Interview with...無機質な電子音が聞こえる。
アオキにとっては毎朝変わらない音だが、隣で寝ている客人にとっては耳慣れない音だったようだ。身じろぎしたかと思うと、長く細い腕が布団から伸びる。チリは欠伸をひとつして、開ききらない目でこちらを見た。
「おはようさん」
「おはようございます」
再び大きく伸びをした拍子に、下着を身につけていないチリの胸元が見えそうになる。身体を起こして近くにあったTシャツを手渡すと、言わんとすることを察したのか、チリは黙って袖を通した。
「そんな気にせんでもええのに」
「いえ、自分が気になるので」
寝起きでぼやけていた意識が鮮明になっていくのを感じる。シャツを身につけているチリを見ないように視線を外し、なんとなくドアの辺りを見つめていると、ふと先程の電子音が思い出された。このまま心地よい気怠さに浸っていたい気もするが、あの電子音を放置して良いことはひとつも無い。
足を下ろしてベッドを出ようとすると、背後から手首を掴まれた。振り返ると怪訝な顔でこちらを覗き込むチリと目が合う。
「もうちょっとここにおって……」
珍しく甘えを含んだ声音は、強い引力となってアオキを布団に連れ戻した。布団の中で向かい合うと、チリは満足気に胸元に擦り寄ってくる。
「あの……自分もこうしていたいのはやまやまなのですが……」
「んー?………あ、なに?トイレ?」
「いえ……その…………朝飯が……」
そう言うと、チリは反射的に顔を上げ、綺麗な顔を歪めて声を低くした。
「チリちゃんより朝飯?!」
「いえ、そういうことでは……」
「せやったらなんやの」
「あの……めしを………白米をかき混ぜないと……」
自分でも後ろめたさがあり、いつも以上に声が小さくなっているのを自覚する。だがこればかりは譲れない。毎朝同じ時間にセットした炊飯器から、炊きたての白米を食べるのは数少ない楽しみのひとつだった。かき混ぜないまま保温状態になど、しておくわけにはいかない。
こちらの逡巡を悟ったのか、チリはため息をついてから、「まあ、ええよ」と言った。その言葉に感謝を述べようとすると、自分が言葉を発するより先に、口角の片側だけを上げた見慣れた笑顔でチリが続ける。
「では、ここに残らず朝食を作りに行く理由をご説明いただけますか?私を説得できたら、ここを出ることを認めます」
「は…………?」
「どうぞ、お話しください」
相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべたチリがこちらを見ている。面倒だと思わないでもないが、得意げな顔を見ていると、付き合ってもいいかと思い始めるから不思議だ。
「ええと、このままだと米がべちゃべちゃになります」
「でも、食べられますよね?お粥にしてみるというのは?」
「チリさんの分の朝食も作ります。おなかすいてませんか?」
「残念ながら、朝はパン派です」
彼女の職務である面接中を彷彿とさせる口調で、チリは寝起きとは思えないほどはっきりと話した。この面接をどう切り抜けようかと彼女を見つめると、口調とは裏腹に、髪を解いて自分のくたびれたTシャツを1枚着ただけの姿が、妙な背徳感を感じさせた。忘れていた昨夜の記憶が蘇りそうになる。
「昨晩……かなり動いたので腹が減ってます……」
そう言うと、チリは一瞬深紅の瞳を丸くして、目線を逸らしてから小さく「あほか」と呟いた。立場が逆転したかもしれない。畳み掛けるように、彼女の頭に唇を落とした。顔の下から声にならない呻きが聞こえる。
「今朝はおにぎりにしようと思っていたんです」
弁明でも何でもなく、ふと口をついて出た言葉にチリが反応する。顔を上げて、少しだけ赤くなった頬を見せながら口を開いた。
「お。中はなんやの?」
「梅干し………とか」
「あかん。つぎ」
「おかか、もできます」
「もう一声……」
「では……鮭を焼きます。特別に」
「おっ!太っ腹やねぇ」
真剣に具材を選んでいるわけではないことくらい分かっているし、会話の着地点もまるで見えないが、このまま彼女と戯れるのも悪くない気がしてくる。
天気の良い休日、昨夜の余韻か残るベッドの上で、愚にもつかない話をゆるゆると。悪くないどころか、この上ない贅沢かもしれない。
そうしてしまおうか、と思った瞬間、胃袋が盛大な鳴き声を上げた。それを聞いたチリが吹き出す。
「なっはっは!ほんまにおなか減っとるんや!堪忍な」
「……納得していただけましたか」
「アオキさんの言葉よりよっぽど説得力あるわ。」
そう言ってチリは身を起こし、三度伸びをする。
「おにぎり、食べたいわ。たまには米もええな」
「……具は、何にします?」
「アオキさんが作るんやったら、何でも食べたい」
ニカッと笑ったチリの顔が眩しくて、思わず目を細める。さて、何にしようかと冷蔵庫の中を思い出しながら、アオキは立ち上がった。