羴い 家を燃やした後車を盗んでサボの家に行った。
昔おれが忍び込んでいろいろやったとこ。
サボの家もおれとエースの家も、血とかいろいろ残ってて、めんどうだからとサボがまるっと土地ごと買って封鎖してるんだ。
そこに忍び込むとおれらの家よりさびれておばけ屋敷と変わらなかった、建物も死ぬんだ。
二階に上がり、何重にも鍵がかかったサボの部屋をピッキングして中に入ると渇いた血で床中腐っていて、奥に大きな天蓋付きのベッドがあった。
ベッドの上にチョッパーの帽子がほこりをかぶって置いてある。
手に取って、かぶって、やっぱり脱いで6秒くらい見つめた後しっかりかぶりなおしてクローゼットを開けた。
服を全部出して床の板をはがすと肉と骨色の花の押し花のしおりと、ページが全部抜けた本が二重のジップロックに入ってる。
抱きしめてリュックの背中側にしまった。
屋敷の窓から外に出て、乗ってきたものとは別の車を盗んだ。
山を越え乗り捨て自転車を盗んだ、スーツの男からバッグを盗んだ妊婦から財布を盗んだ、カレーを食い逃げて盗んだバッグに空港のチケットとパスポートが入っていたから空港に向かった、それまでに財布を5つ盗んで金だけ抜いた。
盗んだバッグの中の保険証を見て誕生日の逆の数字を入力するとすんなりATMが使えたから全部引き出し、両替所でドルに換えた。
そのまま飛行機に乗り込んでインドに。
ドルをルピーに換えて数日ふらふらさまよって、スラムに行きつき暮らしはじめた。
2年経ってトルコへ行き、また2年経ってスペインへ。
どの街も楽しくてきれいで盗んだバッグに入ってたスマホでたくさん写真を撮った、窃盗に襲われたら襲い返した、こどもから服を剥いで売って売春婦の宿の金を盗んだ。
難しいことはなにもなかった。
生まれる前にでも、顔隠して世界中逃げ回る男の話を読み聞かされていた気がするから。
大航海の名残がそこかしこにあるポルトガルはなんだか懐かしく感じて、しばらくチョッパーをかぶらずに過ごした。
メシはうまいしみんなやさしい、盗まなくてもあったかいメシをおごってくれたり、働かないかなんて声かけてくるやつもいて、飲み終わりにまた来いよと背中を叩かれるたびエースを思い出して悩む夜が続いた。
ポルトガルの本土からちょっと離れたとこに浮かぶコルボ島を散歩しながら久しぶりに自分のスマホの電源を入れ日本のネットニュースを漁る。
5年前、3月7日、火事、夫婦殺害、冤罪、で探してもなかなか見つからない。
片田舎の話だしな、戻りてえけど窃盗しまくって殺人して放火して窃盗海外逃亡だろ、おれ入国と同時に捕まっちまうし…
サボの入院は3か月だったか、退院してエースと一緒に暮らしてんのかな、だったらLINEとか電話とかいっぽんくらい入れててくれたっていいだろ、ふたりしてなんも連絡の通知がねえなんて。
フェンス代わりのアジサイに寄りかかってスマホをいじる。
すーっと画面をスクロールして、止まって、スクロールして、もどして、またスクロールして、もどしてもどしてとまった。
エースはエースだった、本名は口頭でも支払いの封筒の宛名でも見たことあるけど、漢字でみるとこんなに苦しい文字だったか。
冤罪なんてどこにも書いてない、2年前夫婦二人を殺害した22歳無職の男性が警官を暴行し逃亡、自宅を放火、証拠隠滅と自殺未遂か、全身焼けた状態で保護されたという短い記事を見て、おれはしばらく動けないでいた。