ロミンのはちょっと違うね、と言ったときの遊我の表情こそ、普段とちょっと違ったので、ロミンはことさら普段通りを意識して、そんなダサいものはとても着ていられないし、相応しい場には相応しい服装があるのだと、舞台に立つことに慣れた人間として、それらしく答えたのだったが、それはもしかしたら、照れ隠しだったのかもしれなかった。
遊我の表情はほんの一瞬の変化で、ロミンの素晴らしい動体視力は、それを見逃さなかったけれど、そのあとの遊我はもう普段通りに戻っていて、それがまた、その一瞬を際立たせ、特別にするのだ。
日々はそういう機微に富んでいて、砕けた光が鮮やかにきらめく瞬間を、ロミンは心に書き留めていく。それはいつか音楽になるのかもしれない。
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裏切り、という自分を傷付けた言葉が、他でもない自分の口から出たことにロミンはちょっと驚き、その言葉を聞いた遊我が横目でロミンを見やると、彼女は思わず、口を手のひらで覆う。
弱みを握られ利用されていたとはいえ、自分が遊我たちに不義理をしていたことが明らかになったとき、機嫌を損ねた龍久はしばらく口も聞いてくれず、ロミンがしたこともなかった手料理で一生懸命にもてなして、それでやっと機嫌を直したのに、その本人は敵対する相手の口車に乗せられてあっさりと寝返ってしまうのだ。
裏表がない、と言えばそこは長所なのだが、龍久は、王だとか社長だとかそういう肩書き、つまりは地位や名誉にめっぽう弱い所があって、それは自分に自信がないことの表れなのではないか、とロミンは冷静に友達を分析したりもし、龍久の、その思想や思考のなさがときどき、怖くなる。
ロアは、龍久のそういうところをすっかり見抜いて指摘し、調子を取り戻した龍久に勝ちを譲ってしまったけれど、それは龍久が決闘に勝って勝負に負けた、という感じに思えるし、だからロミンは、ロアは人を励ますのが上手いのよね、別に言葉が優しいわけじゃないんだけど……と、なんだか口走ってしまったのだけれど、うん、それ、ボクもそう思うよ、と遊我がすかさず味方をしてくれたのは、意外だったから、ロミンは遊我を見返す。遊我はちょっと、なんというのか、ロミンがあまり見たことのない表情をしていた。
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幼い頃……と、自分のことをいまだに幼いとは考えていない遊我が回想するのは、決闘に出会った頃やのちに自らのエースとなるカードをもらった頃のことなのだったが、もちろんそこに、苦手なものが苦手になったときの記憶は存在するものの、思い出すことをなるべく回避してきてしまったからか、彼女が目の前に現れて、思いがけない暴力に打たれたように、反射的に、遊我はその名前を口にしてしまったのだった。
あのとき、一緒におにぎりを食べるはずだった彼女は、てんとう虫に頭を食べられてしまったはずだし、そうして泣く彼女を遊我は目撃してしまったはずなのだ。
すると、瞬時に遊我の内に沸き起こるのは強烈な嫌悪感と恐怖とで、すぐに頭がいっぱいになってしまい、どうしようもなくなってしまう。
逃げ出した遊我の手を取ったのは龍久で、だから、やっとの思いで遊我は恐怖を払い除けて対峙できたのだけれど、はたして、遊我が本当に逃げ出したくなるほど苦手なのは、虫なのか、それとも、彼女なのかは、もうすこし冷静にならなければ、たぶん気付くこともできない。