我が儘なかぐや姫 一度経験した事を、もう一度やるとしたら。
一度やったのだからと何てこと無い気持ちで出来る? それともあの経験をもう一度、と思い体が竦んでしまう? 物事によるが、どちらの可能性もあるだろう。それこそ正に人による、と言ったところか。僕はそれなりに度胸がある方だと思う。そりゃ、初めはビビったりする事もあるけれど。
だからそう、二度目なら大丈夫。これもそう言いたいところだった。
僕は今、大変ピンチだ。いや、ピンチっていうと語弊があるのだけれど、そう、もうちょっと、もうちょっと待って欲しい状況だ。
「スティーヴン……」
「ん、ンッ」
ちゅ、ちゅとマークに口を塞がれ、肩を優しく押されてころんとベッドに後ろ向きにひっくり返されながら必死に考える。あと少しだけ、あと少しだけ猶予が欲しいのだけど! と。
そう、僕が一度経験してしまった事は、その……マークとの初めてのセックスの事だ。これは文字通り僕の初めての経験で、マークとセックスをしたのは人生で初めての事だったし、何より僕の人生における初めてのセックスだった。
恋人同士、あるいは好き合っている者同士、キスをしたり軽く触れ合ったりといった段階を経て、相互にその気があればその先のセックスに進むのも当然の事だろう。
僕だって別に、マークとしたくない訳では無いし、初めてが良く無かった訳でも無い。というか、ちょっと……良すぎた、ので……。そう、マークとの初めてのセックスを終えた後の僕はそれはもう使い物にならなかった。
自分でも分かるくらい、ぽやぽや、ぽ~~っとしっぱなし。花が飛んでいるというと少し可愛らしすぎるくらい、多分……それこそ周囲にハートマークでも飛ばして、もう……うっとりとして、正に”夢心地”といった感じだったろう。
初めてのセックスで、まさかあんなに気持ちよくなれるなんて思ってもみなかったのに加えて、僕の上で、汗を掻くマークの顔が、忘れられなくて……。
ほんと、もう……セックスって凄かった。……待って、僕、ちょっとセックスセックス言い過ぎかな?
と、とにかく、兎に角だ。一回経験してしまった事ではあるのだけれど、まだ二回目に向けた心の準備が出来ていない。体の方は……まぁ……出来てなくは、無い、けど。
でもでもだって! ”アレ”をもう一度だなんて! 待って待ってまだ無理だよ! と経験が少ない僕がなっても無理はないだろう。でしょ?
だから僕はマークに口を塞がれ、ベッドに転がされても尚往生際悪くマークに待ったを掛けた。
「ンッ、ん、んんっ! ま、待ってマークッ! 待って、待って!」
「……何だよ」
僕がマークのキスの雨から逃れようと顔を背けると流石にマークも不服そうな顔になったがそれでも待ってくれるのがマークという男だ。そして僕はそんな所も好き。
「お、お願いがあって」
「……言ってみろ」
この状況で、あんまり色っぽくない静止を掛けられた上でのお願いなんて良い予感はしないだろう。でも本当に、まだ心の準備が出来ていなかったので今日は二回目が来たら言おうと思って準備しておいた”待って欲しい理由”を話す。
「えっと、えっと……五つ星ホテルのスウィートで、赤いバラが敷かれたベッドじゃなきゃやだ!」
自分でも、そういうのはハネムーンとか初めて体を繋げる時とか、特別な日に要求するものじゃないか? と思いはしたのだけれど、何せ今回僕が参考にさせてもらったお姫様は無理難題を要求して求婚を退ける、という日本のお姫様の話なのだ。
「……」
「あ、あと! コンスのウシャヴティがほしい!」
これは今急に思いついて足した条件。コンスのウシャヴティなんて、早々手に入れられる物じゃないから。その辺のギフトショップでも、ネット通販でも売ってない。……人気無いのかな? それとも認知度の問題??
ともかく、僕が今すぐどうにか出来ないような”お願い”をするとマークは僕を押し倒したままの状態で僕をじっと見下ろしながら数秒考えた。
「……わかった」
(分かった)
「ちょっと時間くれ」
「うん……」
マークが「分かった」と返した事にも驚きだが、ちょっと時間をくれと言い出した事にはもっと驚いた。五つ星ホテルのスウィートの赤いバラが敷かれたベッドはまぁ五つ星の中でもランクを問わなければ、そして金に制限を付けなければどうとでもなるだろう。でもそれに加えて……コンスのウシャヴティだぞ!? それを分かった、って!?
結局この日は僕の望み通りセックスはお流れになって二回目への猶予が生まれた訳なのだが代わりにマークが一体全体どうする気なのか気になってしまい中々寝付け無い夜を過ごした。
そしてこの日から二度寝た三日目の夜。
「ほら、これでいいだろ」
と大変満足げなマークに僕は赤いバラが敷かれたベッドに押し倒されていた。勿論部屋はスウィートルーム。めちゃくちゃ高級ホテルって訳では無いけれど、まぁまぁ値の張る場所な事は間違いない。少なくとも、恋人が言い出した”あからさまなセックスのお断りをするための我が儘”を乗り越える為に出す値段では無い。
正直ちょっと……僕とセックスするために幾ら使ったの? と想像すると怖い。いや本当、一週間程お時間を頂けたなら、僕だってマークと二回目を経験するつもりだったのに……。
だがそう、それだけならまだ何とか出来るのだし分からないでも無い。そう、でもベッドに転がる僕の隣に置かれているこの、妙にクオリティの高いコンスのウシャヴティは一体全体どうやって用意したんだ!?
「君どうなってるんだ!?」
「何だって良いだろ、それの事なんて」
さも呆れたというか鬱陶しそうというか、いやもう我慢ならないといった態度でマークは僕の唇をキスで塞ぐ。ベッドに押し倒されたまま横目で見るこのウシャヴティはかなり正確な気がする。それこそ、本物みたいに。
「これ……ん、本物じゃない、よね?」
「当たり前だろ」
「よか……良かった、かな?う――ん、ンゥッ、ま……いいや、ね、どうしたの?これ」
息継ぎというか、キスをされっぱなしのまま尋ねたせいでかなり合間に甘い吐息が混ざって恥ずかしい。このウシャヴティが本物で無いというならエジプト神が一柱この小さな石に封印されている訳でないというのは……まぁ、めでたい事? だろう、多分。僕は別に封印されてても構わないけど。
でもそれならこの精巧なウシャヴティは一体どこから手に入れたのかが気になり、チュ、チュッとキスを繰り返されながらも右手でウシャヴティで手繰り寄せた。
「それな、作った」
「作った!?」
「あぁ。それだけは見つけられ無かったから、作った」
「あぁそう……」
手作りかぁ……と続けて呟きながら内心こっそり捨てにくいな、と思った。口から出まかせではあるけれど僕自身が欲しいと言った物だし、なによりこれだけ丁寧に丹精込めて作られた手作りの贈り物は流石に捨てられない。かと言って部屋に飾るのも……ちょっと……。
僕がそんな事を考えながら右手の中でウシャヴティを遊ばせているとマークがひょいとそれを取り上げた。あ、と思う間もなくそのまま手作りウシャヴティはポイとベッドの隅に放られてしまった。
「なぁスティーヴン、もう良いだろ」
「え、あ、ん、アッ」
シャツの端からマークの両手が侵入してきて腹から胸に向かってどんどん撫で上がってくる。
「言われた通りプレゼントも用意した」
「そ、う……ん、だねッ」
「だろ。だから、なぁ」
確かにマークの言う通り、望みは叶えられた。しかも月のお姫様の求婚者達がしたのとは違う、嘘や誤魔化しのないプレゼントだ。
「いい加減こっちに集中しろよ」
だからそう、もう無理難題を口に出来ないようにより深いキスをされても仕方が無かった。