その蜜を吸わせて 昔は少し触るだけで怒られていた。
「お前、本当に俺と同い年か?」
「なにをすっとんきょーなこと言ってんだァ? テメェはよォ」
指から滑り落ちていった空色の髪をもう一度掬い上げて親指の腹でさらりと撫でる。
「俺の髪と全然違うじゃねぇか」
「あったりめーよ! おれ様はちゃんと手入れしてんだ。テメェのなんかのと一緒にすんじゃねェ!」
昔は、海賊見習いだった頃は、ニット帽に隠されたバギーの髪を暴きたくて暴きたくて、ちょっかいをかけては怒られた。突き刺すような陽射しの下でも、嵐に濡れた夜でも。夏島の蒸し暑い中でも。バギーは帽子を外すことはなかった。
ハゲてるのかと聞いた時には「シャンクスじゃあるめーし、んなわけあるか!」と失礼なことを言われた。流石に子どもの時分からハゲることはない。あの時は言い返してレイリーさんから拳を落とされたなと思い出す。今思えばなかなかアホみたいなことで喧嘩したものだ。いつもそうだったが、あの時の自分は真面目に怒っていた。きっとバギーに言わせてみれば今でもその時のことは当たり前だと答えてくれるだろう。
「なんだァ? いきなり黙って」
「昔は触らせてくれなかったのにと思い出してた」
「そういやァ、うるせェぐらいに言ってきたことがあったな」
「バギーが意地でも帽子を外さないからレイリーさんに怒られて」
「ありゃあテメェがしつこかったせいだろうがァ……。つーか、寝る時と風呂入る時は外してただろ!」
それはそうだ。寝床と風呂ん中では付けない。しかし俺が見たかったのは太陽の光を浴びたバギーだった。海に潜った時はどうだったっけ、と必死に探り出して、被っていたことをどうにか思い出す。見習い時代の中でも更に古い記憶だ。間違いでなければ海から出た後は風呂に入ってこいとレイリーさんから言われていたっけ。
海を泳ぐコツを教えてもらったことがあることを少しだけ思い出した。
「バギーは、」
こいつの髪が、海を泳ぐ姿も見てみたかった。
「あんだよ」
「……なんだったっけ?」
「おれ様が知るか! 話すことぐらい覚とけ!」
また海を泳ぎたいとは思わないか、なんて。そんなことを聞いたら刺されるかもしれない。
「ははは。酒を飲んだら思い出すかもしれない」
「ったくよォ……、テメェはハデに呑気だなァ」
「今日の酒も美味いぞ」
「高ぇんだろな?」
「味に似合ったいい値段だ」
仕方ないと、手首だけが宙を浮いて空のグラスを掴んだ。
なんだかんだ言ったところで、バギーは優しいから刺し殺したりはないだろう。胸ぐら掴んで恨み言を連ねるだけ。いっそ殺してくれたらいいのにと、酒を注いでいく。
「ほほう〜? 良い色じゃねぇか」
「だろ? オーナーが百年に一度のデキだって、勧めてきたんだ」
「途端に嘘くさくなりやがった……」
「飲めばわかる」
「まァ、シャンクスが言うなら間違いねェか」
そら。そういうことを簡単に言ってきやがる。
お前がそうやって甘やかしてくれるから、どうにも未練が断ち切れない。どこまで許されるかを測ろうとして、なんでも許してくれるんじゃないかと勘違いしそうになる。しそう、ではない。すでに脳みそは勘違いを起こしている。そして、バギーは許してくれている。許すというより甘やかされていると思わなくもない。でないと事前連絡もなしに酒を片手に会いにくる俺を受け入れてくれるはずがない。
「千年に一度の酒だな」
「それァ言いすぎだろ」
バギーの前だとこんなにも楽になれる。
「バギーと飲む酒は美味しいって褒めてんだぜ?」
「あっそ」
「なんだよ。もう少し喜んでくれてもいいだろ」
部下から言われたら喜ぶくせにと、あまりにも素っ気ない反応にブーイング混じりに拗ねてみせる。
いい歳したオッサンがやるなとドン引きされた。