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    hisoku

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    hisoku

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    作る料理がだいたい煮物系の尾形と作る料理がだいたい焼くか炒めるか揚げる系な杉元の話の続きで二人が海へ行く話
    少し寂しさあります
    ようやくそれらしくなってきました

    #杉尾
    sugio
    #現パロ
    parodyingTheReality

    かがなべて 4 海へ行くことになった。俺があんなことを言ってしまったからだ。杉元の中にすっかり俺と海にいる光景が出来上がって焼き付いてしまったらしい。
     真夏の殺人的な暑さと混雑を避けたかったので七月前に行くことになり、今は愉しみと億劫さが常に胸の中にあるような状態だ。どうしてあんな言い回しをしてしまったのか薄々解ってはいるが、それにはもう少し蓋をしておきたい。蓋をしたまま、海について思い起こせるのはサンダルの中に熱された細かな砂が入り込んできてはそれを跳ねあげさせながら歩くあの独特の感覚で、海の砂は浜から離れてもどこまでもついてくる感じがする。海は杉元にとっては似合う場所だと思う。俺自身はもう長らく何年も行っていない。
     早めにとはいえ梅雨が明けていなくても晴れれば気温は三十度近くまで上がるだろうから、それなりに海らしさは感じられると思う。海開きも未だだから入ることはないだろうが、何を着て行こうか。いや、待てよ。海開きが未だということは海の家も未だ開いていないのか。ふいに飯のことが頭を掠めて天井を仰いで、それから床を見つめる。杉元がポップアップ式のテントを持っていくと云っていたが、買うのだろうか、持っていたのだろうか。その中でアイス一緒に食いてえな。杉元と行っても海は暑いのだろう。自分の持ち物についても考え、保冷バッグとビーチサンダルは新調することにした。あとは弁当をどうするかだ。



    なあ、尾形。

    ん。

    お前、海嫌いだろ。

    黙秘する。

     海へ来て、設営されたテントの入り口に腰掛けて一向に動こうとしない俺を見て杉元が笑い、苦笑し返して一瞥してから、テント外へ向かって投げ出しているビーチサンダルを履いた自分の足を踵を立てて見つめる。メッシュ素材の開口部から風も通り抜け、思っていたよりも涼しく過ごせていたが、何をどう愉しめばいいのか解らない。

    テント設営ご苦労さん。

    お前、暑さに弱そうだから早めに来たんだけど、まだそこまで暑くはないだろ? 

    暑くはないが、だからって朝の七時に出発するとは思わなかった。

    遅い方だろ。海って早起きしてくるところじゃねえの? んで、本格的に暑くなる正午前に帰る。

    そういうもんかね。なぁ杉元、溶けてしまう前にさっき買ったアイス食ってしまわないか。

    ああ、そうだな、食っちまおっか、日陰も出来たし。

     来る途中の浜の一番近くにあたるコンビニで調達して、クーラーバッグの中に入れて持ってきたアイスを取り出し、尻をずらして場所を詰めてやると隣に杉元が腰掛けてきて、それぞれが選んだアイスを手に取る。差し出された携帯ウエットティッシュにサンキュと笑って杉元が手を拭き、勢いよく紙パッケージを破っていく。ジャイアントコーンの赤が杉元で黄色が俺だ。店で氷系と散々悩んでこれにした。気温で上部のチョコレートが少しへたれてはいたが、構わず大口を開け、かぶり付いていく。滑らかなチョコとアイスの甘味の間に現れるアーモンドクランチの食感が旨い。少し溶け始めてきていて、いつもより早く心掛けて食べていく。

    尾形のそれはミックス?

    ミックスというか、ミルクアイスの中に層状にパリパリのチョコレートが入ってる。いつもより柔らかいが。

    へえ。俺それ食ったことないかも。買う時はいつも無条件に赤いやつ選んじゃうし。

    俺はそれも食うけどな。上のチョコとナッツのざくざくのところが旨いよな。

    うん、旨い。お前アイスとか食うんだなあ。

    普段、煮物しか食ってないと思ってるんだろ。こう見えてアイスも食うし、弁当だって作れるんだぜ。

    マジでっ? お弁当あるの?

    朝五時に起きて拵えた。

     早くもコーンに辿り着いてがじがじと食べ崩しながら杉元が訊いてきて、そう答えると、っしゃあ、と隣でアイスを持ってない手で拳を作ってガッツポーズを取ってみせる。

    そんな凄くないぞ。

    どこ? どこにあんの?

    クーラーバッグの中。

    さっきコンビニでお握り買わなくて良かったぁ。

    軽いブランチみたいなもんだな。

    ピクニックだな。

    間違ってはないな。

    中身何?

    もう食うのか?

    もう食いたい。

    まだ朝の九時前だぞ。

    食ってさ、早めに帰ろ。お前、つまんなさそうだし。

    つまらなくはねえよ。不得意なだけで。お前が相手じゃなきゃ断ってる。

     自分達の他は少し離れた場所に何名かサーファーがいる浜と海を見つめて答える。

    浜辺のテントの中で朝から食うアイスも旨いな。遮光が効いていて小さな洞窟の中にいるみたいだ。

     杉元の方を向いてそう伝えると、な、と返事が来る。

    なんかいっつも俺等、一緒にいる時は何かしら食ってるよな。

    そうだな。食わないと間が持たないかと思って、弁当を作ってきてしまった。

    俺もそんなどばどば喋る方じゃねえけどさ。

     杉元が喋りながら紙パッケージを剥ききって中から小さくなったコーンを取り出して口の中に放り込む。同じようなタイミングで自分も底に辿り着いて、解くように破いた紙パッケージを小さく丸める。いつもは固い底のチョコレートがとろり溶け出てきてやたらと甘く感じた。ふうっと杉元が満足そうに鼻で息をつく。

    でも喋んなくても、お前と同じ風景見ていられるだけでも嬉しいよ。

    こうして眺めているだけでいいのか。

    だけでもいい。あとは弁当食って、記念に砂山作って、トンネルだけ作ってから帰ろうぜ。

    やっぱりそれがやりたいんだな。

    やりたいな。肩貸してやるからさ、尾形、凭れてこいよ。腹が減ってくるまでちょっと目え閉じて休んどけ。バスも電車もあんま座れなかったし、眠たいのもあるんだろ? 五時起きで。

    ん。少しべたつくが風が気持ちいいな。

    な。

     素直に杉元に肩を借りて目を閉じる。風と波音の奥、犬の鳴き声が聴こえてきて地元の人が遅めの朝の散歩をしているのだろう。自分の鼓動音も妙に大きく聴こえるが、あとは静かだ。頼もしい肩と腕だと思う。しっかり受け止められて、纏っている服の下、皮膚の下の筋肉の存在を感じる。今日の杉元は濃紺のサファリシャツに淡いグレー色のハーフパンツ、黒いサンダルに焦げ茶色のキャップ帽を合わせていて、夏が具現化して歩いて息をしているみたいだと思った。杉元が首に掛けていたフェイスタオルの端を掴んで顔の汗をそっと拭ったと肩からの振動で伝わってきて解る。代謝も俺より良さそうだ。風が今は吹いていない。

    なぁ杉元、お前って夏生まれか?

     目を閉じたまま訊いてみる。

    いや、春。三月一日生まれ。お前は冬だろ。

    そう、冬。一月二十二日生まれ。よく解ったな。

    冬っぽい。肌も白いし。

    肌は焼けないな、全く。赤くなって、酷い時は腫れて少ししたら白く戻る。

    来年は誕生日祝わせてよ。

    うん。

    いい天気だなあ、いい海で、いい日だなあ。

     杉元が独り言のトーンでそう云い、目を閉じたまま同意する。また風も心地好い強さで吹いてきて、静かに目を開け、鈍く波の光る海と砂浜と空を見る。波打ち際の砂の黒々を見て、足を浸したら気持ち良さそうだと思った。サンダルに履き替え代わりにビニール袋に入っているスニーカーと靴下、それとまだ使っていない自分のフェイスタオルやウエットティッシュの存在を思い出し、少しくらいなら、足首までなら浸してみてもいいかと考え出す。今度は遠くで母親のことを呼ぶ子どもの声がして、それもまた家族と一緒に散歩に来たのだろうと思っていると身体を預けている杉元の肩がもぞもぞと動いて揺れ、何か飲んでいるのだと解った。水筒に入れて持ってきた麦茶だろうか。半醒半睡の身体にその揺れが心地好い。
     規則正しい波音を聴いているうちに本格的にうとうととしてきた頃、ぐおう、という音が低い音が聴こえた。杉元の腹の虫だった。あまりにも立派な音にくつくつと笑いながら覚醒する。

    わーらーうーな。

     態と貸している方の肩を嫌々するように前後に揺すって杉元が云い、目を開くと立派に膨らんでしまっている股間が視界に入った。

    お前は腹が減るとそこが勃つのか。

    違う、これは別の生理現象で空腹と同時になってるだけ。

    別のね。弁当にしようか。

    する。

    何分くらい肩を借りていた?

    三十分くらいかな。

    好い感じだった。

    そりゃ良かった。

     杉元が笑ってピースサインを作ってみせる。

    さっきも言ったが、沢山は作ってない。朝、食って出てきただろ。

     そう説明しながら、クーラーバッグの中から弁当を取り出してテントの中に敷かれているピクニックマットの上に並べて置いていく。

    食ってきたけど、もう減った。

    お前、代謝良さそうだもんなあ。

    滅茶苦茶いいな。

     男二人分の量が入る弁当箱を持っていなかったので、いつもの惣菜入れのタッパーに詰めてきていた。しらすと刻み葱を入れた少し甘い卵焼き。赤いウインナー。中に梅干しを入れたゆかりご飯のお握り。それと。

    焼きそばじゃん!

    焼きそば。今日は煮物はなし。

    海で焼きそばって最高じゃん!

    食ってから云え。

     割り箸と紙皿とウェットティッシュを手渡し、手を合わせる。いただきます、と元気よく杉元が口にしていの一番に焼きそばに箸を伸ばした。口角を上げて紙皿に装い、その顔で大口を開けて勢いよく啜り頬張る。相変わらず、見ていて気持ちのよい食べっぷりだ。

    旨っ。なんか味が、深いな、香ばしくって、どこか懐かしい感じもしていい。薄い短冊切りの人参とかキャベツとか野菜も沢山入ってて、豚肉も薄くて味が染み染みなところがいい。

    隠し味にとんかつソースを入れてる。

    へえ、ほんかふほぉふ!

     咀嚼しながら杉元がゆかりのお握りを掴み、麦茶を一口飲んで頬張り、また細かく頷いて、俺の顔を見て、テント入り口から海を見て、広げられた弁当を見て、もう一度俺の方を見る。忙しい男だ。

    梅干し最高。

    汗かくしな、塩分補給に入れた。

     杉元の報告に説明をしながら自分もお握りを食べる。保冷剤と共にクーラーバッグに入れて持ってきたせいでどれもこれも冷えきっているが、妙に旨く、口に運ぶ度、栄養を身体に入れているという感じがひしひしとした。卵焼きを一口食べて杉元が、ばあちゃん家の卵焼きって感じの味がする、と目を閉じて云い、そりゃばあちゃん直伝だから、と返した。軽めに、と言いつつも焼きそばは麺二玉分拵えてきて良かったと思った。どんどん杉元の胃の中へ消えていく。

    俺も今度からとんかつソース入れる。

    ちょびっとだけな。

    解った、ちょびっとだけ入れる。

     控えめに焼きそばを紙皿に盛り、豚バラと人参と麺を一緒に摘まんで口に運び入れ、自分も頷きながら食べる。冷たい焼きそばも旨いもんだ。気持ち濃いめの味付けにしてきたからだろうか。正解だった。

    ウインナーがタコさんじゃないところが尾形らしい。

     笑いながら杉元が云ってウインナーを一本口に運び、さすがに憚れた、と苦笑して返す。焼きそばの中のキャベツの芯に近い一切れが噛む度にぼりぼりと響き、こいつの火加減だけが今一つ解らん、と思いながら飲み込む。杉元もぼりぼり音を立てにこにこ顔で食っているあたり、こういうもんなのかねぇ、と思って見つめながらお握りを食べ、麦茶を飲む。甘い卵焼きも久し振りに作った。

    尾形。

     名を呼ばれてしっかり顔を上げて目を見る。

    弁当最高。旨い。有難うな。

    うん、旨いな。

     返事をして微笑み返す。焼きそばに青のりをかけてこなくて良かった。安心して杉元の前で破顔出来る。ゆかりはたぶん大丈夫だろう。やっぱり一緒に何か食っている時間が一番落ち着く。

    そうやってお前が喜んでくれると五時起きした甲斐がある。

     話しながら卵焼きを箸で摘まんで紙皿に載せ、半分に切り割って口に運ぶ。味が否が応でもノスタルジックな感情を連れてくる。子どもの頃に行った海でのことを思い出してそっと目を伏せ苦笑する。あの時は夏休みで海の家でラーメンを食った気がする。もうちょっとだけ静かにしていてくれと思い出に告げて、杉元の顔を見る。最後のゆかりのお握りに手を伸ばしたところだった。もう完食間近だ。

    俺、塩握りも好きだけど、これも好き。ゆかりとか梅干しって旨いよな、最近好きだって思うようになった。

     お握りを見つめて杉元が云い、解る、と相槌を打つ。

    青紫蘇も旨い。

    解る、旨い。茗荷とか青紫蘇とか旨い。夏に刻みまくって素麺とか溢れるくらい薬味入れるようになった。

    ははっ、爺だな。

    お前も入れるだろ。

    入れるな。

    夏は俺ん家で一緒に素麺食おうな。庭で。

    気の早い話だな。

     杉元と喋ると愉しい。それが飯のことばかりでも愉しい。自然と笑える。心が気持ち好く揺らされる。心の中の蓋が外れそうになって、箸を紙皿の上に置き、ご馳走さま、と手を合わせた。俺が開けていたいのはそこの穴じゃねえんだよ、と内心呟き、同じように手を合わせ、尾形、ご馳走さまでした、と告げる杉元に頷いてみせる。最後に麦茶を飲み、タッパー類を二人で片付けて、後ろ手をついて、またテント入り口から足を投げ出すように座る。今度は黙って杉元の肩を借りた。

    旨かった。尾形は今度は食い疲れたのか。

    いや、別に。ただ気に入ったから。

    あの、俺の股間の方は見ないでね?

    解った。目え閉じとくよ。

    あ、や、目は開けておいてくれた方がいいかも。

     云われて顔を上げ見上げる。

    開いてる方が勃たせないでいられる気がする。

    そうなのか?

     そう返事をして視線を杉元の目から外し砂浜の方を見る。

    あとは砂山、トンネルか。

    うん、腹落ち着いたら。

    道具はあるのか?

    無い。

    爪に砂が入りそうで嫌だな。

    お前、料理するから爪いつも短いだろ、知ってる。

    くそ。

    ちなみに俺も料理するから短い。

    残念、無念。

    そんなに砂遊び、嫌か。

    蓋がな。

    蓋?

    もういい、やっちまおうぜ。

     預けていた身体を起こして立ち上がり、テントの外へ出る。杉元にフェイスタオルと朝、部屋を出る前に借りて被ってきたバケットハットを手渡され、それぞれ首と頭に装着して波打ち際へ向かって歩いていく。両袖両裾を限界までたくし上げ、サンダルで踏みしめて土の湿り気を確認し、この辺か、と二人蹲んで砂山を作り始めた。途中、杉元が両手を使って俺の肘から指先までの長さを測り、その約二倍の大きさの山になるよう土を盛り出して理由を訊く。

    せっかくトンネル作るなら本気でやりたいじゃん。

    本気ねぇ。

     向かい合ってひたすら両手でかき集めた砂を跪いてお互いの顔が見えるくらいの高さの山になるまで盛っていき、横から穴を掘っても崩れ落ちないよう強度が出るよう、時々、波打ち際で濡らしてきた手で表面を何度も叩き、富士山よろしく、綺麗な円錐形の山を目指して仕上げていく。遮光の効いたテントの中では汗は殆どかいていなかったが、砂山を作り出してすぐに汗が首を伝いだした。陽射しは暑く、海水で濡れた砂はじゃらりとして、両手いっぱいに持ち上げるとそれなりに重さがあり、なかなかの重労働と感じた。杉元も無口になり砂と格闘している。なんでこんなことをすることになったんだっけと思い、心の中の蓋がまたずれて溜め息が漏れ、杉元の顔を見つめる。それを合図と思ったのか、そろそろトンネルいこっか、と杉元が云ってきて頷く。
     あの時、俺は小学生三年生で、ユウサクは一つ下の学年だと聞いていた。子どもだけでも会話が成り立つ年頃で、俺はばあちゃんに連れられて海に来て、ユウサクは母親と一緒に来たと云っていたが、その母親の姿を見た記憶がない。時間になったら迎えに来ます、とかそういうことだったのだろうか。思い出しながら窪めた右手で砂を掻き出していく。イボテイの意味はよく解らなかったが、ユウサクと自分の父親は一緒に暮らしていることは解っていて、その時も砂山を作りながら、父のことを訊いたりしていた。父はどんな人ですか。その質問にユウサクは、私もあまり一緒に遊んだことがありません、と答えた。大人達によって年に一度は必ずユウサクと俺は会って遊ぶように調整がされていて、何故かいつも夏休みの地方の浜辺でだった。左手をついて右肩を大きく動かし、じゃりじゃりと濡れた砂の感触を手のひら指の股の間いっぱいに感じながら右手で黙々と砂を山の外へ掻き出していく。父と遊んだことはありませんが、今、こうしてアニサマと一緒に遊べて嬉しいです、もう少しで繋がりますね。そう屈託ない顔でユウサクが云って、ふいに一方的に俺がトンネル作りを止めた。たぶん本当にあともう少しだった。開通寸前だった。それなのに手を引っ込め、海水パンツ姿ですっくと立ち上がるなり何も言わずに、レンタルしたビーチパラソルの下で待つばあちゃんのところへ戻った。ユウサクが黙って歩いてついてきたのを覚えている。あの時。

    あともうちょっとじゃない?

     杉元の呼び掛けで現実に引き戻されて砂山越しに姿を見る。角度も方向も合っているはずだ。砂山を作っている時間よりもずっと短時間で穴は掘り進み、自分達の脇には掘り出した砂で小さな砂山が出来、右手を動かし続ける。くたり、とそれまではあった指先の砂の固さが抜け、あ、と思った瞬間、生暖かい砂まみれの杉元の指に触れた。あっ、と杉元の明るい声がする。手を掴み合い、しっかり繋いで、顔を見ようと背中を伸ばす。握手の形で繋いだ手を力強く握り、杉元が嬉しそうな顔をしているのが見え、それから一度力を緩めると、ぎゅっと手首を掴むよう腕を伸ばし、ちょっと、わっ、という声を無視して、力いっぱい杉元を引き寄せた。砂山の山頂を少し崩して近付いてきた杉元に顔を寄せ、開通おめでとう、と云ってから軽く唇を重ねる。あああーっ、と悲鳴に近い声を杉元が上げた。

    俺がっ、俺から先にしようと思ってたのに。

     崩れた山頂を挟んで悔しそうに杉元が云い、思わず笑ってしまう。

    十九年越しに開通した。

    開通ってなんか言い方えろい。てか、なんなんだよ、十九年後しって。

    内緒。男同士で手ぇ繋ぐのって勇気要るんだよ。

    知ってる。

    口の、正式なやつはお前から。

    する、してやる、待ってろよ。

    うん。もうこれで俺は、俺の方は、全部取っ払えたよ、杉元。

    うん、そっか。なぁ、手のひらの方握って。

    少し似ているな。

    俺? 誰と?

     あれっきり海では会わなくなった死んだ異母弟と、なんて言えるはずがなくまた、内緒、と誤魔化して繰り返す。あの時もこんなふうにしてやれば良かった。向けられた好意から目を逸らさず応える勇気。

    帰ったらカレー食おうぜ。

    カレー! いいな、帰ろうか。

     晩飯の約束を取り付け、手を繋いだまま立ち上がって砂山は崩れ、二人で波打ち際へ行き、手足を浸して砂を洗い落とし、後ろに砂を蹴り上げながらテントへと戻った。
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    hisoku

    DOODLE作る料理がだいたい煮物系の尾形の話です。まだまだ序盤です。
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