Integrator(後日譚)サンプル■おおむね終始こんな感じ。
丘の上にもクローバーが広がっていた。誰かが踏み入ったような形跡はなく、放っておいたら勝手に伸びていたといった体でほとんど草むらに近い状態だ。エルフに誘導されるまま、緑の葉を押し分け進んでいく。
頂上らしき地点でふとエルフは止まり、前方を指さす。
「思った通りだ。やっぱりここからならよく見える」
指の先には見慣れた建物。何とか廃材をかき集めてきて建てた家屋。人間用の食糧生産プラント、間に合わせの大型発電機に車輪の外れたトレーラー。自分の足元と同じようにその一帯には緑が広がっている。
「なんだ、帰ってきたのか」
朝方出発してきたばかりだというのにもう戻ってきてしまったのか。呆れてエルフの方を見ると病み上がりのエックスさまには無理させられないとはぐらかされる。今はむしろ修理を終えたばかりで一番調子がいい状態だと言ってもいい。
「他に帰る場所なんてボク達にはないだろう? それに、今のところボクにとってのアルカディアはあそこなんだ。ゼロがいて、シエルもいて、そしてキミもいてくれて、これ以上の地は他にないよ。……ボクはね、ヒトとレプリロイドが共に暮らせる場所にしたかった。誰もイレギュラーとして処分されなくていい、そういう理想郷であってほしかった。戦わなくてもボク達は十分にやっていけるはずだから」
「お前は本当に足元を見ない奴だな」
「キミは全然前を向かないんだね。……でも、ボクはキミにはなれない。昔々のネオ・アルカディアは、キミがいた頃より楽園はずっとずっと遠かった。まあ、悩むことがボクの取り柄であるせいもあるんだけどね。ボクがエックス様になるには、正義を成すための力が足りなかった。正義ばかりじゃ何も救えないことをキミは教えてくれた。けれどね、今の世界を見ているとそもそもそんなもの必要ないような気もするんだよ。これからはそんなものじゃなくて、もっと平和的な何か……例えば両手にいっぱいの花束なんかをさ。そういう世界であってほしいんだ。キミならできるだろう? だってエックスさまだもの」
「それは少し買い被りすぎてやしないかい。ボクだって判断を誤ることくらいあるよ。……ボクが正しく裁くにはお前が要る。これからも要る。今までずっとボクはお前のために生かされてきた。エックスの名を消さないために、だ」
そこで言葉を切り、改めて向き直った。穏やかに風が吹いている。手を伸ばせばきっと届く。その距離でいい。近過ぎれば見えるものも見えなくなる。だから言葉で伝えるのだ。
いつか彼の名を貰い受けた時のように、エルフはただ静かに待っていた。冬明けの青い空が、傾きかけていく陽光が、一秒よりも狭い間隔で変わっていく。
「だから、オリジナル。……お前はこのボクのために生きろ」
返事など聞かなくても最初から決まっている。エックスの残していった青の形は今ここにしかない。それをどうして否定できるだろうか? 思った通り彼は笑って承服する。