続・稲妻のハロウィン「いたずらか、それとも菓子か!」
裟羅が離島広場に着くと、屋台がにぎわい、妖怪に扮した人々の掛け声が響いていた。
この祭りは去年八重堂が社奉行と提携して催したものだ。異国の風習を稲妻風にアレンジしたもので、人々は妖怪に仮装し、この掛け声で菓子を交換するのだ。
しかし広場のあちこちで聞こえる掛け声は、裟羅にとっては少し困った思い出でもある。
去年、神子にはめられ仮装させられた裟羅は、その姿を将軍様に見られてしまったのだ。裟羅が祭りに参加していると勘違いした将軍様が裟羅に例の掛け声をしたため、菓子の手持ちがない裟羅は多いに焦ったのだ。
物珍しさに加え、裟羅の仮装と将軍様の参加が噂になったこともあり、次年の開催を求める声が多くあがった。
そうして商機を見出した神子により、去年より規模を少し大きくして開催となったのだ。
今回も会場警備は主に社奉行が行っているが、今後の勢い次第では、この先天領奉行とも連携する可能性があると考えた裟羅は、個人的に視察に来ていた。
「あら、九条さんではありませんか」
裟羅が振り返ると、そこにはあの海祇島の軍師が立っていた。
「奇遇ですね」
「ああ、お前も祭りに参加してたのか」
「鳴神島への用事のついでです。八重宮司から今度海祇島からも出店しないかとお声がけ頂き、下見をしようかと」
異国の菓子と妖怪仮装という奇抜さは、いつもの稲妻の祭りとは異なり、鳴神島風ではない異文化を受け入れる雰囲気があった。これならたしかに海祇島の屋台も受け入れられそうだ。
しかし下見と言う割には、心海は随分満喫しているようだと裟羅は思った。
心海は狐の面を被り、手には一つ目の提灯妖怪風の装飾がされた籠を提げている。籠の中には、屋台で売られているのと同じ、色とりどりの菓子類が詰まっていた。
裟羅の視線に気付いた心海が、籠を持ち上げ微笑んだ。
「雰囲気を知るには、楽しむのが一番ではありませんか?」
「私は何も言ってないぞ。楽しんでいるならなによりだ」
「ええ。九条さんも楽しんでくださいね……では、『いたずらか、それとも菓子か』」
心海の声掛けに、裟羅は少し驚き彼女の顔を見た。
「……私は仮装していない。祭りの参加者ではないぞ」
「そうなのですか? 去年はとても楽しまれたと八重宮司から聞きましたが」
「……」
裟羅は盛大にため息をついた。
「あの方の仰ることは忘れろ」
「恥ずかしながら、この様に準備はしたのですが、まだ誰ともお菓子を交換できていないのです。せっかくの機会ですから、九条さんが海祇島の友人に思い出をくれるといいのですが」
ニコニコ笑う心海に、裟羅は顔をしかめる。
確かに島同士の交流が再開した今、海祇島とは友好関係にある。裟羅だって海祇島になにかあれば協力するつもりだ。
しかし、いま目の前の少女にどことなく宮司様に通じるものを感じ、裟羅は警戒していた。
「……それでお前は、菓子を貰えば満足なのか」
裟羅は観念して尋ねた。
「いいえ、九条さんはお菓子を持ってないでしょう。私はこのお祭りをより深く知り楽しみたいのです」
やり取りの雰囲気に既視感を感じ、裟羅に嫌な予感が走った。
「ですからここは、いたずらで行きましょう」
心海の笑顔が宮司様と重なって見え、裟羅は額ををおさえた。
◇ ◇ ◇
裟羅は心海と手を繋ぎ、祭りの会場を歩いていた。
馴染みの無い左手の温かな感覚に裟羅は戸惑っていた。
手が誰かで塞がっているのも、歩く速度や体の距離の取り方も、人々の視線も、何もかもが慣れなかった。
心海から『いたずら』提案された時、もちろん裟羅は何故そのようなことをするんだと抗議した。
混雑した会場で自分たちの手元に気づく者は少ないだろう。とはいえ、あまりに気恥ずかしかった。
対する心海がどのような理屈をこねるのか、警戒する裟羅に返って来たのは意外な言葉だった。
――私は子供の頃から友人が少なくて、両親も忙しい人達でしたから……一度こうやって誰かとお祭りを回って見たかったのです。
裟羅をからかうつもりもあっただろうが、その声音には本心の寂しさが感じ取れた。
ずっと昔から、裟羅はこういった触れ合いとは無縁だった。
家に帰る兵士たちの、家族との触れ合いや繋がれる手を寂しく眺めたことだってある。
だから裟羅は驚いた。海祇島の民に仰がれ慕われてる軍師様が、自分と似た心の中の寂しさを見せたのだ。
いつも奇策を得意とする軍師からの真っ向勝負に、裟羅は思わず怯んでしまった。そして戦場では怯んだ者の負けだ。
こうして、裟羅は心海と手を繋ぐに至ったのだ。
先程しおらしく見えた心海は、手を繋ぐとニコニコと戸惑っている裟羅の様子を覗き込んでくる。
やはり承諾するべきではなかったかもしれない。裟羅は後悔し始めていた。
「軍師様は楽しそうだな」
「ええ。長年の夢が叶いました。ありがとうございます九条さん」
「楽しい理由はそれだけではなさそうだが」
覗き込んでくる心海を裟羅は睨んだ。
「それは……ちょっと困らせないと『いたずら』にならないでしょう?」
「まったくお前は……。ほら行く――っ!?」
突然手にゾワリとした感覚が走り、裟羅は軽く声を漏らし、思わず手を解いた。
どうやら心海が裟羅の手袋のくり抜かれた部分の肌をすり、と撫でたのだ。
ハッとして心海を見ると、いたずらの成功に嬉しそうに笑っている。
恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じながら、心海を睨む。
「よし、もういたずらは十分だな」
「ふふ、ごめんなさい九条さん。つい」
もうしませんから。
そう言って心海はまた手を差し出す。
「……」
無邪気に何気なく差し出された手を前に、もういいだろうという言葉が何故か出てこなくて、裟羅はまた手を取った。
会場は混雑してきてはいるが、幾人かは裟羅と心海に気づいたようだった。気にしては負けだと自分に言い聞かせ、裟羅は歩き出した。
心海はあちこちの屋台や会場の装飾を眺め、裟羅の手を引く。
隣を歩く心海は、祭りを楽しむより屋台の調査が主眼のようだった。海祇島の来年の出店を目指すとして、まだまだ島は資源が不足している。どれくらいの投資や準備が必要か、心海は確認しているのだ。祭りを満喫してるように見えた狐の面や妖怪の籠も、それらの造りを調べために購入したようだった。
それでも心海の表情は生き生きとし、手も解かれなかった。誰かと手を繋いで祭りを楽しみたいという願いに嘘はないようだと、裟羅は思った。
裟羅と心海は親しい友人という訳では無い。まして家族とも違う。
それでも、こうして寂しさで繋がった手の温かさは、嫌ではない気がした。
「あの、九条さま……」
ふと裟羅の足元から声がした。そちらを見ると、仮装した子供がもじもじと立ち、何か言おうとしている。
「い、いたずらか、それとも、それともおかし……」
子供の様子に気付いた親が、血相を変えて裟羅のもとに駆け寄る。
「九条様、うちの子が失礼いたしました!どうかお許しください!」
「いや、気にしないでくれ」
裟羅は心海に視線を向ける、目があうと心海はうなずいた。裟羅は心海から籠を受け取ると、しゃがんで子供と目線を合わせる、持っていた籠を子供の前に差し出した。
「先程の祭りの声掛けをしていたな。一つ取るといい」
両親は驚き裟羅を止めようとする。
「いえいえ九条様、本当にお気になさらず」
「気にするな。今は公務ではないから構わない」
依然籠を差し出す裟羅に、両親はポカンとする子供に早く取るよう促した。
子供が菓子取ると、家族はお礼を言いつつ立ち去って言った。
手を繋いで歩いていく親子の後ろ姿を裟羅は眺めた。自分が微笑んでいるのも、あの寂しさがやって来ないのも、裟羅は気づいていなかった。
「お菓子を気に入ってもらえてよかったです」
「すまない。珊瑚宮の菓子をあげてしまった。代わりの物を買ってくる」
「いえ、いいですよ」
「そうは行くまい。きちんと埋め合わせはさせてもらう。それに私からも何か贈ろう」
心海の手を取り、裟羅は菓子の屋台へ向かっていく。
取られた手に心海が驚く顔は、歩き出す裟羅には見えなかった。
「……でしたら私も、九条さんにお菓子を贈りますね」
「いや、結構だ。甘味は遠慮しておく」
「あら。では、『いたずら』にしますか?」
「……お前はいい加減にしろ」
手を繋いだ二人は、軽口を叩きながら祭りの雑踏を進んでいった。