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    ぽぷろあ

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    タル鍾 恋人設定 幻覚強め なんでも許せる人向け
    別垢からお引越し

    #タル鍾
    gongzhong

    落涙したその後はポタリと、急に水分が上から一粒落ちてきた。それは、読んでいた紙面にじわりと染み込み、書かれた文字を滲ませていく。

    往生堂の一室、次の講義で使う資料をテーブルに広げ、椅子に座って確認と整理を行っていた鍾離は顔を上げた。

    はて、雨漏りだろうか。今日は晴れていた筈だが、通り雨でも降ってきたのかもしれない。そう考えつつ首を傾げていると、驚いた顔の胡桃と目が合った。胡桃も雨漏りにやられたのだろうか?

    「…しょ、鍾離さんどうしたの?」
    「?…どうかしたのか」
    「いや、どうかしたのは鍾離さんの方だよ?それ、気付いてないの?」

    それ。と、胡桃に指で指摘されて、指された場所に手で触れる。揃えた指で横に擦ると、水分が手套の上をつるりと滑っていった。

    長い間隔でポロリ、ポロリ、と少しずつ落ちていくもの。それは鍾離の目から流れた涙だった。一定の間隔で零れ落ちるそれは鍾離の頬を濡らし顎を伝って衣服に染みていく。鍾離が手巾を取り出し目元の化粧を落とさないように拭っても、後からどんどん溢れてきて止まる気配は無かった。

    「ふむ…?止まらんな」
    「いやいやいや、止まらんなじゃないでしょ」
    「実際にそうなのだから仕方あるまい」

    古い文献や貴重な資料を濡らさないようにテーブルの端に避けつつ、鍾離は他人事のように洩らしながら更に首を傾げた。
    呪いか何かだろうか?そう鍾離は考えてみたが、鍾離と胡桃の二人がいて気付かない呪いなど―可能性はゼロではないが―無いと言えるだろう。となると、体の不調を疑うべきかもしれない。最近、神の心を失った影響か。はたまた摩耗が始まった可能性か。しかし、涙が止まらない以外の不調や異常は鍾離には今のところ感じられなかった。

    そう思案している間にもポロポロと涙が落ちていくものだから流石に煩わしくて鍾離は顔を顰める。

    「呪いの類はなさそうかな?鍾離さん体調が悪かったりする?」
    「いや、不調は感じないな」
    「なのに涙が止まらない、と。…うーん、流石にこんな状態の鍾離さんに講義は頼めないし、また別の日にして貰おうかな」
    「すまないが、そうさせて貰おう」

    そのままお互いに涙のことは気にせず次の講義の日程を詰めていると、いつの間にか鍾離の涙は止まっていた。胡桃と二人で首を傾げつつ、その日の講義は泣いたと分かる鍾離の顔を鑑みて次の日程へ流れる事が決まり、その日の鍾離の仕事はそのまま終業となった。

    往生堂に間借りしている自室に帰り、鍾離は鏡を覗き込んだ。そこには泣いたせいでほんのり腫れた目と涙が流れたせいで薄くなってしまった目元の化粧が見えただけで別段変わった所は無かった。顎に手をやって鏡から目を離し、持てる力でざっと体の状態を調べてみても異常はなさそうだった。

    特に痛みは感じなかったが、もしかしたら目に異物が入っていたのかもしれない。涙が途中止まったのも、異物がきちんと涙で流れたからだろう。

    その日は特に気にせず鍾離はそう結論付けて締め括った。

    ✦✧✦

    「鍾離先生?!」
    「うわっ、鍾離!お前どうしたんだ!?」
    「む…?」

    往生堂での出来事から数日後、旅人の塵歌壺でそれは起こった。

    塵歌壺の建物の一室で鍾離が旅人とパイモンの二人と歓談している途中、急に石珀の双眸から涙が溢れボタボタと大粒のものが零れ落ちた。以前より、明らかに流れる量が悪化しているようで衣服に大きな染みが出来ていく。

    今回も目に異物が入ったのか。しかし、今回も全く痛みも異物感も感じない。なら原因は他にあるのだろうか?

    「黙って泣いてないで説明しろよ鍾離!」
    「ああ、俺にも原因がわからなくてな。以前にも同じ事があって急に出てきたんだ。今の所、涙が出る以外害は無い。」

    腕を組んでそう返すと、それまでアワアワと動揺していた二人の顔がきょとんとしたものになる。仲良く二人同時に表情を変えるものだから、それが少し可笑しくてまだ涙を流しながらも鍾離が笑うと二人の顔つきも安心したものに変わった。

    「急に泣き出すから何かあったのかと思って心配したんだからな!」
    「そうか、それはすまない事をした」
    「原因不明?目にゴミが入ったとかそういうのじゃなくて?」
    「俺もそう思ったのだが、特に痛みといったものは感じない」
    「うーん、オイラが見てやろうか?」
    「ああ、頼む」

    鍾離の顔の目の前にパイモンの小さな体がふわりと飛んできた。そのまま鍾離の目を覗き込んだパイモンは小さな手で鍾離の目元に触れ、その指で少しだけ下瞼を下げた。数秒ほどじっと見つめていたパイモンだったが、首を傾げながらまたふわりと飛んで旅人の頭の横に戻っていった。

    「ん~、特に何もなかったぞ?」
    「ふむ、そうか」
    「前にも同じことがあったって言ってたけど、その時はどんな状況だったの?」
    「往生堂で資料を読んでいた時だな、その時も急に出てきた」
    「ま、…まさか呪いとかか!?」
    「その時は堂主も一緒だったが、堂主も俺も特にそういったものは感じていない」
    「なら、その線は薄そうだね」

    三人揃って首を傾げている内に鍾離の涙は徐々に止まっていった。衣服にシミが出来てしまうのと、目元の化粧が崩れてしまうのが少し億劫だなと鍾離は思い、軽く溜息をつく。

    ふと旅人の方に目をやると、沈んだ顔つきがこちらを伺っていた。

    「旅人、どうかしたのか?」
    「鍾離先生…その、体調が悪いとか…そういうのだったりする?」
    「恐らくそれも無いだろう。俺自身でも軽く調べてみたが、急に涙が出るという異常以外は何も見つけられなかった」
    「じゃあ、何が原因なんだろうな?今日のオイラたちの話が悪かったとか?」

    今日、旅人たちと話していた内容は主に璃月の歴史についてだ。天穹の谷近くにある遺跡調査を手伝う依頼を受けた旅人たちが、鍾離に遺跡について聞きに来たのが発端だった。会話の内容を振り返ってみても、別段おかしな話をしていなかったように鍾離は思う。過去の歴史を語る事は、多少の寂しさはあれど鍾離にとって今更泣く程のものでは無い。

    「いや、得に気になる点は無かったな」
    「…そっか、なら良かった」
    「いっそ吟遊野郎でも呼んで見てもらうか?」
    「…それはどうしようもなくなった時の最終手段にしてくれ」

    思いっきり鍾離が渋面を作ってそう返すと、旅人たちは揃って笑い声を上げた。
    そのまま原因について旅人たちと話し合ってみたが、その日も得られるものは何もなかった。

    ✦✧✦

    旅人たちと話してから四日。あれから何度か鍾離は涙を流していた。

    二日後に自室で本を読もうとした時に流れ、その次の日に気分転換に茶を淹れようとしてまた流れた。そして今日、講義中に過去に起こった事実や歴史について語っている時に出た時は流石の鍾離も焦った。なんとか誤魔化して講義自体は終わらせたが、その時に側にいた胡桃や、たまたま往生堂を訪れていた旅人たちに余計な心配を掛ける羽目になってしまった。

    講義の後に三人から当分休むようにと言われ、あれよあれよの内に何故か旅人の塵歌壺に行く事が鍾離が口を挟む前に決定した。休むだけなら往生堂の自室や何なら自分の洞天で十分なのだが、心配だからと年下の彼女たちに言われてしまえば鍾離も強く出れず、大人しく旅人の塵歌壺で過ごすことに決めた。

    ここの施設は全部好きに使っていい。そう言いつつも慌しく出ていった旅人たちを鍾離は見送った。思わず暇になってしまった。そうぼんやり考えながらも鍾離は塵歌壺の建物に入り厨房を目指す。一先ず茶でも淹れて飲もうと焜炉に近づき、置いてあった薬缶を手にした瞬間、ポロリとまた石珀の双眸から涙が零れ落ちた。

    涙が流れる法則性が分かってきたな。と、涙を拭いながら鍾離は考える。

    記憶を振り返って大まかに分類すると、本を読む時、茶を淹れる時、過去の話に触れる時、この三つが起因となって涙が出てくるようだった。ただ、出る法則は分かっても根本の原因は思い当たらない。この三つの共通点は何処にあるのだろうか。

    鍾離はそっと薬缶から手を放し服の袖で乱暴に顔を拭った。最近は涙のせいで顔を汚してしまうのを懸念して目元の化粧はしていない。いつも通りに振る舞えない事が鬱屈とした気を呼び起こし、鍾離の胸中に少し募る。気分転換に本でもと思ってもそれが起因になっているのなら読むことは憚られた。

    「さて、どうしたものか」

    思った以上の手持ち無沙汰に鍾離は溜息を付き、焜炉の縁を意味もなく撫でる。数秒ほどそこに佇んでいるとガタリと大きな物音がして鍾離は後ろを振り返った。音の方角からして恐らく玄関の扉を誰かが開けたのだろう、バタバタとした足音がこちらに近づいて来る。旅人たちが帰ってきたのだろうか。それにしては足音の歩幅が広く重い。

    「先生!体調不良って本当!!?」

    厨房に飛び込んで来た人物を見た瞬間、涙が止まりかけて鮮明に視え始めていたはずの視界が徐々にまたぼやけていく。

    「……っ…?」

    膜を貼って滲んだ視界がついに限界を迎えてボロリと決壊すると、飛び込んで来た人物、タルタリヤの顔が驚愕に染まっていくのがぼやけた視界の中でも視えた。

    「先生っ!?泣くほど体調が悪いのならこんな所に居たらダメだよ…!」
    「…急に涙が出てくるようになっただけだ…それ以外は問題はない」

    涙が出る起因の行動を取っていないにも関わらず、急に出てきたものに疑問を持ちながらも鍾離はタルタリヤに簡潔に答え、新たに出てきた涙を適当に拭った。拭っても上から新しい涙が零れ落ちてきて、それを億劫に感じながら鍾離が乱暴に拭い続けていると、いつの間にか距離を詰めたタルタリヤが心配気な面持ちで鍾離の頬にに触れた。

    「いや、それも十分問題あると思うけど」
    「本当にそれ以外は何もない…恐らく大丈夫だ」
    「そう?…けど、詳しく聞きたいからさあっちで話そう」
    「…分かった」

    タルタリヤにそう促されて鍾離は素直に後ろを付いて行く。ボロボロと零れ落ちる涙は止まる気配は今の所無さそうだった。

    ✦✧✦

    厨房から璃月風の部屋に移動して二人で長椅子に腰掛ける。そのまま鍾離は事のあらましをタルタリヤに伝えた。

    「涙が急に出てくるようになった、ね…それ以外は本当に何ともないんだね?」
    「…ああ、これ以外の異常は見つかっていない」
    「そっか、相棒が先生が体調不良なんて言うから飛んで来たけど…元気そうで良かったよ」
    「そうか、それはすまないな事をした」

    そう話している間にも、鍾離の目から涙は流れたままだった。以前よりもそれは確実に多く零れ、衣服にどんどんと染みて冷たくなるほどだった。

    「んー、本当に止まらないね?…先生の泣き顔は心臓に悪いから泣き止んで欲しいんだけど」
    「それが出来たらここ数日苦労はしていない」

    いつもなら数分、長くても十数分くらいで止まるものが、いつまで経っても止まる素振りを見せなかった。明らかに重くなった症状は周りが言うように本格的に調子が悪くなってきたのだろうか。それとも何か別の切っ掛けがあったのだろうか。

    鍾離が考え込んでいると、タルタリヤの手が鍾離の肩に触れた。疑問に思ってタルタリヤの方を見るとニッと笑った瑠璃色の瞳が鍾離の顔の近くまで覗き込んできた。あからさまな雰囲気に鍾離はたじろいで離れようとしたが、それより早くタルタリヤが鍾離の肩を押して長椅子に押し倒す。

    「どうせ先生が泣くなら、ベッドの上のほうが俺は好きかな」
    「…っ…公子殿、今はそんな話をしていなかった筈だ」
    「まあね。でも涙が出てくる以外は問題無いんだよね?」
    「そうだがっ……」
    「お互い忙しくて久しぶりに会えたんだし、恋人らしい事しようよ先生」

    恋人。確かに鍾離とタルタリヤは恋仲だ。付き合い始めて数ヶ月経つ。勿論体も繋いだ間柄で合っているし、逢うのが久しぶりなのも本当だ。場所さえ普通ならタルタリヤは何も間違った事は言っていない。

    けれど、恋人という単語に何故か鍾離の胸がざわめき、チクリと痛みを発した。その瞬間、鍾離の頭の中でパチリとパズルの最後のピースが嵌った。
    今まで何の共通点もないと思っていた涙の出る起因にタルタリヤという存在を足すだけで鍾離の中で点と点が線で繋がり、無意識に言葉が勝手に飛び出していった。

    「…好きじゃなくなった、のではないのか?」
    「は?先生、何言って…」
    「好きじゃない、と俺にそう言ったのは公子殿だ」

    目を見開いて驚いた様子のタルタリヤから逃れるように俯いて目を瞑る。瞑った拍子にまた新たに零れた涙の感触を追いながら、過去の出来事が頭の中に勝手に再現される。

    最初に浮かんだのは半月前の夜の事。往生堂の自室で就寝前に鍾離は本を読んでいた。そこに窓からタルタリヤが侵入して突然訪ねてきたのだった。

    『先生、まだ?』
    『まだだ、あと少し待ってくれ』
    『それ、さっきも言ったよね?…先生の少しは本当に長いよ』
    『予定を合わせずに急に訪ねてきたのは公子殿の方だろう?…あと少しで切り上げるからそれまで待ってくれ』
    『そうだけどさぁ…本当、先生のそういう所、好きじゃない』
    『……そうか』

    ―これが本を読んでいた時の記憶。

    その夜の日から一週間後の事。知人から良い茶葉を入手した鍾離がタルタリヤにそれを飲ませてやろうと思ったのが発端だった。

    『ちなみに聞くけど、これ後どれ位かかるのさ?』
    『茶葉を一旦開かせる為にニ時間ほど煮込み、その後蒸らして味を出すのにおよそ一時間ほど、それから…』
    『…つまり、数時間は掛かるって事?』
    『まぁ、そうなるな。何すぐに仕上がる』
    『数時間は全然すぐじゃないよ…じゃあ、せめて煮込んでる間に…』
    『駄目だ。これは火加減を何度か変える必要があるから目が離せない。何なら向こうで待ってて貰っても構わないぞ?』
    『はいはい、わかったよ…あぁもう、先生のそういう所、好きじゃないなぁ』
    『………』

    ―これが茶を淹れていた時の記憶。

    更に時が流れてその五日後の事。その日は三杯酔で二人で飲んでいて料理の話から嗜好の話になっていったのだった。

    『先生って本当、海産物が苦手だよね』
    『…まぁ、そうだな』
    『ふふふ、凄い顔してる。俺の得意料理を振る舞えなくて残念だよ』
    『公子殿の作る料理はどれも美味い。だから他の料理でも全く問題無い』
    『ぐっ…!』
    『公子殿?』
    『…っ!何でもないよ!…そういえば先生の一番好きなものは?今度それを食べよう。作れるものなら作るよ?』
    『…それは難しいだろうな』
    『何で?』
    『酒が…遠い昔、友と共に飲んでいた酒が好きなんだが、昔とは気候が変わったせいでもう味の再現ができそうになくてな…今はもうどこにも無い』
    『へぇ…そう…』
    『……公子殿?』
    『何でもないよ…ただ、その話はあんまり好きじゃないなって思っただけ』
    『…そうか、今後はなるべく控えるとしよう』

    ―これが過去の話に触れた時の記憶。

    忘れられない記憶力のせいで、似たような場面に出くわすと無意識にタルタリヤとの記憶が再現されてしまい、それが何度も起こった結果、涙となって表面に溢れ出す。

    そうか、自分はタルタリヤの言葉に傷ついていたのか。とようやく鍾離は自覚した。

    ここ数日、涙が急に出てきたのはこれが原因になっていたようだった。タルタリヤが放った好きじゃないという言葉に鍾離は堪えていたのだ。

    長い生で豊富な経験を持つ鍾離だが、誰かと良い仲になったのはタルタリヤが初めてだった。神として君臨して民を導いていた際は他者の言葉に影響を受けた事は勿論無い。今まで割り切れていた筈のものに、こうも揺さぶられて身体の制御が効かなくなるとは思いもしなかった。それ程までにタルタリヤの存在は鍾離の心を占めているという事なのだろう。好いた人からの言葉だからこそ鍾離の胸には深く突き刺さった。

    そして同時に鍾離に初めて恐怖が湧き上がる。好きではなくなった。つまり、タルタリヤに嫌われてしまったという事。先程は意図せず勝手に自分の口から出た言葉が、今更自分の方に跳ね返ってきて鳩尾の辺りがひやりと冷えて鼓動が忙しなく走る。

    俯いたまま鍾離は考える。自分の時間間隔は褒められたものではないと、旅人と関わる中で自覚していた。しかし、タルタリヤなら許してくれるだろうという無意識の甘えがあった。その甘えにタルタリヤが嫌気がさしてああ言ったのなら自分の自業自得なのではないのか?

    胸の痛みがどんどん酷くなって服の上からギュッと握りしめる。原因が分かっても好いた人に対して嫌われるような行動をとってしまった事実に絶望して涙は止められそうになかった。逆に酷く悪化してとうとう鼻先がツンと痛みだす始末。

    どれくらいそうしていただろう。恐る恐る目を薄く開いて鍾離が俯いた顔を上げると呆然としたタルタリヤが滲んだ視界の向こうに視えた。そのまま見つめていると数秒後にようやくタルタリヤと視線が鍾離と交わり、瑠璃色の瞳がどんどん見開かれていく。

    タルタリヤの様子がおかしい?そう鍾離が認識した瞬間に手をタルタリヤに引かれて起こされた。そのまま音が鳴りそうなぐらいに強く抱き締められて、鍾離の耳元に謝罪の言葉が小さく落とされた。

    「…公子、殿?」
    「ごめん…それ全部本心じゃない。ただ単に構ってもらえなくて、拗ねてて…くだらない嫉妬してて…誤魔化すのに言っただけで」
    「………」
    「でも、こんなに先生を傷つけてるなんて…好きじゃない、なんて言ってごめん…好きだよ、先生」
    「そう、か…」

    抱き締められたまま落とされる言葉が、少しずつ鍾離の内側に届く。最後の言葉を聞いて無意識に強張っていた鍾離の身体から力が抜けた。体重を少し相手に預けるとそっと背を撫でられ、その温かさに安心して胸に刺さったものが抜け落ちる。同時に最後に一つだけ大粒の涙が零れ落ちてようやく鍾離の涙が止まった。

    「そうか…嫌われていないのなら…よかった」

    小さく鍾離がそう呟くとギュウッと骨が軋む程に抱き締める腕の強さが増した。嬉しいとは思うが、流石の鍾離でも苦しい位の強さだった。

    「公子殿、苦しい」
    「…っと、ごめん」
    「嫌ではないから緩めるだけでいい」

    腕は緩んだが、何故かぐっとタルタリヤが唸り声を上げていて鍾離は首を傾げた。自分は何か変な事を言ったのだろうか?
    少し身体を離してタルタリヤの顔を覗き込めば恨めしそうな瑠璃色がこちらを伺う。その顔が年相応に可愛らしくて思わず鍾離が笑っていると、ムッとした顔が徐々に近付いてきたので鍾離は慌てて両手で防いだ。

    「ちょっと先生?この雰囲気で何で止めるのさ」
    「…ここは旅人の塵歌壺の中だ…いつ二人が帰って来るのか分からない以上、止めるのは当然だろう」
    「…ふーん、ならここじゃなければいいんだ?」
    「そ、れは……好きにすればいい…」

    フイッと鍾離が目を逸らして言えば、カチリとタルタリヤの動きが止まった。そっと視線を戻せばほんのり色付いた顔が見える。きっと鍾離も似たような顔をしているだろう。少しだけ顔が熱かった。お互いそのまま固まっていたが、同時に吹き出して顔を寄せ合う。一回触れるだけの熱が、とても幸せだった。

    甘い雰囲気を醸し出しているこの空間に、血相を変えた旅人たちと風神が慌てて玄関を開けてそのまま二人のいる部屋に飛び込むまで、残りあと一分。
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