ひとつ、相手は慎重に選ぶこと二股をかけられてブチ切れたティナリが、2年間も惰性で付き合っていた恋人にキッパリ別れを告げたのは、丁度新月の夜だった。
明るい性格で一緒にいてそれなりに楽しかったが、如何せん節操がなくてチャラかった。真面目に付き合っていたつもりだったが、所詮ティナリは遊び相手の1人だったのだ。ただそれだけだった。
ヤケクソになって、飲み友達のセノとカーヴェを引っ張り出してシティのバーで酒を煽る。
悲しい気持ちなどとうに覚め、静かな怒りだけが残っていた。恋人一筋で必死に可愛いを取り繕ってきた僕の2年間を返せ。
⚖️「別れて正解だった、ティナリ。俺は本当はいつ別れるのかと気にしていた」
ぐいっと勢いよく猪口を煽ったティナリの背を、セノが優しく撫でながら話す。
🏛「ほんとだよ。あいつは優しさに胡座をかいて君に苦労ばかりかけてただろ」
⚖️「それは君もじゃないのか?いつも俺たちが奢ってる」
🏛「やめろよ、それを言われると弱いんだ」
ティナリを挟んで両脇で言い合う2人の会話が、遠くでぼんやり聞こえるような錯覚に陥った。
2人の言う通りだ。苦労ばかりだった。思い返せばあれだけ熱烈に誘っておきながら、あいつは僕のことなんて何も知らなかったじゃないか。好きなものどころか、名前を間違えられたことだって、本当は何度かあった。
そうだ、それならばまだ、最近知り合ったばかりのアルハイゼンの方が僕をよく知ってくれている。あの人は1度話した僕の好みを忘れたりなんかしないし、ただ共にスメールの復興に関わっただけのビジネスパートナーなのに、誕生日に探していると話した薬草をプレゼントしてくれるくらいの甲斐性がある。
普段から言葉巧みに話すから、きっと愛の言葉を何度だって囁いてくれるだろう。大事な話を無理矢理なキスで誤魔化そうとしたり、嫌がっているのに意のままに抱いたり、そんな最低なことはしない。
🍄「…次はちゃんと話が出来る人がいいな」
🏛「ハードル低っ」
ぽつりと呟いた言葉に、カーヴェが思わずツッコミを入れた。
🍄「あと、思いやりも欲しい」
⚖️「本当に最低限だな…それ程傷ついたと言うことか」
🏛「大丈夫、良い相手なんて気を付けていればきっとすぐ見つかるさ。ティナリは俺なんかよりたくさん出会いがあるだろうし、自然を愛するレンジャーは皆いい人ばかりじゃないか」
🍄「レンジャーと付き合うつもりはないよ…危険な仕事だから。業務に支障が出ると困る」
⚖️「変なところでしっかりしているのがティナリのいい所だな。だが確かに俺も、教令院の関係者と恋人関係になるつもりは無い。職場恋愛は色々と面倒だ」
🏛「なるほどなぁ」
🍄「一緒に行動している方が相手は見つけやすいけど…出来れば関係ない仕事についてる人がいいな。ねぇマハマトラ様ぁ、誰か紹介してよぉー」
⚖️「俺は恋人の斡旋所じゃない」
教令院の学者なら立場もあるし、大マハマトラの息がかかっていれば二股なんてしないから相手としてピッタリだろう。同等のレベルの会話だって出来るはずだ。酒に当てられ気分が高潮したままセノに冗談めかして頼んでみるが、バッサリと切り捨てられた。
🏛「ティナリ、もう具体的に行動に移すつもりか?節操がないと思われるからさすがにしばらくは大人しくした方がいい。不躾な輩が集まってくるぞ、先輩からの忠告だ」
🍄「うぅ…でも、さみしいじゃないか。しばらく研究に没頭しようかな」
節操がない、なんて真面目で厳格なティナリにとって最低の形容詞だが、それもしかたないだろう。だって2年間も傍にあった甘える先を失ったのだ。例えあんな最低男だとしても、ぽっかり空いた穴は簡単には埋められそうにない。
ーーーーー
その日、早朝から夜までかかった長い調査から真っ暗闇の中帰宅したら鍵が閉まっていて、アルハイゼンは怒りに目を回しそうになった。カーヴェだ。今朝、鍵を職場に忘れたが出勤は昼だと言うので、アルハイゼンの鍵を渡す代わりに先に帰っておけと言ったのに。
あいつは自分の罪に気付かず、いつもの酒場で楽しそうに酒を煽っているらしい。見慣れた金髪を見つけ、アルハイゼンはカツカツと足音をさせながら一直線に彼の元へ向かった。全く気付いていない様子なので、頭の上から声をかける。
🌱「カーヴェ。家の鍵を2つとも持ち出したことを忘れたのか」
🏛「っげぇ!アルハイゼン!」
自分が悪い癖にめちゃくちゃ嫌そうな顔をされて、アルハイゼンはチッと舌打ちをした。本当に世話が焼ける。せめてもう少しだけでも人間的にマシな同居人を選ぶべきだった。
フゥと後悔のため息をひとつついて、そこでようやくメンツに気を配れば、同席している2人には見覚えがある。
🌱「…大マハマトラとティナリか。3人で飲んでいたのか」
🏛「そうだよ、ちょ、ちょうどいい所に!ティナリが傷心なんだ」
取り繕ったようなカーヴェの言葉に、俯いていたティナリがくるりと振り返って見上げて来た。とろんとした瞳がアルハイゼンを捉えた。泣いたのか、目尻が少し赤く染まっている。
🍄「…あれぇ、アルハイゼン?僕の理想の人だ…」
はぁ?
🏛「ななな何言ってるんだ!?」
訳が分からないと尋ねる前に、カーヴェがバカでかい声で叫んだ。うるさい。
🍄「あ、ごめん…さっき君みたいな人が恋人なら上手く行くのかなって思ったから、つい」
ティナリは両手で酒の入ったカップを包み込んだままはにかんだように笑って、すぐに恥ずかしそうに目線が伏せられた。誘っているのか少し赤らんだ首筋に、ごくりと唾を飲む。
⚖️「ティナリ、お前は酔っ払っている。今日はもう帰ろう」
🏛「こいつと付き合おうとするなんておかしくなってるよ。考え直せ!」
2人が声を揃えてティナリの説得にかかった。必死である。
🌱「別に俺は付き合っても構わないが」
🍄「えっ、いいの?じゃあ試しに…」
🏛「待って待って!ストップだ!」
⚖️「アルハイゼン、ティナリを口説くのはやめろ」
🌱「口説かれているのはこちらだが…心配しなくても俺はティナリなら抱ける」
⚖️「っなぁ!?///」
ティナリを可愛らしいと思うのは本当だ。元より性別はあまり気にしない。
🍄「えー、優良物件だなぁ。立場もしっかりしてるし真面目そうだし」
⚖️「ティナリ!?な、何を言ってるんだ…」
🏛「アルハイゼンっ!!君も酔ってるんだな?!鍵のことは謝るからもう帰ろう、な!セノ、ティナリのことは任せたよ。あとここのお会計も!」
⚖️「あっ、ちょ…カーヴェ!」
🌱「俺はシラフだ」
これ以上はまずいと思ったのだろうか、恋人と別れたてで自暴自棄になった人間を酒場に置いておくとろくな事がないとようやく気付いたか。
財布なし男は混乱に乗じて、アルハイゼンの背中を必死にぐいぐいと押してなんとか諸共酒場から出ていこうとするが、体幹が強すぎて手間取っているようだ。
🍄「アルハイゼン…待って、」
まあどうせたまたま居合わせただけの通りすがりだ。友人は酔っているようだし帰ってやるかと一歩踏み出した時、セノとカーヴェを挟んだ背後から、ティナリが切なげに名前を呼んだ。
⚖️「ティナリ。こいつのことは忘れろ」
🍄「明日遊びに行ってもいいかな?」
🌱「ああ、構わない」
早急に距離を詰める手腕は元カレに学んだのか。アルハイゼンが半分振り返って返事をすると、ティナリは嬉しそうに微笑んだ。
⚖️「ティナリ!!」
🏛「アルハイゼン!!」
⚖️🏛「「やめなさああい!!!」」
次の日の夜、まだ傷心のままアルハイゼン宅を訪れて、寂しいんだぁってきゅうきゅう甘えて、冷たい目のカーヴェに見守られながらアルハイゼンの腕の中で眠る。
「やっぱり理想の彼氏かも…!」
「元々可愛らしいと気になってはいたが、別れた瞬間こうも上手く行くものか?」
「俺はティナリが心配だよ…」
お幸せに。