星に願いをここで終わりにするつもりだった。
終電間近の夜更けでさえぼくが電話すれば東京からひとっとびでここまで会いに来てくれる。それがぼくはとても悲しい。与えないで構わないで返せるものなどないのだから。振り向かないで言葉をかけないでその優しさにすがってしまうから。いっそ泣いてしまえれば思う気持ちを示せたのだろう、ぼくにはそんなことすらできない。きみが生きているだけでいいんだ、ぼくのことなんかさっぱり忘れてしまって幸せに暮らしていれば十分なんだ。声は震えて絵空事ばかりを吐き出す。そんなことを言いたいんじゃないのに。もういっそこの場で見捨ててくれればいいのに。わがままひとつに振り回されて始発で帰るような、そんなわるい子にならなくていいのに。ぼくなんか放っておいたって死にやしないよ、きみが生きている限り。だからどうか。
ありがとう来てくれてうれしい、少しでもいいから会いたかった。心にもなく笑ってしまう。亮は溜息をついてこう言った。本当に死ぬかと思ったんだぞ。安堵のせいか疲れと呆れが半分ずつ混じっていた。立ち上がろうともしないぼくの腕を掴んでどこかへ引っ張っていこうとする。多分ぼくの家だろう。たしか今日は母親がいないからうるさいことを言われずに済む。部屋に戻ったらなにをしようか、ふたりでよく知らない適当な映画とかでも見て日々の些末な話をして、それからそれから。うわついたパーティークラッカーじみた空っぽの楽しいことだけをしてままごとみたいな時間を過ごす。それ以上なんて何もできない。近づきすぎてしまえば本当にぼくはだめになってしまう。ただの人間で、それもいわゆる世間からはみ出し切っているような立場で、何一つ言えやしない。どうかどうか突き放してよ二度と浮かんでこないように。エルディ・ルーから引き上げてくれた時みたいにぼくが必要だなんて言わないでよ期待を粉々に打ち砕くために。
それでもきみは会いに来る、すべてを棄て、すべてを乗り越え、すべてを踏み躙りまた嬉々として。どうして悲しいのか解らないくらい苦しい気持ちでいっぱいだった。きみが与えてくれるものすべてはぼくから涙も呼吸も奪っていく。ぼくの名前を呼ばないで、呼ぶなら薔薇纏う誘惑の恋人の名前だけにして。彼でいる時はきみの隣に立つにたる力を持っているから。そうでなくてもきみにはえり好みできるほど周りに人がいるでしょう? ねえ、本当に。後生だから。お願いだから。ここでほうり出して帰ってくれないかなあ。きっときみに触れてしまうよ。そしたらぼくはきみが手の届く近さにいることを知ってしまうよ。湛えていた気持ちすべてを吐いてしまうよ。ぼくはへしゃげてしまっても構わないから、きみを潰してしまう前に逃げてよ。
ぼくのポケットからはいつの間にか鍵が抜き取られていた。自分の家みたいに鍵を開けてぼくを先に中に放り込む。踏み入れないで。近づかないで。そのままドアを閉めて引き返して。もし、万が一、まさかとは思うけれど、ありえない仮の話で隕石に頭をぶつけて死ぬよりもっと低い確率の可能性で、そうじゃないことが起きたとしたら。
「見捨てるわけないだろ。あんた考えすぎ」
閉じたドアの内側に亮が立っている。世界で一番幸福だから、やっぱり今すぐ死んでしまいたい。
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タイトルはCocco「星に願いを」より
本文の一部は高村高太郎「人に」からお借りしています
数年振りに書いたけど相変わらず自己肯定感少なめ