ブラッグラグ 紅茶がまずいって喫茶店じゃ致命的な気がするけど、だからって今まさに焼かれているホットサンドをやっぱいらないですとは言えなかった、朝からなんも食ってないし。
高帽子をとなりの椅子にひっかけてコートを背もたれにかけるとカウンターに隠れるくらい小さい老婆が「好い人はおありで?」と聞いてきたからまだぐらぐら湯立つ紅茶を一気に煽った。
ええおありです死にましたがねおれが忘れてたせいで。
紅茶はまずいし店内の照明がちかちかとフリッカー起こしてるのに放置してるし、客がおれ以外いないのも納得。
カウンターの前に並んでる雑誌を一冊手に取って適当にばらばらめくると露出度の高い服を着た女どもが並んで連絡先と店の住所が書かれてる、なんだこれ風俗雑誌か?
他の雑誌も本当にあったエロ気持ちよすぎた話♡だの風俗美女図鑑だの月刊MAN-ZOKUだの…ああわかった、この喫茶店仲介業者だ、この店のこの子って言ったら仲介料とって電話してくれるとかいう…。
あくびしながらページをめくってると見開きで、20歳巨乳未経験黒髪ロングのそばかすの女が手ブラして悩ましげな顔してるのが目に飛び込んできて雑誌とティーカップを全部床にぶん投げた。
老婆が何か言ってるのを無視して高帽子をかぶりコートを羽織りながらドアを蹴り開けて店を出る。
あんなのテロだ避けようがねえ許してくれエースむらっと来たわけじゃない、性別なんか気にすんな大した問題じゃねえ抱きしめあえるならな、ああごめん嫌味じゃねえよそういや死んでたな全然忘れてたわ死んでんだなエースは死んだんだじゃあもう死のっかなあ。
胸に掌をあてて吐き気を抑えながら宿に戻り帽子を放ってベッドに頭から突っ込んだ。
これから夜中に任務があるってのにやってらんねえクソじゃんおれだってエースとえっちしたいよ、連絡してもらって会いに行って慰められたいもうこの際全然似てねえ偽物でいいんじゃねえか?ケツでやるのって時間も根性も道具も準備も必要って言うだろ、無理にしたら一生おしめしなきゃならねえとか聞くじゃねえかそんなかわいそうなことになるなら手ブラのあいつでいい、わかってくれるだろ?なあどうしよっかほんとに店に行って手ブラに会って、脱いで風呂入って裸みるじゃん、どうしよっか、アメリカンチェリーみたいな赤黒くて縦にも横にもでっけえ乳首がついてたら、どうしよっか、エースの乳首は昔から小さくて浅くてあるんだかないんだかわかんねえのに薄い色の乳輪だけぼやっと広がってたのに、どうしよう、いかにもメスくさい乳首がついてたら、あんなにどこもかしこもむにむにして強いエースが乳首だけそんなメスくさいことになってたら、本当にどうしようもないなエース、もっとよく見せてちんこで擦らせて、ああクソ全部クソ頭の中身全部クソ。
頭の中でおっきいエースとちっさいエースと手ブラの女がしっちゃかめっちゃかに掻き混ざってゲロりそうになりながらベルトを緩めて即行で抜ききった。
突っ伏したままあ"~~っと唸りながらティッシュで拭いてそれをゴミ箱にぶん投げ両腕をぼふぼふベッドに叩きつける。
エースはいいよなおれがいなくなってからちゃんと1年1年記憶をゆっくり熟成させておれ以外の仲間とおれなしで笑って生ききって勝手に死んで、おれは今目の前にあるんだよ、ゴミ山のすすけた臭いも、鉄パイプで豆だらけになった手の痛みも、酒で爛れた喉の痛みも、親に連れてかれた時のふたりの叫びもこんなに全部鮮やかだ、おまえを最後に見たのがあんな顔だぞこれが10年以上前に終わったことかよ全然納得いかねえ。
ため息と一緒によだれも出たし涙も出た、顔を上げると天井で揺れる照明がちかっちかっとフリックを起こしたなんなんだよぉとことんツイてねえ。
鼻をすすって起き上がりベッドに腰かけコートのポケットから手帳とペンを出して手紙を書く。
誰に渡すわけじゃない、胸に置いとく手紙。
頭の上がちかっちかっと点滅するたび目の前が暗くなるけどそれでも書く、ときどき力入れすぎてページ突き抜けちまうけど気にせず書く、いつかおれが死んだとき誰かが読むかもしれない手紙だ、遺書じゃねえし日記でもねえ。
10歳のおれが見て感じたあんまり息苦しくて鮮やかだった毎日を思いついた端からここに書いてる。
あの無敵で秘密の時間、世界の全部が「おれ」と「おまえ」だけでできてた時間。
その思い出を吐き出した後におまえがゴミ扱いされて晒し上げられて死んじまうなんておかしいしそんな世界で一秒だって息吸っていたくないからおれが全部裂いて捌いて裁いてやるっていう、ラブレターっぽいそれを点滅する室内でコアラが迎えに来るまで書き続けた。