「書生さん、遊んでかんの?」
女に腕を掴まれて立ち止まってみたものの、何一つとして興味が分かずにやんわりとその手を離させた。
「人探しをしている故、急いでいる」
「あら、人探し?どんな子だい?」
断られているのを分かった上で、話を続けようとしているのだ。
それに、探しているのは遊郭に売られた女ではない。
「学友を探している。そろそろ捕まえないと、及第点すら危ぶまれる」
学友と聞いて、女は少し考えてから待っててと言い残して見世に入っていく。
待ってろと言われれば、素直に待った方が良いのだろう。
仕方無く見世先で待っていると、女に肩を借りながら既に出来上がっている以蔵が出てきた。
何処までも情けない姿に、顔を手で覆うしかない。
「うー、なんじゃぁ、まだわしは飲めるぞ」
「お兄さんの言ってた学友って、以蔵さんの事?もうずぅっとこうだから、引き取ってくれると有難いのだけど……」
困っているのは本当らしく、以蔵をちらりと見てから俺に視線を向ける。
酔った以蔵は寝るまで絡む上に、寝ても吐くと言う最悪な酔っぱらいだ。
見世としても、対応に困るのだろう。
「探していたのはそれだ。連れて帰るから、以蔵をこちらに」
女はホッとしたように、俺に以蔵を渡した時だった。
「今度は、お兄さん一人で来てね」
耳元で甘く囁く女に視線を向けると、俺の体に凭れ掛かっていた以蔵が顔を上げる。
起きたのかと聞く前に、がぶりと噛み付くように唇が触れ合う。
突然の事に目を丸くすると、以蔵は口を離して女を睨み付けた。
「ええかぁ。新兵衛はわしのモンじゃ。だから、おまん等は……おええええ」
何かを言おうとしていたのだろうが、唇を重ねられた事よりも先に俺は書生服に吐かれた事で以蔵を殴った。
どうせ酔っ払いの戯言だと思っていたが、本音だったと知るのはもっと先。
以蔵が嘔吐ではなく、血を吐いて余命幾ばくもないと知らされた時だった。