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    聞こえた鼓動は

    #司類
    TsukasaRui

    ワンライ『🍭』『公演後』(2022/11/23) とくん――とくん――
     あの時感じた体温。
     嗚呼…どうしてこんなにも……――

    「類?」
    「あ、あぁ…すまないね」
    「いや…」

     即興劇を終えた翌日、もはや定位置となっている屋上での昼食を二人で食べていた。
     油断しているとすぐに昨日のことを思い出してしまい、体が熱くなる。
     昨晩もあまり寝ることが出来なかった。

    ―――

     普段出来ないようなことをしてみたい!とえむの提案により突然決まった即興劇。
     演目をルーレット、役柄をあみだくじで決めるというトンデモな発想がそのまま採用されてしまった催しである。
     テーマをおとぎ話とし、それぞれショーをしてみたいと思うタイトルを持ち寄った結果、ルーレットで選ばれたのは「ヘンゼルとグレーテル」だった。
     次に、人数を考え必要とされる役を用意したら、あみだくじの出番。
     一番手の司がいきなり「ヘンゼル」を当ててしまった時は、「面白くない…」と文句を言う者「さすが司くん!」と褒め称える者「さすがオレ!」と自賛するもの三者三様だった。
     そして「グレーテル」は。

    「僕……かい?」
    「まぁ、誰かさんが面白くないことをしてたし、いいんじゃない」
    「なんだと?」

     正直、「グレーテル」そのものを演じることに関しては、何も思うところはない。
     普段、というより普通は女性を演じる機会など無いに等しい為、いい経験ができるのでは無いかと思っている。
     問題は、その相手役にあたる「ヘンゼル」が……――

    「どうした、類?そんなに見つめてもヘンゼルはやらんぞ」

    ――司である、ということ。

     類は司に恋をしている。
     いつからそうだったか、全く分からない。
     気がついたら、彼のことを考えるだけで身体は熱くなり、心臓もうるさくどうしたら良いかわからなくなってしまう、そんな状態まですすんでいた。
     とはいえ自覚したからと言ってそれを誰かに伝えようとも思えず、心を焦がし続けている。

     えむが今回の即興劇を提案した際、演じたいタイトルを自分から持っていくことになってとても頭を悩ませた。
     もしも、姫と王子が結ばれる物語で司が王子役だったら…
     おとぎ話と聞いて頭に浮かんでくる物語達を浮かんでは消し、浮かんでは消し―――
    「シンデレラ」「白雪姫」「眠れる森の美女」と何度か繰り返したところで思い浮かんだのは「赤ずきん」だった。
    「赤ずきん」ならそういった色恋は無い!と喜んだのも束の間、作品をそういった目でしか見れない状態の自分に嫌悪感を抱いた。

     とまあ一生懸命考えてきたはいいものの結局はルーレット。
     昨晩の考え虚しく、司が提案した「ヘンゼルとグレーテル」が選ばれた。

    (確かにヘンゼルとグレーテルも色恋は無いけれど…)

     近い。とにかく近いのだ。
     妹を案じる兄の距離の近さに落ち着かなくなってしまう。
     ただでさえ考えるだけでドキドキしてしまうというのに、こんなに密着されてしまっては…と、持っていかれそうになる思考を必死に抑えつけ司との劇を演じた。
     神聖なショーに、こんな下心は要らない。

    ―――

    「なあ……類。なにか悩んでいるなら相談に乗るぞ?」

     また、昨日のことを思い出して思考に呑まれていたようだ。
     これまでは上手く切り替えられていたはずだったが、どうにも上手くいかない。

    「悩んでいる、ように見えるかい?」
    「ああ、そう顔に書いてある」

     心配をかけてしまっている。
     己の醜い感情のせいで、迷惑をかけてしまっているというのに、あの体温がいつまでも身体から離れていかない。

    「類…そんな怯えた顔をするな」
    「……」
    「………なら、オレの話を聞いてくれるか」
    「え?」
    「最後まで、聞いて欲しい」

     ガシャン、とフェンスの音が聞こえた。
     珍しくフェンスに寄りかかっているらしい司のその目の先には、曇り空がひろがっていた。

    「オレには、好きな人がいる」
    「っ――」

     突然の告白に、息が詰まる。
     嫌だ、いやだききたくないそんなのしりたくない。
     言葉を吐き出してしまわないよう、グッと拳に力を入れる。

    「そいつはとても危なっかしいやつでな。自分の好きなこととなると、周りが見えなくなってしまうんだ」
    「最初は、危険だからオレが見ててやらないと、と思っていた程度だったのだが、気がついたらそいつから目が離せなくなっていてな」
    「楽しそうに笑う度、その笑顔を守りたいと思った。楽しそうに語るその内容に、オレはいつも心を惹かれていた」

     ポーカーフェイスには自信があったが、今はちゃんとした表情が出来ているか、わからなかった。

    「オレのこの気持ちが恋なんだと気づいた時、オレは絶望した」
    「この想いは、きっとそいつを縛ってしまう。だから誰にも気付かれないよう、この想いを隠してしまうことにしたのだがな」

     自分でも分からない表情を見られたくなくて、気付いたら顔を逸らしていたようで。
     その陰に気付くことが出来なかった。

    「好きだ、類」
    「……………え…?」
    「…そんな顔をさせてしまうとは…オレは逃げていただけだったのだな」

     そっと、頬に手が添えられる。
     言われた言葉の意味がすぐに理解出来ず、ただその熱を感じる。

    「好きな人にひどい顔をさせてしまう弱い男だが……どう、だろうか」

     思い出す。
     舞台で目を離せなくなる魅力を持った堂々とした、かっこいい姿。
     劇が成功した時に見せる、輝かしい笑顔。
     思い出す。
     不安がる妹を安心させるために包み込んでくれた暖かい体温。
     そして、今頬に添えられている掌の熱。

    「……っ……………」

     彼は勇気を出してくれた。
     自分が踏み出すことの出来なかった一歩を、踏み出してくれた。
     ならば今、するべきことは。

    「…ぼ、ぼく、……僕も、司くんが…すき……好き、なんだ」
    「類…!」

     どちらからともなく、抱きしめ合う。
     あんなに忌々しいと感じていたはずの体温が、とても心地良かった。
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