人間は嗅覚で覚えたものは、忘れにくいとマスターから聞いた。
マスター自身も覚えがあるのか、そう言いながら寂しそうな目をしていたのが印象的だった。
そんな話をカルデアで支給された煙草を吸いながら、ふと思い出していた。
ふぅっと吐き出す紫煙は、私好みの甘ったるい匂いが漂う。
私は嗅ぎ慣れてしまったのもあり、あまり匂いについては違和感等を感じない。
しかし煙草に馴染みのない者曰く、珍しい煙草の嗅匂いだから直ぐに私が何処に居るのかと分かると言われた。
「田中君。君は、私の煙草の匂いを覚えているか?」
「先生の煙草の匂いは、生前の煙管の匂いも英霊となった今の煙草の匂いも覚えています」
「そうか。なら、もっと覚えておく方がいいな」
「それはどう言う」
紫煙を肺へと入れてから、義弟の腕を掴んで引き寄せる。
戸惑った表情を浮かべて、義弟の開いたままの口に唇を合わせて紫煙を吐き出す。
隙間から漏れる紫煙が二人の間に立ち上がり、義弟が噎せたのを見てから顔を離した。
噎せて涙目になっている義弟を横目に、煙草を咥え直して紫煙を燻らす。
「げほげほっ、せん、せなにを」
「煙草の匂いも味もこれで覚えられただろ」
ふっと笑いながら義弟を見下ろせば、義弟は口を押さえながら首を縦に振った。
これで例え私が消滅したとしても、義弟も煙草の匂いを思い出して、寂しそうな目をするのだろう。
あの誰かを思い出し寂しそうな目をしたマスターの様に。
ただそれを私が見ることが無いと思うと、それが少し面白くないと思った。