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    SSR_smt

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    SSR_smt

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    俄月の過去SS。3000文字と長くなりすぎて画像に出来ませんでした。

    それは、丁度三十年前の話「――先月、突如として地球に霧散したムゲンに接触したと思われる人々が、各地で発見されています。いずれも人智を超えた能力が人間に備わり、各国では対策を……」


    ――ムゲン。
    そう呼ばれた物質は、今も尚この空中を漂っているらしい。
    今しがた空気を分解したが、この出来上がった箱の中に、どれだけの物質が入っているのだろうか。
    ――ブチッ。僅かな弾力と抵抗を見せて、簡単に壊れた。それに、何とも言えない気持ちになった。人間に必要な物質も、人間そのものでさえも分解し、簡単に壊せるこの能力を、俺も、両親も、日本政府でさえ、持て余している。俺よりうんと頭の良い奴等でさえ、世界中の誰もがわからないのなら、自分一人で考えなくちゃならねぇ。
    「面倒だな」
    異能など無かった日に帰れるものなら帰りたいもんだ。


    「ヤスシくん」

    その人は、俺の近所に住む女だった。歳は……いくつだったか。少し上で、第一志望だったという高校の制服を大概着ていて、あっちだこっちだとバタバタとしていた。人気者だったんだろう。周りにいた野郎共は鼻の下を伸ばして、互いに牽制していた。実際一等美人だった。俺を名前で呼ぶ数少ない女で、俺を見掛ける度に話し掛けてくるお優しい、奇特な女だった。
    「寧くん」
    その声は今も耳に残っている。

    「寧くんの異能って、分解なんだってね」
    「……どこで」
    「寧くんのおかあさん!うっかりテーブルを分解しちゃったんだって?」
    鈴が転がるような声で笑うその人を睨めば、その人は押し殺すように笑っている。今朝やらかした事がもう漏れているとは、おふくろめ。テーブルの上の朝食が床に散乱した記憶は新しい。だからずっと一人で飯を食うと言っているのに、俺の両親も兄弟も、それを良しとしなかった。家族揃って飯を食うのが大事だと。それよりも、俺が分解しちまった家財道具を買い直す金額の方が大事だと思うんだが。
    それを話せば、その人はまた笑った。何が面白いのかは知らねぇが、アンタが楽しいならまぁ放置しておくことにする。
    「寧くんと一緒にご飯が食べたいのよ」
    「……有り得ねぇな」
    「家族ってそういうものなの!寧くんが黙って食べててもね」
    「……」
    「今度私ともご飯食べようよ」
    「はァ?嫌だ」
    「えぇ?」
    誰かがその人を聖母様のようだと言った。そんな高尚な女じゃねぇと思うが、まぁ確かに優しさは人よりあったように思う。結局俺はその人に引きずられて飯を食う羽目になった。ただ淡々と食って、その人が話し掛けてくるのに相槌しか打ってなかった気がする。何が面白いのかしらないが、その人はずっとご機嫌だった。突然異能の話をされて、オススメだとごり押されたスパゲティを食べる手を止めた。

    「私ね、人の疲れとか、体調が悪いところとかが治せるの!」
    「へぇ」
    アンタらしい異能だな。とは、言わなかった。根掘り葉掘り”らしい理由“を聞かれても面倒だ。反応が薄い!だのなんだの文句垂れていたが、それに飽きたのかその人はまた楽しそうに笑う。
    「寧くん、疲れてない?」
    「ない」
    「悲しいこととか」
    「アンタといてか?ねぇな」
    「寧くんホントに中学生?上手何だから!」
    疲れなんざ学生時代に対して感じねぇし、憂いなど感じる柄でもねぇ。こんな細腕の女に頼る奴の気が知れなかった。それでも、この言葉を喉から手が出る程欲しがる男も多いんだろう。肩を竦めて「じゃあまた今度ね」と諦めない女を鼻で笑った。中学生だろうがいくつだろうが、女の前で見栄を張るのは当然だろう。誰が泣きつくか。
    ――その女の楽しそうな顔を見て喋るのは、それが最後だった。

    暫く声が掛からなかった。見掛けてもその人は誰かしらと一緒にいて、家の前にはその人を求めて来訪する奴等が列を成していた。今思えば、その光景はおかしいものだった。十代の女に、異能くらいしかない女に、老若男女が群がっていた。砂糖に集まる蟻を思い出させた。気色の悪い。
    だが当時の俺は、まだ人生十と少しの若造。その家の中で起こっている事など、知ることも予見することも出来もなかった。

    「寧くん」
    窶れきったその人が、久しぶりに声を掛けて来た。嫌な予感がした。

    「異能に、副作用があるなんて……知らなかったの」
    「……ああ」
    女が泣き崩れた。床に広がる黒髪は、前に見た時より艶がなかった。
    女の肉体的精神的治癒は、施術対象に大きな負反動を齎した。麻薬と一緒のそのデメリットは、女にも襲いかかる。気分が高揚し、万能かのように思わせるその効力に、依存するのは時間の問題だった。
    聖母のようだ。と、誰かが言った。女のその性格が災いして、沢山の人にキリストのように手を翳した女は、その手を数多の汚い手で掴まれ、頭を押さえつけられ、小さな体は、心は、簡単に潰れた。十と少しばかり生きた程度の女は、簡単に壊れてしまう。

    「寧くんの異能って、人間にも効くのよね?」
    ――冷や汗が、背を伝った。

    「死にたいなぁ、なんて……」
    「私に、異能を使って」
    「寧くん」
    嘆願だ。懇願だ。哀願だ。懇望だ。すがり付いていた、この俺に。崇高さえも覚えた女が。清廉潔白とさえ思えた女が。聖母だと崇められている女が。俺の前では、過ぎた力、過ちに、どうにもならない現状に、耐えきれず喘いでいる。ただの女だった。俺は、このただの女を好いていた。愛だの恋慕だのではなく、もっと綺麗な感情を抱いていた。
    ――嗚呼、だから。答えなど、端から一つしかなかった。

    「準備は」
    「……大丈夫」
    震えた声。大丈夫などではないだろう。それでも、無理矢理作った時間は有限だった。今もこの人を探し求めゾンビのようになっている輩がその辺を徘徊しているだろう。恐怖を見なかったフリをして、進めなければならない。
    女の薄っぺらい手に、手を這わせた。元々白かったが、今は更に青白い。ドクドクと僅かばかりに伝わる脈も弱い。触れ合うと、女の肌が粟立った。今から自分を殺す男の手だ。嫌だろうな、そりゃ。息が詰まる。俺も、女も。

    「寧くん」
    女の目が俺を映した。我ながら、情けない顔しやがる。眉間に皺を寄せれば、女の瞳が恐怖を滲ませた。そんな顔、してほしい訳じゃなかった。だが、それを言う資格はないだろう。
    「寧くん」
    貴方のその声が合図だった。好きだった。透き通った声が、俺の名前を呼ぶのが。
    それに免じて、俺は能力を発動させた。

    ボロボロと崩れてゆく。女の輪郭が、朧気になっていく。人思いに力を込める。女の呼吸が荒くなり、一歩下がろうとしたのを、強く手を引いて止める。中途半端にするのが、一番悪いだろう。俺は、貴方を戻せない。壊れた貴方は、壊れたままだ。
    触れた場所が手から手首になり、肘になり、肩になり、鎖骨に伸びた。女の顔が更に青ざめる。首か、頭からやれば良かっただろうか。人を分解するのは初めてで、流石に踏ん切りがつかなかった。きっと、どこのスタートラインにしても俺は同じ事をするだろう。せめて。いや、これは俺のエゴで。抱き締めれば、床に落ちる音が加速した。


    「や、寧くん!やめてェ!」

    女の鈴を転がせた声が、鼓膜を揺らした。反射で手を離せば、恐怖に歪んだ女の顔が首から跳ねた。女の体が崩れ、涙も箱になり、床に散乱したのは、数多の箱だった。手の中には小さな箱たちがある。さっきまで背中だった部位だ。中身を無くした服だけが、元がその人だとわからせてくる。
    心臓がバカみたいに脈打っている。視界が赤く染まってゆく。「寧くん」と呼んだ、あの悲鳴が耳にこびりついている。何度も何度も。俺を呼ぶ。
    嘆願だ。懇願だ。哀願だ。懇望だ。すがり付いていた、この俺に。殺さないでと。貴方を殺してしまった、この俺に。
    ――ブチッと、足元で潰れた音がした。よろめいた足の裏で、肌色の絵の具が広がっている。それは確かに、貴方の一部だった。




    「俄月さん?」
    「……あ?お前か」
    「お前かってなんですか!残念そうな!」
    「何も思ってねぇ」
    「それはそれでどうなんですか」
    白衣のナントカと呼ばれている女が声をかけてきていた。物思いに耽けるなんざ、柄じゃねぇことするもんじゃねぇな。ギャースカほざいている女の頭を掴んで、前を向かせる。九官鳥かコイツ。やかましい。
    「行くぞ」
    「いや、私が呼びに来たんですけど」

    どうしようもねぇ後悔をしようが、過ちを犯そうが。結局、人生進むしか道はない。突っ立って嘆いていようが、好転などしない。誰かが助けてくれる訳でもない。あの時、時を戻せる異能で、治癒の異能で、あの人を戻せていたら。なんざ、机上の空論だ。くだらねぇ。時間の無駄でしかない。
    慌ててついてくる女の声を聞きながら、一歩踏み出した。
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