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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    キーとなるのは和歌。
    万蛍でしか書けない話だと思っています。一番お気に入り(激重だけど)。

    #万蛍

    五月雨の「ワカ?」
    「うむ、字はこう書くでござるよ」

    和、歌。
    難しい言葉だ。

    万葉が木の枝で地面をざりざりと削って書いたその文字はとても難解で、十分後には忘れてしまいそうだと思った。

    ──抵抗軍に迎え入れられた私は、幕府軍との激突に備えて軍議に参加したり鍛錬に励んだりしていた。
    雷電将軍……たった一度相見えただけで絶望的な力の差を思い知った。生半可な覚悟では到底敵わないだろう。九条裟羅の存在も忘れてはならない。

    とは言えど、二十四時間気を張っているなど不可能で。

    折れてしまった木の枝を残念そうに埋葬してあげている彼を見る。
    白銀の髪の少年・楓原万葉。
    まさかの再会を果たした私たちはすっかり仲良くなり、毎日こうして話をしている。
    先ほどの物より書きやすそうな新品の枝を拾ってへらりと笑う万葉。いい意味で緊張感がなく、一緒にいるとすごく安心する。

    「簡単に言うと、決められた文字数でつくられた歌だ。基本的には三十一文字」
    「すくなっ!歌詞短過ぎない?」
    「はは、お主が想像しているような"歌"ではないと思うぞ。詩、と言った方が分かりやすいか」

    なるほど……それでも短いように思うが。
    万葉がまた地面に字を書いていく。実際に存在する和歌とやらなのだろう。

    「ぬば、たまの……」
    「聴き手に黒を想像させる為のもの」
    「あかね、さす……」
    「こちらは昼などを連想できるな」

    全然、分からん。
    稲妻人は解読困難な言葉を知り過ぎではないか?
    これがフウリュウ……というやつか。ううん、理解できない。

    「万葉、これ面白いの?」
    「うむ。とても好きだ」
    「そう、なんだ……」

    緩やかに目を細める彼を見て、ちょっとだけドキッとした。最近万葉といると胸が熱くなる時がある。……惹かれているのだ。
    「ならばこれは?」と説明しながら別の和歌を書く彼。申し訳ないがその声は右から左で、涼しい横顔をひたすらに見つめてしまう。

    (稲妻が、平和になったら)

    想いを伝えてみようか。受け入れて、くれるかな?
    こういう考え方はしない方がいいんだっけ。夢が夢のまま終わっちゃうって誰かが言っていた。

    「やはり難しいでござるか?」
    「え?あ、ご、ごめん。そうかも」

    まさか聴いてすらいなかったとは思ってもいないのだろう、万葉が思案し始める。本当にごめんなさい。

    「共感しやすいものの方が良いやも知れぬな」
    「そんなのあるの?」
    「あるとも。お主が好きそうな恋の歌が山ほど」

    そう言った彼が二つ、三つと枝で和歌を紡いでいく。書き終えて早々に説明が始まった。

    「これは"叶わぬ恋なのだからひっそりと想い続けることくらいは許してほしい"、という意だ」
    「せ、切ない……!」
    「二つめ、"貴方に逢えなくて袖を濡らした日々は今この瞬間に忘れました"」
    「ひと時の幸せかー、いいなぁこれ」
    「最後。"この激情を込めた私の言の葉、伝わっているでしょうか?"」
    「激情……」

    よーく考えても、分からない。綺麗な単語を並べているだけに思えるが……。

    「どの辺に込められてるの?」

    ギブアップ。
    お手上げだとポーズをつくって万葉にご教示願う。にこりと笑って答えてくれた。

    「そこが和歌の醍醐味でござる。言葉の裏を読むのだ」
    「うーん……例えばこの"椿が"って部分は、燃える心ってこと?」

    稲妻で見てきた赤い花。炎のイメージ、なのか?

    「ほう、やるなお主!拙者はその発想はなかったぞ」

    万葉が頭を撫でてくれてドギマギした。褒められた嬉しさと触れられたときめきがごちゃ混ぜになり赤面する。それを誤魔化すように口を開いた。

    「か、万葉はどんな想像をしたの?」
    「む?……落ち椿。──"死"だ」

    思わぬ返答にびくりとする。恋と死、どんな結びつきが……。
    彼がそっと瞼を伏せて言った。

    「貴方に届かぬくらいなら生きる意味などない。死んだ方がましなのだ、と。……それほどの覚悟が見えたでござるよ」
    「そ、そん、な……」
    「或いは、受け入れてくれぬのなら貴方の目の前で……、ふふ。少々刺激が強過ぎたか?」

    絶句している私に万葉が微笑んで、それ以上の説明をやめた。感受性豊かというか……私にはひっくり返ったって浮かばない考え方だった。炎なんて、とっくに思いついて通り過ぎたのではないか?

    「す、すごいね。そこまでイメージできるんだ」
    「幼少期より親しんでいる世界だからな、慣れもある」

    衝撃的な内容を口にしたというのに普段通りゆったりとした様子の万葉。
    びっくりは……したが。

    「お、面白かった」
    「む?」
    「和歌、面白いね!もっと知りたい!」

    説得力のある彼の解説に俄然興味が湧いてきた。万葉が好きなことを深く知りたいと、そんな気持ちもある。
    彼の着物の袖を掴んでキラキラした瞳で見上げると、

    「そうか……嬉しいものだな、お主とこの感覚を共有できるのは」

    私の頬に触れて、万葉が静かに笑った。
    大人びた表情に顔が熱くなる。

    「あ、明日。また教えて?いっぱい勉強して、いつか万葉のこと驚かせちゃうから」
    「それは楽しみでござるな」

    ふっ、と風が吹く。
    燦々と照る夏の日差しに汗が一筋流れたが、私の上がり切った熱を冷ましてくれるような優しい冷涼な風だった。



    「あづさゆみ」
    「音!」
    「久方の」
    「天!」

    今日の鍛錬が終わり、万葉と一緒に大きな木に背中を預けて座っていて。
    勢い良く答えていく私の声にゴローが遠くから目を瞬かせてこちらを見ていた。無理もない、稲妻の"い"の字もない格好の女が和歌のお勉強をしているのだから。

    「うむ!上出来でござる」
    「えへへ、簡単だよこんなの」

    連想ゲームをマスターして調子に乗る私。「賢いな、えらいぞ」、万葉が頭をなでなでしてくれた。ゆるりとした独特の雰囲気……人を甘やかせる天才かもしれない、ああ落ち着く。

    「理解すればするほど面白くなるね」
    「そうであろう?この奥深さ、古の民も心踊ったに違いないでござる」

    自国の文化が誇らしいのかちょっぴり得意げな万葉。可愛い。
    でも本当に彼の言う通りだ、相変わらず文字数制限が酷いとは思うものの私は完全に和歌中毒となっていた。

    (自分なりに解釈できるのが楽しいよね)

    これまた相変わらず万葉の鋭い考察に唸らされてばかりではあるが、近頃は逆もまた然りになってきているのだ。少しは胸を張ってもいいだろうか?

    「そろそろ次の段階に進むか」
    「次?」
    「自作でござる」

    不敵に笑う万葉。ジサク……自作!?

    「む、無理だよ、そんな才能ないって!」
    「心配せずとも馬鹿になどせぬよ」
    「無理!というか、万葉つくれるの!?」
    「嗜む程度には」

    凄過ぎる。
    前々から頭の回転が速そうだとは思っていたが、こんな暗号じみたものを自分で?
    純粋に尊敬する気持ちが湧き上がり、

    「聞かせて聞かせて!」
    「まずはお主からでござる」
    「なにそれ、もったいぶらないでよー!」

    ブーイングをかます私に万葉が腹を抱えて笑った。こうやって思い出したようにいじわるするんだから……。

    「じゃあ、どういう和歌をつくるのか教えて」
    「敵情視察か?まあ良かろう」

    参考までに聞こうと不機嫌オーラを引っ込めて問いかけた。
    す…と目を閉じ、万葉が呟く。

    「……うつせみ」

    木の葉が散り、彼の肩にのって……また、落ちていった。

    「……命」

    連想ゲーム。
    私が小さく答える。万葉が静謐な空気感を纏ったまま頷いた。

    「そう……儚きもの。拙者は、そんな歌を詠むのが好きでござる」

    古き稲妻の民は、主君に全てを捧げることに生きがいを感じていたと聞いた。死を美徳とする……正気の沙汰ではない。
    彼もまた、稲妻で生きる者。
    猛き伝承の数々に、その哀しみに……寄り添ってあげられるというのか。

    不意に怖くなった。

    鳥の声に耳を傾けている彼が、今にも手の届かない場所に行ってしまうのではないかと……錯覚した。

    気が付くと万葉の腕を掴んでいて。

    「蛍?」

    少し驚いた風に彼が目を開ける。

    「ご、ごめ……っ」

    ハッとして離した私の手を、彼が握った。
    「え?」、戸惑って万葉を見る。
    そこには、何も言わず微笑を浮かべた彼がいた。緋色の瞳が仄かに揺らめく。

    「……あ」

    万葉は……本当に、ずるい。
    たったこれだけの仕草で、私の心をまるごと持っていってしまうのだ。
    彼が読むのは言葉の裏だけではない。きっと、私の視線ひとつで……。

    「……うむ、いつものお主だな」
    「っ……!」

    なにもかも、分かってくれるのだろう。

    触れる熱が恥ずかしくて、だけど嬉しくて……こんな顔を晒したままにしておきたくはないのに、私は彼の手をぎゅっと握りかえした。






    ──いつまでも彼とこうして過ごせたらどんなに良かっただろうか。

    想像よりも早く幕府軍と衝突することになったのは、それから一週間後の……空が泣き出しそうな日の夜だった。




    私は今日も万葉とお勉強をしていて、模範的ではあるが歌の解釈をすぐに答えられるまでに上達していた。

    「流石でござる。ふーむ、八点だな」
    「あと二点はなんなの?」
    「拙者の予想を上回らなかった」

    なかなかに手厳しい。だが自覚はあるので渋々納得する。

    (うーん、万葉を驚かせる夢は遠い……)

    木の枝を教鞭代わりに地面を叩きながら解説する万葉。やられた、そういう考え方もあったか。
    次の問題に移ろう、言いかけて物々しい足音に二人して顔を上げた。抵抗軍の兵だ。

    「どうしたでござるか?稽古なら後で…」
    「ば、幕府軍が」

    ──太陽が隠れた。
    さっきまで晴れ渡っていたのに、陰鬱とした雨雲がいつの間にか空全体を覆い尽くしている。遠くで雷鳴が響いた気がした。

    抵抗軍を鎮圧しようと、大軍がもう目の前に迫っている……重い口調で兵が言った。



    「九条裟羅が来てるの?」

    軍議の間。
    贅沢は言ってられない為元々狭い部屋なのだが、集まった面々の沈痛な面持ちのせいか余計に息苦しく感じる。
    私の問いにゴローが答えた。

    「いや、来ていない」
    「嘗められておる、か」

    万葉が息を吐いた。
    弱っている抵抗軍如き、大将自ら手を下すまでもないと思われているのだろう。
    ふざけるなと言ってやりたいところだが、

    「実際、ああも数がいては……」

    私と同じ心境なのか、ゴローが目を合わせてきた。戦力差はおよそ五倍……絶望的だ。ある程度の作戦は決まったが机上の空論で終わる気しかしない。

    誰も口を開かないまま暫く経ち、

    「来たか」

    万葉が低い声音で呟いた。

    (なっ……!)

    轟く鬨の声にビリビリと気圧される。脳内で描いている以上の大軍に違いなかった。「行くぞ!」、ゴローが血気盛んに駆けて行った後、

    「ふむ……ひとつ、やるか」

    逆巻く風を従えた万葉がゆらりと歩き出した。

    (怯んでる場合じゃない……!)

    そんな彼らを見て拳を握りしめた私は、雄叫びを上げる兵らと共に後に続いていった。




    どしゃ降りだ。
    ここまで大嵐になっていたとは。

    「やあ!」

    剣を振りながらぬかるむ土をしっかりと踏みしめる。無駄に体力を削られ、戦が始まってまだ半刻も経っていないだろうに既に息が切れていた。
    汗か雨か最早分からぬまま額を拭う。その隙をついて後ろから斬りかかられる。

    「このっ……!」

    なんとか応戦して一命をとり留めた。
    見知った顔の主たちは今どこで何をしているのか。こうも入り乱れていては……!

    半刻、また半刻と経ち。

    「はぁ、はぁっ……!」

    意識が朦朧としてきた。あと何人倒せばいい……?
    抵抗軍の数が随分減ったように思う。劣勢、なのか。

    (いや、最初から……)

    勝てる見込みのない戦。

    「みんな、どこ……?」

    不安で押し潰されそうになりフラフラと行く宛てもなく進む。
    いきなり肩を掴まれた。
    当然幕府軍だと思い剣を振りかぶって、

    「わ、俺だって!」
    「ゴロー……!」

    慌てる少年に安堵して腕を下ろした。

    「なに?勝ったの?」
    「それならもっと笑顔になっている。万葉を見なかったか?」
    「ううん、どうして?」

    聞き返すと、ゴローが俯いた。

    「やはり一人で本拠地に向かったか」
    「え?」
    「自分がどうにかする、そう言ったきり姿が消えた。味方を庇って……酷いケガを、しているのに」

    足元がぐらついた。雨のせいではない。

    「くそ、すぐ追わないと…」
    「……万葉」

    か細い私の声にゴローが喋るのをやめた。心配した風に彼が手を近付けて来て、

    「あ、おい!?」

    突如駆け出した私に驚愕した。「待て、一人は危険だ!」、大声で制止するゴローに私は振り向くことなく走って行った。




    (本拠地……)

    軍議時に広げられていた地図。その上に乗せられた赤と青の駒。密集して真っ赤になっていたこの先こそが。

    (万葉が戦ってる場所……!)

    幕府軍の数が増えてきた。道が合っている証拠だと馬鹿げた安心感を抱く。

    「どいて!」

    敵という敵を蹴散らし突き進む。自分がまだこんなに動けたことに我ながら驚いた。
    この程度。万葉はもっと過酷な所にいるのだ。

    (万葉っ……!)

    走って走って……漸く、見つけた。

    その凄惨さに、剣を落としそうになる。

    「……蛍」

    この豪雨でさえも、流し切れないのか。

    「かずは……」

    自身の血か、返り血か。
    全身をおびただしい赤に染めあげられた彼が……立っていた。

    「戻れ……此処からは修羅と化さねば命が幾つあろうと足りぬぞ」

    普段の面影など何処にもない。肩で息をする彼の眼光の鋭さに思わず後ずさった。
    咳き込み吐血する万葉。内臓をやられているのか。

    「万葉っ……」
    「二度は言わぬ」

    拒絶する言葉に息が止まった。指先が震える。私……万葉に怯えてるの?

    口元の血を拭い、ずるりと刀を引きずって歩き出す彼。行かせてはならない、止めなければ。

    「待って……っ」

    雨足が強まる。やめて、私の声をかき消さないで。
    止めたい。でも、怖い。走れば追いつけるのに、なぜ走れない?

    「やだ、行っちゃだめ……っ死んじゃうよ……!」

    違う、こんなことを言いたいのではない。
    私は。私は……!

    「万葉が好きなのっ……!」

    雨が、ほんの一瞬……弱くなる。

    万葉がゆっくりと振り向く。
    彼の、言葉は。


    「──五月雨の」


    全てが静寂に支配される。
    視界がクリアになっていく。
    白銀……これが、彼の世界。

    (万葉の……歌)

    表情を崩した彼が結句を紡いだ刹那、水飛沫が弾けた。
    巻き上がった風と共に、私は彼の姿を……見失った。



    「こんな所まで来ていたのか!」

    ゴローがぜえぜえ喘ぎながら走ってきた。考えなしな私を急いで追ってくれたのだろう。彼もまた、万葉ほどではないがあちこちから血を流している。

    「とりあえず……っ無事で、良かった」

    中腰になって息を整えながら彼が言う。「みんなもすぐ来るから」、私を安心させるように。
    返事がないのに疑問を抱いたのか、休憩もそこそこに俯くこちらの顔を覗き込んできた。

    「……っえ?」

    ギョッとして慌て始める彼。当然だ、私は今……ぼろぼろに泣いているのだ。

    「ゴロー、万葉が……」
    「万葉に会ったのか!?どこで……」

    その問いかけには答えられない。
    顔を上げた私にゴローが目を見開き口をつぐんだ。

    「どうしよう……っ万葉が、いなくなっちゃう……!」

    大粒の涙がこぼれ散った。こんな取り留めもないことを言っても仕方がないのに。彼が限界であることを伝えなければ。戦況を伝えなければ。
    だが頭の中が真っ白で何も浮かばない。

    みっともなく肩を震わせる私に、少しの沈黙の後ゴローが言った。

    「……とにかく、進むしかない」

    ぽん、と私の背中に手を添えながら、

    「万葉の頑張りを、無駄にしたくないだろ?」
    「……!」

    彼の言う通りだ。
    抵抗軍の勝利の為に万葉はその身を犠牲にしているのだ。……泣いている場合ではない。
    ぐっ、と嗚咽をのみ込み、ゴローを真正面に見据えて確かな意志を発した。

    「ごめん。……勝とう」

    後ろの方から走る音が近付いてくる。抵抗軍だろう。
    よし、と笑って背を押してくれた彼に、心からの感謝を伝えた。




    (万葉……)

    大軍の中を突っ切っていきながら、脳裏を過ぎる彼の笑顔に胸を詰まらせる。
    笑い合って和歌を詠んでいたのが遠い過去に感じられた。

    (絶対に……助ける)

    囲まれ、間髪入れず風の力で吹き飛ばす。うるさい……邪魔をするな。万葉の歌が聞こえなくなるではないか。
    澄み渡る、透明なあの歌が。

    気が付くと夜の帳の下、私ひとりになっていた。
    立ち止まり、静かに息を吸う。

    「五月雨の…」


    ── 五月雨の 君想へども ゆき散りて
            風の便りに 我在りし日を



    ……三十一文字。なにが、少ないものか。それを遥かに超える言葉を吐いたって、彼がたまゆらの間に込めた熱情を……それに応えられるすべを、今の私は持ち得ない。

    (なにが驚かせてみせる、だ)

    『賢いな、えらいぞ』

    よみがえる彼の言葉。
    ……なんでもかんでも、褒めるんだね。
    私、全然賢くなんかないよ。
    好きです、行かないで下さい、そばにいて下さい。
    そんな台詞しか思いつかないの。独りよがりで滑稽でしょう?

    『詠み人を知らずに解釈するのも面白いが……拙者は逆の方が好きでござる。深層に触れられる』

    余計な偏見を持ちそうだから嫌だ、そう返した私に「その考え方も正しい」と言ってくれた。彼は人の心を踏みにじったりしないのだ。

    ……でも、わかったよ。万葉の気持ちが。

    曇りなき恋の歌。
    ああ……楽しげに枝を揺らせている貴方が今、教えてくれる。

    『このような雨の中、やはり私は貴女を想っている。やがて別れが来るのだと分かっていても』

    そこで私が……褒めてほしくて続きを言うんだ。

    「私のことは貴女の髪を撫でる風が伝えてくれるだろう。どうか、共に過ごした日々を思い出してほしい」

    嬉しそうに微笑む万葉と、声が重なる。


    ──その正体はきっと……私なのだから。


    「っ……!」

    もう、戦えない。
    逢いたい、逢いたい……!

    自身の身体を抱きしめてしゃくり上げる。
    万葉は歌の中でも寄り添ってくれるのだ。どうしてそんなに優しいのだろう?

    「返歌……」

    私、もっと頑張るから。私の方が大好きなんだと、万葉を困らせるくらいの歌を返すから。

    「そばにいて……」

    消え入りそうな声で言った瞬間。

    「深追いするな!全て終わった!」

    ゴローの声に顔を上げる。
    周囲に指示を出し、彼が走ってきた。

    「また泣いて……。安心しろ、抵抗軍の勝利だぞ」
    「え……」
    「ほら」

    彼の視線の先には、撤退していく幕府軍。
    信じられない。

    「……うそ」
    「万葉が相当やってくれたみたいだ、鬼神の如き男がー、と幕府軍の奴らが喚いていた」
    「、万葉は?」

    黙り込むゴロー。心臓が止まりかける。

    「ねぇ」
    「……分からない。ひどく疲れた顔で歩いて行くのを、目撃したという者はいた」
    「なんでみんなから離れる必要が、あるの」
    「……あいつは、多分……誰にも、見られたくないんじゃないか?」

    ──死に際を。

    幻聴……想像でしかない。だが、確信があった。ゴローが……のみ込んだ言葉。

    叫び出したくなったその時、風鳴りがした。

    (……呼んでる)

    いるのか、そこに。
    突然吹いた風に目を塞いだゴローを背に、私はまた走り出した。




    肺が痛い。流し過ぎた血が気持ち悪い。
    私とて無事でいられたはずはなく、既に満身創痍だ。

    「はぁ、はぁ……っ」

    深沈たる森……雨雲から顔を出した三日月の光を頼りに、よろけながらも走る。
    いつの間にか止んでいたのか……永遠に降り続けるのではないかと思ったくらいだったのに。雨粒を垂らす木々の匂いに心が穏やかさを取り戻しかけて、

    「……!」

    落ち椿。

    一面を彩る命の跡に絶句した。
    またひとつ、散ってゆく。
    落ちた場所は……花の中で眠る、少年の上。

    「万葉!!」

    駆け寄り彼の肩を掴んだ私の手が赤く染まった。生気のない青白い顔に喉が震える。

    「万葉、万葉っ……!」

    嘘だ、死んでない。死んでなんかいるものか。
    ひたすらに彼の名を呼ぶ。しかし反応はなく。

    「……っ、やだ…………」

    涙が止まらない。こんな、ことって。

    「わた、し、まだ……返事してない……!きかせて、あげたいのにっ……!」

    血で濡れるのも構わず万葉の胸に顔をうずめ泣きじゃくった。
    独りよがりでもなんでもいい、わがままだと呆れられてもいい。目を覚まして。

    もう生きてたって意味がない、そう思って、

    「ほう……拙者の採点は厳しいぞ」

    涼やかな声に、息を止めた。
    私を抱きしめながら彼がゆっくりと身を起こす。

    「かず、は」
    「あれだけ格好つけておいて生き残ってしまったか」

    自嘲気味に笑う万葉。これは、幻か?

    「……すまぬな、お主を泣かせた」

    優しく髪を梳いてくれる彼。

    「、万葉ぁ……っ!」

    感極まり、情けない泣き顔を晒して力いっぱい彼を抱きしめ返した。「いたた!」、言いながらも楽しそうな彼があまりに愛しくて……私は声が枯れるまで泣いた。





    「もう一歩も歩けない……」
    「拙者もでござるよ」

    木にもたれかかり、ぼうっと星を眺める。服を破って止血をしてやったのだが万葉の顔色は悪いまま。
    ゴローなら見つけてくれるだろう、根拠のない希望を抱いて待ち続ける。

    (私は私で限界だし……一緒に召されたりして)

    鈍る思考ではくだらないことしか……。

    ふと、万葉が私の肩に頭を預けてきた。

    「どこか痛いの……?」
    「いや……痛覚など、とうになくなった」

    目を瞑って深呼吸をする彼。このまま開かなかったらどうしよう、不安になる私。そうして、

    「……それで?」
    「え?」
    「返歌はまだでござるか?」

    このタイミングで聞くか。
    どきりとして万葉を見ると微笑を浮かべ待ってくれていた。
    考えてない、と言える空気では……ない。

    仕方あるまい、即興で……。

    「か、かえで、まう」
    「うむ」
    「か、彼の姿を、ひたすらに。おいかけて今、心しずか……」

    埋まりたい。なんて稚拙な歌を。
    言い訳をするが、時間があればもっとこう……いい感じのものを……。
    赤面してどこかに穴でも空いていないか探していると。

    「ふふ、あはは……っ!」
    「笑うなー!馬鹿にしないって言ったじゃ…」

    唇が重なって、最後まで言わせてもらえなかった。
    少しだけ離れ、すう…と彼が目を細める。

    「可愛い──百点満点だ」
    「な、な……っ」

    なんだその適当な採点理由は……っ!辛口なのでは、なかったのか。

    「ま、また、変にあまやかせるっ……」

    不意打ちをどう躱せばいいのやら。見当もつかず、ケガをしているというのに彼をぺしぺしと叩く。油断するとすぐこうだ。
    頬でもつねってやろうと手を出した私を……万葉が強く抱きしめた。

    「大好きなのだ、甘やかせてなにが悪い」


    そこには、言葉の裏だとかそんな難しいものは存在しない。
    くすりと彼が笑った。

    幸せで仕方がないんだ。

    ただまっすぐな気持ちを、滲ませながら。
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