可愛いあの子はガチゲーマーK・Oの表示と共に、イデアの操作キャラクターが場外に吹っ飛ばされる。
「…っしゃ勝った、対ありで〜す」
にひひ、と人相の悪い笑顔と、オマケに両手のピースサイン。
監督生が操作していたキャラクターが喝采を浴び、リザルト画面が表示される。
「あー、クソ。……やるじゃん。」
コントローラーを片手にガシガシと乱暴に頭を搔くと、イデアの指の動きに合わせて、青い炎が苛立たしげに揺らめいた。
行儀悪く舌打ちを落とすイデアを気にすること無く、監督生はニコニコと上機嫌でクローバー印のマドレーヌを口に放り込む。
「あざーふ。」
彼女は勝利のご馳走を口にもごもご喋りながら、ポケットからスマホを取り出す。
何回かスマホを操作した後、彼女は突然、慌ててマドレーヌを飲み込んだ。
「…グリムの補習終わったって、連絡きました。」
「…え、グリム氏から?」
「まさか…一緒に補習受けてたデュースからです。」
彼女は立ち上がると、座り込んでいたせいでシワのついたスカートをパンパンと軽くはたき、ググッと背伸びをする。
「(…あ、パンツ見えそう。)」
骨髄反射で首を傾けたイデアの努力も虚しく、彼女はサッとその場にしゃがみこむ。
バレたか?と思わず首を引っ込めたイデアだったが、彼女は鼻歌を歌いながら2人で散らかした駄菓子の包みやら、紙くずを拾い上げ、マドレーヌが入っていたペーパーバックに詰め込むと自分のカバンに押し込む。
「あ、…別にいいのに。」
「いえいえゲームも部屋も提供して頂いてるんですから、これくらい当然ですよ。」
監督生は、「それに、」と言って、肩越しにイデアに微笑む。
「…勝ちまで譲って貰いましたし?」
「…うっざ、」
じとりとした視線に怯むこと無く、監督生は笑って立ち上がった。
「あははっ………でもホント、いつもすいませんイデア先輩。」
彼女が言う"いつも"と言うのは、ゲーマーだという彼女のゲーム欲がどうにも止まらなくなった時や、今日の様に彼女のツレ全員の予定が、何かしら埋まっている時だ。
そんな時彼女は、酷く気軽に「今日、ゲームしません?」とだけ、イデアにメッセージを送って来る。
彼が了承すれば、彼女は何かしらの手土産と共にイデアの部屋にやって来るのだ。
「いいって、…どうせ暇だし。それに、…。」
「それに?」
ジャケットを肩にかけた彼女が、不意に振り返る。
彼女の動きに併せて揺れる髪と、一緒に鼻を掠める…女子の匂い。
「(君と一緒にゲームするの、楽しいし。)」
ふいっと顔を背け、手近にあった本を拾い上げると顔の前に翳して読むフリをする。
「…いや、そのキャラ使ってるのウチの寮生には少ないし、上手いプレイヤーとの対戦はフツーにありがたいから。」
本で隠した横顔に、監督生は「そーですか、」とだけ返し、ローファーを履き直した。
「じゃあ、遠慮なくまたお邪魔しますね…あ、残ったマドレーヌはお夜食にでもどうぞ。」
「あざっす。」
「お邪魔しましたー」
ガチャ、とドアが開かれ、閉じられる。
ドアが閉じ切る刹那、オルトが監督生に話し掛けるのが見えた。
パタン。
「…。」
顔の前に翳していた本を、そっと閉じる。
2人の話し声が聞こえなくなった事を確認して、はぁ〜っ…と深い溜息を零し、のそのそと定位置であるゲーミングチェアに腰掛けた。
「ったく、あのメスガキ…。……童貞のボクちんをからかわないでクレメンス〜。」
慣れた手つきでPCを起動し、お気に入りサイトの巡回を始めた。
「…こちとら、ほんのちょっと優しくされただけでも、勘違いしちゃうデリケートな生き物なんですぞ〜?…監督生氏、男子校に居る自覚ホントにあるんでござるか〜?」
ブツブツと呟きながら、親指の爪を噛む。
「つ〜かあれだな?健全な男子高校生の部屋にホイホイ上がり込んでくるかっ、つ〜の普通?なぁ?…はァ、マジこんなん同人誌だったら、ボロボロのぐちょぐちょに犯されても文句言えんですぞ?」
カチカチ、マウスを操作しながらも呪詛は止まらない。
「…大体、監督生氏は…。」
「監督生さんがどうかした?」
「オッ、…う、わぁあっ」
ギシッ、と大きくゲーミングチェアを軋ませて、イデアが仰け反る。
ぱちぱち、と目を瞬かせたオルトが、ひと息置いて満面の笑みをイデアに向ける。
「ただいまっ、兄さん」
「おっ…、おかえり…オルト。」
ゆっくり椅子に座り直し、オルトに向き直る。
「…い、いつから聞いてた?」
「えっとねぇ、…"ボロボロのぐちょぐちょに「ごめん、もういい。」
弟の口から再生された自分の声に、ぶわわっ、と鳥肌が立った。
咄嗟にオルトの口元を手で覆い、はぁ〜っ…と本日二度目の重い溜息。
「ねぇ、監督生さんがどうかしたの?まだ追いかけられる距離にいるけど?」
「いい、いい追いかけくていい…兄ちゃんの独り言だからッ、気にしないで……オルト、さっきのオーディオデータ削除対象期間は、オルトがこの部屋に入ってから、今この瞬間まで…」
『…―承認、オーディオデータの削除を行います。…3、2、…、…、削除完了。』
「ふぃ〜…、ひと安心。」
「…。あ、そうだ兄さん。」
「なに?」
「そう言えばさっき、監督生さんに伝言を頼まれたんだ」
「……監督生氏に?」
「うん…えっとね、僕には意味がよく分からなかったんだけど…。」
そう前置きして、オルトは可愛く首を傾げてみせる。
「"イデア先輩、本、逆さまだぜ…。"だって。」
「うっ、ぐ」
めらり、と青い炎が揺らめき立ち、毛先がじわりとピンクに色付く。
『…―異常の感知。心拍数の急上昇、体温の上昇を感知。』
「…オ、オルトやめて…、兄ちゃんもう限界だから…。」
キーボードに突っ伏し、力無く呻く。
余りに情けない自分の姿に、脳内監督生が「ざーこ、ざーこwwあははっ」っとこちらを指さす。
「…くっそ、あのメスガキ…、クソビッチ…。」
ガンガンとテーブルを叩き、声にならない恨みを唸り声に乗せて蹲る。
「ど、どうしたの兄さん?大丈夫?…兄さんは、監督生さんのことキライなの?」
あからさまに様子のおかしいイデアの背中を、オルトが心配そうにさする。
「………。…そんなこと、聞かないでよオルト。」
(嫌いになれたら、こんなに苦労してない。)
はぁ〜…、本日3回目のため息と共に、イデアは恨めしげにPC画面を睨み付ける。
「発注完了しました、到着をお待ちください」の画面には、監督生が気になると言っていた新作ゲームソフトの購入済画面が映っている。
「…ほんと、ダルい。馬鹿みたいだ。」
誰にでもなくボヤくと、イデアはPC画面を乱暴にオフにした。