散り逝く8八百長の軍議に掛けられた時点で、私が何を言っても無駄である事は悟っていた。
周りを見回せば、私を敵視している人間しか揃っていない。
よくもここまで、集めた物だと逆に感心してしまった。
失脚について何か言われていたが、特に反論した所でくだらない軍議が長引くだけだった。
適度に反論し、適度に相手の言葉を流す。
最後は、決まっていた私の失脚についてが言い渡された。
台本でもあるのかと言う程、皆の言葉は決まりきっている。
実にくだらないと言う様に溜め息を付くと、大佐から直ぐに荷物を纏めるように指示をされた。
「君はもう軍の人間ではないんだ」
「猶予も無しとは、大佐殿は何をそんなにお急ぎで?」
「いいから早くしろ」
煽ってみたが相当急いでいるのか、ただただ急かされる。
大佐のお誂え向きであるかの様に、私の荷物は既に用意されていた。
準備がよろしい様でと嫌味を一言述べると、大佐は思い切り舌打ちをされる。
「武市、貴様……いいから、早く行け!!」
そのまま荷物を外へと運ばれ、用意されていた馬車へと無理矢理乗せられる。
家にでも帰されるのかと思ったが、何故か大佐も乗り込んで来て目を細めた。
何故と聞くよりも先に、大佐が御者に行き先を伝えていたのか馬車が走り出す。
連れて行かれる場所を聞いた処で、教えるつもりはないのだろう。
仕方なく馬車に揺られながら、窓掛けからちらちらと見える風景に視線を向ける。
大佐は私と話す事も嫌なのか、こちらを見る事すらしない。
大佐の行動が読めず、風景から情報を得ようとして眉が動く。
この道の先にあるのは、軍の御用達の遊郭が揃う花街だ。
どうしてここに私を連れてくるのか、理解する前に馬車が停まった。
「今日からお前はここで働く事になる、武市。精々頑張れよ」
馬車を降ろされ、出てきた女将の顔は般若の様だった。
◆◆◆
一先ず女将に事情を話すと、女将は煙管を灰皿箱に打ち付けた。
奥に居る旦那だと思われる男は、水の入った桶を持ったままびくりと大きく跳ねる。
それだけで、この夫婦の関係性が分かると言うモノだ。
「あの男、何れだけ私達をバカにすりゃ気が済むんだ!親子揃ってこれじゃ、なぁにが軍人様だ!まだ徳川の時代の方が良かったわ!!」
「女将さん。お怒りは御尤です。軍には何も下りて来てませんが、何があったのでしょうか」
女将が激怒しているのは、大佐の事だろう。
確かどうしようもないどら息子であるとは、小耳に挟んでいたが花街でも有名だとは思わなかった。
これはと思い、下手に出ながら内容を聞き出す。
「あんたに言ったってねぇ!うちの太夫、お沙耶の顔を傷付けたんだよ!だから、代わりにお前の処の娘を寄越せって言ったらあんただよ。ここは蔭間茶屋じゃない。遊郭なんだよ」
怒りの矛先が私に向いたのか、女将は声を荒らげながら私を睨み付ける。
女将の言う事は、尤もであり、私に反論する余地など無い。
さてどうしたモノかと思っていると、先程の女将の旦那が女将に耳打ちをしていた。
「お前、沙耶の熱が下がらないみたいだ。大分、傷も痛むらしく」
「っ、あの子が何をしたって言うんだよ!あたしの顔くらい、斬られた処で女が上がるだけだって」
沙耶と言う太夫は、この遊郭で大切にされている事はわかった。
稼ぎ頭だからと言う訳でもない、本人の人となりも加味された評価なのだろう。
「もし良ければ、軍医を呼びましょう。軍から追い出された身ではありますが、軍医とは幕末を駆け抜けた仲でもあります。私が呼べば、来てくれるかと思います」
町医者よりも高度な蘭学や最先端の医療を学んでいる軍医ならば、沙耶の現状を見れば的確な治療を行ってくれるだろう。
女将はそれでも私へ警戒心を剥き出しにしていたが、旦那が涙を浮かべながら女将の前へと出て頭を下げる。
「もし呼べるのであればお願い致します!!お沙耶は大事な子です!!」
「分かりました。飛脚を一人呼んでもらってもいいですか?あとは紙と筆と墨を」
旦那はそそくさと紙と筆、墨を用意し、女将は飛脚を呼びに向かった。
貰った紙に、軍医へ手短に状況を書き記して飛脚へと手渡す。
私の名前を書いたから、拒否られる事はないだろう。
軍医が来るまでの間、旦那はそわそわと裏門を見つめていた。
暫くして馬を走らせた軍医が遊郭に着き、奥の部屋に寝かされている沙耶の容態を確認しに行く。
傷が深く、どう頑張ったとしても痕が残る事を了承して貰ってから麻酔を掛けて手術を行ったらしい。
事が終わり、煙草を吸いながら私に気付いた軍医が近付く。
「武市、お前何してるんだ」
「話せば長くなる。大佐に上手いことやられたと言うべきか。どうやら、遊郭に落とされたようだ」
「蔭間茶屋ではなくてか?」
「遊女としてやってくさ」
軽口を叩きながらも、軍医がこそっと耳打ちをしてきた。
私が居なくなった後、特例で田中君が少尉へと上がり、丹羽君も同じく地位が上がった様だった。
上手く作用したなと内心ほくそ笑みながら、礼を言って金を握らせる。
「また何かあれば教えて欲しい」
「構わねぇよ。お前と俺の仲だ」
そう言ってから、軍医は馬に乗って兵舎へと戻っていた。
この遊郭での私の立ち位置は、大体これで固まっただろう。
あれ程、警戒していた女将の雰囲気が柔らかくなり私に頭を下げていた。
お礼などは要らないが、誤魔化せる範囲でいいから見世に立たせて欲しいと願い出た。
「しかし、貴方は男で」
「行灯を男の方へ向けていれば、分かりませんよ。難しいかと思いますが、太夫として置いてくだされば」
「お沙耶を助けてくれた恩人だからねぇ。それくらいは構わないさ。それで、源氏名はあたしから付けてやりたいから名前を教えてくれないか?」
女将直々に名を貰えるならば、それはそれで助かる事はない。
「武市瑞山と言います」
「瑞山か。それなら、瑞にしよう。お瑞でどうだ?」
「いい名前です」
与えられた名前を貰い、女物の着物に袖を通す。
太夫なのだからと幾重にも着物を着せられ、流石に重さを感じる。
薄く化粧を施され、唇に紅を挿されながら目を閉じた。
私を遊郭へ落として、牙を折るつもりだったのだろう。
残念だが、こんな事で折れる柔な牙等ない。
「まぁ、瑞姉さん。大変綺麗でありんす」
「それはとても嬉しゅうござりんす。ありがとうござりんす」
「瑞姉さん、言葉を覚えるのが早うござりんすわ」
遊女と談笑をしながら、見世の外の男に流し目で微笑む。
ふらりと釣られた男の制服から階級を読み取り、低い階級だったから袖にして部屋に籠る。
「田中君、君は私を見付け出せるのだろうか」
咥えた煙管を指に置き、ふうっと紫煙を吐き出した。