無自覚な恋は髪に残して「レイリーさぁん!」
「またやられたのか」
こっちにこい、腰に手を当てたレイリーさんに泣きついて、用意された木箱に座る。
おれたち見習いは同じ部屋で寝る。普段はそれぞれのハンモックで寝ているが、気温が下がってくるとひとつの布団に二人寝転がる。ひとりでは寒いから、ひとつの布団で二つの毛布にくるまり、二人分の体温で暖をとるのだ。
おれは背を向けて眠って、シャンクスはおれと同じ向きで眠る。それは別に気にならないしどうでもよかった上に割と嫌いではない。だから朝目が覚めたときにシャンクスの腕に引き寄せられていても、こいつは寒かったのか、と思うだけでそのまま二度寝をする。
ただ、許せないことがひとつだけある。
「ナイトキャップでも被るか」
「なにそれ」
「夜眠る時に被る帽子だ。髪も傷まないし、寝癖もつきにくくなる」
「寝癖がひでェのはシャンクスのほうだ」
「涎防止にだ」
シャンクスの涎のせいで引っ付いた髪の毛が濡れたタオルに挟まれる。背後に座るレイリーさんの手とタオルに挟まれた髪の毛は、解すように擦られて、頭もそれに合わせて勝手に揺れたり後ろに引っ張られたりする。
どうやらシャンクスはおれにくっついてるだけではなく、髪の毛に顔を埋めて眠る時があるらしい。そのせいで枕に張りつき、涎によって固まってしまった髪の毛をこうしてレイリーさんに整えてもらっているわけだ。
「あ、やっぱりここにいた」
キレイにしてもらった後はそのまま髪を結ってもらえるから結果だけをみれば悪くはないが、シャンクスの涎をそう頻繁に受けたくない。そう思っていると遠くからおれを探している声が聞こえて、割とすぐに顔を出した。
「今頃起きたのかよ」
「寝坊はしてねぇだろ」
「シャンクス、きたならタオルを絞ってくれるか」
「えー」
落とすのはお前の涎だ、というレイリーさんから渋々タオルを受け取る。
「起こしてくれたらおれがやってやるのに」
絞られたタオルからはボタボタと水が落ちていき、それぐらいでいいと広げられたタオルにまた髪の毛が挟まる。
「てめェにやってもらおうなんざ思うか! 髪の毛引っ張られて余計に汚くなるぜ!」
「もっと伸びれば自分で手入れしやすくなるんだが」
「バギー髪伸ばすの!?」
「なんでてめェが喜ぶんだよ……」
「おれ、バギーの髪の毛好きだぜ!」
なんでだよ、と膨らんでいた頬が一瞬でバカみたいに口を大きく引き伸ばして、頬が持ち上がった。
バカシャンクスなんかに好かれたところで嬉しくともなんともない。が、確かに今の中途半端な長さよりも、もう少し長い方が色々とやりやすい。散らばりやすい髪の毛を帽子に収める必要もなくなる。それにこの船には髪を伸ばしている大人も多い。レイリーさんみたいにオールバックにするのもカッコいいが、ギャバンさんみたいにひとつに結んでハデになるのもいい。
「バギーの髪質だとギャバンのようにはならないだろう」
ギャバンさんの髪質は硬いらしく、おれの髪は柔らかいから難しいという。ふわふわしてるからおれは好きだというシャンクスに、だから人の髪に顔を埋めているのかと噛みつく。
そうこう言い合っている間に、涎の落ちた髪の毛は乾いたタオルで水気をとられて、レイリーさんの指がするりと通っていく。
「ひとつに結わえたら、戦闘中になびいて敵の目を欺きやすくなるかもな」
「いいなー。なあ、伸ばそうぜバギー」
「他人事だと思って……まあ、伸ばすのはいいけど」
でも髪の毛が長いと手入れとか大変そうだ。笑いながら「できたぞ」と肩を叩かれて、やり直さなくていいように気を付けながら帽子を被る。伸ばしたらどういう感じで髪がまとまるかは想像しにくいが、オシャレはしやすそうだ。伸ばしてみようかと考えながら、朝飯前に甲板の掃除を手伝ってこいとシャンクスと一緒に背中を押される。
「伸ばしたら帽子もいらなくなるし、いつでも触れるようになるな」
「……」
やはり他人事のように人の髪の毛について語るシャンクスはどこか楽しそうで、その顔が憎たらしいほどに楽しみだというから「てめェは将来ハゲそう」と言ってやった。
デッキブラシ片手に始まった「ハゲねぇ!」「ハゲる!」の言い争いをげんこつで咎められ、それから数十年後。まさかの再会を果たし、昔のようにおれ様の髪を好きだと宣う酔っ払い男に「ハゲてねェだろ?」と確認されるとは全くもって想像していなかった。