新兵衛は、長い髪を紐で巻いて結い上げるだけだった。
他に飾りは要らないと言って、その綺麗な赤銅色の髪を無造作に縛る。
勿体無いと思った時、手にしていたのは赤色に映えそうな漆黒の簪。
飾りも少なく質素な簪なら、新兵衛も嫌がらずに付けてくれるだろう。
「……おい、親父。これ」
そう思った時、わしは懐から少ない銭を出して簪を買っていた。
ただ買ってから気付いたのが、わしは髪結いをしたことがない事だった。
勢いで買ったのはいいが、新兵衛の髪を結えるか分からない。
簪をくるくると回しながら、はぁとため息を付きながら馴染みの女が居る見世の門を潜った。
「新兵衛、髪結ったるき。ちったぁ、髪貸せ」
「は?髪を貸せってなんだ」
「ええからこっち来ぃや」
新兵衛は怪訝そうにわしを見ながらも、大人しくわしの前に座った。
そんな新兵衛の後ろに回り、長い赤銅色の髪を櫛で梳く。
そこら辺の女より綺麗なのではと思う位、新兵衛の髪は綺麗だった。
女に教えて貰ったとおりに、髪を一つに束ねて簪を挿して形を整える。
赤銅色の髪に、質素な漆黒の簪はよく映えていた。
それだけでは寂しいからと、女が椿の飾りを付けてくれたが確かにそれはそれでいいと思った。
「ほれ、綺麗になったき。わしに感謝せい、新兵衛」
ヒビの入った姿見の前に新兵衛を案内すると、新兵衛は何度も自分の髪に挿された簪と髪を交互に見てからわしへと視線を向ける。
何と言えば良っていいのか、迷っているらしい新兵衛ににやにやと笑いながら言葉を待つ。
こうやって新兵衛が驚く姿が、わしは見たかっただけなのもしれない。
そう思えば、簪を手に取った理由も合点が行く。
「以蔵……お前、また借金をしたのか!?」
「わしの金や!おまん、それしか言えんのか!?」
新兵衛が思った事と違う反応だったのが、どうしても苛立って嘘を並べた。
そのせいか、新兵衛の中でわしが借金をした事が確定したらしく怒鳴られる結果となった。
暫くして新兵衛が自刃した後、武市先生から遺品の整理を頼まれた時に簪を探したが見付からなかった。
捨てたのかも分からないまま、わしも首を斬られる事となった。
新兵衛にあげた簪の所在を知ったのは、英霊になって再会した時だった。
手慣れた手付きで簪を挿している新兵衛に、何とも言えない気持ちになったのは誰にも言わずに心の奥へと仕舞い込んだ。