しないと帰れない部屋 この冬は積雪が多く、今夜も通勤で利用している鉄道が運転見合せとなり、駅構内で今後の運行について貼り出された紙の前に立ち尽くして溜め息をついている杉元をまた、家に連れて帰ってくることが出来た。不規則不揃いに落ちてくる雪片を見上げ、感謝する。
だからぁ、俺は恋人としかしないんだって。
部屋の中で半ば管を巻くような調子でそう云われても納得がいかず、首を傾げる。
説明になっていない。
だから恋人じゃないだろ。
自分と俺の顔を人差し指で交互に差して、恋人という単語だけ小声で杉元が訴える。それを聞きながら炬燵天板の端にあったペンと付箋を掴む。
言質取る気か?
そうじゃないが。
見えないように左手で囲いを作って書き込みながら、それで? と促す。
それでって、だから抜きっこをしただけじゃ恋人って言えねえだろ。
そうか。じゃあ、何をどこまですれば恋人になるんだ? キス以外で。
そういうんじゃなくて、気持ちだろ、その好きとか。
好きという単語の時にまた杉元が小声になる。ペン先でとんとんと付箋を叩いてそれを聞く。
初めて杉元を部屋に泊めた時、明け方に疑似セックスをした。素股をさせてやった。今夜みたいに雪が降って帰宅難民になった杉元を泊めてやった翌朝のことで、俺も人肌を識りたかった。それが忘れられなくて、先日の雪の日にまたあれがしたいと誘って断られ、今日また誘って、恋人じゃないから駄目だ、と云われ、お前のいう恋人って? と訊けば、キスをする仲、と宣うのでキスしようとすると両手首を掴んで引き剥がされ、今、この問答をしている。
キスをしたら、あの時のあれが出来るなら、キスさせろよ。
だって、お前、俺と、
恋人じゃないから? 解った、もう帰れ。
立ち上がって杉元の腕を掴んで立ち上がらせる。仔犬みたいに、えっ? えっ? という顔をした杉元に鞄を持たせ、玄関へと引っ張り連れていく。玄関ドア前まで行って足下を見て靴を履くよう促し、杉元が靴を履いている間を仕込みを済ませる。靴を履き終えドアノブに手を掛け、開けようとして鍵が掛かっていることに気付いて、サムターンが抜かれていることにも気付いて、駅構内みたいに貼り出されていた付箋の文字を読み上げて杉元が苦笑する。
『隣にいるお前のことを好いている人物とキスをしないと出られない部屋』
帰れるもんなら帰れ。
サムターンを見せつけながら告げると、俺が悪かった、帰れるけど帰らね、と云って杉元がやっとキスをしてくれた。