Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    RacoonFrogDX

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 37

    RacoonFrogDX

    ☆quiet follow

    魔法が駄目なら物理で殴りたかった。

    『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(17)町に戻ると、依頼を完了させるため冒険者ギルドへと向かった。
    討伐自体は5分で終わったが、その後魔法の練習をして時間を
    潰していたため昨日の様に早すぎると驚かれることはなかった。
    グラムがテーブルの上に獣の死骸が入った袋を取り出すと
    受付嬢は慣れた手つきで袋を受け取りそのまま立ち去った。
    ほどなくして、受付嬢は袋の代わりに貨幣を持ってきた。

    「それでは、こちらがエテコールの討伐報酬となります。」

    受付嬢が差し出したトレーの上には、
    一日過ごすには心許ない金額のドロン硬貨が載せられていた。
    昨日は三件同時に受注して驚かれたが、依頼一件に対する報酬が
    この程度だと依頼を掛け持ちせざるを得ないのではないだろうか。
    貧乏ヒマなし、やっぱり異世界でもお金関係はシビアなんだな…。

    「ありがとうございます。」
    「またのご利用をお待ちしております、お疲れさまでした。」

    受け取った報酬を『財布』に格納するとオレ達はギルドを後にした。
    建物の外に出て空を見上げると日はまだ高い位置にあり、昨日同様
    昨日の夜立てていた予定が半日も経たないうちに終了してしまった。

    「ふむ…想定よりも早く予定が済んでしまったのう。」
    「うーん…あのさ、グラム爺ちゃん。 ものは試しなんだけど…。」
    「うむ?」


    …魔法が駄目なら物理で殴るのはどうだろうか。
    我ながらあまりにも単純過ぎるが、自分で言った通り"ものは試し"である。

    昼食をさくっと終えると、オレ達は虎風庵の建物の裏へと向かった。
    虎風庵と隣の建物の間には狭い路地があり、そこを抜けると小さなスペースがあった。

    「それじゃあ樹ちゃん、お爺ちゃんの剣を貸してあげよう!
    すこし重いから、まずは両手でしっかりと構えてみなさい!」

    オレはグラムにの剣の指導を頼んでみることにした。
    祖父の強さはここまでの旅の中だけでも充分過ぎる程理解している。
    おまけにグラムは元騎士である。
    現役時代には部下の指導も行っていたはずだ。
    となると、指導力にも期待出来るだろう。

    …とはいえ、体力の無さはステータスを見るまでもなく自分が一番
    理解しているので、あくまで"試しにやってみる"というスタンスで
    挑戦してみるつもりだった。
    一朝一夕で習得出来るものではないだろうが自力で身を守る手段を
    なるべく増やしたい現状においては何でも試してみるのは悪くないだろう。

    …結果、やはりスキルを使いこなす方が先であるという結論に至った。

    「ぐっ…! こ、これは…!」
    「樹ちゃん、頑張るんじゃ!」

    まず最初にグラムが常用している剣を持たせてもらったのだが…これがまあ、重い。
    剣を正しく構えて、まともに振るだけでも随分と体力を持っていかれてしまった。
    そして便宜上"まともに振る"と表現したが、実際はまともに振れてすらいない。

    「…へあっ!」

    と、実に気の抜けた掛け声を漏らしつつ、半分くらい
    重力に任せながら剣をヘナッと振り下ろしただけである。

    「覚悟はしてたけど、思ってたよりもかなり重たいな…」
    「腕は大丈夫かの? 痛めてはおらんかの? 休憩を挟むかのう?」
    「いや、さすがに今の一回で腕を壊すようなことにはならないよ。」
    「ならば良いのじゃが…むぅ、本格的な剣を持つのはまだ難しいか。
    ならば次はこの練習用の小剣を使うとしよう…さ、構えてみなさい。」

    続けて練習用の木製の剣を握らせてもらった。
    さすがに先程とは違い、ある程度まともに振ることが出来たが…自分が思い浮かべている
    動きのイメージに対して体がついていかないという事実を再確認させられることになった。
    これがオッサンになるという事か…懐かしき二十代、異世界で老化を痛感させられるとは。
    しばらくの間グラムから指導を受けていたが、息が切れ始めたため中断することになった。

    「たしかに樹ちゃんの動きはまだまだ未熟…遺憾ながらそこは認めねばならん。
    …しかし、鉄は熱いうちに打て! ワシが完璧な特訓計画を組んで、これから毎日
    マンツーマンで指導すれば樹ちゃんは確実に、世界一の剣士になれるはずじゃ…!」

    オレのグダグダっぷりを目にしてもなおグラムが
    "枕木樹最強剣士計画"を立てようとしていたため、オレは
    必死の説得を行ってなんとか思い留まらせる羽目になった。

    「むう…樹ちゃんなら世界一の強者も夢じゃないんじゃが…」

    説得には成功したが、グラムはまだ諦めてなさそうだった。
    魔法同様、異世界転移したからといって簡単に剣が扱えるようにはなるワケではない。
    となると、剣術の習得もこの世界での安全が充分確保されてから取り組むべきもので、
    現状無用な時間を割くべきではないだろう。

    それが判明しただけでも一歩前進である。
    グラムの熱が再燃しないうちに、オレは話題を変えることにした。

    「あー…っと、そういえばこの世界にはダンジョンがあるわけだけど
    初心者向けのダンジョン…ええと、魔物があまり強くないダンジョン
    とかってないの?」

    『孫』のスキルは精神感応系のものが多いため、スキルを
    攻撃に用いる練習を行うとなると、人間はもちろん動物も
    実験台にするのは躊躇われた。
    キラメキドロンの件で魔物にも魂が存在するのは分かったが、
    創成神話の内容から考えても魔物は恐らくこの世界に破壊を
    もたらす為だけに作り出されたと思われるため、モンスター
    相手であれば気負うことなくスキルを発動出来そうだ。

    「ふっふっふ…樹ちゃん、お爺ちゃんが何で
    アラタルを拠点としたのか、分かるかのう…?」
    「単に、ハイレム国からより遠くにある町だから…ってだけじゃなく?」
    「勿論、それもこの町を選んだ理由の一つじゃが…ゴカドからの距離が
    アラタルと同じくらいの町は、ここ以外にも何個か存在しておるぞい。」
    「まあ、それもそうか…じゃあ、何でだろう…うーん…?」
    「それこそ、たった今樹ちゃんがワシに尋ねたことじゃ。」

    「ああ…初心者向けのダンジョンってこと?」
    「その通り! 誠に遺憾ではあるが、ワシの力だけでは
    樹ちゃんを守り切れない事態も"絶対に無い"とは言い切れぬ。
    実戦形式で脅威と対峙して、その対処法を身に着けることが出来れば
    その"万が一"に遭遇した時に樹ちゃんの生存率もグッと上がる筈じゃ。
    そのために、ランクの低いダンジョンがあるアラタルを選んだのじゃ。」

    "何があっても護る"と息巻いていたが、その辺は色々考えてくれていたらしい。
    しかし、低難易度にも幅があるはず…主要な敵が山道で出会ったボアみたいな
    魔物だったりすると、初心者向きといってもかなりキツいかもしれない。

    「そこは"ぬいぐるみダンジョン"と呼ばれておってな。
    モンスターが常在する迷宮型ダンジョンじゃが、
    徘徊する魔物の攻撃力は零に等しくアイテムも滅多に落とさない。
    それ故に人気もなく、乗り込んで来る冒険者の数もかなり少ない。
    どうじゃ、人目を気にせずスキルの練習を行うのにうってつけな
    場所じゃと思わんか?」

    曰く、ダンジョン内にはその名の通り人形のモンスターが徘徊しているらしい。
    攻撃はしてくるが体が布と綿で出来ているため怪我の危険性もほとんどなく、
    逆に負け方を考えるほうが難しいぐらいのモンスターなんだとか。
    …たしかにそれなら、俺のような雑魚助でも挑戦出来そうだ。

    「けど、そんなに難易度が低いってダンジョン的にどうなの?
    ダンジョンって、冒険者をおびき寄せて殺すための施設って
    イメージが強いんだけど…」

    「ダンジョンも色々じゃからな。
    知っての通りこの世界の根源は混沌で、ダンジョンも混沌から生じるとされておる。
    だから樹ちゃんの言うような迷宮も存在する一方、ぬいぐるみダンジョンのような
    キワモノまで…いろんなパターンの迷宮が誕生する可能性があるということじゃ。」

    「あ、一応その手の正統派ダンジョンもあるんだ?」

    「"ダンジョンコア"というモンスターが存在する迷宮の場合はその傾向が強いのう。
    他の生物が持つ混沌を取り込んで自己肥大を繰り返す性質を持つタイプの魔性じゃ。
    …ただ、そうしたダンジョンには大抵厳しいランク制限が掛けられておる。
    現段階で、ワシらがそういった場所に踏み入る可能性はないじゃろう。」
    「まあ、それもそうか。」

    真っ当な異世界転移であれば意気揚々とダンジョン巡りをしていたかもしれないが
    俺の場合は残念ながら"安全な暮らしの確保"という達成条件が不明瞭な目標をまず
    クリアしなければならない。
    楽しい冒険は一先ずお預けにして、今は自分のやれる範囲で力をつけいかなければ。
    色々と試しているうちに日が落ちてきたため、迷宮の探索は明日行うことになった。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator