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    g_arowana2

    @g_arowana2

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    主にハート

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    g_arowana2

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    グランドライン自由だな! というわけで並行世界線同士の邂逅ものです。
    🐧さんが生きてたり死んでたりします。

    #ハートの海賊団
    piratesOfTheHeart

     深く、深く。海が黄昏れるまで。
     
     光遮る分厚い海水の蓋の下、ペンギンは体を前へと撃ち出す足を止める。水塊に伸し掛かられた生身には、上も下も意味がない。あらゆるものとの関係は距離と角度で決まっていて、こうして体が浮かぶに任せて初めて「ああ、あちらが『上』だな」と実感する。
     海面からこれだけ遠ざかった暗がりの温度は、どんな海でも似たようなものだ。氷水よりは優しい肌合いを確かめながら、ペンギンは海中の出来事に耳を澄ます。低く暖かく、管楽器のようなクジラの鳴き声。それに合わせるように、ポーラータングのスクリューが歌い出すのを、彼の耳は確かに捕まえる。さて、とペンギンは気合を入れ直した。
     ここまで潜ること自体はペンギンにとって苦ではないが、普段は単純に用がない。ポーラータングの周りで遊撃手をやるにせよ敵船は海面に貼り付いているのだし、そもそも突入は海上からだ。
     用がない、ということは実践する機会もないわけで、キャプテンの不在で改めて自分の役割を確認していたペンギンは、ふと自分の海戦能力はともかく潜水技能が錆びついていないかと不安になった。なんの役に立つのかは分からないが、それを言ったら何が起きるか見当もつかないのがこの海だ。ましてや、ペンギンたちのキャプテンが船を空けているとあっては。
     ちょっと一回、思いっきり深いとこから船追っかけて帰投しときたいんだけど、というペンギンの希望は叶えられ、彼はこうして海の深くにやってきている。普段ならシャチが「じゃぁおれも」と付いてくるところだが、キャプテン不在時に一緒に船を空けることを、二人は申し合わせたことは一度もないのに避けていた。人生がいつ終わるにしたって二人一緒がいいよなぁ、という間柄ではあるのだが、その希望が通るのは船の竜骨がどこぞをほっつき歩いていないときだけだ。

     音を頼りに水を蹴ろうとして、ペンギンは、自分でも理由のわからないまま動きを止めた。
     既に船は動き出している。離されすぎたら面倒ごとになる。それがわかっていてなお、彼はいま覚えた違和感を放っておけなかった。
     耳をすます。視界の効かない周囲を見渡す。何も見つけられずに、ポーラータングの進もうとしている方向に手をかざす。もちろん、その手に触れるものは水だけだったが、ペンギンは鼻先に寄せたシワを一層深くした。
     陸より素早く伝わる音、弱々しい光、魚の気配。そのどれが特段おかしかったわけでもないし、彼を包むのは故郷を思い出させる容赦のない温度の冷水だ。理由は全くわからない。
     なんか、あっちの海が「ぬるくて」気持ち悪い、と思ったのだ。

       ◇

    「……それがどーしても我慢できなかったんです。ベポの予報じゃ進路方向で嵐にかち合うから、その前に潜航することになってたんですけど、『止めようよそっち行くの』って」
     潜るのではなく迂回できないか、とびしょ濡れのツナギを絞りもせずに肩を掴んできたペンギンに、ベポは大いに困惑したのだが、海中を肌で知る幼なじみの勘を結局彼は信じてくれた。シャチはもちろんのこと、水中戦でペンギンたちと息を合わせる操舵手のハクガンも基本的に彼らの味方だ。船を動かす要のメンツがテコでも動かないとなって、反対していたクルーも結局折れた。
     だからペンギンは、ペンギンの知るポーラータングは、その航路を通っていない。
    「正解だったな」
     沈黙を破ったのはローの声だった。
     ポーラータングのデッキの上、揃い踏みしてぐるりとペンギンを遠巻きにする青ざめたハートの面々を背にして、彼はただ一人落ち着き払っている。少なくとも、そう見える。
    「こっちはその先でバカでけぇ水中波に巻き込まれてる。船体やられて足回りが死んだところに海王類と鉢合わせだ。負傷者十三名、死者一名」
     診断結果を告げるような説明が一度止まった。相手の理解を確認する、馴染みの間のとり方に頷いて見せると、小さく息がつかれた。
    「海中で迎え撃ったペンギン、お前だ」

     あー……とペンギンは相づち未満の声を垂れ流す。
     分かりきった話の答え合わせではあったのだ。この世界、……ペンギンが迷いこんだこの世界の、ペンギンたちとは違う選択をしたというハートの船には、ペンギンの姿だけが見当たらなかったのだから。
    「行方不明、じゃなく?」
    「引き上げられて三日は息があったらしい。おれがいりゃ助かってたな」
    「ま、いなかったもんはしゃーないっすね」
     ペンギンとしては心からの感想だった。一人で旅立つより確かに悲願に指をかける方法があるのなら、ローは当然そうしていた。そのときローが船を空けていたのは必然で、結果として何が起きようと「しょうがなかった」以上でも以下でもない。
     だからペンギンはあっさり頷いて、そしてデッキの沈黙に遅れて気づく。しばし目を泳がせたのち、す、と微妙な空気を押し留めるように片手をかざした。
    「……待って、無し。今の無しで」

     勢いで生きているきらいのあるペンギンは、案外こういうヘマをポロポロとやらかす。「案外」で済んでいるのはひとえに幼なじみのフォローの賜物だ。その頼みのシャチは「自分の知る相棒とは別のペンギン」というグランドラインの怪現象に呆然としていて、これを頼りにするのはさすがのペンギンも気が引ける。入れ墨を覗かせる腕が震えながら持ち上がり、ペンギンを指さした。
    「きゃぷてん、……キャプテン。こいつ、ペンギンだ。……ペンギンだよ……?」
    「だからそう言ってんじゃんお前にその面されんのは正直キツイよおれ」
     思わずいつもの調子で叫んでしまったペンギンの前で、シャチの人差し指がクシャリと萎れた。
     なんで死んじゃったの、おまえ。

     そりゃおれじゃねぇよ、とはペンギンにだって言えなかった。
     
       ◇

     船長室の入り口で足取りを鈍らせたペンギンに、構わず椅子に腰掛けながらローは顎をしゃくった。
    「どうした」
    「……いや、こんな怪しいのと二人きりになるのがあんたらしくないっつーか、そのクソ度胸があんたらしいっつーか」
    「てめぇの側からすりゃ、周りが寄って集って自分を騙してると思うとこじゃねぇのか」
     そりゃそうだ、と肩をすくめて、ペンギンは見慣れた椅子の背を引いた。室内のレイアウトはペンギンの知るものとほぼ同じだ。酒瓶の置き場所に至るまで。
    「呑みながらする話ですかね?」
    「シラフでする話かこれが」
     否定の言葉が思いつかず、ペンギンは入れ墨の指が酒の封を切るのを見守った。二つのグラスに酒を注いで、ローは皮肉げに口元をつり上げる。
    「知ってるか? 『異境に迷い込む』って伝承はどの海にもあるんだよ。不思議な話、レッドラインを越えられなかった昔からな。しかも示し合わせたみてぇに共通してることがある」
    「……あ、ロクでもない話ですね?」
    「『異境のものを飲み食いしたヤツは帰り損ねる』」

     ペンギンは、返事の前に船長室を見回した。
     几帳面なようで案外大雑把な、いや、ある意味几帳面である意味大雑把なローのデスクが片付いていたことがない。だが、いまペンギンの目にうつる部屋は記憶よりもなおとっ散らかっている。まるで、この部屋を片付けていた男の不在を示すように。
     雑然としたデスクから、ペンギンはグラスを取り上げた。
    「それ、おれが絶食チャレンジしなきゃいけないヤツじゃないですか」
    「試してみるか?」
    「腹減んのはヤダなぁ。つーか、飯はともかく水は死にますって」
     大きく息を吸うと、手にしたグラスから立ちのぼる香りがペンギンの鼻孔をくすぐった。こんなときでもその華やかさが曇らない、上等すぎる代物だった。
    「……あんたが、運命だのなんだのがだっ嫌いなのはよーく知ってます。でもね」
     ペンギンはそこで言葉を切る。ぐい、と、思い切りよくグラスを干した。
     咥内に溢れた香りは果実や焼き菓子を思わせて華やかだ。アルコールの角を歳月に丸められ、なめらかに喉を伝って胃の腑で炎に化ける。常世の酒だと言われればなるほどと思う旨さで、しかし、ペンギンにとっては、記憶の通りの味だった。
    「運命があんたのカタチをしてたら、それ、おれにとってはお終いだったってだけでしょう?」

     返事を待たずに、ペンギンは勝手にボトルに手を伸ばす。二杯目を注ぐ水音がコポコポと部屋に響く。頬杖をついてペンギンを眺めていたローは、はぁ、とため息をついた。
    「……お前は豪胆なんじゃなくて、単細胞で雑なんだ」
    「ひっっで~~言われよう」
    「事実だろうが」
     グラスをデスクから取り上げたローを眺めて、ペンギンは考える。
     死んだ男も「ペンギン」だったそうなので、おそらく頭の中身も似たりよったりだったのだろう。死ぬのが怖くなかったことなんてペンギンにはない。今際の時間が三日もあったと言われると、結構な醜態を晒したのではないかと戦々恐々する気持ちもあるが、船の明日が知れない状況だったというなら心配事が多すぎてそれどころじゃなかったかもな、と逆に安心したりもする。
     自分なら、とにもかくにもベポは無事にゾウに届けないとキャプテンが寂しがる、とは思っただろう。置いていくシャチに何もかも押し付けるのにどんだけ詫びても詫びきれねぇとは思っただろう。
    「……おれね。最近、あんま親の顔が思い出せねぇんですよ。キャプテン」
     ぼんやり酒を舐めていたローは、ちらりとペンギンに目をやった。
    「記念写真撮ったりする大層な家じゃなかったもんで。ま、んなもんあってもみんな捨てられちまいましたしね。……つうか、そのクソ叔父どもの顔も、もう薄ぼんやりしてるんですわ。そりゃ実際会えば分かるたぁ思うんですが」
     ローと共に生きるのはいつも壮大な夢に胸を躍らせていることで、毎日が未知の何かに更新されていく。海賊の日々は波乱万丈で、とりわけグランドラインに突入してからはそれまでを圧縮したような大騒ぎだ。
     過去は秒単位で今に押し流されていく。愛を、怒りを、その瞬間のまま十三年もの間保つことが、どれほどとてつもないかを、「十三年」という時間をトクベツに思うペンギンは慄くほどに実感している。ペンギンにとって、ローは、輝きを輝きのまま蓄えることのできる、不変のものだ。
     だから、何に似ているかというなら、星に似ている。
    「……この酒、シャチのじゃないんですか」
    「お前んだ」
    「前、誕生日に飲ませてくれたやつでしょ。バカ高ぇの。また飲みたいとは言いましたけど」
    「それが分かるんなら海に撒くよかマシだったな」
    「おれが死んだの、誕生日よりだいぶ後でしょうに。いつ買ったんです、これ」
    「間違えたんだよ」

     ベポは何がなんでもゾウに届けないといけなかった。シャチにはとにもかくにも申し訳なかった。
     さて、ならキャプテンには、というのなら、取り敢えず悲しんではもらえると思っていたはずだ。なんなら、メチャクチャ悲しんでもらえるくらいに思っていたはずだ。恩人を十三年偲び続けている男の情の深さを舐めるなという。

     ただ、傷になるとは思わなかった。夢にだって思わなかった。
     全くもって、思いつくことすらなかったのだ。

     二杯目の水面を眺め続けて、ペンギンはポツリと呟いた。
    「そっか。おれ、……『間違えた』んですねぇ」

     バカ野郎が、と小さな呟きが聞こえる。
     そのくぐもった響きに、ペンギンは前を見ることができなかった。
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