「はい、どーぞ」
テーブルの上にはずらりと並んだ料理たち。オムライス、パスタ、ドリアなど主菜になるものからサラダやグラタン、ポテトなどの副菜系なんかも他に数種類。極めつけはショートケーキやリンゴのパイ、俺の好きなチョコのケーキまで並んでいる。
これらすべてを作ったのは一緒に住んでいる恋人の浮奇。珍しく午前中から起きたと思ったら朝食もそれなりにせっせと料理を作り始めた。何事かとキッチンに立つ浮奇を後ろから覗いてみれば「ランチには間に合うだろうからリビングで待っててね」となにやらいつも以上に集中していた。せっかくだし邪魔しちゃ悪いかと思い、大人しくリビングのソファでゆっくり本でも読もうと腰掛けたのが数時間前。あっという間に時間は過ぎていたらしく時計の針はてっぺんを越え短針が1を指しているところだった。手に持っていた本から視線を上げ、腰を上げようとしたところで食欲を刺激する匂いが漂っていたことに気がついた。だいぶ読書に集中してしまっていたらしい。ソファから立ち上がりキッチンを覗きに行こうとしたところでパタパタとスリッパの音が近づいてきた。
「ふーふーちゃん!出来たから運ぶの手伝って~」
少しだけ間延びした声が耳に届きそのままキッチンへと向かった。
「またすごい数だな……。食べきれるか?」
すべてを運び終えた頃にはテーブルの端から端までが浮奇の手作りの料理たちで埋め尽くされていた。
「まあ無理に食べきらなくても保存がきくし、大丈夫でしょ」
そう言ってたくさんの料理を作り終えた浮奇はふぅ、と一息つくように席へ着いた。
「また何で急にこんなに作ろうと思ったんだ?」
率直な疑問を投げかければ浮奇は目を丸くした。
「なんでって……。週末はthanksgivingdayでしょ?仕事なんてしなくてもいいけどお互い配信する予定だし。休みが合った今日のうちにお祝い、とまではいかないけどたくさんごちそうを作りたいなって」
浮奇にそう言われ壁に掛けてあるカレンダーに目をやれば確かにもうそんな時期だったらしい。
「もうそんな時期なのか。1年があっという間だな」
「ね、時の流れって早いよね。おれたちがデビューしてからなんて特にあっという間に感じたよ」
少し感慨深そうに遠くを見つめる浮奇に俺までつられてデビューしてからの日々を少し懐かしく思った。
「それより!冷めないうちに食べよう?」
ぱん、と手のひらを合わせ浮奇はリビングに音を響かせた。
「そうだな。じゃあ、いただきます」
召し上がれ~と浮奇はニコニコしながら俺が料理を口に運ぶのを眺めていた。
「浮奇は食べないのか?」
見られていてはソワソワするんだが、と付け加えればふーふーちゃんが食べるのゆっくり見てからおれも食べるよ、と返されそうか、としか言えなかった。
「それにしても短時間でよくこの量を作ったな」
一皿ずつ手を進めていくも空の皿がなかなか増えず、本当に食べきれるのか心配になってきた。浮奇の手料理を残すなんて事は絶対にしたくないが。
「おれがエスパーだってこと忘れてない?一度に違う過程をこなすなんて朝飯前だよ。さすがにちょっと張り切りすぎちゃったかな~とは思うけど」
hehe、と笑いながら溢す浮奇はさながらいたずらっ子の顔をしていた。
「肝心の七面鳥はないんだな?」
「だってふーふーちゃん好きじゃないって言ってたから。いくら感謝祭だからって無理に食べさせるようなことはしないよ」
豆腐とかで代用も出来たりはするけどね、と用意はしたかったのか他の方法を提案され思わず笑ってしまった。
「すまないな、浮奇。いろいろ調べてみてくれていたみたいだったのに」
「いいんだ別に。ふーふーちゃんのメインディッシュはおれだもんね」
窓の外のまあるい太陽とは似つかわしくない月のような声のトーンで話すもんだからあぁ、いつもの浮奇だなと先ほどよりも口角が上がってしまった。
「あぁ、もちろんだとも。今日の夜にでもいただくとするかな」
「べいびぃ、すぐには食べてくれないの?」
浮奇が小首をかしげ上目遣いで俺の事を見てくるもんだからかわいくって仕方ない。
「Noせっかくデザートもこんなに並んでいるのにそれらを完食して、腹ごなしをしてから最後の最後にいただくよ」
浮奇は俺がすぐに手を出してくれると思っていたみたいで不満げに「~ッ!」といつもの声を漏らした。
あんまり煽らないでくれ。俺は浮奇が作った料理も楽しみたいんだ。
そんなことも露知らず浮奇は甘えるように「ねぇふーふーちゃん……」だったり「だめなの……?」と少し上気した瞳で見つめてくるもんだから我慢するのが大変だ。
「俺は浮奇を心ゆくまで堪能したいから今はまだ食べないさ」
夜まで我慢な、と残りの料理を口へ運んだ。
ふーふーちゃんがそう言うなら……、とやっと折れてくれた浮奇に安堵し、お互い食べる手を進めた。
ゆっくり、デザートの最後の一皿まで楽しんだらさすがに浮奇も俺も腹が膨れ一息つこうとソファに並んで腰掛けた。
「ふーふーちゃん、美味しかった?」
「美味しかったとも。浮奇の手料理をこうやって食べられるなんて俺は幸せだ」
俺の肩に頭を預けた浮奇は「ふふ、大げさだよ」と微笑みそのまま寝息を立て始めた。
先ほどまで自分の事を食べて欲しいと強請っていた恋人が今は隣で満足そうに眠っているこの光景はきっと俺だけの特権だろうな。
そう思いながら恋人の体温を感じ午後の穏やかな光の中で瞼を閉じた。
その後、夕方に目を覚まし浮奇をしっかり堪能したことは言うまでもない。