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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    激重タルスカ。一筋縄ではいかないスカラマシュが書きたかったのです。

    #タルスカ
    taluska

    僕が公子を手にする日その男を目で追うようになったのはいつからだったか。




    「困ります、急にいなくなられては……!」
    「あははっ、ごめんごめん。強そうな奴を見かけてさ、手合わせしてたんだ」

    稲妻での大掛かりな計画が決まり拠点へとやって来た僕は、ここでも軽率極まりない同僚の声に悩まされていた。
    自然と目が覚めた朝、眺めの良いテラス席で寛いでいたというのに……。
    どうせ何かの思いつきで部下を深夜に引っ張り回したのだろう、上機嫌の執行官・公子が大広間へと入って来て楽しげに笑っている。朝帰り……疲れ切った様子の部下たちが彼に文句を言った。

    「任務にあたる時間より公子様をお捜しする時間の方が長かったです、確実に……!」
    「大袈裟だなぁ」
    「結局拠点前ですよ!?合流できたのは……帰られるのならそう言っていただければ……!」
    「ごめんね、あまりに手合わせが楽しかったもので……端的に言うと君たちのことを忘れていた」
    「ストレート過ぎませんか!?」

    漫才じみたやり取りに周囲が湧く。
    全く、威厳の欠片もない奴だ。仮にも執行官なのだから部下に軽い口調で絡むな。

    (ああ、うるさい。気に食わない……)

    なぜこんな男が僕と同じ執行官なんだ?皆目見当もつかない。女皇が許している以上、同格として接しなければならないわけだが……到底納得できるはずがあるまい。
    この男、思えばファデュイの一員になったその日から軽薄の塊だった。新米だというのに敬語はつかってこないし、とにかくよく喋るし、戦闘の絡まない任務は露骨につまらなそうにするし。
    やれ二言目には"手合わせ"……戦いたいだけなら他をあたれ。目障りなんだよ。
    何より苛々させられるのは、

    「おはよう、散兵。相席いいかな?座るね」
    「なっ……!」

    考え事をしていたせいでそいつの接近に気付けなかった。こちらの許可も得ず向かいの席に座った公子に。
    部下に朝食を持ってくるよう頼んでいる青年。信じられない図々しさだ、僕は情けなくもあんぐり口を開けてしまった。その表情が余程おかしかったのか公子が噴き出す。

    「あははは!可愛いね、そんな顔もするんだ?」
    「誰のせいだ、誰の!散れ、消えろっ!」

    そう、こいつのこういう所が苛々するんだ!
    お構いなしにずけずけと距離を詰めてきて、挙句の果てには僕の反応を見てからかってくる……朝食が運ばれてきた瞬間、勢い良く皿に向かってお辞儀させたい。仕方がないから僕が助力してやろう、後頭部を掴んで。

    (待て、冷静になれ)

    一秒たりともこいつと居たくない、部屋に戻ろう。僕が動いてやるのは癪だが、あーだこーだと言い合いする方が嫌だ。どうせ言ったところで頷きはしない。そういう男なのだ。
    ぐっと堪えて立ち上がろうとすると、公子に手首を掴まれた。驚いて声を荒げてしまう。

    「気安く僕に触れるな!」
    「だってまだ何も話してないよ。久しぶりに顔を合わせたのに」
    「どこが久々なんだ!?三日前、廊下を歩く僕の横でひたすらベラベラ喋っていただろっ」
    「あれは俺の独り言。相槌打ってくれなかったし」

    無茶苦茶な理屈だ、ついていけない。視界の端で朝食が運ばれてくるのが見え、先程考えた内容を実践に移してやろうかと思ったところで公子が目を細めた。

    「神の心に関する有益な情報を掴んだんだ。興味ない?」

    聞き捨てならない台詞。僕は稲妻での計画を誰よりも成功させたいと思っている。雷神……僕を生み出した存在。あの女の心を手に入れることができれば、きっと僕は…。
    明かす気は毛頭ないが、持ち逃げもするつもりだ。極めて難易度の高い計画となるだろう。どんな些細な情報でも欲しかった。

    「……分かった、聴こう」

    苦々しく吐き座り直した僕に、公子が満足そうに微笑んだ。次々と並べられていく朝食。何皿あるんだ?朝からよくそんなに食べられるな、見ているだけでお腹がいっぱいになる。
    「先に俺の冒険譚も聞いてくれ」、飲み込んでは合間に喋り続ける公子に苛立ちを隠せない。本題はいつだ?くそ、神の心の為だ……耐えろ、僕。
    べちゃくちゃ、べちゃくちゃ。
    何十分経ったのだろう?とうとう僕は我慢の限界がきて公子に悪態をついた。

    「おい、神の心は…」
    「あー、満腹!寝てないし、仮眠でも取ろうかな」
    「は?」

    ご満悦な様子で立ち、公子がひとつ伸びをする。流石に慌てた僕は「ふざけるな、情報を出せ」と青年に掴みかかった。
    胸ぐらを引っ張られているというのに心の底から嬉しそうに笑う公子。なんなんだ、一体!?
    大広間にも関わらず、僕は雷元素をその顔面に叩き込む準備をした…が。

    「え?」

    公子が不意に顔を近付けてきて、

    「嘘。情報なんてないよ」

    僕の耳元で、そう囁いた。急に接近されたのと理解の追いつかない一言を放たれたのとで、僕は放心状態に陥りするすると手を下ろしてしまった。嘘。……うそ?
    僕を見下ろす公子の薄い唇が少しだけ歪む。蒼い瞳が僅かに深みと濁りを見せた。
    僕は人間の心についてそれほど詳しいわけではない。しかし、なぜだか確信があった。公子が浸っている、背徳的な感情。それは。

    「君と話したかっただけ。ありがとね、散兵」

    快感。
    硬直している僕の頭を馴れ馴れしくも撫でた後、満たされたのだろう公子が去っていく。

    「…す」

    拳を固く握り締め、僕は怒りで震えた声を吐き出した。

    「殺す、あの男っ……!」

    ファトゥス第十一位・公子。
    そろそろ本気で調教してやる。この僕が、直々に!




    稲妻での計画は僕と淑女を中心として進める手筈だ。九条家を引っ張り込むことに成功、邪眼も順調に撒けている。例の旅人が抵抗軍に入ったという報告が気がかりなものの、いざとなれば力で捩じ伏せてやれば問題なかろうと今のところ放置中だ。
    愚かな人間共、僕の手の上でせいぜい踊れ…、と笑いが止まらないはずだったのだけれど。

    「散兵、調子はどう?」

    ……なぜ関係のないこの男がいつまでもいつまでも拠点に入り浸っているんだ。

    「君が来たことで絶不調と化したよ、公子様」

    書類仕事が一段落し久々に僕自ら茶を淹れようとしたのだが、何の遠慮もなく現れた無駄に背の高い同僚によって激しくやる気が削がれた。青年は僕の反応にわざとらしく驚いてみせながら、

    「うわ、敬称?珍しいね、ちょっと聞いた?今の」

    早口で下っ端を呼び始めた。早速今日も怒鳴り声を響かせてしまう僕。

    「蔑称だ、気付け!」

    ああ鬱陶しい!
    急須と湯呑みを粉々にしかけて思い留まる。侘びも寂びもへったくれもないではないか、この雰囲気ぶち壊し男め。
    茶器の代わりに部下を破壊しようとするも、危機を察知したのか高速で全員立ち去ってしまった。

    (ふ、流石は僕直属の部下。判断が早いな)

    平静を保つ為に仕様もないことを考えつつ長い溜息をつく。
    せっかく入手困難となっている高価な茶葉(しかも摘みたて)が手に入ったのだ、新鮮な内に飲まなければ。タルなんたらは無視しておこう、そもそも最初からこんな奴存在していなかった。

    (平常心、平常心)

    目を瞑り、ゆっくりと自分らしさを取り戻していく。
    よし、そろそろ始めるか。すう…と瞼を開き、

    「ねえ、どのくらいお湯入れるの?」
    「なーっ!?」

    もう少しで声が裏返るかと思った。僕が目を閉じている間に公子が鍋の湯を急須に注ごうとしていたのだ。慌ててぶん取り元の位置に置く。

    「まだ熱いから駄目だ、勝手なことをするな!」
    「え、もう結構冷めて…」
    「稲妻の茶葉は水温管理が重要なんだよ、あと一分待て」

    分かったような分かっていないような相槌を打つ青年。料理がそこそこできるとは聞いたが……稲妻特有のものにはあまり詳しくないのかもしれない。悪態をつく僕に何だか楽しそうな公子。笑うな、率直に言うが帰れ。
    きっかり一分が経過し「哀れな君に淹れ方を教えてあげるよ、茶葉が可哀想だからね」と蔑みの言葉を投げる僕。おい、何だその表情は?もう一度言うぞ、笑うな。
    本格的に無視を決め込んだ僕は、湯を入れ四十五秒が経ったところで湯呑みに茶を注ぎ始めた。

    「うん、最高の匂い立ちだ」

    この淹れ方だからこそ出せる香り。無能な部下共にやらせなくて良かった、間違いない。

    「本当だ、凄くいい匂いだね」
    「っ!?」

    声にならない声。公子の顔が真横にあったのだ。

    (睫毛が、長い)

    僕自身、顔の造形を褒められた経験は多々ある。だがそういった話題は自分のことですら、それも好意的な感想ですら興味が持てなかった。
    しかし今、憎たらしいはずの男の顔から目が逸らせない。
    鼻が高い。彫りが深い。顎の形が綺麗。こいつ、こんなに整っていたのか。気が付くと上から下までじっくり見てしまっていた。

    (何をしているんだ、僕は。気持ちの悪い)

    上手く思考が回らない。
    秒速で吹き飛んだ平常心を引っ捕まえなくてはと青年の嫌いな点を脳内で並べ立てていく。長身、うるさい、書類仕事を嫌がる…くそ、まだ動転している。なぜこんな奴の横顔一つで、

    「危ないよ」
    「……あ」

    手があたたかい。
    湯呑みを持ったまま掻き乱されたもので、気付かず溢しかけたのを公子が留めてくれていた。僕の手に自身の手を重ねて。
    彼の体温は低そうだと思っていた。ファデュイらしい冷徹さを見せる時があるし、瞳は光を宿していないし、その深い蒼は雪国を連想させて……要するに単純な偏見だ。
    だが、違った。

    (熱い)

    僕が人形だから?けれど、想像していたよりずっとずっとあたたかい。それから、

    「散兵、手小さいね」
    「!」

    すり…、骨張った指が僕の手の感触を確かめていく。自分のものとは真逆だ。ごつごつしていて、大きい。

    「細い指……色も真っ白だ」
    「何を」
    「折ってしまおうかな」

    いつの間にか手首を握られ、徐々に力を込められる。普段とは違う様子になぜだか僕は抵抗できなくて、未だ目と鼻の先にある横顔に最早視線をやることすら…。

    「や、やめろ!」

    本日何度目かの怒声を無理やり叩きつける。驚いたのだろう握ってくる力が緩まったのをいいことに僕は湯呑みをあおった。
    ごきゅごきゅと酒のように茶を飲む僕を、公子がポカンと見ているのが気配で分かる。
    一気飲みした後ぜえぜえと喘ぎ、空になった湯呑みをドンと机の上に置いた。
    最悪だ、味が全く分からなかった。希少価値の高い茶葉だというのに……。
    もう一杯淹れてやる、そうしなければ気が収まらない。舌打ちしかけた時、公子がゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。

    「あは、あははは!いい飲みっぷりだったよ!稲妻のお茶ってそんな風に飲むの?」
    「ちがっ…」
    「君はもっとお上品だと思っていたよ。散兵様?」

    蔑称。
    口をパクパクさせる僕の肩に公子がポンと手を乗せた。

    「次は俺の分もよろしく、照れ屋さん」

    今日一番の爽やかさ。鼻歌混じりに退室していく青年、その背に「勘違いするな!」と怒鳴り散らすべきだった。考えると同時に、どうしてそれができなかったのかも分かってしまい僕は右手で顔を覆った。

    「見抜かれていた……」

    自分の頬が、こんなにも熱くなっていたことを。




    茶葉台無し事件から日が経ち、例の旅人がメカジキ隊なるものの隊長に任命されたと部下からの報告で知る。はっきり言ってセンスを疑う名だが徐々に邪眼工場へと近づきつつあるのは宜しくない。

    (核心に辿り着くのも時間の問題)

    どうやらお巫山戯ではないらしい。
    僕は少し考え込んだのち、ほくそ笑んで被りを振った。

    (残念ながら計画は大詰めに差し掛かっている。今更見つかったとて……。それに、いざとなれば殺す。子供一人屠るくらい造作もない)

    あの正義感丸出し人間の顔が怒りに歪むのを見るのも一興。その憤怒を怨嗟の餌にしてやるのもいいな。
    自室へ向かいながらあれやこれやと思考を巡らせる。大仰に出迎えて、挑発して…そこまで考えてふと忌々しい男のことを思い出した。

    (そういえばあいつ、旅人をいたく気に入っていたな)

    聞いてもいないのに、今日は一緒に食事をしたのだとか手合わせしたのだとか毎度喋り倒してくる。執行官の恥晒しめ、部下に示しがつかないではないか。
    相も変わらず僕にちょっかいをかけに来る木偶の坊。あいつは……旅人が命を落としたらどんな顔を見せるのだろう。

    (……いつもヘラヘラと笑っているけれど)

    悲しんで、僕に牙を剥くかもしれない。

    (上等だ)

    奴を抹殺する正当な理由ができる。好都合。
    なぜ邪魔をしに来るのか聞けども聞けども躱されるし、いい加減地獄に落としてやりたいのだ。何なら連れて行って目の前で旅人をいたぶってやってもいい。道中うるさくて仕方がないだろうが我慢する価値はある。

    (公子の泣き顔か。笑えるな)

    珍しく気分が高揚した僕は、その光景を細かに想像しつつ自室の扉を開けた。
    そして引っくり返りかけた。

    「おいっ!?」

    明確に呼んでもいないのに部下が「如何されました、散兵様!」とすっ飛んでくる。流石は僕直属の…って、それどころではない!
    僕は寝具を指差して怒号を放った。

    「なぜこいつがいるっ!?」

    公子が説明不要の図々しさで僕の寝床に転がっていたのだ。しかも寝息を立てて!
    熟睡しているのだろう、起きる気配はこれっぽっちもない。

    「わわわ、私はお止めしたのです!けれど無言の笑顔で凄まれて…」
    「もういいお前が究極の役立たずだということは分かった調教部屋で僕が教育しに来るのを死ぬまで待っておけっ」

    慌てふためく部下、僕の強烈な蹴りを食らって蛙が潰れたような声を出し走り去って行く。
    息継ぎなしで怒鳴ったせいか身体が熱い気がする。僕は呑気に眠り続ける公子の元へツカツカと歩み寄った。
    仁王立ちする僕に見下ろされているなど露知らず、気持ち良さそうに寝返りを打つ公子。なに安心し切っているんだ、部下に示しがつかないと言っているだろ!

    「公子」
    「むにゃ」
    「起きろ」
    「むにゃにゃ」
    「窓から放り投げるぞっ!」
    「むにゃにゃにゃ」

    信じられない。ここまで起きないなんて有り得るか?頬までつねっているのに!
    狸寝入りを疑った僕はまじまじと青年の顔を覗き込む。うん、爆睡中だな。

    (……もしかして、疲れているのか?)

    確か、こいつはこいつで新たな任務を命じられていた。ここに来る頻度も若干だが少なくなっている(非常に喜ばしい)。
    脳が筋肉でできているのではないかと疑う程の戦闘狂だけれど、人外の僕と違い疲れが蓄積されやすいのかもしれない。
    いつもの公子を思うとすんなり納得できはしないが、現に深い深い夢の中なのだ。

    「……なんだよ。調子が狂うだろ」

    ぼそりと言い、僕は行儀悪くも寝床に上がり公子の頬を今度は緩めにつねった。予想外に柔らかい。
    間抜け面を晒して眠る青年を見ている内に不思議と気持ちが凪いでいく。こんなに無防備な姿を目の当たりにするのは初めてだった。

    (やはり整っている)

    改めて公子をじっと眺め、先ほど考えていたことが脳裏を過ぎった。こいつの泣き顔……。

    (おかしいな、無感情だ)

    僕ともあろう者が妄想なぞに耽り、口元を緩めた程だったのに。どうにもつまらなくなってしまった。
    らしくない。僕も疲れているのだろうか?
    稲妻に来る前は公子と深く関わることがあまりなく、故にこれほどこいつについて何か思う機会も……。

    (仕方ないだろ)

    接する度に新たな一面を見せてくる青年、振り回されている感が否めない。この青二才め。
    不意に目に留まった赤。僕は吸い込まれるようにそれを撫でた。魔王武装の際嬉々として装着する…、

    (君って救い難い軽率さだよね。組織に相応しくないんだよ)

    だが冷酷さも持ち合わせている。
    けれど妙に懐いてくる。
    かと思えば僕を惑わせてくる。

    (多重人格か?何なんだよ、答えろ)

    無意識に僕はそれを掴みながら公子に覆い被さっていく。

    (知りたくなるじゃないか、)

    唇と唇が今にも触れそうになる。

    (剥がしてでも、)

    そう、この仮面(ペルソナ)を──

    「っうわ!?」

    瞬間、肩を引き寄せられる。呑み込まれかけた意識が戻ってきた、強制的に。

    「こ、公子っ……」

    仮面を掴む手に力を入れた直後、気が付くと僕は公子の腕の中にいた。胸に顔を埋めさせられる形となり、規則正しい鼓動だけが聞こえる。
    一気に全身が燃え上がりそうになった僕は何としてでも抜け出すべくもがいた。

    「はなせ、くそ、このっ」

    しかし、肩と腰をがっしり抱かれており全く振りほどける気がしない。おまけに僕は大混乱中。部下には死んでも見せられない狼狽っぷりでじたばた暴れ続ける。

    (恥ず、かしい)

    脳が沸騰する。視界が回っているのか焦点が定まらない。未だかつて経験したことのない感覚だ。強く握り過ぎて公子の服がぐしゃぐしゃになっている。
    青年の長い指が腰をなぞった。単に触れただけだろうに、変にびくりと反応してしまい羞恥心で爪先がピンと張る。
    こんな奴相手になぜ。もう何がなんだか。解せない、悔しい、悔しい……っ!

    「っあ」

    思わず目を見開いた。待て、髪に柔らかい感触がある。

    (呼気が、もれているような)

    腰を抱いていた公子の手がゆっくりと上がってくる。そして、遂には僕の頬に触れてきた。そのまま顔を上に向かされ、

    「ま、ま、待て、公子」

    寝惚けているのか?まずい、もしかしなくとも口づけられる……などと……っ!

    「はなせっ!!」

    自分は案外肉弾戦もいけるクチかもしれない、と思う程に凄まじい力が出た。公子の顔面に張り手を食らわせ飛び退いた僕は、されてもいないのに腕で口元を拭い一歩、二歩と後退する。
    この期に及んで気持ち良く眠りについている公子をやろうと思えばあの世行きにできただろうに、後ろ手でガチャガチャとドアノブを探って廊下へ脱出した。そうして、思いきり息を吸う。
    僕の部屋にも関わらず急いで封印した後、努めて何事もなかった風を装い歩き始めた。「お召し物が乱れていますよ」なんて指摘をしてきた部下は殴っておいた。

    (……それにしても)

    あれは気のせいだったと思いたい。
    扉を閉める寸前、公子がクスリと笑ったのは。




    その男を目で追うようになったのはいつからだったか。

    嘘をつかれた朝?至福の一時を邪魔された日?それとも……。
    掘れば掘るほど出てくる嫌がらせの数々。僕がいくら突っぱねたって嬉しそうにするだけなんだ。そんな顔をされたら腹が立って忘れられなくなるじゃないか。
    昨日も、一昨日も。
    へえ、稲妻の料理も口にするのか。ああでも顔を顰めた。はは、君にその味が理解できるとは思えなかったよ。
    ふーん、淑女にも一応笑ってみせるんだね。まあ君って誰にでも愛想がいいから。……僕にだけって訳じゃないものね。
    あ、目が合った気がする。面倒だな、立ち去ろう。あくまで奴に見つからないよう、躱す為に僕はあいつに視線をやっているんだ。最終的には辿り着かれてしまうのだけど。
    ほら、今日だって。

    「散兵、最近難しい顔してるよね」
    「君がしつこいせいじゃない?」

    夜の会議室内。ぼんやりとした灯りをともす燭台は、明る過ぎるのが落ち着かない僕にとってお気に入りの照明器具である。当然の如く僕の隣に座っている公子には目も向けず、僕は稲妻の地図を眺めていた。
    邪眼工場の場所が抵抗軍の知るところとなり、移動時間を踏まえても明日には旅人と衝突しているのではないかと思われた。ここに座るのも……いや、ファデュイの一員でいるのも今日が最後になるだろう。
    神の心を持ち逃げする魂胆など知る由もない公子は「何この本。面白いの?」と本棚をげんなりしながら漁っていた。すぐに飽きたのか慣れない筆(僕の私物)で下手くそな字を書きつつ口を開いてくる。

    「ねえ、俺がファトゥスになった日のこと覚えてる?」
    「さあ。興味ないし」
    「だよね。ふふ、俺はあの時の散兵をちゃんと覚えてるよ」
    「忘れろ、気味が悪い。一発叩いたら吹き飛ぶか?」
    「執行官同士、顔合わせしただろ?君ってば終始面倒そうで…」
    「人の話を聞け」

    如何にも退屈ですといった具合に腕を組んでいた僕がとても印象に残ったらしい。うっすら思い出してきたが、確か道化に無茶苦茶な任務を任された次の日で……要するに苛々していた。ただでさえああいう集まりは時間の無駄だと感じているのだから。

    「君の実力には興味があったけどあまりに無愛想だったものでね、仲良くはできないんだろうなって。ははっ、その辺りはすぐ諦めがついたよ」
    「すれ違う度に挨拶がてら話しかけてこなかったか?」
    「うん。でも中身のない雑談ばかりだった。俺だけ喋ってることも少なくなかったし、君との距離は遠いままさ」

    それでいい、言おうとしたが声にならなかった。公子が僕の髪を一筋すくって笑ったのだ。

    「俺、散兵を知りたいんだ」
    「え?」
    「稲妻の計画について会議が開かれた日、本格的に君が気になり出した。あれさ、率先して話を進めていただろ?"僕に任せてくれないか"、そう言って。珍しいなと思った。いつもはくだらなそうに参加するから」
    「実際くだらないからね」
    「散兵って意外と熱意があったんだ、なんて考えながら会議後ブラブラしてたらさ……初めて見る君がいた」

    どきりとした。
    あの夜は鮮明に記憶に残っている。誰もいない中庭で長椅子に座って。頬杖をついた僕は、静かに花を見つめていた。
    彼女の髪に似た、紫混じりの藍色。

    「稲妻で成し遂げなければならないことがあるんだと、言葉なくとも伝わって来た。決意を秘めた、哀しげな瞳……」
    「見て、いたのか」
    「だからここに来続けた」

    公子が僕の腕を握る。少しの力を込めて。

    「……散兵、俺といて楽しい?」

    目を伏せてぽつりと言った青年に僕は何も答えられない。
    言葉を探して唇を震わせた時、公子が視線を上げてきた。

    「君のしたいことを教えてくれとは言わない。だけど……どうか必ず、戻って来てほしい」

    芯のある声。蒼の双眸が揺らめく。握られた腕に一瞬だけ痛みが走った。乱暴にその手を振りほどいてやりたいのにできない。

    (……やめろ。ようやくここまで来たんだぞ)

    そんな風に僕を、

    「俺は心から思うよ。君といるのが楽しいと」

    寂しそうな顔で見るな。

    (離してほしく、なくなるだろ……)

    なぜそうやって揺さぶるんだ。
    俯き、額を僕の手にあてる青年を前に喉が熱くなった。
    人間を騙すのは得意だ。けれど彼らは到底理解し難い。この男は特に。
    だが今、どうしてだか聞こえた気がした。
    公子が告げるのを堪えた言葉。

    "約束してくれ"。

    不確かなものだから?僕に拒まれるのが怖かったから?

    (……分かってるじゃないか)

    そういうのってね、口にすると叶わないものなんだ。
    公子と同じように俯いた僕が──戻ることは二度となかった。





    (まさか一心浄土に入るとはね。無茶をする)

    稲妻の行く末を見届けた後、僕は地図で確認し決めておいた経路を迷いなく走り続けた。懐に隠した神の心。既に気付いているであろう組織の目を掻い潜る為の道。
    旅人を過大評価している訳ではないが、あいつはきっとこの国を救うのだと分かっていた。

    (……あの女を救うんだって)

    緋桜毬が舞い散る中、僕は最後の最後まで結局動けなかった。女狐もろとも葬り去るのが一番だと思ったにも関わらず。
    あの女が微笑を浮かべたのを見て、どうしても動くことができなかった。

    (あいつが公子の認めた人間)

    決して強くはない。宮司の力を借りてやっと鎮めたのだし、そもそも僕が本気を出していれば邪眼工場で命を落としていた。
    それでも公子が惹かれた理由は分かってしまった。
    強大な敵を相手にしようが臆さぬ精神力。闇に手を染めた僕たちと違い、穢れなき心で刃を磨いて。清らかで、聡明で、ただただ優しい。

    (ああ……嫌いだなぁ)

    君みたいな奴が誰もに慕われるんだろうね。

    (だから嫌い。僕は好きになんかなってやらない)

    あの女をも取り込んで……公子まで奪わなくたっていいだろう?
    自分で突き放した癖に何を考えているのだか。自嘲気味に笑いながら、僕はひたすらに走った。
    神の心がこうも簡単に手に入ったのは幸運だった。宮司と雷神、両方と戦う展開になってもおかしくはなかったし。
    しかし満たされない。
    僕が真の意味で心を掴んだか否か。そこが問題なのではない。

    (耐え難いこの……寂寞感)

    財宝を見つけた代わりに、宝物を失った。
    そんな気分に苛まれている事実を認めたくなくて、僕は着物が木々に裂かれようが情けなく息切れしようが足を止めなかった。
    とっぷり日が暮れた頃、遂に地面へと倒れ伏した。冷たい土が頬に触れ、すーっとした心地良さに目を閉じる。
    何分か経ち、僕は何気なく神の心を取り出した。あたたかい。それに、とても綺麗だ。

    (でも、あいつの手はもっと)

    「散兵」。公子の呼ぶ声が聞こえ、それが幻聴だと分かった僕は泥のように眠りについた。


    何日が経過しただろうか。
    遥々やって来たのはここ、忘れられた地・鶴観だ。その不気味さから誰も近付こうとはしない。
    木陰に座り、ぼろぼろになった袖を見て鼻で笑った。僕ともあろう者がなんてザマだ。
    まあいい、まさかこんな場所へ逃げて来たとは予想できまい。

    (それにしても、前はもう少し薄気味悪かったような……霧がなくなっている?)

    色々と疑問は残るがどうやらあの濃霧は消え失せたらしい。残っている方が都合が良かったのだけれど。

    (静かだな)

    やっと訪れた平穏。大きな目的を一つ果たした、その実感が今更ながら湧いてきた。
    まだ心を知るには至っていないが……力の増幅は伝わってくる。

    (ここからが勝負。……でも)

    動く気になれない。退屈だ。

    (静か過ぎるせいだな)

    面白いことを思いついたからファデュイに協力してやってきた。暇を持て余さずに済むだろうし。
    だが、予想していたよりつまらなかった。どいつもこいつもくだらない。面白くないならあれ以上いる意味もない。
    しかし、公子がいない方がもっとつまらないのだと気付いた。
    本当に欲しいものはいつの間にか変わっていたのかもしれなかった。

    (けれど今更引き返せない)

    長年夢見てきたことをあっさり諦める訳にもいかない。僕は僕を知りたい。それを叶えて初めて公子を、

    「っ!?」

    気配を感じた。どうして、なぜ、なぜ。
    弾かれたように立ち上がった僕は、間違えるはずもなく手繰り寄せた。ここだ!

    (なんだ、あれ……っ)

    秘境?こんな所にあっただろうか。やたらと禍々しい。
    木の陰から自分を押し殺して様子を窺う。やはりそうだった。

    (公子……!)

    得体の知れぬ建物の中へと真剣な面持ちで入って行く。鶴観での任務など命じられていないはず……どういうことだ?
    後を尾けたいが見つかるのはまずい。面倒事は避けなければ。
    久しぶりに見た青年の姿に動揺を隠せないまま、僕はそこを立ち去った。振り向きたい気持ちを何度も抑えて。
    随分と遠くへ来てしまった。慣れない土地だ、油断すると迷いかねない。
    公子の顔を思い浮かべる。すぐ忘れたくて、目を合わせたくなくて、笠を指で下げた。そして息を呑む。もう一つ、知っている気配がしたのだ。
    前方から歩いてくるそいつが視界に入った瞬間、拳を握り締めた。

    (旅人……っ)

    こちらにはまだ気付いていない。ただの勘だが、あの秘境に向かっているのではないかと思った。栄誉騎士なんて薄ら寒い正義ごっこをしているし、そうでもなければ鶴観に用などないだろう。
    急激に殺意を覚えた。
    あそこには公子がいるんだ。会わせたくない。でも。

    (こいつが死んだら)

    泣くんだろうな。僕を……軽蔑するんだろうな。
    神の心より余程取り返しのつかないことになる気がした。

    (馬鹿か?こん、な……くだらない)

    自分で自分に愕然とし、後ずさる。いつからここまで腑抜けたんだ、執行官・散兵は。人間ひとり殺せなくなっていたとは。
    ぐらりとした頭を抱えている内に旅人が先へ先へと進んでいく。
    勝手に仲良くさせておけばいいものを、信じ難いことに僕はふらつく足で来た道を戻ってしまったのだった。


    道中、気分が悪くなったので休憩を挟む羽目になり到着したのは数時間後だった。連日の無理が祟ったのもあるのだろう。
    手近な隠れ場所を見つけた時、秘境から旅人が出てきた。やや思い詰めた様子で、一度振り返った後に長い溜息をつく。そして、一足早く出ていた少女に促され笑顔で去って行った。
    何があったのかは知らないが、おそらく取り敢えずの解決には至ったのだろう。僕は目を細めて出口を見続けた。

    (公子は?先に帰ったのか?)

    焦りが胸を焦がす。これを逃すともう会えない予感がしたのだ、逃げ回っていたのは自分なのに。
    どうすればいい?まだ近くにいるかもしれない、捜すか?しかし……。
    こうしている間にも青年との距離が離れていく。
    突如、雷鳴が轟いた。降り始めた大雨に絶望感が増す。

    (僕の元に来てくれなくなる)

    自分の為に鶴観を訪れたのではと、そんな夢を少しだけ見たんだ。僕を捜しに来てくれたんだと……。

    (嫌だ。帰らないで、公子)

    僕、ここにいるよ。早く。お願いだ。
    宛てもなく宙を彷徨う手。寒い、握って、君の手で──

    「散兵、見つけた」
    「……あ」

    繋がった温もりに声がもれた。
    後ろから抱きしめられた僕は、肩越しに覗き込んでくる悪戯じみた瞳と目が合った。

    「公子……」
    「ははっ、俺だよ。待ちくたびれた?なんて」

    「誰が君なんか」、憎まれ口を叩こうとしたけれど喉が詰まって、それを悟られぬよう繋いだ手を胸の前で強く掴む。公子が僅かに反応した。驚いたのだろう。
    視線を逸らして俯く僕。ふ…と耳元で笑われた気がした。子供扱いされていると不貞腐れつつ、ぼそっと問う。

    「……鶴観へ何しに来たの。僕の抹殺?」
    「それもいいね、実に楽しそうだ」
    「調子に乗るな、返り討ちにしてやるっ」

    生意気を抜かす公子を一発殴ろうと振りかぶったが。

    「残念ながら外れだ。君をさがしに来たんだよ、散兵」
    「っ!」
    「分かってるさ……この答えが欲しかったんだろ?」

    頬に触れてくる指に胸が締めつけられる。

    「帰ろう、散兵」
    「……!」

    甘い拐かしだと突っぱねてやらねばならないのに。気の遠くなる年月を生き、沢山のものを犠牲にしながらここまで辿り着いたのだ。
    心を知るんだろう?僕を虐げた奴らを超越してみせるんだろう?こんな絶好の機会、そう訪れやしないんだぞ。絆されるな。

    (……それに)

    公子は優しい。
    こいつは結局のところ人間だ。戦いを好き好んでいても、人の心がちゃんと残っている。
    青年を求めてから、気付いてしまった。過ちを犯しかけている自分に……。
    そうだ、僕がこの手を握り返すということは、

    「……っ君程度に背負えやしないんだよ、この僕は!」
    「ぐっ!?」

    公子が驚いたように自身の顔を腕で庇った。バッと鮮血が散る。
    袖から暗器を出した僕の不意打ちで肉が裂けたのだ。流石に反応が速い、これでも眼球を狙ったのだけれど。
    青年の血が滴るクナイを冷めた目で見下ろし、構える。
    これが正解だ。これで……いい。

    「へえ、手合わせしてくれるの?見つけたご褒美かな」
    「ほざけ。邪魔をするな」
    「ありがとう、散兵と早々に戦えるなんて。でも気が引けるね。……らしくない君に勝ってもつまらないだろう」

    稲光が公子の顔を照らした。
    死線を知る者だけが纏う、色濃い殺気に満ちた瞳。凄みを帯びたその表情は紛れもなく執行官としての青年だ。
    だが、約束できなかった夜の公子もそこにいた。

    「やめよう、散兵。戦いは悲しい目をしてするものじゃないだろ。……俺も、君も」
    「うる、さい」
    「何を求めてるのか知らないけど、散兵は背負えるって言うの?自分の言葉でそうまで乱さ…」
    「黙れ!」

    小太刀を抜き公子に斬りかかるも、瞬時に生成した水の槍にいなされ距離を取る。
    今度は向こうからだ。ふた振りの剣となったそれで猛攻を仕掛けてくる。全て受け切った僕はがら空きの胸を狙い突きの一手を繰り出した…が、すんでのところで防がれる。再度長槍へと戻し、小太刀の切っ先に合わせてみせたのだ。

    「ち、小細工を!」
    「動きにキレがないよ、君ってこの程度?」

    明らかな挑発。ふざけやがって。上辺だけの僕しか知らない奴が……っ!

    (僕が、どんな気持ちで)

    拒んだと思っているんだ。

    (君には……別の道だってある)

    あの客卿、家族、そして旅人。
    君は執行官の中では異端児だ。僕たちと違って普通の人間として暮らすこともできる。闇に染まり切る前に……。
    凄まじい雷光。辺りが昼間のように明るくなる。豪雨の中、僕はその力を呼び寄せた。

    「終わりにしてやる」

    落雷が小太刀に吸収されていく。公子の双眸が大きく見開いた。
    疾風迅雷。
    稲妻を武器に纏わせ刹那の隙を斬り捨てる。居合の如き速さで振り抜かれた斬撃をまともに食らい、青年が倒れた。
    僕は公子の元へと歩いていき見下ろした。腹から大量に流れている血は、雨と混ざり合いすぐに同化していた。
    生気のない目で僕を見る公子。咳き込み、吐血している。

    「散、兵……」

    公子の声を聴くのはこれが最後になるだろう。小さく息を吐き、立ち去ろうとした時。

    「泣かないで……」

    呼吸を忘れた。
    弱々しく伸ばされた手。僕には届かない。何を言っているのか理解できなかった。目元を何度も拭ってみるが、この水滴は雨だ。
    青年が苦笑する。

    「はは、馬鹿だな……。ひどい顔、してるよ」

    胸がざわつく。激しい苛立ちを抱いた僕は、公子に乗っかる形で喉仏に小太刀を押し当てた。血が滲んでいく。

    「もう喋るな、不愉快だ」

    腹が痛むのだろう呻いた後に、公子が尚も口を開く。

    「君のそういう顔は……見たくない」
    「まだ死に急ぐか。最後の最後までどうしようもない同僚…、」
    「俺、そばにいてほしいんだ。君に……」

    「だって」、それ以上聴きたくなかった。小太刀を持つ手に力を入れる。
    僕の望み通り──公子の言葉が途切れた。

    「……っ」
    「いいの?……今告げても」

    重なった唇からは血の味がした。舌で舐め取り、痛みなど忘れた様子の青年を鼻で笑ってやる。そうしてゆっくりと立ち上がった。
    背中を見せた僕に焦ったのか、公子が呼んでくる。

    「散兵、」
    「弱者に興味はない、身の程を知れ。分かったら金輪際僕に関わるな、友人と仲良しごっこでもしていろ」
    「待っ…」
    「哀れな君に一つだけ教えてやる」

    ほんの僅か振り向き、笠の下で微笑する。

    「この僕が殺したくないと思ったのは……君だけだ」

    歩き出し、そこから再度後ろを見ることはなかった。

    「っ……散兵!!」

    たとえ呼ばれようとも。

    「俺、強くなるから!二度と負けないって誓う!だからっ……待っていてくれ……、君に相応しい俺になって、迎えに行くっ……絶対君を手に入れてみせる!!」

    それが涙に濡れた声でも。

    (……やってみろ、青二才)

    雨が上がっていく。
    雲間に架かった虹を眩しく思い、しかし晴れやかな気持ちで見上げた。
    あいつが僕をまた見つけ出す日が来たら、その覚悟を認めてやってもいい。いくら僕とは言え、せっかく拒絶してあげたのにそれでも好きなんだと……そんなことを言われたら流石に可愛がってしまうだろう?

    (やれやれ、本当に腑抜けてしまったね)

    仮面を外されたのは自分の方だったか。思わず苦笑いをした。
    ……しかし、相変わらずの低脳だ。大きな勘違いをしているのだから。手に入れる?君が?これは重症だな、地獄を見せてやらねば分かるまい。
    だから、そっと目を伏せ僕はこう呟いた。

    「逆だよ。……君の大好きな手合わせをして、完膚なきまでに叩きのめして。そうやって僕のものにするんだ」

    ──ね?公子。
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