流血開城をした時、もしかしたらと思う事があった。
ぐちゃぐちゃになった聖杯戦争を正しく戻すために、裁定者として僕が望んだ人が召喚されないかと。
「結構掻き回したつもりなんだけど、聖杯の基準ってわからない物だな」
マスター殺し、部外者の殺害、他にも暗殺をしてみたが、裁定者が来ることはなかった。
「他に聖杯戦争を滅茶苦茶にする手立てもないし、神が支配する場を作るのもまた楽しいか」
喚ばれないのであれば、これからを楽しむしかない。
この地を選んだのも、あの人なら裁定者として喚ばれそうだと思ったからだ。
だが聖杯が喚ばない限り、裁定者が表れる事はない 。
仕方が無いと自分に言い聞かせて、僕の計画を進めるしかなかった。
武市は不本意ではあったのか、田中君がもう一度手元に帰って来たのは喜んでいる様ではあった。
羨ましいなんて思ってやらないと思ったが、先生は無理だとしても久坂くらいは喚ばれてもいいと思う。
「坂本君擬きで我慢するかな、僕は」
聖杯戦争で、喚ばれる英霊は魔術師次第だ。
決まった英霊を喚ぶには、その英霊に合わせた触媒が必要となる。
松陰先生の触媒なら僕も幾つか浮かぶが、残念なことに僕は魔術師ではない。
英霊だから先生を喚ぶ事は出来ないから、また別の聖杯戦争を期待するしかなかった。
そう思っていたのに、先生は聖杯ではなくカルデアの魔術師が召喚していた。
「久し振りですね、晋作。何がしたいのかは分かりませんが、今は敵対関係です」
淡々と話す姿は、あの時の松陰先生その物。
聖杯からすれば、僕等が行った聖杯戦争は正すべき物ではなかったのだろう。
「は、ははっ。そんな事ってあるのかよ。聖杯じゃなくて、カルデアが喚ぶって。因みに先生、クラスは何ですか?」
「裁定者。ルーラーですよ。この地に喚ばれカルデアに力を貸すことにしました。それが、晋作と何か関係がありますか?」
裁定者。ルーラー。
僕が望んでも、喚ばれる事がなかった特殊クラス。
先生を喚ぶのに必要だったのは、滅茶苦茶にした聖杯戦争でもなく。
「カルデアの魔術師だったみたいだな。関係は無いですが、これだけは覚えてて下さい。先生」
「何ですか、早くマスターと合流したいのですが」
先生の口からマスターと聞くと、先生に言おうと思った言葉が喉につっかえて出てこない。
僕の言葉を待っている先生は口にこそ出さなかったが、まだかと言うように視線を向けていた。
口から先に言葉が進まず、少し考え込んでから僕等が生きた時代より先の文豪の言葉を借りる。
「今宵の月はとても綺麗ですね」
「それは離れているからでしょうね」
まさか返されるとは思っていなかったから、思わず目を見開いて驚いてしまった。
先生も酷いなと口にしながら、そろそろ先生を帰さないと拳が飛んでくる頃合いだ。
鬼兵隊を召喚して、先生へと銃口を向けさせながら僕はその場から立ち去る。
「しかも、フラれるとかダサすぎるだろ」
本心で言ったわけではないが、こうもあっさりとフラれると面白くはない。
まだ時間はあるわけだから、機会を伺えば先生の気持ちをこちらに向ける事も出来なくはないだろう。
「何せ、生前に比べたら時間はあるんだから。先生、僕に落ちてくださいよ」
折角この地に喚ばれたのだから、惚れた腫れたの乱痴気騒ぎといきましょうか。松陰先生。
終