リーンカーネーション(再終/量子は語り、モナドは歌う)心の片隅で憎悪を滾らせておくための理由をいつも探していたのだろう。どちらで考えるにせよもう一方がその所業を想起させる。
あれを心の底と仮定するなら、その言葉を鵜呑みにするのなら、何か考えるべきではない。
どれを選んでも正解だというだろう。だが、そもそも選択肢が全て誤りなのだ。
地上にいる。誰も死なずに済んでいる。それで十分ではないかと思う。
なんだ。気付いてしまえばもう考える必要はない。
何も信じちゃいない。多分何も変わらない。
「お前はここにいるんだ。どうしようもなく、単なる事実として、さ。それが答えだ」
「……それが答えなんだ」
「要するに」
人間は立ち上がって所在なく部屋の中を歩き回る。
「他のタイムラインのぼくがうらやましいのと同時に、こちらに干渉されたくないんだ。きっと。このぼくは一人でしか生きられなくて、フリスクであるぼくは一人では生きられない。どっちがいいとかじゃないんだ。考え方が違うだけ」
珍しく今考えながら話しているようで、普段よりいっそう輪をかけて抽象度の高い意見を述べた。言語としての意味は解るが、何を意味するのか理解しにくい。人間は窓枠の木を指でなぞる。
「今はむしろ何も見たくないのかも。避けられるものは全部避けて、自分の想像だけを信じてる。口には出さずに、思うだけ。声を放ってしまったら誰かに届いてしまうから」
「……わがままだな」
「そう。そうなんだよ。一度でも見てしまえば同じことが起きてほしいと、このぼくがそう思ってしまう。主観的な同体験を得たいと、つまりこのぼくの記憶の一部を消し飛ばしてでもきみたちの所へ行きたいと願ってしまう。そんな資格はもうないのに。例えばきみと本当に友達だったかもしれない可能性を探すためにやっと切り離したこのタイムラインにもう一度手を入れてしまいたくなる。そんなことを考えることすら嫌でわざわざ触れ得ぬものにしておいた、次に開く時にこのぼくにとっては呪いであるように」
「本当はどっちなんだ?」
「どっちだっていいよ。その結果が絶対の事実なら、なんでも」
「なら質問を変えるか。アンタはどっちが『いい』んだ?」
「フリスクとしてなら『みんなのともだち』」
「違う。そうじゃない。なあ、そろそろオレだって友達ごっこをやるには飽きてきたんだぜ。ぐちゃぐちゃ考える前にせめてその手を離せよ。具合が悪い時ってのは気まで弱くなるもんさ。だからそうへこむなって、生きてりゃいいことあるかもしれないだろ?」
舌に激しい苦味が回る。眼の前のそれは敵なのだ、生かしてはおけない全ての邪悪であるのだと心の底から憤怒が湧いてくる。紛れもなく自分自身の感情として出てくるものであるから厄介だ。なかったことにされなかった事実だけを並べた現在に続くタイムラインでは必要のないものであるのに、リセットする権限をそいつが持つ間いつまでも棘は抜けない。
最悪なのはリセットしないという意志だけでは権利を行使しない証明にならないと、人間自身がそう考えていることだ。現実には起き得ない極小の可能性さえ等しく事象の一つとして扱う。人間はそれをあたかも自らへの報いとして背負っている。その限りオレ達とフリスクはいつまで経っても敵同士のままだ。
「そうだといいね。きみの友達のフリスクには少しだけ幸福を足しておくよ」
「それじゃあ、お前は誰かとどうこうなる……っていうのは、オマエにとって無しなのか?」
「それは数多ある解の一つではあるけれど、今ここにいるきみが真に望む事象じゃないでしょう? ぼくは同情の余地もない最悪な人間であることを踏まえた上できみがその提案をできるほど寛容じゃないことぐらいぼくも知っているよ」
「本当に否定するのは簡単だな。オマエが何か言う度に全部台無しになる。マジな話、アンタのことちょっぴりだけ信じてもいいかなって思い始めたところなんだぜ。自分でも信じられないけどな。だってさ、あれだけ地下を滅茶苦茶にして殺したり殺されたり死んだり死なせたりしてさ、アンタちっとも響かないどころかずっと好き勝手にやってきてオレ達のことなんか顧みもしなかった。正直飽きて二度と戻ってこないと思ってた。もう一度滅茶苦茶にされるぐらいなら、そのほうがまだ良かった。けどな、アンタはその邪悪な心のまま正しい行いをして地上に出て、現時点まで二度と穴には落ちなかった。『決して友達ではなかった』という話を他の俺にしない約束を、友情の証にずっと守っていた。アンタを評価するとしたらその二つしかないけどさ……それでも実績は実績だ」