〈田中視点〉
「おまん、何連れてるき!?」
教室に入って来た男は、俺を見るなり真っ青な顔をして問い掛けて来た。
何を連れていると言われても、俺は一人で大学に通っているから連れ等居ない。
鹿児島から一人で上京した俺には、東京の地で友人と呼べる人間も家族すら居ないのに何を言っているのか分からなかった。
「初対面で悪いが、何を言っているんだ」
「……あぁ、見えん奴か。見えん方が幸せかもしれん」
ぽそっと呟かれた言葉に眉を寄せると、そいつは荷物を俺の隣の席に置いて椅子へと座る。
あまり話したくはないが、何を言われているのか分からない現状が気持ち悪い。
もう一度聞こうとすると、そいつは一枚の紙を渡して来た。
そこに書かれていたのは、神社の名前とお祓いの文字。
「神社の関係者なのか?」
神職関係の者は、霊感が強いと聞いた事があった。
だからもしかすると、俺が何か悪い霊でも連れているから声を掛けたのかもしれない。
「そうや。言うても、わしが祓うわけやない。わしの幼馴染がそっちの専門じゃ。一回相談した方がええ」
「お前じゃないのか」
「おまんに憑いとるのは、わしの専門外じゃき。わしじゃなくて、龍馬とお竜の方が適任や」
霊を祓うにも、専門がある事に驚きを隠せなかった。
ただ思い当たる節しかない現状、一度は相談してもいいかもしれない。
だがその前に、俺に憑いているモノが何なのかだけは知りたかった。
「それなら、何が憑いているのかだけでも教えて欲しい。訳があって事故物件に暮らしているから、それの影響が大きいと思うんだが」
事故物件に住んでいるが、これと言って何がある訳でもなかった。
唯一困るのは、突然蛇口から水が出る事位ではある。
水道代が馬鹿にならないから、出来れば俺か武市先生が在宅中の時だけにはして欲しいとは思う。
すると男は、少し考えてから視線を逸らしながらも教えてくれた。
「事故物件言うと、あのアパートがか?でも、それならわしでも……あー、なんや。おまんの連れている奴は違うから、具体的には教えられん。龍馬かお竜なら答えられるき」
先程から出ている名前の人が、俺に憑いているモノを払えるのだろう。
なら、講義が終わったらこの男に紹介された神社に行くべきなのだろう。
これも何かの縁と思って、神社へと行く事に同意をした。
「わかった。神社に行けばわかるんだな。それより、お前の名前は?」
「おう。わしの名か?わし、岡田以蔵じゃ。よろしゅうな、新兵衛」
「ん?どうして俺の名前を?」
何時、俺は岡田と言う男に名前を名乗ったのだろうか。
分からずに考えていると、以蔵が裾を引っ張り前を向けと指示を出す。
何だと思えば、教授がいつの間にか教壇に立っていたのだ。
慌てて視線を上げながらノートと教科書を開いて、講義を受け始めた。
◆ ◆ ◆
大学の講義が終わり、以蔵に連れられて例の神社へと向かった。
「ここじゃ。まぁ、ボロい神社やけど腕は確かやき。安心し」
道すがら以蔵が、神社についてはそう説明していたから俺も古く小さい神社を想像していた。
だが目の前に広がっているのは、立派な階段と立派な鳥居。
そして、階段下から見ても大きいと分かる境内がそこにあったのだ。
「……立派な神社にしか見えないぞ。お前、俺を騙したのか!?」
「これで立派言うなら、他の神社も立派じゃ!」
以蔵にとってはこれが普通以下なのかもしれないが、神職に詳しくない俺でもこの神社が凄い事だけは分かる。
感覚の違いかもしれないと思い、階段を登ろうとした時だった。
ポケットに入れていたスマートフォンが鳴り響き、慌てて取り出して着信音を一先ず止める。
普段からバイブレーションモードのままにしている筈が、何故か今だけは解除されてしまったらしい。
「なんじゃ、女からの連絡か?」
「女など居らん!俺と一緒に上京してくださった世話になっている人だ」
「ふーん……」
俺がスマートフォンを操作している間、以蔵は俺から目を離す事はなかった。
以蔵の視線が気になって顔を上げると、以蔵は即座に視線を外す。
不可解な以蔵の行動に首を傾げながらも、連絡をくれた武市先生に返信をする。
大学で初めて出来た友人と買い物をしてから帰ると送り、ふと我に返って送信されたメッセージを見直す。
何故、先生に偽りの情報を送ってしまったのだろう。
一言、事故物件に引っ越したから神社に行くと言えば良かったのに。
しかし、俺は先生に事実を話す事に躊躇いを覚えてしまったのだ。
「ナメクジ以蔵。お前、何てものを連れて来たんだ」
上から女の声が降って来たと思った瞬間、俺の隣に居た以蔵が蹴り飛ばされていた。