🍫「遊作チャンに新着メッセージでーす」
珍しく端末AIを気取ってメッセージの受信を通知してきたので、遊作は怪訝そうに横目でデュエルディスクのAiを見遣った。
「……誰からだ」
「知りたい? どーしても知りたい?」
「…………」
「んだよ、相変わらずノリ悪いなー。財前葵からのメッセージ。読み上げてやるよ」
「何で読み上げる必要が……」
遊作の言葉を遮って、Aiは勝手にメッセージを読み上げはじめる。わざわざ自動音声のトーンまで真似ている。
「『色々と忙しいのにごめんなさい。もしよかったら、放課後、前に話をした公園のベンチに来てくれませんか。』だってさ……これってアレじゃん?」
「アレとはなんだ」
「遊作チャンの鈍感! バレンタインだろ!」
Aiはすかさず、ホログラムでカレンダーを表示させる。今月のカレンダーが拡大され、今週末にズームした。
「ほら! 見て! 今週の日曜は14日! バレンタインデー! 見てってば!」
「ああ……」
「すっげぇ興味なさそうだな!」
「ないな」
「じゃあどうすんのよ? 行かないって返事しとくか」
「……いや、いい。行くから」
「ふ〜〜〜ん? それって……」
今度は遊作がAiの言葉を遮ってスピーカーをオフにしてしまった。Aiは視線だけで不服そうにこちらを睨んでいるが、遊作はしばらくそのまま放っておくことにした。構ってしまえばいろいろと面倒臭いことを言われるに違いないからだ。
財前葵は同じ学校の生徒であり、遊作の闘いに加わってくれた同志でもあった。はじめは彼女を自分の復讐に巻き込むかたちで関わることになってしまったが、そのあと彼女は、自らの意思で自分に力を貸してくれたのだった。
葵が公園で、感謝の気持ちを述べてくれたことを遊作は覚えている。彼女は握手してほしいのだと言い、それはなんて対等で清々しい関係だろう、と遊作は思った。だから、友人という括りが許されるなら、葵のことをそこに置きたいと思った。彼女から呼び出されたならば、遊作は行くまでだ。
「藤木くん」
「財前……さん」
遊作が公園に着くと、姿勢良くベンチに座っていた葵が立ち上がって声を掛ける。
「わざわざ、来てくれてありがとう」
「いや、……ところで、何か用事があるのか?」
葵が学校では見せない、少し砕けた柔らかな表情を向けてきたので、遊作は意外に思った。学校では誰に対してもどこか距離のある接し方をしているように見えていたからだ。
「これ、良かったら貰ってほしいの……バレンタインだから、チョコレートです」
瀟洒な紙袋に入ったチョコレートを目の前に差し出され、遊作は一瞬、きょとんとしてしまった。Aiが言っていた通りの展開になってしまったが、遊作は実際に自分がそういうものを渡される想像なんて、したこともなかった。自分はそういうものとは縁遠いのだと、長い間感じていたからだった。
「あ、ああ。……ありがとう」
「うん」
「でも、どうして俺に」
「感謝しているから、藤木くんには」
それを言うのなら自分もそうなのだと、遊作は葵に伝えるべきか迷った。以前ここに来たときは、ただ彼女の言葉を聞いただけだった。後になって遊作は、自分の生活に、生きている世界に、彼女との繋がりが生まれたことを自覚したのだった。それは彼女から一方的に言い渡されるだけのものではなく、遊作からだって、伝えてもいいものではないのだろうか。もしかしたら、いまがその機会かもしれない。
「それで……」
と、チョコレートの入った紙袋を受け取ったまま逡巡している遊作に、葵が続けて何かを伝えようとする。葵の瞳が、ためらうように伏せられては、そっと、遊作の顔を覗くように向けられる。きらきらと、瞳の中で光が瞬いている。
「それ、で……?」
葵の瞳と目が合ってしまうと、何故かどきりとした。遊作は気になってしまって、言葉の続きを促すように訊き返す。妙な間があいた。
葵はみるみるうちに赤く染まっていく頬に両手を当て、必死に隠そうとしながら、意を決したように遊作を見た。
「はじめて、なの……、その、……お兄さま以外に、あげるのが……」
「はじ、めて……」
葵があまりにも恥ずかしそうに言うものだから、なんだか遊作まで気恥ずかしくなってしまって、お互い無言になってしまった。
Aiだけがデュエルディスク越しに何とも言えないでいるふたりを見つめていた。別に助け舟を出したりはしないのだ。