指折り ルフィが寝た後紙を蛇腹に折り込んでいるとサボが食卓テーブルの下に潜り込み太陽礼拝のポーズをしはじめた。
月一のカウセでヨガを勧められたらしい、ハマっちまったのか最近風呂上りに大地の呼吸だの水の精霊の声だの地球の胎動だの、覚えたてのポーズと呪文みたいなのを披露してきてウザいけど無視すると床とか天井に穴開けて泣いちまうし、下手にやめろって言うと拗ねて部屋から出てこなくなって軍歌流しながら革命がどうのこうの赤い旗を揚げろ立ち上がれ労働者諸君だのあやしい活動をはじめるからちょうどいい足置きだなと足の指で背中をくすぐってやった。
「エース今日もお疲れ様♡ねえどう?チャトランガっていうんだって、うつぶせでひじついてるだけで太陽拝んでることになるなんてな、おれ拝むの上手?」
「息はあはあしてるから下手」
「やさしいエースが聞こえないフリしてくれるからおれは今日も上手♡」
サボのせいでテーブルがガタつくからぐにぐに背中を踏んづけるとすきすきエースもっと踏んではあはあって聞こえてうれしい、よかったまだすきでいてくれてる、でも今日はまだ238回しか言ってくれてねえムカつく昨日は513回も言ってくれたのに何出し惜しんでんだろう。
紙に切れ込みを入れて蛇腹折りにしたオヤジの店のリーフレットをテーブルの下にひとつ投げ入れると、わざとらしいため息と一緒に床をごりごり削る音がした。
「いい加減カーペット買わねえとな、ルフィは赤髪インテリアのがほしいって言ってた」
「いらねえ。でけえ赤ん坊がメシ食ってる時寝るせいで床掃除大変だからな」
「ガリガリガリガリやかましいハムスターだなかわいい顔してまばたきしてりゃなんでも言うこと聞くと思って」
「愛想悪ぃブスが僻んでらあ♡つーか今時リーフレットで宣伝かよ。これ持って外で配るの?インスタでいいだろ、あ、そっか働いてるやつも飲みに来るやつも全員ジジイだもんなインスタどころかグーグル検索もできないもんな。でも老眼だろ、こんなちっせえ紙に書いてること見えなくねえか?こんな時間かけて作ってんのにエースがやってることなんも意味ないねぇかわいそう、おれが手伝ってあげよっか」
「もうそろ起きて二時間は経つんじゃねえか?もっかいおねんねしてこいよサボ」
「ねえ無駄なことコツコツ続けるのってどんな気持ち?他のやつ今頃寝てるか酒飲んでるよエースがこんな時間外労働してんのにみーんな同じ時間給だ馬鹿らしいと思わねえ?どーせ一日経たずにそこらへんにポイ捨てされるだけなのに一生懸命作っちゃってさ、おれ耐えらんねえんだけど、馬鹿正直なエースが耐えらんねえ見てらんねえ目ぇ潰れちまう誰かれ構わずやさしくて頑張り屋のエースなんかいらねえ嫌いだ」
ぶわっと一瞬で体の中が冷え切ってテーブルの下から気の抜けた声でよくしゃべるサボの頭を踏んだ。
ふぐふぐ言ってジャージの隙間から足首とふくらはぎを撫でさすってきたから蹴り飛ばすとガタガタとテーブルと椅子に頭をぶつけながらおれの腰に抱きついてきて冷たい手先からカッターが床に落ちた。
嫌いって言った、ひでえ、おれのこと嫌いって言った!
「風呂上がりにわざわざ這いつくばってやってんだぞいっぱいかまって相手してって言ってんだよなんでわかってくれねえんだ!」
「タイミングと誘い方考えろ今ので本気でいいと思ってんのか?何がヨガだそっちのが意味ねえだろやめちまえ黙って薬飲んで寝ろ!」
「一生懸命考えてんだろバカなエースにあわせてバカマネしてやってんだありがとうって言えよかわいくねーな!」
嫌い、かわいくない、わかってるけどサボにはひとことだって言われたくないのに足が出て口が出て止まらない。
おれのジャージをおろしてきたからグーでぶん殴って腹を蹴って両足で背中を踏みつけるとびくびく震えて嬉しそうな吐息が聞こえた、嬉しいのか?わからねえ、サボが喜ぶツボは独特で、しかも日替わりだ難しい、でも嫌いって言ったんだおれのことサボが。
落ちたカッターを拾おうと屈んでテーブルの下を見ると、ぷるぷる震えながら丸まって腰をくいくい動かしていたキモい、こんなキモいやつからのすきと嫌いを数えてるおれが一番キモい。
「なあとっととそのゴミ生産終わらせてくんねえ?はやくいれたい、立ちバックでエースを壁に押し付けて、はあ♡エースのちんこごとぐっちゃぐちゃに揺さぶって強制壁オナさせたらエースのちんこ壊れちゃうかなあ」
「何喋ってんだか。男同士はだっことちゅーで終わりだろ」
椅子に浅く座り直し、がんばってなんでもないように喋ってみてるけどカッターを持つ手がブレて紙がガタガタに切れた。
おれのこと本当にすき?なんて聞くのは惨めったらしくて嫌だしたった一言すきとも言えないでつっかえるのも嫌だ、ときどきそういうこと言うのはやっぱ女の体の方がいいからなのか?手がブレるんじゃなくて目がぼやけるんだ、紙の端っこと端っこがうまく合わなくて、裸足の指先がぎゅっと冷たくなってサボのつけたフローリングのひっかき傷の凸凹を感じる。
「サボ、おれ気を付けるよメシ食う時、だからさ」
「そんなにカーペットいる?」
「冷えるし引っかかるし傷つけたくない」
「おれが足置きになるよ、ちょうどいいんだろ」
切れ目を開いて穴を作ったら指先が切れた。
テーブルの下のサボはおれの足を背中に乗せ、また太陽礼拝のポーズをはじめた。
となり座ればいいだろとか、もう足あったまったからとか、嫌いなくせにとか、なんで好きって言わねえんだとか、どうせいつかどっかいっちまうんだろとかおれだって本当はとかなにも言えないままリーフレットが作り終わってカッターの刃も引っ込めず椅子を蹴散らしサボを抱きしめた。