ワンライ『クリスマス』『もういくつ寝ると』(2022/12/28) ほぅと吐き出した息が煙のように白くなる。
一年も終わりに近づき、周りは年末年始の催し物の話題や広告で溢れている。
恋人との待ち合わせの広場にて、辺りに飾り付けられているイルミネーションをぼんやりと眺めていた。
「類、待たせてすまない」
「司くん。今着いたところだから大丈夫だよ」
慌ただしい音と共に、目的であった待ち人が現れる。
今日はクリスマス…の三日後である。
ワンダーステージでのクリスマスショーが一段落した今、二人だけのクリスマスを過ごそうというのが今回の目的である。
「咲希が自室の掃除をしていてな…何やら重い荷物を運んでいたので少し手伝っていたら、時間がギリギリになってしまった…すまない」
「謝らなくても大丈夫だよ。本当に待っていないのだから」
彼はとても申し訳なさそうに縮こまっているが、時間ピッタリに到着しただけで別に遅れてなどいないのだ。
きっと、もう少し余裕のある時間に到着し優雅に恋人を待つ己をシミュレーションしていたのだろう。
どんな時でも妹の事を第一に考えるその姿に彼の本質が現れているようで、思わず笑みがこぼれてしまう。
「寧ろ…そんな状態の咲希くんを放ってここまで来ていたら、僕は君の事を嫌いになっていたところさ。だから、本当に気にしないで欲しい」
「類…あぁ、ありがとう!」
司は一息つくと、手を差し出してきた。
一瞬躊躇してしまうが、もう空は暗くなっている。
加えて周りは誰も自分たちのことは見ておらず、イルミネーションに夢中だ。
喜んでその手を取り、その場を後にする。
「イルミネーションその物を目的にした事は無かったのだが…やはり綺麗だな」
「そうだね。フェニックスワンダーランドの装飾とはまた違ったものになっていて、とても興味深いよ」
落葉し淋しい雰囲気を纏った桜並木も、桜色のライトに彩られ一味違う美しさを魅せている。
冬の桜並木を抜けると、氷柱のように電飾が何本も吊るされている街灯が顔を出す。
桜並木は坂道だったため、ひと休憩しようと近くにあったあるベンチに座る。
「…そうだ、少し待ってくれ」
「なんだい?」
司はぽつりと呟くと、鞄を開く。
鞄をから取り出されたのは、鉄の筒だった。
「今日は冷え込むだろうから何か良い手は無いものか…と咲希に相談したら、これを貸してくれてな」
「水筒?」
「本来は登山用の保温水筒なんだそうだ。咲希は幼馴染とよく星空を見に行くからな。その際に重宝しているらしい」
きゅ、とゴムが擦れる音がし、蓋が外される。
そして、同じく鞄から取り出されたプラスチックのコップに中身が注がれていく。
「天馬司特製の…ココアだ!美味いぞ!」
「フフッ、ありがとう」
自信満々に手渡されたコップを両手に持つ。
暗くてよく見えない代わりに漂っている甘い香りを楽しんでいると、何か言いたげな視線が向けられていることに気づいた。
「せっかく作ってもらったのだから、しっかり味わわないとね?」
「あ、あぁ!…天馬司特製のココアは咲希に評判が良いから、何の心配もしていないがな!」
隠すつもりが有るのか、無いのか分からない反応に笑みがこぼれる。
改めてコップに視線を戻すと、ふぅ、と息を吹き口をつけた。
マイルドな口当たりでとても飲みやすく、カカオのまろやかな香りが広がる。これは確かに、何度でも飲みたくなってしまうかもしれない。
「僕が自分で淹れるココアとは比べ物にならない美味しさだよ」
「そうだろうそうだろう!沢山飲んでいいからな!」
安心したのか、司も自分の分を注ぎ口をつける。
一息つくと、機嫌良く「やはりオレのココアは最高だな!!」と声を上げ、イルミネーションを見に来ていたはずの通行人の視線を独り占めしていた。
自分の意図無く視線を集めてしまうのは少し避けたいが…司が集めていると思うと、心做しかその視線が心地良かった。
司も辺りも静かになり、学生二人が出歩くには少々危険な時間が近づく。
今日も練習があり、集合時間が遅くなってしまった為、あまり長い時間を過ごすことは出来なかった。
寂しいが何時までもここに居る訳には行かない。
そろそろお開きだと話を切り出そうとすると自分の名を呼ばれた。
「類が良ければ、なのだが。一緒に、年を越さないか」
「一緒に?」
「あぁ。咲希が幼馴染の家で年越しをするらしくてな、オレも…類と二人で年を越したいと思った」
年越し。
これまで大晦日や元日にやり取りをすることはあったが、年を越すその瞬間を誰かと共有したことは無かった。
二人で。
「なら、僕の家においでよ。ガレージなら、親もあまり干渉してこないから……」
「…いいのか?」
「うん、僕も…司くんと二人で年を越したい」
半ば、諦めていた面があったからだろう…これまで、年を越すというそのイベントに興味を持ったことは無かった。
思い返してみれば…司と出会ってから、これまで気に留めずに過ぎていったもの達に沢山色がついたように思う。
そして、また新たに司によって彩られようとしている。
「早く来ないかなぁ…」
「家に帰るまでがデートだ。今日はまだ終わっていないぞ!」
「フフッ…そうだね」
イルミネーションに負けない程に煌めいた笑顔が、僕を明るく照らし続けていた。