różnica最近、オクジーくんがおかしい。
600年前の記憶を持ちながら現代に、いわゆる転生した私は
同じく前世の記憶を持って産まれたオクジーくんと奇跡的な再会を果たし、日常的に共に過ごしている。
研究者であり教授として働く私の身の回りの世話、まぁつまり前世と同じように雑用係として傍に置いている。
そう、雑用係。単なる雑用係なのだ。私の彼への認識は。
もちろん、世話をしてくれる人間なら誰でもいいという訳では無い。
世間的に厄介者として扱われている私に、文句一つ言わず献身的に働いているし、
何より彼の目、そしてその目で見た世界を表現するため紡がれた言葉たち。
それは前世の頃から変わらずに、素晴らしい才能を発揮している。私はそれを聞くのを、読むのを、600年前と変わらず心待ちにしているのだ。
ただ、問題が1つある。
「ただいま戻りました」
ランチを買いに行っていた彼が研究室に帰って来た。
「バデーニさん、お昼まだでしょう?駅ナカのパン屋で買ってきました。今日の日替わりはバデーニさんの好きなツナマヨコーンですよ」
「あぁ...ありがとう」
ああその!その眼差し!!
なんなんだ!!!
この英傑の私を悩ませるもの...
それは、最近の彼の眼差しである...!!
彼のあの大きな瞳。あれが私を見つめる時、
ひどく優しい目をしているのだ。
彼は元々優しい性格をしているから、最初は気が付かなかった。だがある日見かけた同級生と話している時の眼差しと、私の時とでは、明らかに違うことに気付いてしまった。
なんというか、柔らかいのだ。
それに気が付いてしまってから、芋づる式に
彼の行動が私の時と他の人間に対してと違うことに気が付いてしまう...
今だってそうだ。私は子供では無いのだから腹が減れば適当に食べる。
大学内には食堂も、コンビニもあるのだ。
友人と一緒に食べればいいものを、彼はわざわざ大学を出て、駅まで行って私の分と一緒に買ってくる。
そのパン...今日彼が買ってきたツナマヨコーンというのは、初めて食べた時に私が「意外な組み合わせだが悪くないな」と、私でさえ言ったか覚えていない一言を彼は覚えて、律儀に買ってくる。
わざわざ駅まで歩いて。
ただ、パンに罪は無いのでこの件は一旦置いておく。
目下の問題は彼の私に対する眼差しだ。
その眼差しに射止められると何が困るかって、
普通の私ではいられなくなるのだ。
見つめられると、思わず逸らしてしまう。
「あぁ」とか「そうだな」とか、短い言葉でその場を終わらせてしまう。
顔が、耳が、熱くなる。
こんなこと今までなかったのに。彼に再会して、その視線の違いに気が付くまで、この私がこんな風になるなんてなかったのに...!
このままこの調子では研究に支障が出る。
早急に止めさせよう。
「オクジーくん」
「はい?」
「そのような目で私を見るのは止めるように」
「...え?え?そんな変な目で見てましたか!?」
急に言われた彼は慌てふためいた。
クソっ自覚無しか
「見てる。それを今すぐ止めるように」
「え、え〜...。なんかすいません...。
あの、ちなみにどんな目でしたか?気を付けるので...」
「どんな目って、だから...」
今までの彼からの眼差しを思い返す。
再会できた時。再び雑用係を命じた時。
共に星を見た時。
その感動を私に伝えてくれた時。
雑踏の中で私を見つけた時。
私が、ツナマヨコーンパンを食べている時。
思い出すだけで、顔に熱が集まる。
「だから、ああいう、心底嬉しそうな目で私を見るのをやめろ」
「嬉しそう...でしたか?」
「そうだ、自分のことじゃないのになんで嬉しそうなんだ。それに、他者に向けるのとも違う...なんというか...」
あの眼差しに最も適した言葉を、脳内の本棚をひっくり返して探す
あれは...
あれは...
そう!
「私を慈しむように見るのをやめろ!」
「いつく、しむ...」
言われた本人は、ぽかんとした表情をしていた
「なんだ、本当に自覚無かったのか」
「は、はい...すいません...。そうですか、俺そんな目で...。は、恥ずかしいかぎりです」
彼は大きな身体を少し丸めて申し訳なさそうに頭をかいた。
無自覚だったのは少し呆れたが、これで分かっただろう。
従順な彼のことだ、すぐに態度を改めて...
「...あの、ただ、止めることは出来ません。すみませんが」
「...は!?」
思わず大きな声が出た、と同時に
ぐっと息が詰まった
彼の目に、何か一種の覚悟を感じたから
「オクジーくん...?」
「すいません。伝えるつもりなくて、墓場まで持って行こうと思ってたんですけど...。
目は口ほどに物を言うって、本当ですね」
「は...?」
今度はこちらがぽかんとする番だった。
「他の人とバデーニさんとじゃ違うって、そうですよ。当たり前です」
「なに、なにが...」
「俺の、気持ちが」
「気持ち...?」
思考が定まらない。この英傑の脳内が、掻き乱されているのだ。この男...オクジーくんによって!
「い、意味が分からないのだが」
「そうだと思います。俺たちはきっと、お互いに対する認識に差がある。それを俺は埋めたいです」
ふう、と彼は一呼吸置いた。
「俺の、あなたに対する認識を、伝えてもいいですか」
彼の目に、一層の覚悟が宿ったの見て
私は思わず立ち上がって、資料が床に落ちるのも構わず逃げ出した
のだが
「待って。逃げないで。お願いです」
「ッ、はなせ...!」
いとも簡単に捕まってしまった。
暴れる私を、彼は抱き締めることで封じてしまう。
同じ男なのに彼との体格差、力の差を認識して少し情けなくなった。
「離せってば!」
「こうでもしないと逃げるでしょう、あなた」
クソっ!!クソッ!!
この男はそうなのだ。1度覚悟を決めてしまうとテコでも動かない。
そんなの私が一番知っている。
600年前から、ずっと...
「あの、バデーニさん」
「...なんだよ」
「今のあなた、とても可愛いです」
「はぁ!?」
思わず顔を上げると、思っていた以上に顔が近くてドキッと心臓が跳ねた
「バデーニさん」
「ッ...」
彼の瞳に、私が反射している。
あの金星を見たのと同じ目が、私だけを映していると思うと、逸らすことが出来なかった。
「そんな風に顔を赤くされると、その...
俺は自惚れてもいいんでしょうか」
「あ、う...」
あつい。顔だけじゃない、身体があつい。
「さっきの話の続き、いいですか」