「史彦、もっと頑張らないと誰にも見向きもされなくなるわよ」
持ち帰ったテストの点数を見た母親は、溜め息混じりにそう言ったのだ。
頑張らないと、愛されない。
母親に愛されるには、テストでいい点数を取る事で愛される。
愛とは、ギブアンドテイクなのだと幼い俺はそう学んだ。
誰かに愛を欲するには、自分が何かを渡さないといけない。
だから渡すものの無い俺は、誰にも愛を貰う事が出来ないのだ。
親からも友人からも、愛を欲して頑張ってみたけど返ってこなかった。
笑いを渡しても、相方からの愛は返ってこない。
どうすれば愛を貰えるのかさえ、もう俺には分からなかった。
「愛は呪いだよ」
呪術師になってから、皆が口を揃えて愛についてそう答えていた。
愛は呪いなら、その呪いすら貰えなかった俺は何なのだろうか。
「愛が欲しい」
自分の声で目を開けると、目の前には見慣れた自分の部屋だった。
嫌な夢を見ていたと思いながら起き上がると、炬燵の向かいで俺をじっと見ている羂索と視線が合った。
俺が動くとその動きに合わせて、羂索の視線も一緒に動く。
何より無言で居る羂索が、無駄に怖くて恐る恐る口を開いた。
「羂索さん、何時来られたんでしょうか」
「君が寝ている間だよ」
「だから何時ぅ!?俺、何時寝たの!?」
炬燵は魔物だから、気付くと意識が飛ばされている事がある。
自分のスマホで時間を確認したが、何時寝たのかも分からなくて意味がなかった。
はぁと言う溜め息と共に、羂索から俺が寝ていた時間について教えられた。
「君から連絡が途絶えたのが、二時間前だから大体二時間くらいじゃない?」
「あ、本当だ。起こしてくれても良かったんだけど」
「魘されてる君を見るのが楽しかったから、起こすのが勿体無くて」
「それなら起こしてぇ!」
魘されていたのなら起こして欲しかったけど、羂索なら見ている言われて頷ける。
固まった体を伸ばして、炬燵の机に顎を乗せると羂索が顔を近付けてきた。
何だろうかと思いつつ視線を向けると、羂索に額を叩かれる。
「いたっ」
「愛が欲しいって、どういう事?」
「え?あー、何か俺言ってた?多分、寝惚けてただけだから忘れて?そうだ、羂ちゃん新しいネタが出来てさー」
「髙羽。君って、触れて欲しくない部分の話になると話を逸らす癖あるよね」
突然突かれた痛い所に、ピタッと動きが止まる。
話を逸らす癖は自覚していたが、今それを指摘されるとは思わなかった。
どうして今何だろうかと考えながら、視線を左右に揺らすと鼻を摘ままれた。
「もう一度聞くけど、愛が欲しいって何?」
具体的にどう説明すればいいか分からなくて、語源化出来ないもどかしさに言葉に詰まった。
「ピン芸人の時に、愛が欲しいってネタを披露してた時の夢を見ただけだって」
だから、どうにか誤魔化そうとお笑いに持っていこうとした。
簡単に言えば、俺だけを見てくれる人が欲しかった。
俺が笑いのネタを提供するから、笑ってくれるだけでいい。
出来たら、俺を必要としてくれたら嬉しい。
こんな子供染みた恥ずかしい事を、三十後半のおっさんが言っていい訳がない。
「何時でも一人で愛が欲しいわぁって言うネタでさ。あんまりウケなかったし、今思うといいネタではなかったって気付いたんだよ」
子供の頃から、欲しかった愛をくれた人は居なかった。
況してやそんな俺を誰も見てくれないから、傷付かない様に本心を隠すのだけは上手くなった。
本音は隠して、顔だけ笑っていればみんなスルーしてくれる。
羂索だって、きっとそうだと思っていた。
「ふーん、髙羽はさ。私と言う呪いに愛されてるのに、まだ愛を欲しがるの?」
いつの間にか鼻を摘まんでいた手が離れて、炬燵の中に入れていた手が掴まれていた。
突然の告白染みた言葉に、どぎまぎしながら愛想笑いを浮かべる。
きっと聞き間違えだし、ここで喜んだら絶対後で傷付くのは自分だ。
「もう羂ちゃんはさぁ、イケメンなの自覚してそれ言うの?女の子、いや男でも勘違いしちゃうからさ!やっぱりイケメンが言うと、様になって格好いいね」
憎いねーと言って笑ったけど、羂索の表情は笑ったまま変わらない。
いや、細められていた目がスッと開いて俺を射貫く。
「君が私の愛を疑うと言うなら、今ここで君を殺して永遠を作り上げるつもりなんだけど?」
「赤だけはやめてって言ったよね!?いや、待ってそれより愛って!?羂索の愛って何!?」
「言わなかったかい?千年生きてきた呪詛師である私が、君に恋に堕ちたって」
「聞いてないです。今知りました」
「鈍すぎじゃない?良く今まで生きて来れたね」
炬燵の中の手が離れたと同時に、羂索が立ち上がって俺の後ろに座る。
狭くないかなと思っている間に、腕を回されて後ろから羂索に抱き締められた。
すると腹に回された腕に力が入って、何も食べていない胃袋から何かが込み上げてくる。
「羂ちゃん、お腹苦しい、です」
「君が人からの愛にも呪いにも鈍いから、与えられてた事に気付かなかっただけでしょ。だから、私はちゃんと君に伝えるよ」
首筋に吐息が掛かって擽ったさに肩を竦めようとして、ガブリと歯を立てられる。
痛みに小さく声をあげると、噛まれた部分を舌で舐められてぞわりとした感覚に震えた。
「そこ、絶対見える場所だよね?」
「そうかもね?それで、髙羽。ちゃんと君の事は愛してるよ」
腹に回されていた手が下腹部に移動して、俺は初めて自分が危機的状況である事に気付いた。