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    くさかべ

    @monimoni_are

    ↑成人

    すっかりケイゴ。ウルケイかモイケイのケイゴ受け。
    何かあったら↓まで
    拍手をぽちぽちして頂けるだけで元気が出ます。
    無駄にツールが沢山ありますがお好きなのでどうぞ。

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    くさかべ

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    これも下げちゃって久しいんだけど、改めて読み直したら本質はこの通りなのか……?って思ったから再掲しちゃう。このくらいの距離感でモゴモゴしていて欲しい。

     ぴんぽん、とインターホンが鳴る音が遠くに聞こえる。誰かが出るだろう、と無視していたら、もう一度、二度と鳴った。
     濡れた髪の毛先を確認しつつ、しつこく鳴るインターホンに意識を向ける。
    「誰もいないのかなぁ」
     なんだよ、ここ二階だぞ。階下に行くのが面倒じゃないか。宅配便なら不在票を置いて行って欲しい。というか、時間指定をしろ、と心の中で毒付いて、首にタオルを掛けたまま、鳴り止まぬインターホンを止めるべく、玄関に向かう。
    「お待たせしま……あっ、」
    「あっ」
     誰かを確認せず開けたドアの向こうには、ネムがいた。
    (えっ、なんでネムちゃんが?インターホン鳴らしすぎじゃない?)
    「ごめんなさい、たまたま近くに来たものだから寄ってみたんだけど、忙しかった?」
    「いや、暇なんだけどみんないないみたいだね……」
    「そう」
     ネムがあからさまに目を逸らす。素っ気ないというか、避けられている節があるな、と常々思っていたが、ここまでわかりやすいとショックを隠せない。
    「……あの、なんでそんな格好なの」
    「えっ?あっ!?」
     玄関先で距離を保ったまま、顔を逸らしたネムが開けたドアに向けて話し掛ける。
     言われて、自分が今ハーフパンツ一枚だということを思い出した。宅配便の受け取りとしてもアウトだろう。
    「ちょっと髪の毛染めてて、慌てて出てきたから……」
    「それは……、ごめんなさい」
    「まぁとりあえず入ってよ、俺も着替えてくるし……」
    「え、ええ」
     せっかく来てくれた友人をむげに出来ないな、と誘う。誰もいないなら帰るわ、と断られるかと思ったが、案外素直に靴を脱ぎ、出したスリッパに足を通す。
    「リビングで待ってて」
     ネムは何度も訪れている。この家の間取りも知っているだろう。先にリビングを促し、ケイゴは慌てて部屋に戻った。
    「これでいいか」
     モリヒトのデニムパンツほどではないが、ケイゴも多少は服装に拘る方だ。メジャーだがメジャー過ぎない、外国のバンドTシャツを選ぶ。
     早足で階段を降り、リビングのドアを開けた。
    「やっぱりみんないないみたい」
    「そうみたいね」
     手にしていたスマートフォンを置き、ケイゴを見る。二人きりだとわかると、どうしても間がもたない。
    (えー、この状況どうしたらいいんだろ。お茶……あっ、麦茶くらいならオレにも出せるか)
    「えっと、麦茶でいい?」
    「あ、うん、お構いなく……」
     シンクに置いてあった来客用のコップと、自分のコップに氷と麦茶を入れ、ネムの前に置いた。コップは底面が濡れていた気がするが、洗い上げた雫がそのまま残っているのだろう。
     座る場所に悩んだが、テレビに向かってL字に置かれている一人用のソファに座る。距離を詰めて隣に座るわけにはいかない。
    (このシチュエーション、何故か結構あるけど、何をすれば正解なんだ?)
     沈黙が気まずくてテレビを点ける。観たことのない、名前だけは知っている古い時代劇の再放送はちょうど佳境に入っていた。
    「……」
    「……」
     以前ネムが持ってきた映画よりよっぽど面白い。ベタな展開は、この先どうなるのかわかりきっているのに目が離せず、二人して食い入るように画面を眺めた。
     一件落着、とナレーションが入り、見慣れぬコマーシャルが流れる。ケイゴはゆっくりと息を吐き、麦茶の入ったコップを手に取った。
    「……案外、面白かったわね」
     同じように、ネムが麦茶を飲み、ぽつりと呟く。途中視聴なのに話はわかるし、オチもわかりきっていることに安心感がある。ふう、とネムが息を吐いた。
    「こんな真剣に見たの初めてかも」
    「私も」
     コップいっぱいに注いだ麦茶はからになり、からん、と溶けた氷が音を立てる。
     何か感想でも言えればいいが、生憎十五分程度の大団円には気の利く言葉も出てこない。
    (共通の話題なんてないしな……)
     そんなの、ニコとその使い魔たちくらいだ。今更何を話せばいいだろう。
     テレビは時代劇から夕方の情報番組に変わり、今日のトップニュースを報道し始めた。
     沈黙が続くまま、政治経済世界情勢の特集を始めるテレビの音声に視線を誤魔化し、チラチラとネムを見る。
     姿勢を真っ直ぐに正し、じっとニュースを見るあたり、この家の住人とは違うな、と思った。
    「ねぇ、」
     
       ☆
     
     自室にテレビがないから、テレビ自体あまり観ない。名前は知っていても、詳しく知らない時代劇は初めて観たが結構面白かった。
     きっと、人並みにコミュ力があれば、そこから会話を紐解くのだろうと思ったが、生憎そんな人間性は持ち合わせていない。
     テレビはそのまま夕方の情報番組に切り替わり、名前も知らないコメンテーターがしたり顔で的外れなことを喋っている。別に、何が的中しているか知らないけど。
    (沈黙が重いわ……。何か、なにかないのかしら例えば、あっ、)
     玄関で出迎えてくれたケイゴが言っていたことを思い出す。突然の半裸に面食らったが、沈黙を破るならそれしかない。
    「ねぇ、」
     くる、とケイゴの方を向く。思いのほかすぐに目が合って、ドキッとした。ぼっと顔が赤くなりそうなのを咳払いで誤魔化し、ケイゴの髪を指さす。
    「それ、自分で染めてるの?」
     くるくる、と自分の長い毛先を指で巻いた。モッサリしているが、彼なりのこだわりがあるのだろう。
    「あ、うん。まあそうだね。やっぱりただの黒髪じゃダサいっていうか、垢抜けないっていうか、今流行ってるじゃん?まぁオレはその前からインナー抜いてたんだけど、ベースに対してカラー入ってるとアクセントになるし、ホラ、帽子とか被ってもなんとなくキマる感じするでしょ。オレって結構クセ毛だから、セットが決まらない時は帽子で誤魔化すんだけど、あ、水色入れるには結構手間が掛かって、一回のブリーチじゃ黄ばみが残っちゃうし、最低でも二回抜いてからカラー入れて、まぁそれも普通のカラー剤じゃなくて……」
     軽い気持ちで聞いたことを後悔した。
    (どうしよう、何言ってるのか全然頭に入ってこない)
     ケイゴは、まるで水を得た魚のようによく喋るが、話し方のせいか、何を言っているのかわからない。面白いか否かで言えば、ケイゴの話は全く面白くないのだ。
    (色が入ってるのはオシャレだけど、モッサリしてるのよね。前髪はもう少し短くて、ハッキリ顔が見える方が……)
     ケイゴを見て、違う髪型を想像して、その想像を打ち消した。
     モッサリした雰囲気に隠れているが、顔の造形自体は悪くないし、好きな人にはとことん好かれそうなタイプだと思う。
    (べ、別に私はそういうんじゃないんだから!)
     頭の中で言い訳をしながら、ぶんぶんと頭を振る。
     あ、とケイゴが口を開いた。そういえば、途中から話は聞いていない。
    「ネムちゃんも、髪の毛可愛いよね、リボンで」
    「ひぇっ!?」
    「長いから、寝癖とかついたら大変じゃない?」
    「あ、あぁ……そういうこと、うん……」
     話を聞いていなかった自分が悪いのだが、こういう時は都合の良い言葉ばかりが耳に入るものだ。
     変なところはなかっただろうか。急にそんなことを言うなんて心臓に悪い。
    「魔法でやってるから簡単なのよ」
     しゅる、と髪の毛で出来たリボンをほどき、指を動かす。
    「へー、すごいね」
    「簡単な魔法だから」
     下ろした髪の毛のトップにリボンが出来た。気分で普通のリボンを使う時もあるが、この髪型を作ることに慣れている。
     魔女なら誰でも使える簡単な魔法だが、ケイゴに褒められたことが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
    「よく似合ってるよね」
    「ふぁっ!?うん、うん!?」
     これが例えばニコだったら、ありがとうとすぐに言えた。
    (違うのよこれはそういうのじゃないんだから)
     ケイゴが、微妙な距離感の女子に対してお世辞を言うようには見えない。可愛い、似合っている、というのもきっと本心なのだろう。
    「あ……ありがとう」
     他に誰かがいれば、茶化したり誤魔化したり、或いは本音を上手に隠せたのに。
    (ねえ私ったらもう少し愛想よく出来ないものなの?これじゃ完全に嫌な女じゃない)
     口から出た言葉は、いかにも尊大で、鼻につく態度ではなかったか、と言ってから後悔した。
     ちら、と気付かれないようにケイゴを見る。モサッとした前髪から、ちらちらと覗く表情はよくわからない。
    「ふっ……」
    「な、なによ。何か変なことした?」
    「いや、結構しっかり魔法使ってるな、って思って」
    「自分じゃ上手く出来ないのよ」
     ぷく、と頬を膨らませる。魔法だって、慣れたアレンジ以外は時間が掛かってしまう。
    「さすが魔女だね」
    「そ、そうね」
     ケイゴは、千年に一人の魔女の使い魔だ。当然、ニコの方が魔女として優れているし、基本的な魔法は魔女なら誰でも使える。
     褒められた事実を素直に認められない。
    (はぁ……なんで私ってこうなのかしら)
     特にケイゴを相手にするとこうだ。他の誰よりも、自分のことを知って欲しいのに上手く出来ない。
    「髪の毛、綺麗だよね」
    (えっなんで急にそういう方向で攻めてくるの!?何があったの!?)
     ソファに座っていたはずのケイゴが、すっと立ち上がり、ネムの横に座る。驚いて固まるネムを横目に、ケイゴの手が頭に伸びた。
    (ダメよ、ダメったらそんなハレンチな!あぁ〜ッ!)
     髪の毛で出来たリボンを潰すように、後頭部の形に沿ってケイゴの手が触れる。ぞわぞわ、と背筋に電流が走った。
     心地良いかどうかで言えば、緊張感が強い。それなのに、もっと触って欲しくなるのだから、人の体はわからない。
    「わっ!わたし!ちょっと用事思い出したわ!」
    「あっ……」
     ばっと立ち上がり、逃げるように玄関へ向かった。このままでいたらどうなるのか、気にならないといえば嘘になるが、心臓が保ちそうにない。
     待って、と追ってくるケイゴの目を盗み、慌てて猫の姿になった。
    (びっっくりした。なんだったのかしら、あんな積極的な……)
     とことこと歩き、塀の上で立ち止まって前脚で顔を撫でる。
     猫の姿で撫でられたことはあるが、まさかあんなことがあるなんて。
    「…………」
     このまま家に帰ろうと思ったのに、気まぐれな猫の脚は来た道を戻っていた。
    (別に、撫でてもらいに行くとかそういうわけじゃないんだからね……)
     
       ☆
     
    「ニャオ」
     かりかり、と窓を叩く。まだケイゴ一人なのか、リビングでぼんやり座っているのが見える。
    「あれ、また来たんだ」
     すぐに気付いたケイゴが、ネムを迎え入れ、勝手知ったるとばかりにソファへ近付いた。
     早く座れ、と尻尾で誘導して、広いソファに腰を掛けたケイゴの膝の上に乗る。ゴロゴロと喉が鳴ってしまうのは猫の習性だ。
    「ニャオン」
    「なんか本当にいつの間にか懐いたな」
     額の間、耳の付け根、撫で方はモリヒトより雑だが、どうしようもなく心地良い。
     程よい緊張感もあるおかげで、リラックスし過ぎて寝てしまうこともないし、ゆっくりと尻尾を振った。
    「今日はオレ一人しかいなくて申し訳ないね」
     むしろ好都合だ、と手のひらに額を擦り付ける。もっとぐいぐい撫でてくれても構わないのに、遠慮がちに触れる手つきがもどかしい。
    「さっきまでもう一人いたんだよ。君は会ったことあるかな?ネムちゃんって言うんだけど」
     ぴく、と尻尾が止まる。目を閉じて寝たふりをしてみても、耳はしっかりとケイゴの方を向いていた。
    (会ったこともなにも、私なんだけどね)
     前脚の上に置いた顔を更に深くうずめ、ぱたん、と尻尾を揺らす。
    「すっごい可愛いんだよ。そこらのアイドルなんて目じゃないくらい。あんなに可愛い子、見たことない」
     ぴん、と尻尾が伸びた。撫でる手付きは相変わらず不器用で、言葉と共に居心地の悪さが広がる。
    (なんなの、一体どうしたの……!?)
     止める相手はいない。飽きることなく、ケイゴはネムへの思いをつらつらと話し続けている。
    「似てるって言ったら怒られるかもしれないけど、境遇っていうのかな、ひと事とは思えないようなこともあって、」
     ぱたぱたと揺れる尻尾の付け根を、とんとんと撫でた。体の力が抜けて、ぞくぞくする感触に何も考えられなくなる。
    「オレ、あの子のこと……」
    「ミャッ!」
     心の準備が出来ない。ケイゴの言葉を遮るように、体を起こし、肉球を唇に当てた。
    「ははは、なんだよ、今日は積極的だな」
     上機嫌の猫が、気まぐれにじゃれてきたと思ったのだろう。唇に触れた前脚を優しく掴み、指で喉を撫でた。
    「あ、ケイゴくん起きてた?」
    「起きてたも何も、ずっと起きてたし、むしろ出掛けるなら出掛けるって教えて欲しかったよ」
    「ごめんね。モイちゃんと羊羹買いに行ってたのよ」
     ビニール袋に入った大量の羊羹をモリヒトが掲げ、キッチンに消えていく。
    「ん?誰か来たか?」
    「ああ、さっきネムちゃんが来たよ。もう帰ったけど」
     キッチンの主はモリヒトだ。来客用のコップがないことに気付いたのだろう。
    「あっ!またニャンコ来てる!すっかりケイゴくんに懐いたのね!」
     よしよし、とケイゴの膝の上に乗ったネムを撫でる。こうしてニコに撫でられるのも気まずいが、喉が鳴るのを止められない。
    「ケイゴも羊羹食べるか?」
    「あー、じゃあ少し。あと麦茶取って」
     猫乗ってるから。果たしてそれは言い訳になるのか?と撫でられながら思ったが、もう少しこのままでいて欲しいと尻尾を揺らした。
    「コップはこっちにあるよー」
    「あっ!」
     突然の大きな声に、尻尾がぴん、と伸びる。どうしたのか、とニコを見た。ケイゴも同じように目を丸くして、ネムを撫で続けるニコを見る。
    「ケイゴくん、そのコップすすいだ?」
    「えっ?いや、そのまま麦茶入れたけど?」
    「なんともなかった!?」
    「別になんともないけど……」
     ぴく、と猫の耳が動く。
    「キャプチャームを水に溶かしたらどうなるかな、って適当なコップ使っちゃったの」
    「ニコ、使ったコップくらいは洗いなさいっていつも言ってるだろう」
    「ていうか待って、オレなんか飲まされたの?」
     ケイゴと一緒に視線が移る。ニコがぺろっと舌を出し、ウインクをした。
    「なんともなかったら大丈夫なのよ。大したことじゃないから」
     多分、大したことだ。詳しいことはわからないが、先程のケイゴの態度はニコのなんらかの魔法が関係しているのだろう。
    (キャプチャームね……帰ったら調べよう)
     ニャオ、と小さく鳴き、床に降りた。ぐっと大きく背伸びをする。撫でられるのは充分堪能した。
    「あー、ニャンコもう帰っちゃうの?」
    「結構居たよ」
    「あんまりしつこいと嫌われるぞ」
     嫌いになることはないから安心して頂戴、と尻尾で挨拶する。
    「ニャアン」
     またね、と鳴き、リビングの窓から家を出た。ニコの魔法を早く調べたくて、足早に去る。
     
       ☆
     
    (そっか……魔法か)
     誰もいない場所を見つけ、元に戻った。
     どきどきした気持ちを返して欲しい。駅までをとぼとぼと歩きながら、高揚した気持ちが冷めていくのを感じた。
    「まぁそうよね」
     そういえば何しに行ったんだっけ。目的を達成出来ぬまま、もう一度乙木家を訪れる気にもなれず、自動改札機に向かう。
    「あれ?ネムちゃん。もう帰ったのかと思った」
    「ケイゴくん!?どうして?」
    「ちょっと買い物行こうかなって。ほら、せっかく髪の毛染めたことだし」
    「あぁ、なるほどね……」
     落ち込んでいた筈なのに、すぐまたドキドキするから単純だ。ピッ、と自動改札機を通過するICカードの音すら機嫌よく聞こえる。
    「ネムちゃんはもう家に帰るとところ?」
    「ええ、そうね」
    「ふーん」
     相変わらず、会話は続かないが、私こっちだから、と別れるのも惜しい。
     何か名前のある関係なら、この先の予定を捕まえることも出来たのに。はぁ、と人知れず溜め息を吐いた。
    「時間大丈夫?」
    「時間?あるけど……?」
     張り切って午前中の電車に乗った。二人きりで過ごした時間は、間が保たないせいもあり、意外にも長くない。
    「行ってみようかなと思ってた雑貨屋が隣町でさ、多分帰り道だと思うんだけど、よかったら一緒に行かない?」
    「……!」
     思ってもみない言葉に、ケイゴを見上げる。モヤモヤしていた気分が急に晴れていくのを感じた。
    「いや、嫌だったらもちろんいいんだけ……」
    「行くわ」
     食い気味に返事をする。家に帰っても、ニコが使った魔法を調べるくらいしかやることがないのだ。
    「なんてお店なの?」
    「ああ、ここなんだけど……」
     ケイゴがスマートフォンを見せる。なるほど、と小さく呟いた。店名は知っているし、雰囲気もわかる。なるほど、確かにケイゴが好きそうな店だ。
    「このお店、知ってるわ。個人輸入した雑貨やヴィンテージの小物を置いてるところよね」
    「さすが地元、詳しいね」
    「ええ、学校帰りに友達と寄って、アナタが好きそうだな、って思ったの」
     言い終えて、はっとした。今、自分は何を口走ったのか。
    「違くて、えっと、その、ね、」
    「あ、電車来るよ」
     がやがやと煩いホームだ。ネムの呟きは喧騒にかき消されたのだろう。
    「ごめん、なんか言ったよね。ちょうど電車来て聞こえなかった」
     もう一度、と今度はネムの方に体を傾ける。この、微妙にスマートな距離感は女子と一緒に住んでるせいだと思う。
    「ううん、何も言ってないわ」
    「そう?なんか言ったように見えたけど」
    「言ってないったら」
     聞かれてなくて良かった。もし聞かれていたとしたら、どう誤魔化すべきなのかわからない。
    「……」
    「…………」
     また、会話が止まってしまった。走る車窓は見慣れたもので、取り立てて話すこともない。
     駅まで何分くらいだったかな。吊り革と手すりに掴まった、遠慮がちな距離が、電車の振動でわずかに縮まる。
     ちらりとケイゴを見た。ネムと反対側の腕を上げ、吊り革に掴まっている。もさっとした髪の毛から、整った顔が覗き、顔が赤くなるのを感じて、慌てて窓を向く。
    (私ったらジロジロ見て……はしたない)
     見られたら恥ずかしいくせに、どういうわけか、ケイゴのことを見たくなるのだ。
    「きゃっ」
    「だ、大丈夫?」
     がたん、と電車が急停止した。大きな揺れにバランスを崩し、ケイゴに体当たりしてしまう。
    「ええ、大丈夫。ごめんなさい」
     ネム一人分の体重がぶつかったのに、なんともない様子で心配するケイゴは、やはり男子なんだな、と思った。
    (いかにも運動出来なさそうなもっさりなのに、これくらいなんともないって反則よね)
     これはトゥンク。仕方ない。このまま、特段厚くはない胸板に収まっていたい気持ちがあったが、動き出した電車に合わせて手すりにつかまり直した。
    「もうそろそろ着くわね」
     目当ての雑貨屋へ着く前に、ライフがゼロになりそうだ。
     
       ☆
     
    (さっき何言おうとしてたのかな)
     ホームページで見て知っていたが、実際の雑貨屋は思った以上に雰囲気があり、テンションが上がった。
     気分が上がると、どうしてもろくでもないことを言ってしまう上に、ネムにははっきり喋れと言われる。そうすると話すことがなくなってしまう。会話のきっかけを作るのは、いつも難しい。
    「何みてるの?」
    「ああ、えっと……」
     もやもやと考え込んでしまうのを誤魔化すように、ディスプレイされた雑貨を吟味していたら、横からネムが話し掛けてきた。
    「これなんだろう」
    「さぁ……?」
     自分が手にしていた雑貨に気付く。輸入雑貨であることは間違いないが、一体何に使用するのかわからない。
     なんだかわかる?とネムに聞いてみたが、生憎彼女にもよくわからないらしい。
    「面白いもの色々あるね」
     使用用途のわからないものは棚に戻し、隣にあるアクセサリーコーナーを見た。女性向けのデザインが多いが、男が着けても違和感のなさそうなものも置いてある。
    「あ、」
    「何かあったの?」
     ケイゴの手元を伺うように、ネムが覗き込む。この子、割と距離が近いよな。
    「バレッタ?面白い柄ね」
    「うん、こういう柄、好きだなと思って」
     いかにも国旗を思わせる、赤と青と白を使った動物柄だ。大きなリボンの形を作り、裏側にバレッタの金具が付いている。
    「いいじゃない」
    「でもオレはこんなの付けないからなぁ」
     明らかに、髪の長い女子向けだ。他のデザインがあればよかったのに、と肩を落とす。
    「案外似合うかもよ?」
    「いや冗談やめてよ」
     同じものを手に取り、ケイゴの髪の毛に当てる。
    「結構似合うじゃない」
    「めっちゃ笑ってるじゃん」
     ネムが冗談めかして笑うのに、つられて笑った。こういうのは、ネムのような髪型の方が似合う。
    「ていうか、それならネムちゃんの方が」
     手にしたままだったバレッタを、ネムの髪に当てる。綺麗な黒髪に、星条旗の色味がよく似合う。大きいな、と思ったリボンも、ネムくらい顔立ちが整っていると嫌味もない。
    「可愛い」
     ぽろっと、言葉が、こぼれ落ちた。
     頭の上で遊んだら迷惑だったな、とすぐに思い直し、バレッタを下ろす。顔を真っ赤にしたネムと目が合った。
    「あっ」
    「……〜〜ーッ」
     触れてしまったのだ。ケイゴの手と、ネムの頭が。頭ポンポンは気持ち悪いって散々ネットで見たぞ。
     無意識だったとはいえ、やってしまった、と全身の血の気が引く。現に、ネムは顔を真っ赤にして、少し涙ぐんでいるようにも見える。
    「ご、ゴメン、わざとじゃ……」
     とにかく謝るしかない、と、雑貨店の狭い通路で手を合わせた。
    「ええ、大丈夫、気にしないで」
     嫌だったろうに、ケイゴに気を遣ってくれて優しいな、と思った。ふい、と横を向き、目も合わせてくれない。
    「ちょっと、向こうの方見てくるわね」
     この微妙な空気をどうしたらいいですか。今すぐ知恵袋に書き込みたい気分だ。
    「コミュ障だなぁ……」
     手元に置いてけぼりになったバレッタを見下ろし、小さく溜め息を吐いた。ネムの顔が小さいから、大きく見えたバレッタも、ケイゴの手のひらの上では小さく感じる。
     ぐるりと店内を見回した。ネムは反対側の通路の方へ行ってしまったのか、姿が見えない。
     色々と気になる商品はあるが、今日は他のことに気を取られてしまい、集中力も続かなさそうだ。
     
       ☆
     
    (どうせ私なんて陰キャットなのよ)
     ケイゴから逃げるように、反対側の通路に来た。ごちゃごちゃと並ぶ雑貨をちらちらと眺め、ぬいぐるみを手に取り、溜め息を吐く。
     通路の隙間から見えるケイゴは未だ立ち尽くしていて、申し訳ないことをしてしまった、という罪悪感が大きくなる。
     先ほどまで、猫の姿で散々撫でられていたが、意識して触れてもらうのと、突然の触れ合いは全然違う。家での出来事は、多分ニコの魔法が影響しているからノーカンだ。いや、あれもかなりドキッとしたけれど。
    (本当に……上手くいかないわ)
     こういう時、どうすれば正解なのか教えて欲しい。
     名前の付いた関係であれば、もっと違う接し方があるのかもしれないが、生憎、ケイゴとネムの間にあるのは友情と緊張感だけだ。
     過剰に綿の詰まったぬいぐるみの頬を押す。これはいったい何の生き物なんだろう。水色の毛並みと、目付きの悪さがおかしい。
     はぁ、ともう一度溜め息を吐いた。距離感の詰め方や、接し方、駆け引きがもう少し上手ければ、このぬいぐるみでも盛り上がっただろうに。
    「……なんかちょっと可愛く見えてきたわ」
     ぱんぱんに詰まった綿のせいでわかりにくいが、猫の耳のようなものが付いている。
     人型の体をした猫の腕を掴み、きゅうっと動かす。足に付いたタグを見れば、案外手頃な価格で、せっかくだから買おうかな、とレジに向かった。これを買って、ケイゴと合流すればいいだろう。
    「あっ、ケイゴくん……何か買ったの?」
    「あ、うん。ちょっとね。ネムちゃんも何か買うの?」
    「……これ」
     いつの間にか会計をしていたケイゴが、ネムより先にレジにいた。あれから何か気に入ったものがあったならよかった、と胸を撫で下ろす。
    「へえ、狼のぬいぐるみ」
    「えっ?これ狼なの?」
    「え?どう見ても狼じゃない?耳とか尻尾とか」
    「気付かなかった……」
     レジ台に置く前に、もう一度ぬいぐるみを見る。なるほど、言われて見れば狼に見えなくもない。
     どうしますか?と店員に声を掛けられ、慌ててぬいぐるみを渡す。会計を済ませ、シンプルなビニール袋に入った商品を受け取り、ケイゴと並んで店を出た。
    「私、家あっちだから」
     ネムの家は駅とは反対方向だ。駅まで送っても良かったが、ケイゴはこのまま帰りそうな雰囲気を出している。
     特に会話らしい会話はしていないから、ここで別れるのは残念だな、と思った。
    「じゃあ、また……」
    「ちょっと待って」
     またね、と別れるつもりだったのに、ケイゴに呼び止められる。まだ何か用があるのだろうか、とどきどきしながら雑貨店の入り口から少し隣の路地に避けた。
    「これ」
     ケイゴがビニール袋をネムに渡す。たった今買った、ぬいぐるみが入ったものと同じ袋だ。
    「ネムちゃんに似合うと思うから、良かったら……」
    「さっきのバレッタ……」
    「も、もちろんいらなかったらいいんだ。オレが付けようかな、ハハ……」
     ぎゅっと胸が締め付けられる。俯いたネムに焦ったのか、ケイゴが早口でまくし立てるが、それすらも耳に入ってこない。
    「ネムちゃん?」
    「いる」
    「え?」
    「くれるの?」
    「うん、良いお店教えてくれたし、お礼に」
     最初からケイゴが目星を付けていた店の筈だし、お礼を言われるようなことは何もしていない。
     むしろ、迷惑を掛けてばかりだ。
    「……ありがとう」
     胸の奥がじわりと暖かくなる。バレッタの入ったビニール袋を、胸の前できゅっと抱き締めた。
    「じゃあ、オレそろそろ帰るね」
    「待って!」
     振り返りかけたケイゴの服を掴む。驚いて足を止めたケイゴを、しっかりと見上げた。
    「ありがとう、大切にする」
    「あ、うん、ありがとう……?」
     今度こそじゃあね、とケイゴが振り返る。一緒に歩いてきた時より少し足早に去っていく後ろ姿を見送り、先程よりも強くビニール袋を抱き締めた。
    「ふふ……」
     自然と笑みが溢れる。こんな気持ちになるなんて、ケイゴの方がよっぽど魔法使いみたいだ。
    「ニコの使った魔法、なんだっけ」
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