同人作家パロ①「もう! 締め切りまで時間なんてないんですよ!」
「えっ、いや、花ちゃん。と言ってもそれ、早割でしょ? って考えたらまだ締め切りは……」
「いつもそう言って極道入稿じゃないですか! 『今回は早割で頑張ろうかなぁ』って言ったの、秋山さんじゃないですか!」
勢いに押され咥えていた煙草を灰皿に押し当てると俺は大人しくパソコンに向かった。いわゆる同人作家というやつで、絶賛執筆中である。昔から要領はいい方だったし、本を読むのも好きで、各方面に対する知識というのもそれなりにあった俺はある日同人という世界を知った。始めたのはかなり昔のことだし、細かな経緯はすっかり忘れてしまったがこうして時々執筆しては本を作って頒布する。おかげさまで出せば手に取ってくれる人がいるのでありがたい限りではあるのだが、どうにも締め切りというものには疎い節がある。なにせそこまでガツガツやろうってタイプでもないからだ。
そんな俺の執筆スケジュールをきっちり管理してくれているのは花ちゃんだ。見た目はふわふわしているし、食べることが大好きなのだが、巡り巡って縁があり今では半ば秘書のような存在である。ただまあ、締め切りに関してはかなり口うるさい方なので、締め切りが近くなるとこうして口を酸っぱくして監視するのは恒例行事と化していた。
「そうは言ってもやっぱりこう、やる気のムラっていうのかなぁ? あるじゃない? そういうの」
「秋山さん、いつもそう言ってふらふらして気づいたらイベントまであとちょっとしかないってなるじゃないですか! それに今回は自分で言ったんですよ? さすがに印刷代もかなり嵩むしって」
「そうだったっけ?」
「そ・う・で・す! あぁこの時間すらもったいない。今日という今日はキッチリ監視させていただきますね!」
一抵抗を見せると、倍になって反論される。よほどのことがない限り、花ちゃんに口で勝つことは無理だ。それもこれも自分の日頃の行いが悪いので、言い返す余地がないだけなのだが。降伏宣言の如く両手をあげて今度こそパソコンに向かう。背後からは逃げないでくださいねという無言の圧を感じる。過程はどうあれ、結果本が出せるのは間違いなく花ちゃんのおかげだ。文章を書く以外のあれこれは花ちゃんがやってくれるし、実のところ自分が本文を頑張りさえすれば上手く回ってしまうほど活動を支えてくれている。早割に間に合ったら浮いた分のお金で韓来の焼肉弁当をごちそうしよう。花ちゃんのためにも今日ばかりは静かに原稿と向き合うのだった。