いつかず、え?え??と頭が混乱する。
「大丈夫か〜?」
蘭さんが目の前で手を振っているのに気づいてはっと我に返った。
「な、なんで…!えっちなことはしないって…!」
「え〜?キスは別にえっちじゃないだろ」
🌸ちゃんはうぶだな〜と楽しそうに笑っている蘭さんを見ると怒るに怒れないからずるい。
「それに、長い間ずっと我慢してきたんだしキスくらい許して」
そう言ってまた軽く唇が触れ合い去り際にちゅっと可愛らしいリップ音がした。
「じゃ、俺先に出るからゆっくりしてな」
私を膝から降ろすと先に脱衣所へと向かってしまう蘭さんを私はただ見ているしか出来なかった。
「あっぶね、勃ちそうだった…あんなキスで勃つとかガキかよ」
脱衣所で蘭さんがそう呟いたことも私は知らない。