今だから感じる心「兄貴がいたらこんな感じ、だったんスかね」
お互いの説教から派生した話も一区切りしたところで春日はボソリと呟いた。真っ直ぐな心を映したような瞳は喧騒の街を彩る夜空を見上げている。
兄貴、か。よぎるのは兄弟のように育った男の顔。苦楽を共にした俺とあいつ、兄弟分ではあるが、兄弟だったのならどちらが兄だっただろうか。春日に倣うようにして、俺もまた星がきらめく空を見上げた。
「俺も、兄貴は居ないからな」
自分でも驚くほどに穏やかに呟いた声に春日は俺の顔を見つめた。兄弟分には妹が居たから、どちらかと言えばあいつの方が兄貴だったのだろうか。いや、同じように競っていたところはあるからあいつが兄とも限らないだろう。「妹がいた兄弟分がいる」とは言わず「世話焼きな節がある兄弟分はいる」とだけ付け加えた。
「兄弟分……。俺は兄弟分というか兄貴分は居なかったんスよね。憧れというか、兄弟とはまた違う人は居るんですけど」
春日は視線をそらして空を見上げた。共有した時間は少ないとは言え、見たことのない憂いを帯びた春日の表情にあぁ、そうか。こいつもか。と察してしまう。極道における兄弟分の形は様々だ。俺がそうであるように、春日もまた多くと出会い、別れたのだろう。佇む姿が物語っている。
人の良さというべきか、人に愛されるところがある春日は兄貴分に好かれそうなものだと一瞬よぎったが、あえて口にはしなかった。こいつには頼りになる仲間がいるのだ。それだけで十分である。
「でもまあ、やっぱり今が一番いいのかも知れないですね、桐生さん」
「ほう?」
「なんつーか……いい事だらけじゃなかった。それでも俺はこうして這い上がって、その間に仲間もできて。桐生さんにも出会えたわけじゃないですか! そう思うと幸せだな、俺って思うんですよ」
「フッ……そうかもな」
春日のような弟分っていうのも悪くないかもしれない。男二人、静まることを知らないにぎやかな街の空を黙って見上げた。